【徹底議論】デジタル時代の理想的人材「シン・ジンザイ」と、“開疎”のカギ「シン・地方」

2020/8/26
 あらゆる産業を飲み込む「データ×AI」の潮流、先進企業で急進するDX(デジタル・トランスフォーメーション)、求められる人材・スキル像の変化、そして新型コロナウイルスにより一変した価値観──。
 いま、ビジネスパーソンを取り巻く環境は、風雲急を告げている。
 NewsPicks LIVEでは7月28日、2020年2月に上梓された安宅和人氏の最新刊『シン・ニホン』(NewsPicks刊)で描かれた「目指し創るべき未来」について、有識者が議論を深めるオンラインイベントを開催した。
 本記事では、イベント内の2つのセッションにフォーカス。一つは、シン・ニホン時代のデジタルファーストなサービスと人材育成について考える「シン・ジンザイ ─デジタルファースト時代のプロダクトとヒトの創り方─」
 もう一つは、テクノロジー×地方を軸としたビジネスのポテンシャルを探る「シン・地方 ─開疎化とデジタル格差解消─」だ。そのセッション内容を紹介する。
テクノロジーやデータに触れる機会が圧倒的に増えた今、企業や人はいかにしてデジタルとの共存を成立させるのか。シン・ニホン時代のデジタルファーストなプロダクト・サービスと、それに呼応する人材育成について考える。

DXとは「新しい価値」創出

──先進企業が進めてきたDXはコロナ禍で加速したように思います。ただ、DXの定義は曖昧なので、あらためてお二人の「DXとは?」を教えてください。
安田 アナログからデジタルに変えることで便利になったというだけにとどまらず、それによって新しい価値を生み出せるようになることがDXだと私は思っています。
 モバイル通信機器がポケベルからPHS、携帯、スマホへと移り変わり、今までは会社に行かないと得られなかった情報に社外からアクセスできるようになりました。
 特に今回のコロナ禍で、多くのオフィスワーカーは在宅でも仕事が成立することを実感していると思います。
 在宅勤務の良い点は、通勤や顧客への訪問時に発生していた移動時間がなくなって、有効に使える時間が増えること。
 その時間をイノベーションやリ・クリエーションに使い、失敗を恐れずに挑戦できる組織・人へと変革することもできる。これも一つのDXではないでしょうか。
 それから、テクノロジーによって情報が簡単に手に入るようになった今、情報そのものの希少性は薄れ、情報を使ってビジネスやサービスを生み出すことが価値に変わりました。
 テクノロジーによってビジネスの発想が変わり、人の発想力も成長させられている。つまり、テクノロジーが人を教育してくれているので、ビジネスパーソンはもちろん、初等教育からテクノロジーのリテラシーを高め、発想力を養う必要があるでしょう。
及川 まさに、何か一つのツールを導入するのがDXではありません。中にはアナログのままのほうがいいものもあるので、デジタル化した先に何があるかを理解し、事業の変革や新しい価値創出につなげていくことがDXでしょう。
 それから、日本の場合「内製化して自分たちで物を作れるようになる」という単純なことから考えてみなければいけません。
 物を売って終わりではなく、使い続けてもらうことで収益につながるビジネスモデルに変化した世の中で、社内に仮説検証を繰り返しながらユーザーニーズに応えられるよう改善できる人や機能がないと生き残れません。
 エンジニアに限らずどの職種の人も、テクノロジーを使って何ができるかの“目利き”が必須になるので、安田さんの言うとおり、個々がデジタルのリテラシーを高めることは本当に重要だと思います。

「クレド」を掲げるだけになっていないか?

