キャンピングカーの「エアビー」。バンライフがもたらす自由

2020/9/10
 大きな変化に際して、私たちは「豊かさ」の再考を迫られている。
 そんななか注目されているのが、必要なものだけを持ち、「バン」で移動しながら自分らしいライフスタイルを実現する「#VANLIFE(バンライフ)」だ。
 Carstay株式会社は日本初のバンライフ総合プラットフォームを実現しようとしている。時間にも場所にも縛られない、新しいライフスタイルについて、代表取締役CEOの宮下晃樹氏に話を伺った。
本連載は、次世代モビリティをテーマにした番組「モビエボ」と連動。番組に登場するイノベーターの取り組みやビジョンをさらに深掘りしていく。
【配信中】なぜ「バンライフ」は人を惹きつけるのか

国内に眠るキャンピングカーは200万台

──インスタグラム「#vanlife」のハッシュタグには805万件以上の投稿があり、バンライフは今や世界的な広がりを見せるあこがれのライフスタイルです。なぜそんなに人気なんでしょうか。
宮下 一番の魅力は、その「自由さ」ではないでしょうか。
 自分が過ごしやすいようにクルマを改装したり飾ったりして、さまざまなところに出かけていく。
 その様子をアップするYouTuberが世界中で人気を集め、最近では日本でもたくさん生まれています。
 クルマなら好きな時に好きな場所に行けるし、時間と場所の制約から解放されます。そんな自由に、多くの人があこがれるのではないでしょうか。
 また、クルマを自分らしく改装したり暮らし方を工夫することで、自己表現や自己実現できることも魅力だと思います。
 家やホテルと違い、バンライフは「自分が欲しい豊かさ」を持ったまま好きな場所に移動できます。「人生のハンドルを握ってる感覚」はより強いかもしれません。
 20世紀最大の発明であるクルマと魅力的なライフスタイルを掛け合わせることで、クルマが持つ移動の価値を再定義するのがバンライフではないかと思います。
──単純な車中泊から、「あこがれのライフスタイル」に進化しているのですね。
 その通りです。元々「バンライフ」という言葉を広めたのは、元ラルフローレンのデザイナーのフォスター・ハンティントン氏でした。
 アメリカでは2005年8月の大型ハリケーン「カトリーナ」以降、防災意識とミニマリズム思考が高まっていました。
 そのころニューヨークでの仕事に疲れ切った彼は、必要最低限のものだけをバンに積み込んで、車中泊で移動しながら仕事をする生活を始めたんです。
 彼は旅の様子を「#VANLIFE」のタグを付けてSNSに投稿し、「これが次世代の豊かさではないか」と投げかけた。これが自由でカッコいいと話題になりました。
愛犬とバンライフを楽しむ女性(Eva Blanco/iStock)
 そして、リーマン・ショックで多くの人が「豊かさ」の再考を強いられた2009〜10年ころ、欧米ではビジネスマンたちがスーツを脱いでバンライフを始めるというムーブメントが起きたんです。
 2017年に出版された写真集「Van Life: Your Home on the Road」は特に反響が大きく、そのころから日本でもバンライフというスタイルが知られるようになりました。
 海外の流れを見ていると、「ようやく日本でも!」という印象です(笑)。
2017年に出版された写真集「Van Life: Your Home on the Road」より

