オフラインがプレミアムになる時代。ビジネスを動かす“場”とは

2020/8/19
 新型コロナウイルスの感染拡大によって、これまで日常だった“人の集まる場”が突如として貴重なものとなった。
 リモートワークへの移行が加速するなか、ビジネスを動かす“場”は、果たして今後どう変化していくのか。
 東急不動産とUB Venturesのコラボレーションから誕生した「Thinka(シンカ)」の取り組みを起点として、ビジネスパーソンにとっての“場”の価値と意義を問い直す。

日本に「挑戦する文化」を育む場を目指して

──渋谷には、数々のスタートアップ関連のコミュニティがありますよね。そもそもThinkaが名乗る「ソーシャルクラブ」には、どのような違いがあるのでしょうか?
岩澤 いわゆる会員制サロンをイメージしていただくとわかりやすいのですが、僕らの定義するソーシャルクラブの要素は3つ。「同じ目的を掲げていること」「人が循環すること」「場所があること」です。
岩澤 メンバーを循環させるシステムには、クラブに緊張感と熱量を生み、陳腐化を防ぐ意図があります。
 一方で、集まれるオフラインの場があることで、卒業したメンバーを含め、帰属意識やつながりは継続していく。この継続性こそが、Thinkaが最もこだわっているポイントです。
岩澤 一過性の集まりではなく、渋谷が拠点となるサステナブルな場をつくることで、渋谷、ひいては日本に、起業や挑戦をする文化を根づかせたい。
 市況にかかわらず、失敗から学び、挑戦する文化を育み、次世代の起業家を輩出し続けることが、UB Ventures(以下、UBV)の掲げるミッションです。
村西 最初にこの話を聞いた時は、ソーシャルクラブをうまくイメージできませんでした。
 ただ、岩澤さんが強調されていた「起業家たちの“切磋琢磨”を生み出していくには、オフラインの場が不可欠だ」という考えは、まさに当社がスタートアップ向けの共創施設「GUILD」の取り組みから得た実感そのものでした。
岩澤 世の中に、起業家のコミュニティは数多くありますが、そこには起業家にとっての未来の交渉相手、つまり調達先候補である投資家がいる。
 起業家からすれば、自己開示や腹を割った相談がしづらいですよね。だから、利害関係のないピュアな起業家コミュニティが必要だという思いがありました。
──東急不動産にとって、UBVとタッグを組むことはどんな意味を持つのでしょうか?
村西 私の所属するまちづくり共創グループでは、スタートアップをサポートして街に呼び込むことによって、渋谷をさらに魅力的な街にしていこうとしています。
 しかし、従来のいわゆる“場所貸し”だけでは、先端的なスタートアップの集まる渋谷のポテンシャルを生かすのが難しい。
 「挑戦の文化を根づかせ、次世代の起業家を輩出していく」というUBVのミッションは、長期的には、我々が持つ渋谷のアセットに価値向上をもたらしてくれると考えています。
東急不動産は、共創プロジェクト「SHIBUYAスタートアップ100」や共創施設「GUILD」の展開など、積極的なスタートアップ支援を行っている
村西 Thinkaのあり方は、東急不動産の街づくりと似ているんですよね。私たちも、ただ建物を造るのではなく、住む人や働く人との継続的な関わりを大切にしています。
 「世代とナレッジが連綿と続く場をつくりたい」という岩澤さんの考えには、非常に共感しました。
 だからこそ本気でThinkaという場を渋谷につくってもらいたかったのですが、実現に至るまでに私と岩澤さんの間で意見がぶつかり、実は一度、計画が頓挫しかけたりもしたんです。
──Thinkaが誕生しない可能性もあった?
村西 ええ。当社は不動産事業が生業なので、なんとかThinkaそれ自体で収益化できないかを模索していました。でも岩澤さんとの意見衝突から、ここは一旦、“床から収益を生む”という不動産業のセオリーを捨ててみよう、と考えたんです。
 渋谷を成長させていくために、我々にできる価値提供とは何か。それを改めて問い直したときに、目先の利益にとらわれず、岩澤さんと長期的な視点で議論を深めることができました。
岩澤 村西さんから「もう一度、新しいコラボレーションのあり方を考えたい」と言われたのは嬉しかったですね。
村西 お互いに腹を割ったことで、利害関係ではなく、ようやく共にThinkaをつくり上げようという共創関係ができたように思います。

