【激白】NTT Comの“危機感”とDX事業の勝ち筋

2020/10/9
 DXはどこへ向かうのか。
 問題は、D(デジタル)なのか、X(トランスフォーメーション)なのか。
 ビジネスがトランスフォームするとすれば、どのように変わるべきなのか。
 危機感、リードプレイヤー、ソーシャルグッド、スマートシティ、コモングラウンド……
 本連載「Change Distance」の中で、さまざまな切り口でDXをひもといてきた。
 連載の終盤として、NTTコミュニケーションズの戦略の中核となる、「Smart World」構想について、組織づくりから推進してきたリーダー2人に話を聞く。
 冷静な分析に始まり、DXの勝ち筋と構想の輪郭を話しながら、次第に2人の言葉は熱を帯びていった。
 本記事は、通信事業をルーツとしICT産業で日本をリードしてきたNTTコミュニケーションズが、距離を超え、自らをトランスフォームしようとする話である。
インターネット、スマホ、SNS、Zoom、5G……テクノロジーの進化によって、社会はどんどん繋がっていきます。人と人、人と社会との距離を超えながら、いかによりよい未来を創っていけるのかを探る大型連載「Change Distance.」。
コミュニケーションの変革をリードするNTTコミュニケーションズの提供でお届けします。

手段と目的が逆転しがちなDXプロジェクト

──本連載ではさまざまな角度でDXの課題をひもといてきましたが、現在DXを推進している現場から見てどんな実感がありますか?
奥澤 そうですね。今から4~5年前にIoTやAIを活用して仕事のやり方を変えていきましょう、といった仕事の依頼を多くご相談いただくようになってきました。
1995年、日本電信電話(NTT)入社。法人企業向けの映像配信サービスやクラウド・IoT/AI等を活用したDXコンサルティング業務に従事。2020年4月よりSmart Worldの各推進室を統括、Smart World事業の推進を行っている。「現地現物」をモットーに、現場第一でお客様と接し、お客様の価値最大化を大切にしている。
 そのときのお客様の声を聞くと、上層部から「AI・IoTを使って仕事を変える」と言われてプロジェクトが立ち上がるわけですが、目的が曖昧だったり、何を最終的にリターンにすればいいか決めないまま、走り始めてしまったように思います。
 お客様と一緒に試行錯誤でPoCを進めましたが、我々の力不足で、お客様に十分な成果を感じていただけず、結果的に導入には至らない。世にいう「PoC貧乏」になってしまうことが多かったんです。
──「PoC貧乏」ですか?
奥澤 PoCとは「Proof of Concept(概念実証)」の略で、実証したい新しいビジネスがあり、その内容をテクノロジーなどの手段を使って検証することになります。
 実感では90%以上がPoCで終わってしまい、そこから先のお客様の業務変革や新しいビジネス創造に結びつきませんでした。先行投資としては、我々の業界だと数百万円から数千万円の予算がかかることが多い。それが先々の成果に結びつかないまま終わってしまったのです。
──なるほど。
奥澤 お客様もゴール設定には悩まれていたと思います。それに対して、我々もテクノロジー、ソリューションでお答えできるように動いていたのですが、結果として十分に有効打を提供できなかったと反省しました。つまり、IoTやAIといったテクノロジーありきで、手段と目的が逆転してしまっていたのではないかと。
 我々も物事の捉え方、課題対応のアプローチがそもそも間違っていたのではないか? このままではお客様や社会にも貢献できないと、恥ずかしながらようやく気付きました。
 この連載を踏まえて一言でいうと、「危機感」が足りなかった。我々もデジタルに淡い幻想を抱いてしまっていたのかもしれません。
 一方で、ここ数年で経験を積んだことで、成功事例や勝ち筋が少しずつ見えてきています。
 仮にお客様の課題感がクリアになっていなかったとしても、ご一緒させていただき我々から仮説を出すことでお互いに「あっ、そこが解決策だ」と合致することがあります。いろいろなトライアルを重ねていくうちに気づいたのは、そこです。
──具体的にはどういうことでしょうか。
奥澤 まず、DXの捉え方なんですがデジタルを使えば何でも良くなるというのは幻想ですよね(笑)。
 AIやIoTなどの最新技術は手段であり、再三になりますが、お客様の経営・事業のどこに寄与することなのかをしっかりお客様と議論し、ゴール設定することが大事だと思っています。昨今だと使う側からみたUXもキーワードです。
 この三つの輪がしっかり重なり合う部分じゃないと、何事も前に進まないことに気づきました。
 最新技術があってもコストが合わないとか、ビジネスになりそうでも利用者の使い勝手が悪いでは、うまくいかないんです。

