【安宅和人×三村真宗】“Pandemic -Ready” な社会づくりを妄想せよ

2020/9/3
 ハンコ、領収書まみれの経費精算、朝9時の出社、会議時に用意していた紙資料……。今までは「これが普通」と思考停止になって踏襲してきた行動だが、コロナ禍はこれらを見つめ直すきっかけになった。

 「コロナ禍は、日本が変わる、進化する大きなチャンス」。ベストセラー『シン・ニホン』の著者であり、慶應義塾大学環境情報学部の教授とヤフーのCSOを務める安宅和人氏はこう言う。

 予想もしなかった“Withコロナ”時代、私たちは何を変えるべきなのか。

 『シン・ニホン』で日本の未来を提示した安宅氏と、日本企業がおざなりにしている間接業務の改革を中心に、企業のムダやムリの撲滅を支えるクラウドベンダー・コンカー社長の三村真宗氏に、ニッポンの行く末を語り合ってもらった。

リモートワークに否定的な企業=コロナブラック

──コロナ禍によって、ビジネスもプライベートも多くのことに変化を余儀なくされましたが、安宅さんは企業に与えた最も大きなインパクトは何だと思っていますか?
安宅 シンプルに言って、会社に行かなくても仕事はできるし、会社は普通に回ることを多くの人がわかったんじゃないですか。
 同じ場所・同じ時間に、いつもみんながいる意味なんてないことに気づいた。極端な例としてオフィスを撤廃する企業も出てきましたよね。
 実際、私が籍を置くヤフーでは2月の後半以降、ほぼ誰も出社していないから、20フロアもある永田町の本社ビルは空っぽ。
 僕もこの5カ月程度で2〜3回しか行っていません。
三村 オフィスの在り方は確かに問われていますよね。今日はこの取材があったので、オフィスに来ましたが、通常は自宅で仕事をしています。
 久しぶりに出社して、ガラガラのオフィスをみると「賃料を払って、オフィスを維持する必要あるのだろうか?」と思ってしまいます……(苦笑)。
 実は私、コロナウイルスがまん延する前は、社員とのコミュニケーションの観点からリモートワークには消極的でした。
 ですが、コロナ禍でそんなことを言っていられる状況ではなくなり、リモートワークに移行せざるを得なかった。最初は不安が大きかったんです。
 でも、やってみたらメンバーとのコミュニケーションは問題ないし、そればかりか集中できるし、家族との時間を作りやすいなど、出社しないことのメリットもあった。
 だから一気に方針転換して、今は完全にリモートワーク推進派です。
安宅 三村さんはリモートワークに消極的だったんですね。でも、そこから一気に方針を変えたところがいいですね。
三村 こんな状況でも、リモートワークができない企業は多いと聞いています。その理由は主に2つあると思っていて、1つは経営者やリーダーの価値観が変わっていないこと。
 これだけ世界が大きく変わっているのに、従来の考えに固執したり、変化を恐れたりして体制や仕組み、ルールを変えようとしていない
 私も肝に銘ずるところですが、それではこんなに激変する時代を生きていけないと思います。
 もう1つは、リモートワークを行う環境が整っていないこと。
 キャッシュレス化やペーパーレス化が進んでいないことで出社を余儀なくされるケースがあると聞きます。
 アナログ業務が中心で、押印や紙の書類提出のために出社しなければいけないバックオフィスワーカーはその代表例ですよね。
 こうした業務もテクノロジーを使えば、いくらでもリモートワークにできるのですが、活用しない・しきれない結果、従来と同じ働き方にとどまっている……。
 コロナ禍によって、社会のデジタル化のスピードが加速し、経営者のテクノロジーへの理解や変化を受け入れる姿勢が、競争力の差を広げていくような気がしています。
安宅 三村さんの言われる通り、強い企業と弱い企業の「格差」が広がる可能性は高いかもしれません。
 格差だけでなくリモートワークなど新しい働き方を取り入れることができずに、以前のまま変われずにいたら従業員からの評価は落ち、そのうち「コロナブラック企業」と言われてしまうでしょう。
 必要なのは、常識や当たり前と世間で言われていることを疑い、最適解を思考することです。

