【澤円】元ポンコツSEが教える「プログラミングの学び方」 

2020/9/11
小学校でのプログラミング教育が、2020年度から必修化した。プログラミングは特定の人のための特殊技能ではなく、もはや“一般教養”となりつつある。
学ぶべきとは感じつつも、実際どう勉強すればいいのか。そんなふうに悩んでいる人もいるだろう。
文系SEとして社会人キャリアのスタートを切った、自称 “元ポンコツエンジニア”の澤円氏に、ビジネスパーソンがプログラミングを学ぶ際の心得について聞いた。

プログラミング的思考で、世界を見る解像度が上がる

──プログラミングで操作するパズルゲームをやったことがあるんです。動くには動くのですが、手数が多いと点数は低い。いかにシンプルなコマンドにまとめるかがカギだとは理解できたのですが、難しかったです。
 最初はそれで十分ですよ。
──えっ、そうなのですか?
1969年兵庫県生まれ。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT系子会社に入社。97年にマイクロソフトに入社し、情報共有系コンサルタント、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任。18年に業務執行役員に就任し、20年8月に退職。「プレゼンの神」と呼ばれ、年間300回以上のプレゼンをこなす。近著に『個人力』(プレジデント社)
 プログラミングをかじってみて、「効率化を考えるのが大事」とわかったわけですよね。まずはそれで十分。どんなものかを“知っている”ことが重要なんです。
 ビジネスパーソン全員がプログラマーになる必要はありません。プログラミングの基礎だけでも知っておけば、世の中の成り立ちがわかるようになります。
──世の中の成り立ち、とは?
 たとえば、新たにどんなサービスが生まれてきたとしても、ビジネスの構造や裏側にある狙いが透けて見えるようになります
 プログラミングの基本は「if文」です。if文とは「もしAだったら、Bしましょう」と、特定の条件で処理を実行する構文です。Excelのif関数と同じですね。
 経営会議を例にとりましょうか。「もし、年度末までに月の売上額が100万円を超えなかったら、この事業は撤退しよう」と決めたとします。
 これをif文に置き換えると「if 3月の売上が100万円未満」なら「then stop this business」となる。Notなら「then keep this business」。これがプログラミングの基本的な考え方です。
──なるほど。プログラミングがだいぶ身近に思えてきました。
 if文は、ほとんどのプログラミング言語に存在します。こういったプログラミングの基本を押さえておくと、物事を構造化してスピーディに理解し、人にわかりやすく共有したり説明したりできるようになるんです。
 なおかつ、それをほかの人にもわかる状態で示し、説明できるようにもなる。ビジネスパーソンにとって大きな武器になるんですよ。
 プログラミングとは何のためにあるかというと、確実に再現させるため。再現性を保証するのがプログラミングなんです。
 さらに、現在の世の中を動かしているのは「ソフトウェア」です。世界のリーダーたちが発信するSNSも、リモートワークに不可欠なZoomやTeamsも、生活インフラとなりつつあるAmazonや楽天市場も、動かしているのは全部ソフトウェアでしょう?
 そのベースであるプログラミングを知っているということは、世の中を動かす“源流”を知っていることと同義なんですよ。世界の表側だけじゃなくて裏側も見えてくる。世界を見る解像度が上がるわけです。
 ……と、今でこそ僕も偉そうにしていますが、もともとエンジニアとしてはポンコツでした。
──これまでのお話からは、澤さんにそんな時代があったなんて想像できません。
 僕は、いわゆる“文系SE”だったんですよ。
 内定式も終えてから、社名だけで選んだような就職がバカバカしく思えて辞退しちゃったんです。そこで、改めて何になろうかと考えたときに、『007』のQとか『バットマン』の執事アルフレッドって、かっこいいじゃん!と思って。
 彼らは現場には出ませんが、そんな凄腕エンジニアたちの開発した道具のおかげで、ヒーローたちの活躍がある。
 エンジニアという「世の中の本質を理解し、優れた戦略を立てる職」への憧れから、文系SEを募集していた生命保険会社のIT系子会社を受け直して、内定をもらいました。
「“ありたい自分像”がキャリアの原点」と語る澤氏
 とはいえ、僕は経済学部出身。ITの知識もなければ、時代はWindows 95の登場前で、パソコンも持っていない。だから最初の2年間は、SEとしてまるで役に立ちませんでしたよ。

