ビジネスの目標達成にだけ注目する危険信号

数年前、気が付けば私は6つの国に散らばった従業員を管理し、世界中にいる不満だらけのクライアントをさばく仕事についていた。曲芸のようなこの仕事のストレスは感情的、肉体的、精神的疲労をもたらした。
私は仕事量に圧倒され、精神的に消耗し、増え続ける「To Do」リストにまったく追いつくことができない、と感じた。
当時はわからなかったのだが、私は燃え尽き症候群のあらゆる症状を経験していた。働きすぎを止めたいと思っていたのに、その自覚がなかった。そのプロジェクトは最終的に負担超過ゆえに崩壊したが、私はこのときの痛手を乗り越えるまで何年もかかった。
私は今、グローバルビジネス、とくに世界のさまざまな地域の人々と仕事をし、コミュニケーションを取る仕事で直面する問題に関する本を書いているが、そのなかでこのたいへんな時期のことを思い出した。
悪夢のようなあの仕事は、分散したチーム間のコミュニケーションの質が最悪だったせいで、プロジェクトが見事に失敗した一例だった。
今でははっきりわかるのだが、私たちは自分たちの疲労について話し合わなかった。そのことが仕事に悪影響を及ぼし、私も従業員たちも傷ついた。
なぜ私は極度の疲労を無視したのか。たぶん、そこに踏み込むことを恐れていたのだ。私は精神の不調ではなく、ビジネスの目的に焦点を当てたいと自分に言い聞かせていた。
今、私が恐れているのは、パンデミックとそれに伴う経済危機のさなかで、私たちは燃え尽きずに仕事をまっとうする、といった人間的な目標を考慮せずに、ビジネスの目標達成に焦点を当てがちになるということだ。

心の状態に注意を払おう

データと統計サービスのスタティスタ(Statista)が5月中旬に行った調査によると、アメリカではコロナウイルスのパンデミックにまつわる不安や懸念の一つとして、回答者の27%が、自分の「心の健康」をあげた。
やるべきことが多すぎ、すべてをこなすだけの時間がないと感じる人もいるかもしれない。さらに、仕事以外にも、子供をどうしたらいいか、家計の不安にどう対処するか、友人や親戚に会えないこと、など複雑な問題がある。こうしたストレスがたまると、一見たいしたことのない仕事でさえ、手に負えない課題と感じかねない。
ソーシャル・ディスタンス(社会的距離戦略)は、ウイルスの拡散をある程度防ぐかもしれないが、同時に燃え尽き症候群を拡大させる可能性がある。
自分や職場の仲間が極度に疲労しないように互いに気を付け、もし、燃え尽きてしまったら、それに気づくことが大切だ。そのために何ができるだろうか。
シンプルなところから始めよう。まずは普通ではない行動に目を光らせることだ。
たとえば、これまで信頼できた従業員がいつになく単純な間違いをしたり、基本的な仕事を完了しなくなったりすることがある。
ストレスの下では、おしゃべりな人はさらにおしゃべりになる傾向があるが、口を開かないタイプの人はさらに静かになりがちだ。遠距離で働くチームメイト間では緊張が高まると摩擦が起きやすく、それによって関係が壊れ、プロジェクトが台無しになる可能性がある。
電話会議の頻度は可能な限り少なくしたり、チームリーダーやメンター、信頼できるアドバイザーとの1対1の会話に費やす時間は増やすべきだ。
また、チームの各メンバーが互いのストレスレベルに注意を向けることを奨励する早期警告システムの確立も検討してほしい。
このためには、チームメンバーの行動スタイルと人それぞれで異なるストレスの原因を理解するために時間を費やす必要があるかもしれない(人間の行動特性を4つに分類するDISC理論 は、役に立つフレームワークのひとつだ)。そのうえで、チームの仲間がストレスの兆候を示している場合は、チームに援助を求めることができることを明確にしておこう。

仕事の「本棚」に余裕を作る

今の時期、私たちはプレッシャーを減らす方法を模索するべきだ。個人的には、大規模なプロジェクトを小さく管理しやすい塊に分解し、各段階での成功を確認しながら次に進む、というやり方が役に立つと思う。
ビデオ通話の背景に映り込む「本棚」が頻繁にジョークのネタになっているが、これは適切なたとえ話になる。本棚がいっぱいになっているのなら、新しい本を追加する唯一の方法は、すでにある本を取り除くこと。仕事量にも同じことが言える。
自宅隔離が終わり、外の世界に復帰するとき、多くの人はマスクを着用するだろう。でもそれは私たちが実際に経験していることを隠す必要があるという意味ではない。
そう、企業や個人が進んで弱い部分を外に出し、燃え尽きる危険について話し合うためには、いろいろなやり方がある。だが、最初のステップは、自分の状態について、率直な対話を開始することだ。
元の記事はこちら(英語)。
(執筆:Kyle Hegarty、翻訳:栗原紀子、バナーデザイン:月森恭助)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.