オンラインの効率化が“時間の余白”を奪う

──コロナ禍はThinkaの運営にも大きな影響を与えたのではないでしょうか。
岩澤 そうですね。4月からクローズし、月例会「Monthly Thinka」などのイベントもすべて中止。オフラインの活動が一切できなくなりました。
月例会「Monthly Thinka」では、テーマ設定やモデレートまですべてメンバーが主導。岩澤氏は「当事者のほうが、得られる情報や学びは格段に大きい。主体的に関わるメンバーが増えるほど、Thinkaの自走力が上がっていきます」と話す(写真提供:UB Ventures)
岩澤 その一方で、オンラインでのコミュニケーションは活性化しました。オフィスをどうすべきか、補助金や助成金はどう活用するかといった共通課題について、情報交換やディスカッションがメンバー間で自主的になされています。
 僕らのサポートなしに、こうしたコミュニケーションが生まれる状態が、Thinkaの目指すところだったので、ある意味コンセプトメイクは成功したとも言えます。
 ただこれは、有事ゆえに生まれたコミュニケーションです。この状態を保てるように今のうちにオフラインの価値をしっかり洗い出しておかないと、平時に戻っても「オンラインで済ませよう」となりかねない。
村西 オンラインは活用しつつも、あくまでメインはThinkaというオフラインの場ですからね。
──オフラインだからこそのThinkaの価値とは何でしょうか?
岩澤 Thinkaの目指す“切磋琢磨”は、オフラインならではの“時間の余白”からしか生まれないと考えています。
村西 オンラインは、目的に沿った効率的な情報収集やコンテンツ提供は得意ですが、雑談からのひらめきや予期せぬ出会いが生まれる時間の余白がつくりにくいですよね。
岩澤 そうなんです。たとえば、オフラインのイベントであれば、早めに会場入りしてメンバー同士で情報交換したり、会の終了後に登壇者や投資家を捕まえて議論したりできる。コロナ以前のThinkaでも、これが自然とできていました。
 しかし、オンラインだと、大抵の集まりが予定の時刻に始まり、予定の時刻に解散するので、こういった時間的な余白が生まれにくい。こうなると、コミュニティの独自性が薄れ、どんどん陳腐になってしまいます。
 幸い、今のところThinkaメンバーもオフラインの場の重要性を感じているようです。「毎日でなくてもいいから開けてほしい」という声が上がり、第2期が本始動した6月からは、週2日オープンしています。
コロナ禍の影響により、予定を前倒して4月にオンラインでキックオフしたというThinka第2期。「早く第1期生と第2期生とがオフラインで交流できる場を設けたい」と岩澤氏