──デジタルを活用した魅力的なサービスやビジネスを生むためには、どういう組織が求められますか?
安田 変革は、Whyである「ビジョン・目指す姿」とWhatの「ストラテジー・何に注力するのか、顧客の何を変えるのか」と、Howである「エグゼキューション・どのように動くのか、実行するのか、具体的に何を見せて何を話すのか」を変えることで実現します。
 自分たちは何のために存在し、何を目指しているのかがはっきりとしている企業ほど、変革はうまくいく。
 会社の目標に対して、それぞれの立場からカスタマーサクセスを実現させるためにどうするのかを考えられる組織と、その観点で全体を見渡せるリーダーが必要不可欠だと思います。
及川 ビジョンやストラテジーは、プロダクトづくりにも必要です。さまざまな仮説から施策を実行するときに、個々のよりどころになるのがビジョンなどの上位概念
 だから、自分たちは何を実現させてどういった世界を作りたいのか、共通認識を持つカルチャーの醸成が必要です。
──及川さんはグーグルに在籍していたとき、ミッション・ビジョンやカルチャーの浸透によって、組織の結束力が高まるような経験を肌で感じたことはありますか?
及川 私がいた頃は、大企業で安定性がありながら、中はスタートアップのカルチャーが根付いた会社でした。
 たとえばグーグルが上場したときに「我々は一度たりとも普通の会社であったことはなく、今後もそうなろうとは思わない」とメッセージを発信しているんですね。
 大企業的な組織にならないために、規模が拡大してもスタートアップの良さを残すための議論をしていたし、創業者が「グーグルのカルチャーは守るのではなく、進化させていくもの」と公言するほど“変化”は当たり前でした。
 いろんな会社で信条やポリシーなどを明文化した「クレド」を従業員に配布していますが、私がいた頃のグーグルにはそういうものがありませんでした。
 標語を掲げなくても、全員が「グーグルは世界を変えるんだ」と強く思ってワクワクしていたんです。
安田 思いが言葉や行動に現れてはじめてカルチャーになるのですが、多くの企業がクレドを掲げて終わっている感は否めないと思います。
 たとえば、テーマパークで働く人は、その世界観を壊さないために、一人ひとりが言葉や行動、表情まで徹底していますよね。
及川 テーマパークはそのテーマパークが好きな人が働いていることが多いけれど、企業の場合は自分の企業が作っているプロダクトやサービスが好きじゃない人も多く、それが問題だと思っています。
 私がマイクロソフトで働いていたときは、Windowsが世界最強のOSだと思って、Linuxが台頭しても何とも思わないほど自信がありました。
 だから周りの人に自らWindowsの良さをアピールしていたし、社内テストの段階ではバグだらけだったとしても、良いものにするという信念のもとに改良を重ねていた。
 大企業で働く人はそういった思いが薄いので、自分の会社が作っている物を“使わない”というのもまかり通っていますよね。
 そうではなく、一人ひとりがクラフトマンシップを持てる組織は強いと思いますよ。

同質性の高い場所では、狭い世界しか見えていない

──組織づくりだけでなく、デジタルファースト時代における、一人ひとりのビジネスパーソンが押さえておくべきことを教えてください。
及川 「想像力」の欠如が「創造力」を奪います。人への興味や好奇心を持てないと、本当に使う人のことを考えたモノやサービスは作れません。
 キャリアも同じで、好奇心や柔軟性、楽観性、冒険心を持って面白いと思ったら飛びつかないと、キャリアにとって大事な「偶然」と「必然」を得られません。
 どういうことかというと、昔は役立つと思っていなかったことが、ある日急に役に立つという現象は長いキャリアの中で何度も起こります。
 しかし、何も考えずに日々を過ごしていたらその現象は起こらない。キャリアの「偶然」と「必然」を生むには、好奇心や冒険心が必要なのです。
 もう一つ大事なのは、計画的に自分のキャリアに競争力を持たせていくこと。
 世の中に求められているものは何かを考えて対応する必要があり、それが個人にもマネジメントにも求められています。
安田 及川さんが指摘している点に加えて、私は「課題」を作れる存在になって、与えられる側から与える側に回るのが大事だと思います。
 与えられることに慣れてしまった人は、今回の在宅勤務で「自分で考えて価値を生む」ことが難しくなっているはず。
 それから、自分と違う異質なものが同じ空間にいることをダイバーシティと思う日本人は多いのですが、本当のダイバーシティは違う意見がぶつかったときに議論を交わし、最適解を導き出すことです。
 異質なものや世代間ギャップをいい形でつなげられるリーダーが求められる世の中になると思います。
及川 同質性の高い場所で心地よく過ごしていると、狭い世界しか見えないんですよね。
 それは日本の人材流動性の低さも関係していると思いますが、若い人に適応して最新技術を取り入れるなど、狭い世界を社会の常識と捉えずに、インクルーシブな多様性のある強い組織やプロダクトを作ることが、これからの世の中ではより一層求められるでしょう。
withコロナ社会に求められる「開疎化」。都市型に成長していた社会は「開放」と「疎」に向かうという考えだが、日本のビジネスは地域格差をなくすことができるのか。テクノロジー×地方を軸としたビジネスのポテンシャルを探る。

