2020/11/2

ニューノーマルの時代、分散する組織。そのときオフィスはどうあるべきか

NewsPicks Brand Design Editor
これまでオフィスは、会社が存在する証でありアイコンだった。だが、コロナ禍によってテレワークの普及が進んだ今、一等地の高層ビルに拠点を構えることがステータスだった時代は変わり、賃料=コストと見なす向きもある。

はたして、「オフィスは不要」なのか?

さまざまなツールやサービスによって「働く場所」の選択肢は増えた。ハードからソフトに。固定から可変に。変わろうとしているオフィスの形を、次世代ワークプレイスのコンセプト開発に携わるワークスケープ・ラボ代表の岸本章弘氏に聞いた。

もう、オフィスはいらない?

──新型コロナウイルスの影響で在宅ワークが増え、「もうオフィスは不要なのでは」という声が聞かれます。
岸本 「オフィスはいらない」という人の話を聞くと、その多くは従来のような「すべての社員が1ヵ所に集まる場所」はいらないという話ですよね。それはある意味正しいのですが、逆に「オフィスはいる」という意見にも一理あると思います。
 人には物理的な身体があるので、それを支える空間は不可欠です。どこに居ても飲食などの支援も必要です。社員が1ヵ所に集まらずに分散するということは、その人を支える空間や道具、サービスがあらゆる場所に必要ということ。それを含めてオフィスと呼ぶなら、やっぱりオフィスはなくならない。
 私たちは「オフィス」という言葉を一義的に解釈してしまいがちです。働く場所について考えるならば、まずは「誰が」「どんな目的で」「どういう行為をするための」場所なのかを整理することから始めなければなりません。
1958年兵庫県生まれ。京都工芸繊維大学大学院修士課程修了。コクヨ株式会社にてオフィス等のプランニングやインテリアデザイン、先進オフィスの動向調査、次世代ワークプレイスのコンセプト開発およびプロトタイプデザイン等に携わるかたわら、同社発行のオフィス研究情報誌『ECIFFO(エシーフォ)』編集長をつとめる。2007年独立し、ワークスケープ・ラボ設立。ワークプレイスの研究とデザインの分野でコンサルティングを行う。千葉工業大学、京都工芸繊維大学非常勤講師等を歴任。著書に『NEW WORKSCAPE 仕事を変えるオフィスのデザイン』など。
 もうひとつ気になっているのが「会社に行く」という言葉です。いつになったら死語になるのでしょう。
 「会社」は組織を指す言葉であって、本来は場所を指すものではありません。かつては多くの会社員がオフィスに集まって働き、空間と組織が一体化していた。それが「会社に行く」という言葉が定着している理由です。
 しかし、コロナ禍で強制的にひとつの場所に集まらず仕事をしてみたところ、「やってみたら意外とうまくできた」「こういうやり方もありなんだ」とみんなが気づいたわけです。
仕事をする場所=会社のオフィスという常識が、変わりつつあるのだと思います。

変化に適応しやすい「弾力的なワークスペース」

──岸本さんは以前から次世代ワークスペースのあり方を提案されていました。そのコンセプトがコロナ禍にある今、求められているように感じます。
岸本 15年ほど前に「エラスティック・ワークスペース」というコンセプトを作りました。いわゆる、変化や多様化に適応する「弾力的なワークスペース」です。
 センターオフィスは企業専用の閉じた場所からよりパブリックに開かれ、環境は専有から共有へ、運用は所有から利用へ、場所は併存から連携へ、道具は単独から遍在へと移行する。また、ワークとライフの境界は曖昧になり、公私混合になるという考え方です。
 たとえば、カフェやホームはもともとライフ側にあったのが仕事場としての機能も持つようになりましたし、シェアオフィスや貸し会議室のように場を共有するサービスを利用することもあります。
 理想は、それら複数の拠点がネットワークとユースウェアの両面でつながっていること。でも実際は、場所は借りたけれど自社で使い慣れていない機器があってうまく操作できない、というトラブルもありますよね。
 大事なのは、空間と道具の利用プロトコルを含めて共通化することです。これができると、本当にプライベートからパブリックへ、ワークからライフへと全体が使い慣れたいつもの場所としてシームレスにつながり、企業は状況に応じて弾力的にワークスペースを使いこなせるようになります。
 こうしたオフィスや働き方が2015年くらいから広まると予想していたのですが、実際はなかなか実現しませんでした。それがコロナの影響を受けて、ようやく変化のスピードが加速してきた印象があります。昔イメージしたことが、今あちこちで起き始めているなと。