オフラインはビジネスを成長させる武器になる

──アフターコロナに、オフラインの場の価値は変わるでしょうか?
村西 情報伝達の手段として、オフラインの場の価値はこれまで以上に大きくなるでしょう。相手のエネルギーや場の空気を五感で感じながらコミュニケーションできる点において、対面に勝る手段はありません。
岩澤 オンラインのコミュニケーションって、組織内の人間関係や信頼関係、ミッションとバリューの共有といった土台があって初めて成り立つものだと思うんです。どうしても非言語のニュアンスが削ぎ落とされてしまう。
 だから、特にThinkaのメンバーのような、これからプロダクトをつくっていくスタートアップにとって、フルリモートは危険です。
 仲間内ばかりを向いて仕事して、外界との接点が失われていけば、時代の空気や社会のニーズを捉えるアンテナがどんどん鈍り、ビジネスはスケールしなくなる。そうした事態を危惧しています。
──アフターコロナの起業家にとって、オフラインの場の価値は一層増すということですね。
岩澤 元来スタートアップの起業家は孤独ですが、アフターコロナでより一層孤独を感じる起業家も増えるのではないでしょうか。
 これから事業をつくっていく起業家は、これまで以上にどうやって外部との接点を持つかを考えねばなりません。将来の投資家や顧客、メンターと出会える可能性のある場を複数持ち、そこに自ら身を置くことが成長につながります。
 オフィスはすでに、なんとなく毎日通う場所ではなくなりました。僕らはこれから、オフラインの場の価値を再認識し、効果的かつ戦略的に使っていかなければならないと思います。

オフィスは“多様性”の時代に

──コロナ禍でリモートワークの導入が進んだこの数カ月で、企業のオフィス観に変化はありましたか?
池内 現在、大きく分けて2つの流れが生まれていると感じています。
 一つは、もうオフィスは必要ないから解約したいという流れ。もう一つは、ソーシャルディスタンスを考慮したレイアウトの再構成やリスク管理のためのオフィス分散、スペースの見直しに動く流れです。
岩澤 私たちと接点のあるスタートアップも二極化しています。以前から、場所に縛られないフレキシブルな働き方はすでに存在しましたが、コロナ禍でそれが一気に加速したイメージです。
池内 おっしゃるとおり、時計の針が少し早く進んだようですね。本来なら何年後かに起こるはずだった変化が、ここ数カ月で起こったのだと思います。
 今後、どんなニーズが生まれるかは慎重に見極めていかねばなりませんが、これからはオフィスも「多様性」の時代に突入するのではないでしょうか。
 都心のオフィスで働く人もいれば、自宅やコワーキングスペース、郊外で働く人もいる。そんな働き方の選択肢に応じて、徐々に新しいオフィスの形が根づいていくのかな、と。
岩澤 今は、オフィスのあり方を見直すタイミングなのかもしれません。
 最近ふとオフィスの起源を調べてみたところ、18世紀の東インド会社までさかのぼりました。大量の情報を1カ所に集めて意思決定をするために、人々が集って仕事をするようになったようです。
東インド会社 / Thomas Malton画 Public Domain
岩澤 今や、あらゆる情報はクラウド化されつつあり、その様相も変化している。でも、オフィスのあり方はあまり変わっていないように思うんです。
池内 興味深いですね。リモートワークの浸透で、オンラインのメリットもデメリットも広く認識されたと思います。
 我々も3月頃からリモートワークを実施しています。社内アンケートでは、社員の多くが「通勤時間の削減で、身体的な負担やストレスが減った」と回答している一方で、約8割は「業務遂行に支障があった」つまり、仕事の生産性が上がったとは言えないとも感じている。
池内 こうしたデメリットはすぐには解決できませんから、やはり即座にフルリモートに踏み切る流れにはならないでしょう。
 しかし、働き方は多様化しています。今後、オンラインとオフラインの役割を再定義し、両者をどう使い分けるかが重要になるのではないでしょうか。
岩澤 そう思います。アメリカでもTwitterやShopifyはリモートワーク主体で、Googleはオフラインにこだわっている。
 リモートワークファーストかどうかで、採用力に大きな差がつくともいわれています。日本でも大きく影響してきそうですね。

