2020/10/23

日本の「空質」が世界のインフラになる日

NewsPicks Brand Design Editor
かつて、これほど世界中の人々が「空気」を意識したことはない。コロナ禍は世界中に痛みをもたらす一方で、「空気」を「電気」「ガス」「水道」「インターネット」に次ぐ第5のインフラに押し上げようとしている。

当たり前ではなくなった健康で快適な質の高い空気。世界の空質を高めるべく、パナソニック株式会社 アプライアンス社は新たな挑戦に乗り出した。

ウィズコロナ時代に企業はどう向き合うべきか、空質ビジネスとパナソニックの今後の展望について、パナソニック株式会社 アプライアンス社 社長 品田正弘氏と、株式会社ディー・エヌ・エー CHO(Chief Health Officer)室 室長代理 平井孝幸氏に伺った。

空質は生産性の高いオフィスの条件に

──コロナ禍で、私たちを取り巻く環境は変わりました。
品田 私自身、在宅勤務がかなり増えました。ただ、リモートワークの合理性や便利さを知る一方で、人と人とが顔を合わせる重要性を感じているのも事実です。
 アフターコロナでも、リモートワークはある程度は続くでしょう。それでも、対面でなければできない仕事のためにオフィスに回帰する企業も出てくるのではないでしょうか。
 しかし、コロナ前とまったく同じオフィス空間が戻ってくることはないでしょう。働く人が健康でいられて仕事もはかどる、新しい空間をつくり出す必要があります。
1988年4月 松下電器産業株式会社(現 パナソニック株式会社)入社。マーケティング部門での商品企画責任者、ブラジルの販売会社副社長、エコソリューションズ社(現 ライフソリューションズ社)副社長を経て、2019年4月より現職。
平井 同感です。私も今後、オフィス回帰の動きはあると思います。
  これからのオフィスは、自宅やカフェ、コワーキングスペースでは見込めないような「生産性の向上」がキーワードになるのではないでしょうか。自宅よりも生産性の下がるオフィスは、存在価値がなくなる。
 以前、1つの部屋に大人数が集まって仕事をしていた時期があったのですが、「あの部屋にいくとなぜか頭がボーッとする」「集中力が落ちる気がする」という声が何人かから寄せられた。調べてみると二酸化炭素濃度が異常に高くなっていたのです。
健康経営アドバイザー。DeNAで働く人を健康にするため2016年1月にCHO(最高健康責任者)室を立ち上げる。働く人のパフォーマンス向上をテーマにした多岐に渡る取組みが評価され、健康経営銘柄2019.2020に選定される。DeNAに所属しながら起業し、横浜市大の武部貴則教授とコミュニケーションデザインやエンタメ要素を取り入れた健康経営コンサルティングやヘルスケア事業開発のサポートを行う。
品田 一般的に、多数の人が在室する会議室などの部屋の二酸化炭素濃度は700ppm以下に保つことが推奨されていますが、ある測定結果では、30分ほどで1000ppmを超え、90分で2000ppmを超えた例もあります。CO2濃度が高くなると、人は眠くなったり、集中力がなくなるといわれていますね。
平井 まさにそのような高濃度が常態化していたんだと思います。空質が働く人の「生産性」をこれほど左右するのか、と衝撃を受けました。
 空気は見えないものだから、存在を意識することはあまりない。だからといって油断すると大変なことになる。オフィスの空気環境、とりわけ空質の重要性に気づいた出来事でしたね。
 ウィズコロナ、アフターコロナに求められるオフィスは、空質のような、社員の「五感」に働きかけられる要素を備えた空間なのかもしれません。
 自宅勤務で通勤時間がなくなるのは楽だけれど、クリエイティブな作業をするのであればオフィスだよね、と選ばれるような。
品田 社員がスッキリとした頭で仕事をできるよう空質をコントロールすることは、今の技術でも十分可能です。能率を上げたり集中力を高めたりする際に、清浄度の高いクリーンな空気は非常に重要なポイントです。
 基本的に空調機器は冷やしたり温めたりするものです。オフィスにクリーンな空質が求められるように、今は快適な温度にするだけでなく、空気のコンディションを整えることが求められています。

健康で快適な空気が企業ブランディングに

──オフィスに最適な空気とは、どのようなものでしょうか?
品田 空間によって最適な空気は変わるんですね。たとえば、寝室とオフィスでは求められる空質が違うのは、なんとなく想像がつきませんか?
 寝室なら清浄度が高く、人をリラックスさせる空質がいい。オフィスなら気分がリフレッシュして、仕事に集中できるような空質が求められる。
平井 今、お話を伺っていて思いついたのですが「集中してシビアな話をするときに最適なのはこの空質」「にぎやかにアイデア出しをするときはあの空質」というように空質の切り替えができたら生産性が上がりそうです。
 脳波や自律神経の状態を計測していくと、場面ごとに最適な空質が明らかになるかもしれない。
品田 面白いですね。空質に、照明や音楽といった要素もプラスしていくと、平井さんがイメージされているような未来のオフィスが実現できると思いますよ。照明は人間のリラックスの度合いに、音楽は集中力に影響を与えることが研究でわかってきているんです。
平井 社員が生産性高く働ける環境を用意しているということは、企業のブランディングにもつながりそうです。ウィズコロナでは自宅よりも空調設備が充実しているため自社のオフィスにいることが一番快適だと言うことができれば、健康経営に投資している企業にとっても興味深い。
 それらを実現するのが空質である、というのは非常に面白いですね。