企業を超えたサプライチェーンのDXを推進

──DXの支援を成功させるにはどのような戦略があるのでしょう?
奥澤 NTTコミュニケーションズの法人ビジネスではこれまでお客様のリクエストする仕様に基づいて仕事をします。つまり極端に言えば、仕様が決まらなければ仕事がスタートしなかったんです。
 いま我々が目指しているのは、まったく逆のアプローチです。まだ顕在化していないお客様の課題や、社会・産業全体の共通課題を見つけ、課題解決をしていく。そこに仕様はないわけで、自ら仮説を立て新しい価値をどのように提供していくべきかを紐解きながら仕事をしていきたいと思っています。
 もちろん我々だけの力で様々な仮説を作り上げることはできないわけで、そこにお客様・パートナーの皆様との共創が非常に重要であると思っています。最終的に我々はそのような関係の中でITサービスを提供し、一翼を担っていきたいと思います。
──具体的な事例はありますか?
奥澤 たとえば、ある化学会社さんから他のいくつかの化学会社も含めて、業界全体のためにデジタルプラットフォームを作ってくれないか、というご相談をいただいています。
 それは化学会社が抱える課題は各社固有のものもあれば、業界共通のものもあって、それであれば共通的な課題は業界全体で使える形にしていきましょう、という発想に基づいてます。課題を個社と一緒に深掘りしていきますが、そこで得た知見は業界全体で活かそうよ、と。
 企業間の関係はより複雑になってきており、同一業界の企業同士であっても単なる競争関係だけではなく、協調すべき領域は協調しようよという風潮が背景にあると思います。
 実際この手の案件がどんどん増えてきています。そういう意味ではこれまで個社に閉じていたDXの対象が広がってきているのをすごく感じています。
──企業を超えて、サプライチェーン全体のDXを行うわけですね。
奥澤 そうです。他にも、経営コンサルティングファームのPwCコンサルティングさんと共同で、製造業の設計・調達業務を効率化する「デジタルマッチングプラットフォーム」の実証実験を7月から始めました。
 発注側と受注側のやりとりを効率化するだけでなく、さまざまな企業がつながる場を提供して、受発注の関係を最適化していきます。2020年度中には商用化する予定です。
──ビジネススキームが違うということは、実践するには組織体制から変わりそうです。
奥澤 その通りです。「Smart World」というビジョンを掲げて、データ利活用などの付加価値を組み合わせたトータルソリューションの提供を行い、お客さまのDXの実現に貢献していく。
 そのために今年4月、「業界別の営業体制」と「プラットフォームサービスの提供体制」からなる組織構造へと見直しを行いました。

