組織のあり方が大きく変わり、オンラインでの業務も増えるなか、一つひとつのコミュニーケーションの質が問われている。とりわけリーダーに求められるのは、未来を創造し導くための「語るスキル」だろう。

本連載では伊藤羊一氏・澤円氏による書籍『未来を創るプレゼン 最高の「表現力」と「伝え方」』から全4回にわたってエッセンスを紹介する。周りを巻き込みながら自分なりの変化やシフトを生み出すヒントとは。
「プレゼンが苦手」という人はたくさんいます。僕は、そのほとんどの理由が、「話すことに自信がない」からだと見ています。
本来プレゼンというものは、別に話し方が上手ではなくても、気持ちがこもっていればいいというのはよくいわれること。
にも拘わらず、プレゼンは世界中の人に怖がられているようで、アメリカの調査では、「恐怖症ランキング」の1位がパブリックスピーキング恐怖症だったそうです。別に日本人だけではなく、どこの国でも苦手なのでしょう。
では、どうすれば自信を持てるようになるのか?
それは結局のところ、聞き手やアピールする対象に対して「深く興味を持つ」ということになるでしょう。加えて、プレゼンが終わったあとに、聞き手に「どんな状態になってほしいのか」という部分に対して、深く思いを馳せることが大切になります。
でも、多くの人は、そうしたことに興味が薄いために、いつまでもプレゼンに自信を持つことができていません。これは非常にもったいないことです。「そんなことはない。僕は本気でプレゼンをやっている」
そう明言する人でも、プレゼン自体に本気でないことはよくあります。よくよく話を聞いてみると、「失敗したくない」と本気で思っているだけで、聞き手のことを深く考えられていないことがとても多いからです。
さらに厄介なのは、これは学生にありがちなのですが、「自分はうまい」と思っているタイプです。たしかに話し方は悪くなくて、堂々としているし、声にも自信が垣間見られる。でも、肝心の話がまったく面白くない...。
「これ、聞いていてなんかいいことあったかな?」
そんなことを思わせるようなプレゼンを、僕はこれまで本当にたくさん見てきました。なぜそうなるのでしょうか?
それは、興味の対象が聞き手ではなく、自分にあるからです。つまり、完全に自分都合で話していて、聞き手に興味を持っていないのです。
「僕はうまくやっている」という自分都合な満足感だけを得てしまっていて、「聞き手はこんな話に興味があるはず」「聞き手がこんな気持ちになったら最高だ」という、相手に興味を持つ気持ちがすっぽり抜けてしまっています。
プレゼンの目的が、聞き手になんらかの行動を起こさせることだとすれば、それではまったく意味のない行為になってしまうはず。
僕は、プレゼンについていつもこういっています。プレゼンは、プレゼントだ。
プレゼントというのは、相手があってこそ成り立つものです。
たとえそのプレゼントの内容(製品・サービス・テーマ)が素晴らしく、誰もがよろこびそうなものであったとしても、「誰に渡すのか」「いいタイミングなのか」「必然性はあるのか」といった条件やシチュエーションによって、受け取り手への響き方はまったく異なってきます。
そして、それらがマッチしていなければ、結局そのプレゼントはなんの意味も持ち得ないものになるでしょう。
なぜなら、もらう相手が「共感しようがない」からです。