広がる「空質」テクノロジーの可能性

──空質をコントロールするパナソニックの技術についてお聞かせください。
品田 はい。ではまず、当社のクリーンテクノロジーについてお話しさせてください。
 当社では20年以上も前から「空気をキレイにする」帯電微粒子水技術の開発をおこなっています。
 帯電微粒子水はさまざまな物質に作用しやすいOHラジカルを含む電気を帯びたナノサイズの水微粒子です。
 「花粉の抑制」「アレル物質の抑制」「脱臭」「カビの抑制」そして「菌・ウイルスの抑制」など、さまざまな効果が認められています。
 最近では、特定の実験空間で、新型コロナウイルスに対しての抑制効果も確認されています。(※)
(※)45Lの試験空間で、床面から15cmの位置に帯電微粒子水発生装置を設置し、ウイルス液を滴下したガーゼに帯電微粒子水を曝露して、効果を確認。帯電微粒子水の基礎的な研究データであり、生活空間での使用条件とは異なります。
平井 なるほど。今は感染症の予防に3密対策やマスクの着用が大事だとされていますが、そこにプラスアルファで「帯電微粒子水」が加わるということなのでしょうか?
品田 そうですね。みなさんにそう思っていただけるように、努力していきたいと考えています。
平井 医療施設や高齢者施設からの引き合いも多そうですね。
品田 ええ、すでに多くのお客様に導入していただいています。その他、帯電微粒子水技術はオフィス、商業施設、公共交通機関など、さまざまなところで利用されています。
 感染症対策だけでなく、ありとあらゆる空間をクリーンに、快適にするテクノロジーです。
平井 ちなみに、家庭での利用はどうですか?
品田 換気はもちろんですが、家庭にはオフィスや公共の施設と違って、匂いのするものがたくさんありますよね。ペットを飼っていたり、料理をしていたり。
 先ほど申し上げた通り、帯電微粒子水には脱臭効果があります。家庭の嫌な匂いを絶つという意味では、とてもわかりやすいソリューションとなります。
 また、今、家庭用では全館空調が非常に伸びています。1台の大きなエアコンを24時間稼働させるのですが、当社のクリーンテクノロジーですと空気の清浄度が高く、家の中にほこりがほとんどたまらない。1カ月も掃除をしなければ、普通は窓のサッシを指で拭えばほこりが付くものですが、それがないんです。
平井 へー! それはすごいですね。
品田 ちなみにエアコンは最初に部屋を冷やすときが最も電気代がかかります。一度冷えた部屋でコンプレッサーがゆっくり回っているときは、実はあまり電気代がかからないのです。そのため、エアコンを頻繁につけたり消したりするよりも、一定程度の時間以上つけているほうが省エネになるのです。
平井 それは、知らない人が多いでしょうね。
 今、私たちは空調で温度や湿度、風量などを調整できるわけですが、そのためにはそもそも生活者自身が自分の好みの空質を知っていなければなりませんよね。
 ある人が特定の空質を好んでいる場合、その空質を再現できると、また空調は新たなステージへ行けるのではないでしょうか。
品田 おっしゃるとおりです。私どもにとって今、個々人に合わせて空質をどうカスタマイズしていくかが大きなテーマになっています。
 最終的には、AIを活用して個々人にカスタマイズされた空質をエアコンが自動で実現してくれるようになる。そんなエアコンの開発を進めています。

日本の「空質」テクノロジーを世界へ

──日本の「空質」テクノロジーの海外での可能性について、どうお考えですか?
品田 世界と比較すると、日本の空質は非常に良いです。
 アジアではまだ大気汚染が深刻です。中国はPM2.5、インドネシアやマレーシアなどの東南アジアでは煙害に苦しんでいる。
 しかし、これまで彼らはそれを当たり前のものとして受け入れていました。それが、生活のレベルが上がるにしたがって、だんだんと空質への意識も変わりはじめています。
 欧米でも、単純にエアコンで冷やすという行為は一般的ですが、まだ空質という概念は希薄だった。しかし、新型コロナウイルスが蔓延したことで、空質は大きな社会課題になっています。
平井 日本ではすでに当たり前のものになっていた空質への関心が、新型コロナウイルスによって、世界共通のものとなったと。
品田 はい。アジアも欧米でも、クリーンテクノロジーへの潜在的なニーズは日本以上にあるのではないかと思います。
 パナソニックが帯電微粒子水生成技術を開発してから、すでに20年がたちました。今こそ、日本のテクノロジーがグローバルで役に立つときです。
 今、このコロナ禍だからこそ、世界中の人々に私どもの技術や製品を知っていただきたいですし、発信していく義務がある。健康的で安全な空間を実現するお手伝いをしていきたいですね。