2020/10/21

【遠藤航】withコロナに欠かせない「メンタルスイッチ」能力

黒田 俊
変化の激しいこの時代、新型コロナウイルスの感染拡大など予期せぬ事態は誰にでも起こりうる。「VUCA」はそんな現代に象徴的な言葉だ。
そうした中で心身のコンディション維持は欠かせない。予期せぬ事態に対してどういう備えをしておくべきか。サッカー日本代表で活躍する遠藤航の考え方が参考になる。
ブンデスリーガ1部のシュツットガルトでプレーする遠藤航は、今、海外でプレーする日本人選手の中でももっとも高いパフォーマンスを発揮している選手の一人である。
代表ウィーク直前の第3節ではブンデスリーガのベスト11に選ばれるなど、暫定4位につけるチームの主軸としてここまで全試合にフル出場し、監督のマタラッツォにして「遠藤なしで試合を想像することは不可能。成立しないんだ」とまで言わしめる。
その遠藤の「自粛期間中」の取り組みはとても興味深かかった。
日本において「緊急事態宣言」が発表されたのが4月のこと。およそ1ヶ月半にわたり続いた。
同じような宣言が世界中で出され、誰もが「強制的に身体活動が制限される」状態を経験した。その期間を遠藤は、「基本的には完全にメンタルのスイッチを切っていました。かなり意識的に、『オフボタン』を押したくらいのイメージでしたね」と振り返る。

意識的に「オフにした」スイッチ

多くのアスリートが、「なんとかコンディションを維持できるように」「この期間にできることをしてよりパワーアップしたい」と、できることを探そうと努めていたのに対し、「あえて夜更かししたり、子どもの勉強を見たり(彼には4人の子どもがいる)・・・シーズン中にはできないだろうことを意識的に」取り組み、「試合のことは考えなかった」と言い切った。
中断期間に入ったときブンデスリーガはちょうどシーズンの佳境だった。遠藤の所属するシュツットガルトで言えば、2部で戦っていて、1部への自動昇格ラインである2位以内に向け熾烈な争いをしていた。
そんな中で、中断期間に入り、そしてシーズン再開は突如として決まった。
「1週間後には再開します、みたいな感じだったんで(笑)。もうコンディションは完璧に戻らなくても仕方ないな、と割り切っていました。Jリーグのように1ヶ月後に再開くらいのスケジュールがあれば、それはきちんと仕上げなきゃいけないですけど、1週間ちょっとじゃ無理なので、仕方がないなくらいの気持ちで」
しかし、遠藤はそこでも高いパフォーマンスをみせた。試合ごとに2位とそれ以下が入れ替わるようなシーズンの中で、天王山とも言えた昇格争いのライバル・ハンブルガーSVとの試合で2点リードされた中で追撃のゴールを決めると、チームはロスタイムに劇的な逆転勝利をおさめ、そのまま1部昇格へと突っ走った。
シーズン終了後には2部でシーズン・ベストイレブンにも輝いた。
結果的に言えば、「メンタルのスイッチをオフにした」遠藤の姿勢は最高の結果をもたらしたと言える。
「スイッチのオン、オフはすごく大事だと思っています。あの時は、シーズン再開の目処が立たない状況だったので、その時点で僕は完全にオフにしました。体は動かしますけど、次の試合が数週間後に始まるかもしれない、とかそういうことは考えない。
最初の3週間はチーム練習もできないので、本当に家にいるだけでした。ランニングは許可されていたので、家の周りを走るとか体を動かすことはしましたけど、あとは試合のない週末を楽しんでいましたね」
遠藤にとって「スイッチのオン・オフ」はかなり意識的だ。漠然とオン・オフにするのではなく、「オフにするぞ、ポチっていう感覚」と言うほどに。
そしてそれはルーティンが起点になっている。
「シーズン中はルーティンがあるんですよ。11時に寝て、7時に起きる。子どもを学校に送ってから練習に行く、帰って食事をして子どもをお風呂に入れて寝かしつける・・・みたいな。
でも、中断期間中は子どもの学校もないし、練習もない。だから子どもが寝たら1時くらいまで好きなことをして、朝はゆっくり起きて・・・それだけでかなり幸せでした。辛かったのは、子どもの宿題を手伝うことくらい。学校がないからって課題がめちゃくちゃ多いんですよ(笑)」