挫折から救ってくれるのは「人」

──2年もの間、壁にぶつかりつつも、なぜ文系SEとして学び続けられたのですか?
 人に恵まれたからですね。
──たしかに、どんな人に教わるかは大事ですよね。
 そう、一方的に教える講師ではなく、こちらの話に耳を傾け、向き合ってくれる相談相手のような存在が非常に重要だと思います。
 新卒でSEの勉強を始めた頃は、わからないことだらけでした。何がわからないのかさえ、わからない。
 プログラミングを学びだす人は、僕と同じように、きっと「何がわからないかがわからない」「わからないことを言語化できない」状態を経験するはずです。これが最も苦しい。一人で勉強していたら、きっと行き詰まって挫折していたでしょう。
 幸い僕の場合は、上司や先輩が挫折から救ってくれました。つまずいている理由を僕自身が言語化できるまで、辛抱強く向き合ってくれたんです。
 その意味で、初学者が気軽に相談や質問をしやすいシステムが備わっているスクールは、プログラミングを学ぶ上で有効だと思いますね。
キラメックスが運営する「TechAcademy(テックアカデミー)」は、完全オンラインのプログラミングスクール。現役エンジニアのマンツーマンメンタリングが受けられるほか、毎日チャットで質問も可能。プログラミング初心者にも最適な学習環境が整っている
 ちなみに、わからないことを言語化するのに一番手っ取り早いのは、人に教えることです。特に、あっという間に上達するお子さんに教えるのは、強烈な成功体験につながります。
──誰かに教えるのが難しい場合は、どう言語化のトレーニングをすればいいのでしょう。
 受発信のアンテナを高めることですね。「アンテナを高く」と言うと、情報収集のほうばかりイメージされがちですが、発信は受信の質も高めてくれます。
 僕はよく「Twitterで1日5ツイートしなさい」と言うのですが、これは発信量を増やすと受信量もおのずと増えるから。発信するには言語化は避けて通れませんし、ネタ集めのための受信にも意欲的になります。
 さらに発信を続けていくと、「この人はこういうことに関心があるんだな」と気づいて、情報をくれる人が現れます。これは発信者だけに許された特権です。
 プログラミングを勉強しているなら、その学習プロセスやわからないことについて、SNSやブログでどんどん発信してみるといいと思います。
──プログラミングを学ぶ環境づくりのポイントはありますか?
 ツールは何でもいいんです。それより大事なのは、環境への投資をケチらないこと。特に、プログラミングを学ぶならハードウェアは贅沢するべきです。
 そこをケチると「動作が遅い」「接続が切れる」といった“戦わなくていい相手”が増える。投資をケチって生じたロスは全部、生産性に跳ね返ってくるし、余計なストレスになります
 僕もコロナ禍を機に、70万円ほどつぎ込んでデスク回りをリモートワークに最適化しました。もちろん、みなさんは、ここまで変態的な環境を構築しなくて大丈夫ですよ(笑)。
オンラインでの取材やイベントが一気に増えたことを機に、リングライトや固定カメラ等のフル装備となったデスク回り。ガジェット好きな澤さんのこだわりが窺える
 今は独学でもプログラミングが勉強しやすい時代になりましたが、効率や生産性のためには、やはり投資を惜しまないほうがいい
 何より、学びの効率を上げてくれるのは“おもしろがる姿勢”です。
 新しくておもしろそうなものには片っ端から飛びついていい。自分がおもしろがれることはストレスフリーでいくらでも続けられますから。流行りかどうか、役立つかどうかはあまり気にしなくていいんです。

“全世界同時リセット”のチャンスを逃すな

──コロナ禍で余暇が増えた人も多い今こそ、新しい学びを始めるのに最適なタイミングかもしれませんね。
 今が学びのチャンスとなる理由は、それだけではありません。
 Windows 95の登場で迎えたインターネット元年、“全世界同時リセット”がかかりました。
 従来のビジネスモデルや価値観がひっくり返り、世界中が一人残らず全員、初心者に戻った。ポンコツの僕にも挽回できるチャンスが訪れたんです。
 新型コロナウイルスの感染拡大は、そんな95年以来の“全世界同時リセット”だと思います。もう元の世界に戻ることはありえない。感染症の脅威を前に世界が再構築されるこの機会を、自分のために活用しない手はありません。
 テクノロジーを活用して、人と人との物理的な接触を減らさねばならない時代に、プログラミングを学ぶメリットは計り知れない。
 プログラマーになれば、どこにいてもコードさえ書ければ商売ができる。あるいは、自分のところで何か構築しないといけないときに、どこかに発注しなくても自分で作ることもできるわけです。
 その好例が三重県の「ゑびや大食堂」。Microsoftのグローバル事例として、CEOのサティア・ナデラの講演でも紹介されました。
 ゑびやは、伊勢神宮の近くにある老舗飲食店。先代の娘婿として後を継いだ代表取締役の小田島春樹さんが、来客予測のAIシステムを独学で作り上げました。
 気温や降水量、市内の宿泊者数など約200ものデータを基にしたこのシステムで、売上高を2012年から7年間で約5倍に拡大。プログラミングによる効率化は、これだけビジネスを成長させられる力があるんです。
ゑびや公式サイトのトップページ。時間帯別の混雑予測システムの的中率は、90%を超えるという。このノウハウを活かし、18年にはサービス業向けデータ解析事業を手掛けるEBILABを設立した
──すごい。腕利きのプログラマーでなくてもいいわけですね。
 現在の世の中は膨大なデータで成り立っています。そのデータをいかに活用するかが、あらゆるビジネスの成功のカギ。そこで欠かせないのがソフトウェアであり、プログラミングなんです。
 僕がプログラミングを学び始めた頃と比べて、今は恵まれています。インターネットは自由に使えるし、コミュニティやスクールもたくさんある。
 これだけ学びに適した機会が巡ってきているのだから、プログラミングが気になっているのにやらないのは損。おもしろがる姿勢でぜひ飛び込んでみてほしいですね。
(構成:横山瑠美 編集:中道薫 撮影:森カズシゲ デザイン:田中貴美恵)