オンラインでは代替できないオフィスの機能

──リモートワークのメリットを実感する人が増えているなかで、池内さんはオフィスの価値をどう捉えていますか?
池内 オフラインの得意分野は2つあると思っています。イノベーション、そして組織づくりです。
池内 新しいアイデアを発想する、部門間でコラボレーションをする、物事を動かしながら方向性を決めていく。こういった深いコミュニケーションが必要な仕事では、やはりオフラインに強みがあります。
岩澤 同感です。現時点でオンラインが代替できるのは、1対1の会話や情報共有といったコミュニケーションの基本的な部分。メンバー間の人間関係ができている前提で初めて機能するものです。
 ディスカッションなどオンラインの不得意分野は今後ある程度、テクノロジーでカバーされていくでしょう。しかし、どうしても言語化して伝えられないものがある。
 それは、企業の持つバリューや社格です。それらを体現し、組織で共有するにはオフィスが必要不可欠だと、この数カ月で実感しました。
東急不動産の本社オフィスでは、フリーアドレス制やグリーンオフィスなど、働き方やオフィスの機能について、自社内で実験を行っているという
池内 オフィスに集まって働けば、組織への帰属意識や一体感は自然に高まります。リモートワークの場合、こういう意識の薄れをどうカバーするかは、今後の課題でしょうね。
岩澤 大企業もスタートアップも、同じ空間に集う機会は減るでしょう。ただ、短い時間であってもオフラインの場がありさえすれば、カルチャーの共有や信頼関係の構築は可能なはずです。

渋谷という街のポテンシャルとは

──オンラインによる働き方が浸透しつつある今、オフィスにはどのような機能や役割が求められているのでしょうか?
岩澤 スタートアップにとって、オフィスの固定費は経営人材を1人採用するのと同じレベルのコストです。単なるコストではなく、戦略的に投資するか判断する必要があるものなんです。
 オフラインがプレミアム化した今こそ重視したいのが、多様な文化へのアクセスの良さです。
 外の世界から受けた刺激をアウトプットに生かすサイクルは、ビジネスにプラスの影響をもたらしてくれる。その意味で、地域性が重要です。
池内 オフラインの世界は偶発性に満ちています。明確な目的がなくても、その場にいて時間を共有するだけでも、何かしらの刺激を得られる可能性は高まるでしょうね。
岩澤 偶発性という意味で、渋谷は非常にポテンシャルのあるエリアですよね。多様な文化へのアクセシビリティがあり、得られる刺激の量は群を抜いている。Thinkaを置く街として渋谷を選んだ理由も、ここにあります。
池内 そう感じてもらえるのは、渋谷を拠点とする我々にとっても嬉しいことです。
 渋谷が生み出すエネルギーや偶発性の背景には、さまざまな人の努力があります。行政も町内会も企業も、渋谷を拠点とするビジネスや文化をサポートしている。
 だからこそ、リアルな場所での出会いが、新たな価値創出にもつながる街なのではないでしょうか。
──アフターコロナを見据えて、東急不動産は今後どんな挑戦をしていきますか?
池内 引き続き、GUILDやThinkaを通じたスタートアップ支援に力を入れていきます。時代の転換点だからこそ、革新的なビジネスも生まれてくるはずです。
 新しい働き方への過渡期でもありますから、より使い勝手のいいオフィスやサービスを考えていきたい。まだ検討段階ではありますが、オフィスのあり方の多様化に合わせて、契約期間や形態はより柔軟にしていくつもりです。
 また、データ活用によるスーパーシティ構想を実現していく上で、個人のニーズへの対応も必要だと感じています。
 サービスやイベントの案内だけでなく、その人と相性のいいビジネスは何か、どんなコミュニティと接点を持つといいのかといった情報提供までできるとおもしろいのかな、と。
岩澤 楽しみです。スタートアップの新しい働き方やオフィスのあり方は、渋谷から生まれてくるのではないでしょうか。僕らはそこを東急不動産と一緒に取り組んでいきたいですね。
池内 建物を建てる、場所を貸すといった従来のビジネスモデルからもう一歩踏み込んで仕掛けていけたらと思っています。
(構成:横山瑠美 聞き手・編集:中道薫、呉琢磨 写真:森カズシゲ デザイン:小鈴キリカ)