ルーティンを活用する

サッカー選手が特殊な職業だからこそできたことではある。
しかし、新型コロナウイルスによってさまざまなストレス(罹患への不安や環境の変化や扇情的な情報など)を溜め込みがちな状況にあって、「メンタルのスイッチ」を意識する重要性はより高まっている。
「もちろん不安はありましたよ。特に3週間くらい試合もしていないと、サッカー選手なのにこんなにサッカーをしなくていいのかな? 給料をもらっていいのかな?って思うことはあったし、医療関係者を含めて困っている人たちに何もできないジレンマもあった。
ただ、このときメンタルのスイッチをオフにしたことで、あの時間をポジティブ捉えられていると思います」
ルーティンから外れることで「スイッチをオフ」にし、再び「オン」にするときは、ルーティンを戻す。
「オンにするときも頭の中でスイッチを押す。11時に寝て7時に起きる。そのルーティンに戻すのがまず一つです。あとは気持ちを整理する。
大事だったのはスケジュールが見えてきてからそれをしたことですね。試合がいつ始まるかわからない中で始まったグループ練習(感染を防ぐため、ブンデスリーガでは当初5人程度のグループで接触がない練習が許可された)ではまだ(スイッチを)入れませんでした。はっきりと入れたのは、試合日が決まった後の全体練習でしたね」
かくして遠藤は、再開後そして現在に至るまで先述の通りの高パフォーマンスを維持し続けている。
「いくら体を動かしても、オンにしたからって100パーセントには戻れない。でも、メンタルは戻せる。そのためにも、今までと違うことをする、プレッシャーから解放される時間としてオフにする必要もあると思っています」
コロナ禍で得たものがあるとすれば、外的環境によってコントロールできないものがあることを知れたことだろう。フィジカルな行動は真っ先に影響を受ける。
だからこそメンタルはコントローラブルにしておく必要がある。遠藤の方法論は一つのヒントになるだろう。

組織におけるメンタリティ

個人的なメンタルコンディショニングとともに、もう一つ重要なものがチームのそれだ。
チームで集まることができなかった時間を経て、その変化はどうだったのだろうか。
「海外で2クラブを経験して思ったことは、準備とかコンディショニングって“やる選手はやるしやらない選手はやらない”んですよ。
だからなのか、チームは“やらない選手”に合わせます。ただ、日本と違っていいな、と思ったのは、チームの引き締め方。
チームがそれをするのではなくて選手ができることです。
若い選手が不満を漏らしたり、だらだらするような状況であれば、キャプテンやリーダー格がしっかり注意する。これは当たり前だと思うんですけど、その注意しているキャプテンとかリーダーだって常に完璧であるわけじゃなくて。まあ、時々文句を言うわけです(笑)。
そんなとき、その選手たちを注意できる環境があるんですよね。それがすごい」
例えば、昨シーズンまでシュツットガルトにはマリオ・ゴメスというドイツを代表する名選手がプレーをしていた。シュツットガルトでデビューを果たし、世界的なストライカーとして名を馳せ再びチームに戻ってきたレジェンドである。
「彼にですらちゃんとしていなければ周りが指摘するんですよね。それでいて練習後はギスギスしない」
そのメリハリ、チームとしての「スイッチのオン・オフ」が存在するから、戦う集団になるまでが速い。
日本においては、チームワークを仲の良さと同一視しがちなところがある。それも一つの長所ではあるが、欠点に不寛容になりやすい。ちょっとしたミスや歪みから、チームワークや仲の良さが失われてしまうことがある。
しかし、ミスや歪みはどうしたって起こる。特にVUCAである。で、あれば「スイッチのオン・オフ」を意識した、現場では指摘し合い、引きずらないチーム作りの方がこれからに合っているのはずだ。
「もちろんドイツでもそれが全員できているとは思わない。ただ、僕としては外国人選手=助っ人としてここでプレーしているので、キャプテンやリーダー格の選手たちに対して言うときは言う立場としていなければいけない、と思っています」
(編集・執筆:黒田俊)