C2Cで「クルマがあるから楽しい」をつなぐ

──改めて、「バンライフ」の事業について教えてください。
 私たちが提供するサービスは主にクルマを扱う「バンシェア」と宿泊場所を扱う「カーステイ」があります。
「エアビーアンドビー」のキャンピングカー版と言えば、イメージしやすいかもしれません。
 「バンシェア」はバンライフを楽しみたいユーザーと車中泊可能なキャンピングカーやバンをつなぐ日本初のカーシェアリングサービスです。今年6月にリリースしました。
 実は国内にはキャンピングカーやバンが約200万台あります。そのうちレンタカー会社が約1000台、残りは全て個人所有。199万9000台のキャンピングカーは年間約340日以上、駐車場で眠っているのです。
 それらを安心・安全にシェアリングできる仕組みがあれば、より多くの人がバンライフを体験できるというのがバンシェアのコンセプトです。
 現在、約300人のオーナーがバンシェアに会員登録していただいており、約70台分をシェア車両として公開しています。9月中には100台公開が目標です。利用者が多い関東中心から徐々に全国に広げています。
 ちなみにシェア車両に登録できる基準は「大人1人以上が快適に車中で寝られること」です。180センチ以上のフラットなスペースがあるかなどが条件で、車内で横になった姿の写真を送っていただいて審査しています。
取材当日、宮下氏が利用していたバンシェアのクルマ
 「カーステイ」は、車中泊やテント泊ができる場所とユーザーをマッチングするサービスです。宿泊スポットは全国で約200カ所あり、地域ならではのアクティビティなど観光体験も併せて提供しています。
 例えば、長崎県の島原城にも泊まれるんです。天守閣の真横にある駐車場で車中泊できるので、城主気分が味わえます。
長崎県・島原城(hayakato/iStock)
 花火大会や音楽フェスなど、その日だけ大人数が訪れるイベントにも対応できるのではないかと計画中です。
 特に最近では、「ドライブインフェス」や「ドライブインシアター」など、車で訪れることが前提のイベントも開催されています。
8月に開催された音楽イベントの様子 ©️ドライブインフェス by Afro&Co.
 キャンピングカーで参加することで、より快適に過ごせたり、イベント以外の旅程も考えられたり。楽しみが広がるのではないかと思います。

日本初キャンピングカーのシェア保険

──クルマと場所、両方をカバーしているのですね。サービス開始までに障壁となった点はありましたか?
 一番ネックだったのが保険です。キャンピングカー、しかもカーシェアの保険は今まで日本にありませんでした。
 キャンピングカーは高価で、中には数千万円するものもあります。オーナーにとっては大切な財産を他人にシェアするのは不安だし、ユーザーも賠償が不安になってしまう。
 そこで、三井住友海上とキャンピングカー向けの「カーシェア保険」も開発しました。
 この保険はCarstayが契約者なので、ユーザーはサービスを予約・利用すれば、特別な手続きをすることなく自動的に保険に入れます。
 保険料も1回約2000〜3000円と一般的な1day保険程度の価格に設定し、車をシェアする側も使用する側も安心して利用できる体制を整えました。

キャンピングカーは有事のインフラにもなる

 実は、元々はバンシェアを4月1日発表予定で準備を進めていました。
 でも3月26日に東京都で外出自粛要請が出て、4月7日には緊急事態宣言が発令されました。
 当時はそれらがいつ終わるのかも分からず、とても「車でレジャーに行きましょう」と言える状態ではなかった。バンシェアの発表はいったんストップしたんです。
4月7日、緊急事態宣言が出された(写真:アフロ)
──実際には4月に、医療従事者向けの「バンシェルター」をリリースされました。
 「バンシェルター」プロジェクトはキャンピングカーを医療現場へ無償で貸し出し、医療従事者の休憩所やPCR検査場所として使っていただく取り組みです。
 今年4月5日に立ち上げ、現在も活動は続いています。
Carstay事業紹介スライドより
──元々「バンシェルター」を展開しようという構想はあったのでしょうか?
 いえ、全くありませんでした。バンシェアがリリースできずとても落ち込んだのですが、それならこの事態に何ができるか、と考え始めたんです。
 バンシェアのリリースを控えていたので、すでにキャンピングカーが30台ほど準備できていたことがアイデアのヒントになりました。
 海外の動向を調べると、ニュージーランドやアメリカではキャンピングカーを国や医療機関に提供していました。
 クルマを非常時のシェルターなどに活用してもらう動きがある、と知ったんです。
 この活動はキャンピングカーだからこそできる社会貢献だし、「日本のバンライフ・リーディングカンパニーを名乗ろうとしているなら、自分たちがやらなければならない」と使命感が湧いてきました。
 これまでに神奈川県からの支援要請を含め、8月末時点で26施設に計52台を搬入しています。
バンシェルターの様子(写真提供:Carstay)
 運営費用をクラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」で募集したところ、2カ月間で800万円の寄付が集まりました。
 さらにトヨタファイナンシャルサービスとKINTO、デンソーなどの協賛企業からも支援を頂きました。
──実際に利用されている様子はいかがでしたか?
 特に印象深かったのは、キャンピングカーで30分くらい休むと、「家の庭に置けるかな」とか「収束したら旅に行きたい」という楽しい会話が自然と生まれたことでした。
 緊迫した医療機関にあっても、キャンピングカーを体験することで雰囲気が和み、心が休まる時間にもなっていたようです。
 実際に医療機関での様子を見て、キャンピングカーは「有事には誰かを助けることもできる」と確信が持てました。