コロナで地方はより良好な環境に

──小田島さんは、三重県伊勢市で創業100年の「ゑびや大食堂」にデジタルを導入し、その実体験からデータ利活用のソリューションを展開するシステム開発会社、EBILABを立ち上げています。
小田島 伊勢神宮の参道にある「ゑびや大食堂」では「明日何人お客さんが来るか」を感覚で予測していたのですが、属人的ではない方法で正確に予測したいと考え、5年前に機械学習の仕組みを使って来客予測システムを構築しました。
 その実体験から、サービス業で働く人たちがデータ解析の力でもっと楽しくスマートに働けるよう、EBILABを設立。
 最近では、商店街の通行量などの情報も収集して、前年と比較した来客予測や、コロナ対策の三密回避になる混雑予想AIなど複数ソリューションを提供しています。
──小田島さんも伊藤さんも東京から伊勢市や名古屋市に移住されていますが、地方と都心でのビジネス格差は感じますか?
小田島 8年前から伊勢市でビジネスをしていますが、都心と比べて格差を感じません。欲しいモノも情報もネットで簡単に入手できるし、都心と比べて賃料も固定費も圧倒的に安い。
 満員電車での移動もないので、メンタル面も含めてマイナス要素を感じたことはないです。18歳から10年間東京に住んでいましたが、その時より豊かに暮らしていますよ。
伊藤 私も愛知県名古屋市で働いていますが、都心との格差を感じたことはないです。
 4年前に和歌山県の白浜町にもオフィスを開設したのですが、白浜は東京との移動が楽で、飛行機を使えば1時間で羽田空港に行けます。
 白浜オフィスのリーダーは、通勤のストレスもなく、始業までの時間や終業後の時間を家族や学習、プライベートの時間に費やせるようになったと言っていました。
 オンライン化が進んでオンラインセミナーなどが活発に開催されるようになり、さまざまな情報を得る機会が莫大に増えている今、地方にとっては大きなチャンスだと思います。
小田島 コロナによってWeb会議が浸透したのは、地方にとってすごく良かったですよね。情報を収集するために東京に行く必要があったのが、ここ数カ月で一気にオンラインで完結できるようになった。
 ただ、我々はそれを3年前からやっていました。
 EBILABのメンバーは沖縄や北海道、海外などいろんな場所に住んでいるから、Webで常時接続しながらフルリモートでビジネスをするのが当たり前だったので、時代が追いついてきた感覚はありますね(笑)。

フルリモートなら、人材は世界中がマーケットに

──地方でビジネスを展開されていて、人材採用や教育の面で課題は感じますか?
小田島 伊勢市は人口が10万人の街なので、エンジニアやデザイナーが少ないなど採用面での課題はあります。
 でも僕らは、他の地方で仕事をしているフリーランスと組むのはもちろん、社員を教育してエンジニアやデザイナーに転身してもらう取り組みをしてきました。
 現在のCIOは元店長だし、カスタマーサクセスを担当しているのはホールスタッフだったメンバー。
 人がいないならできる人を育成すればよくて、それが難しければ日本全国はもちろん海外の人も含めてチームを組めばいいと考えています。
 ちなみに、EBILABメンバーには地元の人はほとんどいません。移住してきた人や違う場所に住んでいる人など、違う土地にいても、熱い思いを持った人が集まってくれました。
伊藤 私たちは福岡・名古屋・広島・大阪に拠点があるのですが、どこも優秀な若手を採用できています。
 どの地域にも「地域に貢献したい」と考える若手は存在するので、地方に人材がいないとは思いません。そういった人を採用することは大切だと思います。
 ただ、これは都心と地方に関係ない課題ですが、テレワークによって育成面に課題が出てきました。それは、オフィスに集まっていたら当たり前に触れられていた“日常会話”という情報に触れにくくなったこと。
 マネージャーが新人に話す内容や、マネージャー同士の立ち話などから、若手は何かしらのヒントを無意識のうちに得て学習していました。しかし、テレワークによって雑談や会話からヒントを得る機会が減ってしまった。
 今は、テレワークでも雑談ができるような仕組みを作ったので、少しずつ変化が生まれるようになりましたが、多くの企業で課題に感じていると思います。
小田島 テレワークでのコミュニケーション問題は、全員との常時接続で解決できると思いますよ。
 EBILABでは、各拠点に設置している大型モニターで、朝9時から業務が終わるまでつながっているし、メンバーにはPC以外にもタブレットを渡していて、いつでもオンラインで雑談ができるようにしています。
EBILABでは大型モニターで全員と常時接続している。