Smart World推進室は「ベンチャー企業」のごとく

──「Smart World」について教えてください。
奥澤 2018年に立ち上げたNTTグループの中期経営戦略のビジョンです。詳細は、Smart World推進室を一から作り上げた、川辺に譲ります。
川辺 まずSmart Worldは、狭い範囲で言えば、「データ利活用がもたらす、進化したより良い世界≒Smart World」ということになります。
 この連載を通じて輪郭を探っているように、日本経済や企業社会、地域社会がどのように変革していくべきか、それをお客様やパートナー企業とともに創り上げるための、シンボルのようなビジョンです。
2001年、NTTコミュニケーションズ入社。海外のICTインフラ構築案件に従事したのち、2006年~2011年は中国 上海の現地法人に赴任。その後、経営企画部にて全社の営業戦略策定やSmart World推進室の立ち上げを実施。NTT ComのSmart Worldの誕生から成長を支えるSmart Worldのパイオニア。
 昨年10月に7つの重点領域を対象としてスタートしました。
 対象領域のDX化を進めつつ、いろいろなパートナーと共にICTを駆使してデータを蓄積し、それらを利活用して社会が直面している問題を解決するための取り組みです。
──実際に、組織再編をして何が可能になったのでしょうか。
川辺 今までは、データ利活用のための共通プラットフォームを構築する際に、「誰が最初の1円を払うんだ?」といった投資判断で悩むことがよくありました。
 そのとき、「Smart World」という枠組みで我々が先行投資したり、プラットフォームを作ったりして、必要に応じてリスクテイクできるようになりました。
──組織の制度設計はどのようにしたのでしょうか。
川辺 そうですね。リスクを取って結果を出せるようにするために、まず一つはお金と権限をしっかり7つの推進室に与えることを意識しました。簡単に言うと、一つのベンチャー企業のような組織を作れたらと。
 自分が営業組織に居た頃は、なにか新しい取り組みを始めようにも、営業だけでは何もできないし、エンジニアを口説かなければいけなかった。さらに最初の予算を確保するにも、いくつもの部署の承認が必要で、とにかくスピード感をもって進められず、悔しい思いをしました。
「Smart World」の各推進室にはきちんと予算と権限を設けて、チャンスをすぐに形にして世の中に出していける自律的な組織にしたいと考えていました。
──機動力のあるベンチャー企業のようになっていると。
川辺 正直に言えば、まだ道半ばなところもあり日々悩みながらやっているのですが(笑)、実績もできてきました。
 今は過渡期なので、さらに整備を進めるところもありますが、基本的に各推進室に、会社を運営するために必要な機能をおおよそ設けています。営業サポートから製造、販売、運用のところまで一気通貫でできる戦略的な組織です。
 ですから、それぞれの推進室にはいろいろな職種の人が集まっています。このような人員構成になっているのは、全社の中でもSmart World推進室だけでしょう。

よりよい世界のために社会課題の解決を

──「Smart World」には7つの領域がありますが、それぞれは個別に独立したものなのでしょうか。
川辺 いえ、各領域をつなげていくことも考えています。
 たとえば、サプライチェーンの概念を考えると、製造業で作られた商品は物流で運ばれて、小売りの店頭で売られます。業界をまたいでビジネスが成立しているわけです。我々がいつまでも一つの領域の円の中で閉じていたら「Smart World」は実現できません。
 まだまだ社会課題はたくさんあります。最近では、7つの領域の中にそれぞれあるテーマを掛け算していくとまったく価値創造の方法が変わってくるんじゃないかという議論をしています。
 たとえば、「スマートシティ」という街には当然、医療も教育シーンもありますが、そこに「スマートヘルスケア」と「スマートエデュケーション」が取り組んできたものを掛け算していくとさらに良い価値が提供できるはず。そういう各領域のスマートなものが有機的に繋がった世界を創っていきたい、という感じですね。
 各領域で進めている円を数珠のようにつなげていくことで、最終的にはサプライチェーン全体など、産業のDX、地域のDX、社会のDXに貢献していきたいと思っています。

NTTコミュニケーションズは何の会社なのか?