聞き手にとってのハッピーストーリーを描こう

そうであれば、プレゼンでもっとも大切なことは、なにはさておき「顧客視点」ということになります。
常に、相手にとっての「メリット」や相手に「持って帰ってほしいもの」を考えて、それを逆算しながら設計することが必要です。
この「持って帰ってほしいもの」というのは、のちに紹介する相手に「へえ〜」と思わせたり、「あるある!」とうなずかせたりするエピソードのこと。
それを知った相手が、「どこかでこれ話しちゃおう」と思えるような、面白く具体的なエピソードを提供してあげることが、プレゼンをよくする大切な要素になります。
「ぜひ上司の方に話してみてください」「ぜひチームメンバーに共有してみてくださいね」
そんなふうに、具体的かつシンプルに〝お土産〟を渡してあげるのです。つまり、相手が持って帰ったうえで、〝配りたくなるもの〟を用意することがプレゼンではとても大切になる。
なぜなら、そうすることで自分がプレゼンで伝えたことが、二次的、三次的にいろいろな人に口コミとして伝わっていくからです。
そのためには、その人がそれを説明できるサイズ感でなければなりません。「どんな話だった?」と聞かれたときに、難しい説明をしなければならないのなら、お土産を配る気も失せてしまいます。
しかし、多くの場合、人はプレゼンで「正確な事実」や「スペック」をそのまま渡してしまいます。たとえば、あるサプリメントをアピールするプレゼンをするとしましょう。
「この製品には◯◯酸というものが配合され、それは◯◯という樹木から、1年に◯と◯ミリリットルしか採れないもので......」
そんなことをいわれても、渡された人は覚えられるわけがありません。もちろん、事実かつ売り文句であり、重要な差別化要素なのですが、受け取った側は持って帰りづらく、まわりにも配りづらく、そもそも興味が持てません。
にも拘わらず、自分都合のプレゼンで、ひたすら「説明書の朗読会」を開いてしまう人がとても多いのです。
さらに、聞き手が話に興味を持てないだけでは済みません。事実やスペックばかりを並べてしまうと、聞き手の脳内にはまったくちがうことが起こります。
プレゼンを聞くにつれて競合商品が頭に思い浮かんでしまい、その商品と「スペックだけ」を比較するという、残念な事態に陥ってしまうのです。
そんな事態を避けるためには、聞き手が「へぇ〜」「あるある!」となるようなエピソードをお土産として渡すとともに、「これを飲むと目覚めがよくなるよ」「これでお腹の調子がよくなりますよ」くらいでいいので、顧客にとってのメリットを簡単に押さえておくことがポイントになります。僕は、いつもこのように表現しています。
顧客がハッピーになることだけを伝えよう。
顧客が「こんなふうになれる」というハッピーストーリーを描けるかどうかがすべてなのです。
それができているか否かが、プレゼンの成否を左右します。繰り返しますが、大切なのは、商品を主語にした正確な情報やスペックではありません。商品情報なんて、「詳しいことはウェブサイトにアクセスしてみてくださいね」と、次のアクションのきっかけを提供するだけで十分。
プレゼンで伝えるべきは、あくまでその商品によってもたらされる「相手のメリット」なのです。

相手に興味を持つことからプレゼンははじまる

では、相手にとっての「ハッピー」は、どうすればわかるのでしょうか?
もちろん、それには相手の立場を想像する力が必要です。でも、想像するといっても、なんらかのとっかかりがほしいところですよね。そこで、相手の気持ちを的確に想像するために、このことを心がけてみてください。
相手に「興味」を持つ。
あたりまえのようですが、これが意外とできていない人がたくさんいます。でも、相手に興味を持つことさえできれば、相手について想像することは自動化されていきます。
わかりやすくいうと、あなたの心の琴線に触れる人がいたとします。すると、「あの人はなにが好きなのかな?」と自然と想像しますよね。「ふだんどのように過ごしているのかな?」「どんな音楽を聴いているのかな?」「どんなジャンルの本を読んでいるのかな?」と、自分でも止められないくらい次々と妄想してしまうはず。いったん興味を持てば、さらに深く掘り下げていくことになるわけです。
でも、あまり興味もないし気にならない人なら...、その人がどんな本を読んでいるかなんて想像することもありません。
だからこそ、まずは興味を持つことがとても大切なのです。
「でも、仕事だからそこまで興味は持てないんですけど...」そんな人もいるかもしれません。たしかに、気になる異性ほどには仕事に興味を持てないことはあると思います。
でも、ここではっきりいってしまいましょう。自分の仕事に対して興味が持てないのなら、転職を考えてもいいかもしれません。
なぜなら、興味を持てないことに長い時間を費やしていると、心を病んでしまうからです。もちろん、公私を完全に割り切れる意志の強さがある人は別ですが。
しかし、そうでない人は興味の持てないことをずっと続けていると、心がどんどん痩せ細っていきます。僕は、やっぱり自分が強く興味を持てることを自分の仕事にしたほうが、結果的には楽しい人生になると考えています。
話を戻すと、プレゼンでなんらかのメッセージを伝えているにも拘わらず、肝心の相手に興味を持っていない人がたくさんいます。だから、相手が「ハッピー」になることもうまく想像できず、ひとりよがりなプレゼンになってしまうということが起きるのです。
実際になにかを伝えたいなら、まず相手に興味を持つこと。興味を持ったら、それをさらに深掘りしていく。そうすることができれば、想像力は次第に働いてくれるようになっていくでしょう。