「高度な集中」と「場所の共有」を両立できるのはオフィスだけ

──働き方が変化していく中で、これからのオフィスに求められる役割とは何でしょうか?
岸本 オフィスでの仕事には、個人作業と共同作業があります。これまで個人作業には、情報処理型の業務が多く、それがリモートワークでも管理しやすいと考えられていました。しかし、AIの広まりもあって情報処理型の作業は今後減っていくでしょう。
 だからといって個人作業がなくなるわけではなく、今後は知識処理や知識創造のようなクリエイティブな仕事が増えていく。個人作業にはより高度な集中を支える場が求められるようになります。
 共同作業では、単なる報告のような情報伝達型の作業はテクノロジーの活用によって減っていきます。その分増えるのがコラボレーションして新しいものを生み出す作業。これには場の共有が必要です。
 新しいアイデアを生み出そうとするときは「集まって話そう」となりがちですが、集まれば必ず何かが生まれるわけでありません。セレンディピティというのは、事前に計画できないものです。
 漠然としたブレインストーミング信仰のようなものがありますが、実際は会議の前に1人で集中してアイデアを考える作業があり、そのうえでみんながアイデアを持ち寄って議論した方が効果的です。そして、その結果を一人ひとりが持ち帰ってブラッシュアップするのです。
 つまり、1人で集中することと、みんなで集まることが両方必要であり、それをセットでできるのはオフィスだけです。
 リモートワークをやってみたら意外とできたという人の中にも、続けていると「腰が痛くなる」「家だと集中できない」「プライベートを見せたくない」といった声も出てきています。自宅だと自分でファシリティマネジメントもしなければなりません。
 そう考えると、オフィスは今の働き方に最適化されていなかったとしても、仕事をするための「空間」と「ツール」と「サービス」がそれなりに整っている。
取材が行われたWeWork神谷町トラストタワー。4フロアに展開し、総座席数は約3800席。国内最大級の拠点。(写真提供:WeWork Japan)
 では、企業はそれをどんな形で提供していくべきなのか。ニーズが変化していく中でどう柔軟に対応していくのか。そのためのコストをどれだけ負担するのか。
 私は電話の従量課金のように、オフィスも「空間やサービスを使った分だけ払う」プランを組み合わせるのが合理的だと思います。
 必要なときにきちんとサービスを提供する仕組みがあれば、企業は自社で所有することにこだわらず、利用する方向に進んでいくような気がしますね。

場所を移動することの重要性

──オフィスならではのメリットとして、気持ちの切り替えがしやすいというのもありますよね。
岸本 オフィスにいると、他の社員の様子が目に入ってきたり、すれ違ったときに雑談したり、あるいは休憩して気分を変えたりという、いわゆる作業以外の補完的行為も発生します。これがある種のスイッチになっていて、これからのオフィスには大事な要素だと思います。
拠点内には集中できるスペースのほか、リラックスしながらの作業や会員同士のコミュニケーションなど、さまざまなシーンを想定した空間が設計されている。
 最近広まっているのが「ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)」と呼ばれる、働く人が作業にあわせて自由に場所と時間を選べるワークスタイルです。
 オフィス内に集中作業する場所、共同作業する場所、カフェテリアなどのさまざまな場所があることで、ひとつの仕事を終えると、次の場所に移動して別の作業ができる。その流れの中で自然と気持ちを切り替えられます。
 人間は8時間も集中し続けられませんから、気分を切り替えなきゃいけない。でも、自宅の狭い空間で切り替えるのは難しいでしょう。中には、仕事を始める前にスイッチを入れるため、散歩などのルーティンを決めている人もいますよね。
 ところが、オフィスにいると、ちょっと場所を移動するだけで自然と切り替えができますし、意識せずとも情報が飛び込んでくることがある。
 だから、自宅かオフィスかどちらか一方ではなく、作業や自身の都合に合わせて場所やサービスを選べることが大事なんです。その選択肢を増やすことが、今、オフィスを考えるうえで必要なのではないでしょうか。

