【キャッシュレス進化論】電子決済でニッポンの商習慣は「Rebuild」できる

2020/8/18
 世界から大きく後れを取っている日本のキャッシュレス事情。だが、日本政府もキャッシュレスを強く推し進めたことで、電子決済できる店舗は増え、日常の買い物でのキャッシュレスは確実に進んできた。
 その一方で、いまだに進まないのがビジネスシーンでのキャッシュレス。会社の支払いにおいては相変わらず、紙の領収書をもらい、精算も手作業でデータを入力……。このアナログ業務が生産性を低下させている。
 新型コロナウイルスにより、リモートワークは進んだが、人によっては領収書や請求書処理のためだけに出勤する人もいて、働き方改革の側面からみてもビジネスシーンでのキャッシュレス化は急務だ。
 さまざまな側面で進めなければならないビジネスシーンでのキャッシュレス。経済産業省でキャッシュレス推進室長を務めた津脇慈子氏と、経費精算クラウドでペーパーレス化・キャッシュレス化を進めるコンカー、三村真宗社長が「ビジネスキャッシュレス」の現状と行く末を語り合った。
経産省が取り組むキャッシュレスの背景
──海外と比べて低い日本のキャッシュレス決済比率ですが、津脇さんがキャッシュレス推進室を立ち上げてから、どのように変化したのでしょうか。
津脇 2016年時点では19.9%だったのが、現在では26.8%まで上昇しました。
 この数字だけみると、あまり大きな変化はないように思われてしまうかもしれません。
 この数値は金額ベースで、今までも高額決済にはキャッシュレスを使うことが多かったのですが、昨今の最も大きな変化は少額決済にもキャッシュレスが使われるようになったこと。
 ですので、決済の件数ベースでみると変化率はもっと大きいと思います。コンビニや自販機などでの買い物、ランチ、ちょっとした移動など日常的に発生する比較的金額が小さい支払いにキャッシュレスが利用されるケースが圧倒的に増えたのではないかと感じています。
 他国に比べてまだまだ比率は低いですが、みなさんの生活にキャッシュレスを少しは浸透させることができたのではないかな、と。
 都心だけでなく、地方でも使われていること、また、若年層だけでなく年配の方々にも使っていただけていることも嬉しいポイントで、場所や年齢関係なく、多くの人に認知・理解してもらえたことに、一定の成果を感じています。
出典:消費者庁「キャッシュレス決済に関する意識調査結果」(令和2年1月21日発表)
──そもそも、経済産業省がキャッシュレスを推進した背景には、どのような事情があったのでしょうか。
津脇 決済のキャッシュレス化は、業務の「効率化」と、そこから生成されたデジタルデータによる新しい「価値創造」の両方に効果が期待できます。
 もちろん、決済はその「起点」に過ぎず、効率化や価値創造にはその先の決済以外の取り組みが必要不可欠ですが、さまざまなデジタル化の可能性を実現しうる「起点」のインフラとして、政府としても推進すべき分野だと思っています。
 本年6月末まで実施していた「キャッシュレス・ポイント還元事業」は、特に「消費者」のキャッシュレス利用と「中小店舗」におけるキャッシュレス導入を推進するものでした。
 キャッシュレス推進という意味では、「企業(ビジネスシーンで)」のキャッシュレス利用や「自治体」などにおけるキャッシュレス導入など、まだまだ推進していくべき分野はあると思いますが。
 個人的には、キャッシュレスを含むデジタル技術は、無数の中小・小規模、そして無数の個人それぞれにカスタマイズしたサービス提供をビジネスとして可能とするところに価値があると思っており、今まで携わってきた中小企業支援やIoT推進という観点からも期待しています。
三村 キャッシュレス推進室には、私も注目していました。
 これまで、キャッシュレスは自分とは関係ないことと捉えている人が多かったと思います。それがポイント還元事業で多くの消費者や店舗に直接的なメリットを与えたことで、多くの国民は「自分ごと化」できた。
 そうすることで「食わず嫌い」と言いますか、「設定が面倒そう」とか「セキュリティがなんとなく不安」とか、漠然としたイメージだけで利用しようとしないユーザーに便利さを伝えることができた。
 ビジネスシーンでも同じですが、新しい仕組みやツールはまずは使ってもらい、良さを分かってもらうことが大事。そういう意味で、津脇さんの活動は大きな意義があったと感じています。
 中小規模の小売業の仕事効率化と新しい価値創出支援のため、という発想も、とても良いですよね。
 実際には、観光業におけるインバウンド需要獲得に対応するという目的が大きかったのかもしれませんが、中小企業の経営を支えるという観点からキャッシュレスを推進しているのは、同じく成長過程の企業の経営を支援している立場として嬉しくなります。
 確か、2025年までにキャッシュレス比率を40%まで高める予定ですよね?
津脇 ありがとうございます。はい、2025年には40%、将来的には80%まで引き上げたいと思っています。この7月でキャッシュレス推進室長を離れたのですが、キャッシュレスには強い思い入れがあるので、これからも何らかの形で関わることができたらと思っています。
経費精算業務を「減らす」ではなく「無くす」
──コンカーは、企業の経費精算や請求書処理の領域でキャッシュレス化を推進しています。
三村 そうですね、コンカーは経費精算、請求書のデジタル化を中心とした間接業務の効率化を支援するためのクラウドを提供している会社です。
津脇さん、経費精算って面倒じゃないですか?