──日本のDXの先に、Smart Worldがあるということですね。「Smart World」構想のような取り組みにおいて、NTTコミュニケーションズならではの強みはなんなのでしょうか。
奥澤 我々NTTコミュニケーションズは、長年インターネットや企業向けネットワーク、音声、クラウド事業を中心としたICTインフラを強みにやってきました。この強みや経験を通じて、個々のお客様に対するICTサポートのスキルやノウハウは十分に持っていると思っています。
 しかし、特定の業界や産業における課題解決はもっと充実させなければと感じています。業界別営業体制やSmart World推進室を立ち上げたのは、こういった背景があり、そこに覚悟を持って取り組むという会社としての意思表明でもあります。
 また、こと「DX」においては、どのような付加価値を提供できる会社なのかと問われると、正直まだ業界の「プロフェッショナル」とは言いきれない。例えば、スマートファクトリーですが我々は工場を持っていないですし、スマートシティにおいても、都市そのものを建設しているわけでもないんです。
 一方で、DX推進するには長くお客様と伴走できる関係性が必要で、例えば自動車製造など5年とか10年の周期でビジネスを考えられます。手前味噌ですが、そのような部分には通信キャリアとして継続的に安心・安全のオペレーションをやってきた我々が貢献できるのではないかと。
 ですので、ぜひお客様やパートナー企業の皆さんと、もっともっとコワークして、実績を増やしていきたいですね。
──まさにNTTコミュニケーションズの変革期なんですね。
川辺 私が会社に入ったのは18〜19年前のことです。当時はインターネットや国際電話、企業間ネットワークを事業の柱にしていて、すごくわかりやすい会社だったんです。
 私はずっと営業をしてきたのですが、技術やサービスがわかりやすく存在しておりお客様からの期待値もわかりやすかった。国内でやっていた事業を海外に展開させていくという経営方針もわかりやすかった。
 しかし、だんだんと各業界の垣根が崩れていき、世の中もビジネスはどんどん複雑になってきています。我々を取り巻く環境も少なくとも私が入社した時のようなわかりやすいものではなくなってきた。
 世の中が変化している以上、我々もそれ以上に変化していかないといけない。あくまで個人的な話ですが、次は何を強みとしていくべきかを模索していく必要性を感じ、いろいろトライしていました。
 まさに冒頭の「PoC貧乏」をやっていた頃です。私のトライはうまく行かなかったことの方が多かったのですが、そこで得た知見はSmart Worldで活かしたい、と思ってやっています。
──なるほど。NTTコミュニケーションズのような、外から見ると安定した大企業でも、そのようなジレンマがあるのですね。
川辺 でも実は、多くの企業の方が同じような悩みを抱えているんですよね。成熟する本業から離れて、新規事業を起こしたり、多角化したり。
 我々はもともとデジタルですが、自身も率先してトランスフォーメーションしていかなければならない。
 できれば、数年後、「NTTコミュニケーションズって何の会社?」って聞かれたとき、ネットワークやインフラの会社ではなく、「産業や地域のDXなら、NTTコミュニケーションズだよね」と言われるような会社にしていきたい。
──いや、一連の取材を通してNTTコミュニケーションズのみなさんにお会いするたび、素朴な実感として、お考えに芯があるおもしろい人が多いなと実感しています。
奥澤 そうなんですよ。おもしろい社員が多いですし、みんな様々なスキルをもっています。弊社は昨年、創立20周年を迎えたのですが、「REBORN」というプロジェクト名で、社員100名以上が集まって、会社の企業理念や信条を新たに考え策定したんですよ。こういうところにも表れてるでしょ?
──まさに危機感、ですね。
奥澤 はい(笑)。
 法人ビジネスを担当している営業は1000人以上いますが、そこで築き上げたお客様との信頼関係と、サーバーやネットワークなどICT技術の両方を持っていることが我々の強みです。
 その両者をうまくつなげて、トータルでビジネスプラットフォームをリードする力をつけていきたいと考えています。
 昔のDNAを呼び起こしつつ、すごい進化を遂げられたらと思っています。
(編集:中島洋一 構成:大山くまお 撮影:吉田和生 デザイン:小鈴キリカ)