安宅氏が注目する「Withコロナ」テクノロジー

──「変化」を実践するうえで、テクノロジーの活用はどんなシーンでも必要不可欠だと思いますが、Withコロナ時代に安宅さんが注目をしている技術は何ですか。
安宅 1つは「換気と空気清浄化」です。
 これまでの社会は、密閉した空間で人が密になって活動していましたが、Withコロナの状況下では開放した空間で人が疎になって活動する必要があります。
 ここに向かうトレンド的な力を私は「開疎化」と呼んでいます。「疎」は単に人を入れなければいいので簡単ですが、「開」が非常に難しい
 ほぼすべての高層オフィスビルは窓が開かないし、商業施設も娯楽施設もライブ会場も、そもそも「密閉×密集×密接」を前提として作られてきました
 だから、空気を強力に入れ替える、その空気を清浄にするテクノロジーの開発は、早急に必要だと思います。
 2つ目は、「ラストワンマイル・モビリティ」
 今までは人が物理的に動く社会でしたが、これからは人よりモノが物理的に動く社会に変わります。
 自粛期間中、配送所や店舗などから家やオフィスへのデリバリー需要が爆増したことが、その証しでしょう。
 既存の物流には余力がなくなってきているのは周知の事実で、物流には劇的な進化が必要。
 ラストワンマイル・モビリティを支えるサービスを開発できたら、その企業は中国同様ユニコーンになると思います。それくらいポテンシャルが高い。
 3つ目は、ブロックチェーン技術を活用した個人認証に加え、ウイルスの抗体・免疫保持を可視化する仕組みで、これがさまざまな空間への立ち入り許可証に変わると思います。
 ただ、生命を守るクリティカルな情報ですし、いずれ個人IDの一部になると思うので、いかにセキュアに保持する仕組みを作れるかが問われます。
 それと、三村さんが推進されているキャッシュレスも当然必要です。
 僕は、今後のペイメント(決済)において、非接触型のキャッシュレス以外の選択肢は考えづらいと思っています。
 世界に比べて日本のキャッシュレスは遅れていますが、それは国の事情が違うから。
 中国でキャッシュレス決済が急速に広まったのは、お金(お札や硬貨)の流通状況が悪い、偽札が多いという問題に加えて、一番の理由は現金が汚かったからです。
 実際、中国では現金を普通に触る職業の人は、一般人の何倍も肺炎になりやすいという事実があったと聞いています。
 中国のキャッシュレス化を推し進めた現金の「汚い・信じられない・足りない」といった3つのドライバーの中の「汚い」が、全世界で共通の課題になったので、Withコロナの状況が続く限り、お札もコインも急激にキャッシュレスに変わっていくと思われます。
 日本の場合は現金の流通が整っていたし、偽札もなく、もちろん現金も清潔だったからキャッシュレスがそこまで浸透しなかったわけですが、利便性だけでなく衛生面からもキャッシュレスは進むはず。
 そのうち、子どもが現金に触ろうとしたら「触っちゃダメ!」と叱られるようなことだって、これからは十分考えられます。