Web会議なしにカスタマーサクセスは難しい

──三密を避けるためにも「開疎化」が必要とされる時代において、場所を問わず働けるインサイドセールスの需要はますます増えると思います。デジタルはどのように活用すべきでしょうか。
小田島 我々の営業活動は以前からずっとWeb会議を使った商談がベースで、地方で戦う方法はそれしかないと思いますし、それで問題なく仕事ができています。
 コロナ以前、関東にいるメンバーが、毎回お客様を訪問するのは時間がもったいないから、Web会議で接触頻度を増やそうとした矢先、自粛状況になりました。
 結果、お客様がWeb会議を抵抗なく受け入れてくれて、今まで以上にコミュニケーションが取れるようになりました。もはやWeb会議なしにカスタマーサクセスは難しいと思います。
伊藤 まさに、営業はデジタルを活用すれば圧倒的に生産性が上がります。
 オフラインだと前後の移動時間が発生するため、1日に3件程度の訪問しかできませんが、オンラインで1日5商談できるとなれば、大きな差が生まれます。
 一方で、オフラインでの訪問がなくなることはないと思います。大型の商談や複数人と会う必要のある場合は、訪問営業した方が効率的です。
 商談の形に合わせて営業スタイルを変えていくのが、これからの営業の在り方かなと思います。

ある程度の人口規模がある街なら、何も怖くない

──地方に興味があっても、なかなか一歩を踏み出せない人もいると思います。東京から移住して感じたことや気にしたことはありましたか?
小田島 三重県伊勢市は縁もゆかりもない土地でしたが、地域のコミュニティに属さないといけないという考えもないし、自分がやるべきことをやるだけなので何も気にしていません。
 自分のビジネスと絡む人と仲間になっていくので、怖がる必要はないですよ。
 ただ、地方に拠点を置きながら首都圏から収益を得るモデルなのか、地場の顧客を相手に商売をするのかによって、馴染み方は変わってくると思います。
 いずれにせよ、地方のルールに従わないと村八分にされるという話は、ある程度の人口規模の街なら全く気にする必要はないでしょう。
伊藤 私はもともと地方を盛り上げたいと思って、自ら希望して移住したので、何の違和感もなく暮らせています。
 自己開示すれば仲間が増えますし、ビジネス上の関係だけでなく、近しい価値観を持つ人ともつながれています。先入観を持たないことは大切ですね。
──最後に、地方のビジネスの可能性について、どうお考えかを教えてください。
小田島 伊勢市にいる僕たちも日々デジタルツールを活用しながら、ビジネスの新しい発見や気づきを得ています。
 コロナ禍でも店舗の売り上げを上げるために、現場のスタッフのアイデアを元に、店舗を3Dマップ化してバーチャルなショッピング体験を演出したら、お客様もスタッフも喜んでくれました。
 テクノロジーやデータは怖がらずに使えば新しい発見がありますし、こんなに面白いことができるんだと体感できるはず。
 場所に関係なく顧客を広げられる社会になっているので、地方でのビジネスにも可能性は十分あると思います。
伊藤 デジタルの活用によって、確実に都心との格差は縮まっています
 地方の強みは、人と人とのつながり強く、リアルな口コミがビジネスの発展に寄与すること。それが、地方ビジネスの活力につながっていますし、生産性を上げるためのデジタル変革にもつながっています。
 この動きが増えれば、地方でのビジネスの可能性は大きいと思いますよ。
(文:田村朋美、編集:木村剛士、写真:戸嶋穂高、デザイン:月森恭助)