「正しいこと」が人を動かすとは限らない

もうひとつ、プレゼンをする相手とアピールしたい商品やサービスにズレがあるときのために覚えておきたいコツがあります。それは、「対象(商品やサービス)に興味を持っている人に、興味を持たせる」という方法です。
興味がないはずのユーザーが、いきなり当事者になる。
具体的に説明します。以前、こんな相談をされたことがありました。 相談をくれた起業家は、ネイルシールをウェブで簡単にオーダーできるサービスを提供する会社を経営していました。サービスの対象は、主にネイルができない歯科技 工士や、サロンに行く時間がない子どもを持つ母親でした。
しかし、その事業をアピ ールするためにピッチコンテストに出場したところ、審査員が見事におじさんばかりだったそう。つまり、そこにいる彼らはほぼユーザーになり得ない状況でした。
そのことを察した起業家は、「どうせ興味を持ってくれないだろうな」と思い、そのノリのままで話をしてしまった。もちろん、賞は取れませんでした。
そこで僕は、「ネイルシールを使う人のペルソナ」に興味を持たせるのがいいのではないかとアドバイスしました。
たとえば、受付の仕事をしている人は仕事上ネイルを派手にすることはできません。 でも、パーティなどに行ったときにネイルがきれいだと気持ちが上がることは間違い ないのだから、ネイルをきれいにしたい強い願望は持っています。
そこで、審査員のおじさんたちを、そんな彼女たちに「プレゼントを贈れる人」だと定義してみましょう。商品がなんであれ、審査員のおじさんに興味を持つことで、視点とアプローチをガラリと変えられるのです。
「みなさんのまわりに、ネイルができないスタッフや受付の人はいませんか?」「若い女性がネイルでおしゃれできないのは、けっこう残念なことなんですよね」「そこで、ネイルシールをプレゼントしたら絶対よろこばれますよ!」
こうすれば、「プレゼンの対象者」である審査員のおじさんたちの関心が、俄然高まっていきます。つまり、こういうことです。
商品自体には興味はなくても、それを使うニーズがある人には興味がある。そんなアプローチで、聞き手をいきなり「当事者」にしてしまうことができるのです。
これは、考えようによっては、どんな商品も、どんな人にでも興味を持たせることができるということになります。
たとえば、人気タレントがCMやキャンペーンで起用されるのも、まさにこの仕組みを利用しています。潜在的なユーザーに、ある商品やキャンペーン自体には興味が薄くても、「あの人が出ているなら」「あの人が使っているなら」と思わせることで、興味を持たせているのです。
こうした事実からも、これまでお伝えしてきたことが再確認できるでしょう。
正しいことが、必ずしも人を動かすわけではない。
正しい情報や正確なスペックをそのまま伝えることが、必ずしも人の行動を引き出すわけではありません。
逆にいえば、情報が正しいからといって、受け入れる必要もないということ。いくら正しいことを伝えても、「あっ、そうですか」で終わる可能性が十分にあることを、プレゼンをする人は肝に銘じておく必要があります。
大切なのは、いかに聞き手を「気持ちよく受け取れる」状態にしてあげるかということ。加えて、受け取ってもらうだけでなく、それを別の人に渡したくなるようにすることです。そのためにも、相手に興味を持ち、相手の「ハッピー(=メリット)」を想像し、それをシンプルなキーワードでまとめなければならない。
なおかつ、そこに「お土産」となる「聞いてよかったな」「誰かにいおうかな」と思わせるエピソードをつけてあげる。
繰り返しますが、プレゼンはプレゼントです。
相手をていねいに「もてなす」気持ちが、プレゼンでもっとも欠けてはならない要素なのです。
※本連載は全4回続きます
(バナーデザイン:國弘朋佳)
本記事は書籍『未来を創るプレゼン 最高の「表現力」と「伝え方」』(伊藤洋一・澤円〔著〕、プレジデント社)の転載である