日本企業が何年も放置してきた課題が、コロナ禍で顕在化している。今こそ旧来のモデルから脱却し、新たな成長を目指す好機ととらえるべきではないだろうか。

経済評論家で『ニューズウィーク日本版』コラムニストの加谷珪一氏は、日本的経営の7つの課題を指摘している。コロナを契機に変わるべき日本的経営について、同氏のコラムを2回にわたって掲載する。

第1回はバブル崩壊以降、パラダイムシフトに乗り遅れた日本企業にとって避けて通れない「需要変化」と「デジタルシフト」。変化の障害となっている硬直化した「ムラ社会的組織の終焉」、そして産業の合理化を妨げる構造「下請けと中抜き」について論じる。

*次回は8月30日(日)公開予定
【第2回】硬直化した従来型の日本的経営では、新たな経済社会は創造できない

世界から取り残された日本企業の惨状

新型コロナウイルス危機は、いわゆる日本的経営が抱える問題点を浮き彫りにした。
バブル崩壊以降、30年にわたって世界で日本だけが成長から取り残されてしまったが、最大の理由は、安価な工業製品を大量生産する昭和型モデルから脱却できず、ビジネスのIT化やオープン化といったパラダイムシフトに対応できなかったことにある。
ペストやスペイン風邪の歴史からもわかるように、感染症の流行は変化のスピードを加速させる作用を持っており、コロナ危機によって、10年かかると思われていた変化が3~4年で実現する可能性も指摘されている。このタイミングで日本が変われなければ、諸外国との格差は致命的なものとなるだろう。
日本の労働生産性は先進諸外国の中では常に最下位だったが、特にその差が顕著になったのは90年代以降のことである。
この時代は全世界的に産業のIT化が本格化するとともに、中国をはじめとする新興国への製造業シフトが一気に進んだ。ところが日本は一連の変化にうまく対応できず、諸外国との格差を広げてしまった。
コロナ危機をきっかけに、日本の企業社会には変化が求められているが、一斉出社や長時間残業、ハンコに代表されるIT化の遅れ、過当競争など、議論されているテーマのほとんどは、変化の必要性が叫ばれていたものばかりである。
以下では日本企業が乗り越えるべき課題について主に7つの観点から議論していく。

1. 需要変化への対応

新型コロナウイルスをきっかけとした「新しい生活」によって消費者の行動変化が予想されており、多くの業界においてビジネスモデルの転換が必須となっている。
外食産業では店内のレイアウトを変更したり、店舗網を縮小するといった動きが活発になっているが、一連の変化は基本的に売上高の減少を伴う。最終的に高付加価値モデルにシフトできなければ、新しい時代を生き抜くことはできないだろう。
日本の外食産業は市場規模に対して店舗が過剰となっており、過当競争に陥っていると指摘されてきた。日本人の実質賃金が下がっていることから、値下げ競争が常態化しており、これが企業の低収益と従業員の過重労働の原因となっている。
外食産業に限らず、過当競争からの脱却は時代の必然であり、コロナはきっかけにすぎないと解釈すべきだ。

2. デジタルシフト

需要変化の多くはデジタルシフトを伴う。
外食産業は店舗網の縮小と同時にデリバリーシフトが進んでいるが、この動きはコロナ前から顕著であった。アメリカでは数年前から外食のデリバリー化が進み、レストランの廃業が相次いだが、背景となっているのは業務のIT化である。
スマートフォンが普及したことで業務のIT化とパーソナル化が加速。皆で連れ立ってランチやディナーに行く回数が減ったことがデリバリーの利用を後押しした。つまり、デリバリーシフトは構造的なものであり、コロナ危機が終息すれば元に戻るという話ではないのだ。
日本企業におけるハンコ文化が無意味であることは、以前から指摘されてきたが、テレワークの拡大によってようやくその弊害の大きさが認知されるようになった。先進諸外国と比較して日本企業のIT化が遅れているのは事実であり、コロナはこれを変えるきっかけとなるだろう。

3. ムラ社会的組織の終焉

IT化が進んだ企業の業務プロセスと、ムラ社会的な組織運営は相性が悪い。日本企業はチーム全員が一斉に出社し、お互いの様子を見ながら「あうん」の呼吸で業務を進めるという組織文化だった。
責任の所在を事前に明確化する必要がなく、突発的な事態にも対応できるというメリットがあるが、こうした曖昧な業務プロセスはITシステムに移管しにくい。日本企業がIT化を進められないことには、こうした組織文化が深く関係している。
ムラ社会的な組織を維持するためには同質性が強く求められるので、メンバーも画一化する必要がある。新卒一括採用や年功序列といった日本型雇用はその結果として生まれたものと見なせるし、逆に日本型雇用が一連の硬直化した組織の原因と考えることも可能だ。
日本企業は1970年代以降、ひたすら管理職比率を増大させてきたが、管理職が肥大化した組織がうまく機能しないのは自明の理である。
日本の企業社会には、会社に勤務していながら実質的に仕事がないという、いわゆる社内失業者が400万人も存在しているが、コロナによるテレワークへのシフトは、実質的に仕事をしていない社員をあぶり出す結果となってしまった。

4. 下請けと中抜き

企業の組織形態と産業構造には密接な関係があり、ムラ社会的な組織運営を行う企業が多いと、産業全体の合理化も進まない。
統計の取り方にもよるが、日本における人口当たりの企業数はアメリカよりも多く、全体的に経営規模が小さいという特徴が見られる。中小企業が多いのはドイツも同じだが、問題なのは日本の中小企業の収益性が著しく低いことである。
重層的な下請け構造や薄利多売のビジネスモデル、IT化の遅れなど複数の要因が考えられるが、最も影響が大きいのは下請け構造による中抜きだろう。
各種給付金などコロナ対策の政府事業を受託した組織が、外部企業に業務を丸投げするという「再委託」が問題となっているが、政府案件に限らず、日本の産業界にはこうした丸投げと中抜きという商習慣が蔓延している。
中抜きされる企業が生み出す付加価値は低く、当然、そこで働く従業員の賃金は安くならざるを得ない。本来であれば、その労働力は別の生産に投入されるべきものであり、日本全体のGDPにもマイナスの影響を与えている。
(著者:加谷珪一/『ニューズウィーク日本版』コラムニスト、経済評論家、写真:Mike_Kiev/iStock)
*次回は8月30日(日)公開予定
【第2回】硬直化した従来型の日本的経営では、新たな経済社会は創造できない
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『ニューズウィーク日本版』2020年7月28日号(株式会社CCCメディアハウス)の掲載記事を、同社との許諾契約に基づき、再掲載しました。一部の見出し、写真等は株式会社ニューズピックス等の著作物である場合があります。