“意志ある人”のキャリアを飛躍させる「データサイエンス」の力

2020/7/30
近年のビッグデータ活用やAI開発には欠かせない存在となっている「データサイエンティスト」。データとさまざまなビジネス領域を結ぶ架け橋として、その需要はますます高まっている。

いったいなぜ、これほどまでにデータサイエンティストが求められるのか。彼らは組織の中でどのような役割を担い、今後どのような職種で活躍していくのか。

データサイエンティスト向けの育成講座を開き、自身もデータサイエンティストである株式会社データミックスの代表取締役・堅田洋資氏と、膨大なデータを活用しながらLINEのプロダクト開発を手掛けてきたLINE株式会社の上級執行役員・稲垣あゆみ氏に、データサイエンスの“今”を聞いた。

なぜビジネスにデータサイエンスが求められているのか

──近年、ビジネスにおいて「データサイエンス」についての知見が重要視されています。この背景には何があるのでしょうか。
堅田 そもそも「データサイエンティスト」と呼ばれる職業ができたのは、2010年代にビッグデータが流行ってきた頃。
 PythonやR言語のようなオープンソースのプログラミング言語が広く使われるようになり、今では機械学習やAIへと手法が高度化しています。
堅田 企業のデジタル化が進み、あらゆるデータが取れるようになった今、まったくデータを活用しない企業はありませんよね。
稲垣 データサイエンスは、私の関わるプロダクト開発では必須スキルだし、それ以外の職種へもニーズが広がっていると感じます。
稲垣 たとえば人事の領域では、勤怠や従業員アンケートなどから働き方をスコア化するツールが各社から出ていますね。
 チームのパフォーマンスを定量的に算出したり、自己成長や健康状態、人間関係も数値化したりと、さまざまな人事データを抽出できる。
 つまり、人事という職種にデータサイエンスの力が加われば、組織課題を可視化し、先手で対策を打てます。
堅田 そうですよね。弊社では最近、中小企業向けにデータ活用のコンサルティングを始めたのですが、ネジを製造する町工場の生産効率化や、街の靴屋さんの来店予約システムの提案など、データを基盤とした環境整備をしています。
 既にデータを持っている企業だけでなく、これまでデータという概念がなかった中小企業にも、データサイエンスを取り入れた経営戦略を立てようという考え方が広まってきているな、と
両氏は一橋大学の同級生で、20年来の仲。当時、稲垣氏がアルバイトしていたデータ分析講座のアシスタントを引き継いだのが、堅田氏がデータ分析の道に足を踏み入れるきっかけになったという
──幅広い職種に広がるデータサイエンティストですが、類する職種の「データアナリスト」とはどんな違いがありますか?
堅田 その辺りの線引きは難しいですね。企業によっても定義が違いますし、あくまで一般論ですが、人材募集などを見る限り、アナリストよりもサイエンティストのほうが求められる技術レベルが高いように思います。
 その分、ビジネスの改善や意思決定を自ら積極的に支援しようとする人ほど、高い成果を出している印象です。
稲垣 私がLINEで担っているプロダクトマネージャーにも、データサイエンティストと近しいところがありますね。
 プロダクトマネージャーには、開発者とユーザー、ビジネスといった要素があって、それぞれSEOやプロジェクトマネジメント(PM)、マーケティングなどのスキルセットが必要とされます。
「データ分析は昔から行われていましたけど、以前は『データサイエンス』なんておしゃれな呼び方はなくて、『データマイニング』でした」と稲垣氏
稲垣 重要なのは、自分の意志でビジネスを推進していくこと
 すべてのスキルを兼ね備える必要はなく、ビジネス寄りのスキルが高ければ、マーケティングやマネタイズ、広告などを主導する。代わりに、デザインやSEO、ウェブ分析など、足りない部分は他の人に補ってもらえばいい。
 データサイエンティストも、プロダクトマネージャーのように自分の意志で分析を進める要素が含まれている気がしますね。
堅田 「サイエンス」という単語を含むのは、自ら仮説を立て、検証を繰り返しながら課題解決を目指すという側面を表現しているのかもしれませんね。