「非接触型社会」の第一歩、経費精算は完全ペーパーレスへ

──安宅さんはコロナが落ち着いても、5年後10年後には次の疫病がやってくる、だから、それを踏まえた新しいインフラの整備が必要だと指摘されています。
安宅 人類と野生動物の生活空間があまりにも近づいており、SARS-CoV-2(COVID-19の原因ウイルス)やHIVのように、野生動物を自然宿主とした病原体が人類に伝播しやすい状態は悪化の一途です。
 今回はどうもコウモリからですが、すでに3300万人もの命を奪い、サブサハラでは長年死因一位のエイズの原因ウイルスは、元は野生のサルから来たものです。
 また温暖化の加速に伴い、数十年のうちに北極やツンドラの氷が一度はおおむね解ける可能性が高く、人類の先祖たちを襲ってきたさまざまな病原体が氷の中から出てくることは、十分考えられます。
 その中に、100年前のスペイン風邪を超えるような強烈なウイルスがあっても、何らおかしくはない。
 つまり、僕らはこれからも短いスパンでウイルスの脅威にさらされ続ける可能性が高く、COVID-19で終わりではないんです。
 今回のコロナ禍が2〜3年後に終息したとしても、その数年後には次の疫病がやってくるかもしれないという前提で社会を再構築しなければいけません。
 だから今は「Withコロナ」と言っていますが、むしろ「With Pandemic」のほうがしっくりくるかもしれません。
 パンデミックに備えるために、あらゆる面で社会をリ・ビルドする「Pandemic-Readyな社会」を考える必要があるでしょう。
三村 先ほどもキャッシュレスの話がありましたが、Pandemic-Readyな社会では、確実にソーシャルディスタンスの確保と、非接触型へのシフトが重要になると思います。
 接触型業務のいい例がハンコですが、実はハンコの法的効力はあまりなく、企業の方針でやめることが可能なんです。
 一方で、法律に縛られていたのが、領収書の原本を必要とした経費精算です。
 コンカーは、このペーパーレスとキャッシュレスにずっと取り組んでおり、中央省庁・政府与党・関係団体との粘り強い交渉を続けた結果、電子帳簿保存法の規制緩和を実現させました。
 具体的には、今年の10月1日から、法人カードや「Suica」「PayPay」などのデジタルデータの利用明細があれば、領収書の受領や保管が不要になります。
 つまり、キャッシュレス決済の経費精算は完全ペーパーレス化が実現するのです。
 今はキャッシュレス決済をすると利用明細データがコンカーのクラウドサービスに自動で送られ、経費精算は自動で完了するインフラを構築している最中で、ヤフーグループが運営する「PayPay」にはすでに実装しましたよ。
安宅 面白いですね。経費精算は仕事でみんなが行うこと。それだけに影響力は大きい。
 徹底的にサービスを磨いて、ムダな作業をなくそうとしていて、それが衛生面にも貢献している。Withコロナ時代に適したサービスの一つがコンカーであることに間違いないですね。
三村 ありがとうございます。経費精算は面倒で地味、些細な業務かもしれませんが、おっしゃる通り、ほぼすべてのビジネスパーソンが行う仕事。
 この仕事をなくすことは大いに社会的意義があると思っています。

あらゆる不条理を破壊して、未来をつくる

──安宅さんは、『シン・ニホン』で日本には妄想力と既存産業の強みがあるから、うまく組み合わせたら日本は再び立ち上がれると提案されています。改めて、世界が激変した今、私たちは何を意識すればいいでしょうか?
安宅 どういう社会にしたいのか、どんな状態ならベストなのかを一人ひとりが考え、仕掛けないと、残すに値する未来は作れません。
 どんな未来を作りたいのか、自分はどうしたいのか。固定観念を取っ払い、真剣に考えてほしいし、妄想してほしい。
──当たり前のように感じているものも疑うのが必要ということですね。
安宅 その通りです。今の社会のルールや仕組みは、不条理でおかしいことがたくさんあるんですよ。
 たとえば、日本の小中学校で当たり前にやっている「気をつけ」「起立」「休め」「前ならえ」「組体操」などは、他のOECD諸国からしたら、ほとんど理解できない習慣です。
 外国人にこれが一体何なのかを説明するのは困難で、歴史的な経緯を説明すると「なぜ戦前からの軍事教練を今も?」と言われるほど。
 同じように、世の中には不条理なことがたくさんありますが、社会を作ってきたさまざまな仕組みがWithコロナの状況で壊れ始めている今は、大きなチャンスです。
 日本の社会は、やるべきことの多くをやってこなかったぶん、大きな伸びしろがあります。
 法的には必要ないはずなのにハンコがいる書類など、昔からの慣習だからと引き継がれ続けている謎のルール・慣習はたくさんありますから。
 企業も人も、認知バイアスや、できない理由を並べた“呪いの言葉”からの脱却が必要なのです。
三村 本当にそうですね。日本人や日本企業は「これまでそうだったから」と思考停止して、不条理な常識を疑う力が多少弱いのかもしれません。
 ただ、それは安宅さんの言う通り、変われる範囲が広いということ。チャンスです。
 私たちが手がける領域の経費精算も変われるところがたくさんあり、そのための法整備もテクノロジーも揃っています。
 経費精算という限られた分野ではありますが、日本企業や日本のビジネスパーソンの“不条理“なムダを省き、新たな常識を作りたいと思っています。
(文:田村朋美、編集:木村剛士、写真:竹井俊晴、デザイン:小鈴キリカ)