津脇 はい、すごく面倒ですし、苦手です(苦笑)。
三村 そうですよね、多くのビジネスパーソンが津脇さんと同じように思っているんです。
 電車賃であれば、自分のスケジュールを振り返りながら、ネットで金額を調べて入力。領収書が必要な精算であれば、財布の中に保管して、あるタイミングでその領収書を見ながらデータを打ち込み、経理担当に原本を提出……。
 最近では、「Suica」などの交通系ICカードのデータを読み取る端末をオフィスに設置したり、OCR技術を活用したりして、経費情報の入力を削減する仕組みがありますが、それでも必要な情報の項目が不十分で自分で埋めたり、OCRの精度が低くて打ち直したりする作業が必要ですよね。
 結果、日本のビジネスパーソンは生涯で52日、平均で月に48分、経費精算に時間を取られているんです。
 私たちはこの経費精算業務を「無くす」ことをゴールに置いています。
「楽にする」とか「減らす」ではなく「ゼロ」、もう無くしてしまう。完全に自動化する世界を描いています。そのために必要なのがキャッシュレスだと私は思っていて、津脇さんと少し違ったアプローチですが、キャッシュレスを推進していこうとしています。
津脇 経費精算業務はあらゆる企業、働く個人に関係しますし、キャッシュレス化を起点とした効率化が期待される分野ですね。
それにしても、完全自動化!一個人の立場としても、そうなったら嬉しいです。
データ連携による全自動の仕組み
三村 キャッシュレス決済の種類って、主に交通系ICカード、クレジットカード、そしてQRコードなどを活用した決済アプリがありますよね。
 私たちは、これらの決済機能を提供する企業と協業体制を敷いていて、決済されるとその決済データが弊社の経費精算クラウド「Concur Expense」に自動で送られる仕組みを作り上げています。
 つまり、ユーザーはわざわざ入力しなくても、自分の使った経費が自動で経費クラウドに一覧化されている。
 交通系ICカードや決済アプリはプライベートでも利用していて、混在しているという人も多いと思いますが、申請時に対象でないものはチェックを外せば申請しないようにするなど細かな部分も工夫しています。
 手入力などのアナログなステップが少しでも介在すると、手間が増える。なので、私たちはデータの発生源と直接連携することで完全自動化を目指しているんです。
 そのために、アナログな現金よりもデジタルなキャッシュレスのほうがいい。私たちはキャッシュレスの利便性をビジネスシーンでもお届けしたいんです。
津脇 「手間を無くす」という究極の目的を実現することにこだわった仕組みですね!
 キャッシュレス導入が目的になってしまい「導入したはいいが、手間が増えた」という悲しい話を聞くことがありますが、キャッシュレス化はあくまで手段。個別の業務フローを踏まえた細やかで分かりやすいサービス導入が求められていると思います。
三村 ありがとうございます。実はこの仕組みは法改正の影響もあって実現できるんです。
 「電子帳簿保存法」という法律があって、令和2年度の法改正(2020年10月1日施行)で、キャッシュレス決済であれば、デジタル明細データだけで、領収書の受領は不要になります。この法改正がキャッシュレス決済と組み合わさることで、経費精算がない世界に近づいていきます。
津脇 COVID-19(新型コロナウイルス)の影響でリモートワークを実現したいが、領収書や請求書の処理で出社せざるを得ないという方々が多くいらっしゃいました。リモートワーク支援、働き方改革の観点からも、デジタルインフラの整備は今後ますます重要になってくると思います。
今まで、消費者向けのキャッシュレス利用を推進してきましたが、ビジネスシーンでのキャッシュレス利用(ビジネスキャッシュレス)も、その意味で、今後大きな広がりをみせると感じます。
三村 そうですね。私たちが独自に行ったリモートワークに関する実態調査によると、テレワークの妨げになった一番の原因は「経費精算・請求書処理」だったんです。
 津脇さんのご指摘通り、場所を選ばない自由な働き方を実現するという意味でも、キャッシュレス化とペーパーレス化は不可欠だと思っています。
 リモートワークは中小企業ほど実現できていないことが明らかで、津脇さんが冒頭にお話しされていた中小企業の経営支援という観点からもビジネスキャッシュレスは必要だと思っています。
津脇 先ほど少しお話ししましたが、7月からキャッシュレス推進室を離れ、経済産業省の「デジタル戦略企画官」という職に就いて、国内外のデジタル分野の連携やDX推進を担当しています。
 DXが謳われて久しいですが、実際にはなかなか効果的な導入が進んでいないのが現状。重要なのは、デジタル技術に必ずしも詳しくない方々の個別のペインポイントを、如何に解消できるか。そんなテクノロジー、サービスが生まれるように、そしてその導入・活用が進むように政府として取り組んでいければと考えています。
 そのためには、当たり前のことなんですが、官と民が一体となって取り組むことが必要不可欠です。ポイント還元事業でも多くの民間企業の皆様の協力があったからこそ実現できました。
 ビジネスキャッシュレスは、働き方改革、生産性向上、そしてデータ活用による新しい価値追求、それぞれの側面においてとても大事な取り組みだと思います。ぜひ、引き続き、この分野をリードしていっていただけたらと思います。
 当たり前のことなんですが、官と民が一体とならなければ大きなムーブメントを起こすのは難しい。ポイント還元事業でもスタートアップや大企業など多くの企業が協力してくれたからこそ実現できました。
ビジネスキャッシュレスは、働き方改革、生産性向上、そしてデータ活用による新しい価値追求、それぞれの側面において大事だと思っています。ぜひ、この分野をリードしていってもらえればと思います。
三村 ありがとうございます。派手ではなく、どちらかと言えば地味な分野ですが(笑)、経費精算は業種・企業規模関係なくほぼすべてのビジネスパーソンが関わる分野。それだけに役割が大きいと思います。法改正など、実現のためには民間だけでは困難なので、ぜひ一緒になって進めていければと思います。
(取材・編集:木村剛士 構成:加藤学宏 撮影:森カズシゲ デザイン:小鈴キリカ 作図:大橋智子)