“意志”のない分析は、データ遊びでしかない

──データサイエンスに重要な「意志を持ってビジネスを推進する」とは、どういうことでしょうか?
稲垣 LINEのプロダクト開発を例にお話ししますね。仮に「火曜日と木曜日にユーザートラフィックの数値が上がった」としましょう。
 調査すると、その曜日にタブの「ホーム」アイコンにバッジが点いていたことが判明しました。バッジが気になったユーザーが訪れていたわけですね。
画面下のホームアイコンに点いた赤丸の「Nバッジ」。そのタブ内の新着通知を表し、タップすると消える
稲垣 トラフィック増加の恩恵を受けているサービスがある一方で、ユーザーからは「バッジがうざい」「邪魔だ」という声もある。バッジを消すかの判断は、双方への影響を考えないといけません。
 ここで、データ分析を行います。バッジの有無で、どのくらいインパクトに差が出るのかを、ABテストなどで確かめる。
 「バッジを消す・消さない」という二元論ではなく、真の目的は、ユーザーにもビジネスにも良いバランスを探すことにあります。
堅田 大切なのは「何が実現できたら嬉しいか?」「この課題を解決したい」という意志ですよね。そこを見失うと、単なる“データ遊び”になってしまう。
 これは、データ分析を始めたばかりの人が陥りがちな落とし穴。ツールを使ったデータ抽出それ自体が楽しいので、どんどん分析した気になるんですけど、残念ながらそれは分析ではありません
稲垣 そうそう。データなんて無限に出せますからね。
 アクセスのデータ一つを取っても「いつ来た」「何回来た」「どの国から」「どの世代が」「どの性別が」などの要素があるし、「世代×性別」といった切り出し方だって、いくらでもできます。どんな分析でも、意志がないと「……で?」で終わってしまう
 もう一つ例を挙げましょう。仮にLINEのとある箇所のタップされる割合は5%という調査結果が出たとします。さて、どう思います?
──えっと、……で?
稲垣 そうですよね。事実としての「5%」という数字だけでは、それがどんな意味を持つのか判断できません。そもそも多いのか少ないのか、何%になったらいいのかわからない。
 だから「この機能のユーザー認知のボトルネックがここ。だから改善したい」といった意志が不可欠なんです。
堅田 データサイエンスとは、常に「あなたはビジネスで何がしたいんですか?」「あなたはどんな課題に関心があるんですか?」という問いを突きつけるものです。
 ここをクリアにできないと、どんなにツールを使えても、ビジネスの課題に対してソリューションをもたらす分析はできません。

自らのビジネス経験との掛け合わせが、キャリアの可能性を飛躍させる

──データサイエンティストには、統計やプログラミングの知識だけでなく、ビジネスの視点こそが重要なのですね。
堅田 データサイエンティストの土台になるのは、“How”ではなく「ビジネスへの興味」です。
 データミックスが社会人向けの教育に力を入れる理由も、まさにここにあります。社会人はビジネスの経験を通じて、「興味」というベースが既に育っているはずですから。
 データって、興味を持っていない人が見ると「ふーん」で終わってしまうんですよ。反対に、分析が上手な人は、ビジネスを理解し、自分の中に仮説があるので、予想外の数字が出ても間違いに気づける。
堅田 ありがたいことに、データサイエンスの注目度が上がって、PythonやR言語など、データサイエンスの“How”に興味がある人はたくさんいます。しかし、そういった手法にとらわれると、それこそ「……で?」という結果になってしまう。
──データミックスの「データサイエンティスト育成講座」では、それらを総合的に学べるのでしょうか?
堅田 講座のコンセプトは、ビジネスパーソンとして「どんな課題を解きたいか」「何を知りたいか」を徹底的に追求できるようになること。その一連の流れを学ぼうというのが最大のテーマです。
 PythonやR言語、機械学習、AIを扱った分析手法ももちろん学びますし、統計学的な数学の素養もある程度は必要になります。
 ただ、難しいデータ分析のスキルを身につけるための講座ではありません。その一歩先、ビジネスに紐付く考え方や視点が最も重要なのです。
堅田 これまでの受講生もいろんな領域の人がいますよ。大学職員や経理担当者、医師、気象予報士の方もいましたね。
 難易度も、データ分析の専門家を目指すものから、AIや統計学を活用するビジネスリーダー向けの、いわば“教養的”なデータサイエンスを学ぶコースまでレベル分けしています。
稲垣 LINEでも、分析自体はデータサイエンティストたちが集まる専門の分析・研究チームが担っており、私のようなプロダクトマネージャーは、自ら膨大なデータを高度に分析するポジションではありません。
 でも、幅広い現場で、データサイエンスの基礎、数字を見る感覚を持っている人が求められていると感じています。
──講座を通してデータサイエンスの知識を身につけることで、どんなキャリアが開けるのでしょうか。
堅田 講座の卒業生には、データ分析系に進む方もいれば、「営業×データ」のように掛け合わせたキャリアを選ばれる方もいます。
堅田 広告代理店の営業だった方は、ベンチャー企業のデータサイエンティスト職に転職されましたし、気象予報士の方は天気予報とデータ分析を掛け合わせた、いわば「ウェザーデータ分析」で独立されました。
 大学職員さんの受講動機もおもしろかったですよ。半期に一度の履修登録で、学生が毎回「何を受けたらいいですか」と質問してくるので、「この講義を履修した人は、この講義も履修しています」というレコメンデーションシステムがあったらいいな、と思ったらしいんです。
稲垣 とてもいいアイデアだね! うちの大学にも欲しかったな。
堅田 データサイエンスを学ぶと、専門職である「データサイエンティスト」を目指さなくても、アイデア次第でいくらでもおもしろいことができます。
 何を成し遂げたいのか、何に興味があるのか。その意志次第で、キャリアをさらに飛躍させられる
 そして職種を問わず、積み重ねてきたキャリアとの掛け合わせで、新たな価値を生み出す可能性を秘めている。これこそが、データサイエンスを学ぶ醍醐味だと思います。
(構成:井上マサキ 聞き手・編集:中道薫、海達亮弥 写真:森カズシゲ デザイン:月森恭助)