コロナ禍の逆風を追い風にする

──活躍の機会はレジャーだけでなく、非常時にもあると「バンシェルター」で実証できたのですね。
 偶然と戦略の両方がありました。バンシェルターを通じてキャンピングカーの利用価値を知っていただけましたし、結果的にバンのある新しい暮らしを認知してもらえたと感じます。
 また、社会的にもコロナ禍でテレワークが普及し、「どこでも働ける」という社会機運が高まりましたよね。
 これまではYouTuberやフリーランスの方しかできないと思われていたバンライフが、企業で働くビジネスパーソンでも実現可能だと知られ始めた。
 最近は家で電話会議の場所がないことから車中をワークスペースにする方が多く、キャンピングカーの購入希望者が増えています。
 バンシェアの利用者数も6・7月は全国的に増加し、ワーケーション目的の利用者も増えたことから、平日の予約も増えている状況です。
快適な車内。バンで仕事もできる
──時代のニーズを捉えたスピード感ですが、起業マインドは元々あったんですか?
 いえ、ありませんでした(笑)。20歳で公認会計士の資格をとり、新卒入社した監査法人では、スタートアップ支援の部署に配属され、会計士として働くことに満足していました。
 しかし起業家の方々に接してみると、想像以上に熱かった。良いも悪いも含めてかっこいいと思ったんです。
 1回しかない人生、自分も価値を生み出せるようになりたいと起業を志すようになりました。
 当初、親戚や友人は反対していましたが、「失敗しても公認会計士の資格があるから大丈夫」と説得して2年ほど働いた監査法人を辞めました。
 その後、訪日外国人をガイドするNPOを立ち上げ日本中を案内して回りました。
  NPOだけでは全ての旅行者を案内できないし、外国人旅行者の間でも「自分で調べて巡ってみたい」「キャンピングカーで日本中を巡りたい」というニーズがあります。
  ところが、日本では旅行者が気軽にキャンピングカーを予約決済できるサービスがなかった。「だったら自分が!」と発起したんです。
  今はコロナ禍でインバウンド需要はありませんが、「カーステイ」も「バンシェア」もインバウンド、さらにはアウトバウンドの市場をも狙っています。
  このコロナ禍が落ち着けば、必ず需要はあると見ています。
──未来にはさらにニーズがある、と。
 はい。拡大を見越して、会社自体も少しずつ成長しています。自分一人で始めたCarstayも現在は外部メンバーを含めて約20〜30人のチームに成長しました。
 8月には元ZOZO執行役員の田端信太郎がCMOとして加わりました。
以前からキャンピングカーが欲しかったという田端信太郎氏(左)。「アウトドアの素人から見たら、Carstayの事業は伸びしろだらけ。CMOとして本気で成長を考えている」

クルマはこれから「可動産」になる

──今後の展開と将来の夢は?
 Carstayは【誰もが好きな時に、好きな場所で、好きな人と過ごせる世界をつくる】をミッションに掲げています。国内はもちろん、バンで世界一周する夢を叶えるサポートをしたいですね。
 そして、私たちはキャンピングカーを動く不動産こと「可動産」と捉えています。
 自動運転が実現すれば、クルマが単なる移動手段ではなくなります。将来はキャンピングカーだけでなく、全てのクルマが「移動する空間、可動産」になるでしょう。
 それを見据えて、さまざまな企業や自治体との協業を進めています。
 例えば京急電鉄との三浦半島でバンライフを楽しめる「駅×可動産」サービスの開発や、NTT東日本との山間部の車中泊スポットを活用した実証実験を行っています。
横浜ベイサイドにオープンする「Mobi Lab.」。モビリティ×5G技術をコンセプトに、未来の「旅・仕事・暮らし」を共創・体験できる。Carstayの本社(トレーラーオフィス)もここに移転予定。
 バンライフは旅のスタイルとして広まったので、次は働き方の一つとして定着させたいですね。
 最後は暮らし方、ライフスタイルの提案まで広げることで、「ニューノーマルの豊かさ」の一つのあり方を提供していきたいと思っています。
(取材:安西ちまり、構成:柴田祐希、編集:久川桃子、写真:小池大介、デザイン:月森恭助)