オフィスは「組織の配置」から「機能の配置」へ

──オフィスに選択肢が求められるとのことですが、具体的にはどんな場所が必要ですか。
岸本 大きく分けると、「デスクワークエリア」「テーブルワークエリア」「ソーシャルエリア」の3つがありますが、それらの配分が変わっていくと考えています。
 「デスクワークエリア」は主に個人作業をする場所で、高度な集中に向いたブースや、一時的に作業ができるタッチダウン、そして周りから話しかけられるのを許容できるオープンなスペースがあります。
 これらは一定のニーズはありますが、リモートワークの普及に伴いオフィス内での面積は少し減っていくでしょう。特に固定席として人数分配置されていたデスクは共有化が進むでしょう。その一方で、集中ブースなどのニーズは高まると思います。
 「テーブルワークエリア」は共同作業をする場所で、オープンに談話する場所やクローズドな会議室、さらにプロジェクトルームやチームの部室などのバリエーションがあります。今後のオフィスの機能としては重要で、オフィス内での面積は増えていくでしょう。
 「ソーシャルエリア」は人が自然と集まるカフェやライブラリー、レセプション、ラウンジなど。イベント空間やカジュアルな仕事空間としても使われ、コミュニケーションのハブになる可能性を秘めた場所です。
 これまでのオフィスは「組織の構造を模した配置」で、全員分のデスクがあり、組織図のとおりにレイアウトされていました。
 これからのオフィスに必要なのは「機能の配置」です。全員分のデスクはいらないかもしれません。その代わりにどんな機能が必要なのかを考え、再配分していくことが必要です。
 人が分散すると、資源の分散も必要です。これまで自前で持っていた資源だけでは必要な機能やサービスをカバーできず、提供範囲を広げると非効率なケースも出てくると思います。しかし、自前の資源を減らして他社が提供するサービスを活用することで、利用できる資源を総合的に増やすという選択も可能です。
 このWeWorkも、そういったサービスのひとつですよね。
WeWorkは拠点ごとにコンセプトが設計されている。拠点内でもさまざまなコンセプトの空間が用意されていることで、気分や用途に応じてスペースを選択することができる。

企業はオフィスとどう向き合えばいいのか

──分散型の働き方が広まる中で、企業は今後どのようにオフィスと向き合っていくべきでしょうか。
岸本 分散型のワークプレイスの選択肢として、「都心型のサテライト」と「郊外型のサテライト」があると思います。
 「都心型のサテライト」というのは、コーポレートハブを含むビジネス拠点をつなぐ場所。モバイルワーカーが立ち寄り、パートナーとやりとりする拠点でもあります。オープンイノベーションの接点としても活用できるでしょう。
 一方、「郊外型のサテライト」は、いわば職住近接の社内シェアオフィス。たとえば、部署が違う人同士が集まって作業する中で、インフォーマルなコミュニケーションが生まれたり、自宅にはない高機能な個人作業環境を求めて利用したりするイメージ。
 このように複数のサテライト環境があれば、その日の仕事内容やスケジュールにあわせて働く場所を選択することができます。
 また、将来的には、複数企業のサテライトオフィスが入居するシェアオフィスから組織を超えたコミュニティが生まれる可能性もあると思います。これまでの企業はメンバーシップ型で、働く人が組織と一体化していました。でも、今は多様性の時代。複業をしている人、プロボノ活動をしている人もいます。
 そうなると、会社でも自宅でもない第3のワークプレイスが必要になることもあります。そういう人々が集まる場所から、新しいコミュニティが生まれる可能性もあると思います。
気分転換のために人が集まりやすいキッチンスペース。「キッチンは人を引きつけるマグネットスペースの最たる例。話しかけても大丈夫だというプロトコルが共有されている空間なんです」(岸本氏)
──今まではシェアオフィスがあっても自社オフィスは別にあるという環境が一般的でした。今後は自社オフィスをなくしてシェアオフィスのみの活用に置き換わっていく可能性はありますか?
岸本 あると思います。日本企業は特に自社ビルへのこだわりが強いように感じますが、本社オフィスでも多くの場合はビルの一部のフロアを借りて本社機能を置いているというだけの話。あるいは、ビル1棟を自社用にカスタマイズしてリースバックした例なども、よく考えたら長期契約でテナントビルに入っているのと同じですよね。
 そう考えると、「オフィスを持つ」というのも、WeWorkのようなサービスを含めて空間を提供しているプロバイダーを活用するのと、なんら変わりません。フロア単位で区画を分けたり、専用のエントランスを設けたりして独自仕様にすることもできるわけですから。
 オフィスを自前で構えている企業も、受付や清掃、保守や警備など、さまざまなFM業務をアウトソーシングしていますよね。つまり、どこまでが自前で、どこまでが利用か。そのバランスの違いだけです。
 次世代オフィスといっても決して複雑な話ではなく、オフィスもクラウドサービスのように考えればいいのかなと。
 ビジネス環境の変化が激しい時代だからこそ、一部をリース契約にしてその時々に最適な場所やサービスをフレキシブルに選択して、活用していくことが効果的だと思います。