【神経科学】「1年後にどうありたい」は、意味がない

2020/7/14
 美しいゴールや、ここぞの一球。スポーツが再開し、改めてアスリートたちのパフォーマンスに惹きつけられる。
 それらは鍛えられた身体性だけでなく、研ぎ澄まされた「集中力」がもたらすものだ。
 サッカー日本代表のゴールキーパーとして歴代1位の出場記録を持つ川口能活氏は、数々の場面で超人的な「集中力」を持ってチームを勝利に導いた。それはどんな感覚で、どのように築き上げられたものなのか。
 我々の日常にも役立つそのエッセンスを、UCLAで神経科学を学び、脳とAI技術の知見を掛け合わせたサービスを開発する「DAncing Einstein」のCEO・青砥瑞人氏との対談で紐解いていく。
 前編は「集中」状態をもたらす条件と「日常」の重要性。

日常で集中の「回路を太く」する

──川口さんの「集中力がすごい」ことは、サッカー界ファンの間では知らない者はいません。高い集中力を発揮しているときの心身の状態は、どのような感覚なのでしょうか。
川口能活(以下、川口) 集中しているときはだいたい体の力が抜けていて、その瞬間を楽しめていることがとても多いですね。
 あとは、追い詰められているとき。
 僕のポジションはゴールキーパーなので基本的には攻められている状態、つねに受け身です。相手のシュートを受けるという意味で、アクションを起こすというよりリアクションなので、「受けて立つ」ことが多い。
 相手に向かって来られると、どうしても恐怖心が出ます。そこに立ち向かう前は重圧を感じるんですけど、それを挽回しようとすると、いいパフォーマンスを出そうと目覚める瞬間がある。
川口能活(かわぐち・よしかつ)/サッカー元日本代表
海外移籍も経験し、18年に現役引退。現在は指導者も務める。ゴール前での果敢な飛び出しや最後尾から味方を叱咤激励しチームを鼓舞する姿から、「炎の守護神」や「魂の守護神」と表現されることも多い。
青砥瑞人(以下、青砥) へえ、すごい。
川口 ただ、「集中しようと思って集中する」ことはできないし、「集中しようとしていたから」といって、いいパフォーマンスができるわけでもないんです。
 だからいつも、本番の試合だけでなはなくて、練習のときから集中しようと自分を追い込んで、楽しめる状態を作ろうとは思っていますね。
青砥 なるほど。脳の観点から考えても、とても学びになる要素があります。
 ひとつは、当たり前のようにおっしゃっていましたが、練習のときから集中しようとする、という話。たとえ入り込めなかったとしても、やろうとすることは、脳にとってすごく大事です。
 必ずしも変わることができなかったとしても、変えようとすること──集中できなくてもしようとすることですよね。
 実際に集中するには、その神経回路を構築する必要が出てくる。つまり回路を作っていかないといけない。
 脳神経科学の大原則として、「use it or lose it」の原則というものがあります。
 神経回路も、使うことによって太くなっていく。筋肉と同じですよね。
 だから、できなくてもトライし続ける。本番と練習では、環境がどうしても必ずしもイコールにはならないので脳の状態も同じにはなりませんが、これをやろうとするかどうかが大切なんです。
 集中しようと思うことを、練習でやっても意味がないという人は、集中力を使えるようにならない。
川口 そうなんですね。
青砥 はい。仕事でもよく議論が堂々巡りをするシーンがありますけど、脳神経科学的には、そうやって考え続けることに意味があるんです。
 そこからすごいアイデアがパッと浮かんだりする。
 これは、神経回路のミエリン鞘(※)という細胞が太くなって、神経伝達物質をキャッチするリセプター(※)の密度が増えるからです。
 なので、つねに集中しようと意識してやり続けている人は、本番の環境になっても、その集中状態に持っていきやすくなるんです。
ミエリン鞘(しょう):神経の軸索の周囲を取り囲むように存在する細胞群。髄鞘(ずいしょう)とも言う
リセプター:生物学用語で、細胞が情報を受信する器官のことを言う。受容体、受容器。
川口 なるほど。
青砥瑞人(あおと・みずと)/DAncing Einstein CEO
日本の高校を中退後、UCLAの神経科学学部に入学し、2012年に飛び級で卒業。脳神経科学の研究成果を教育や企業の人材育成の現場に生かすプロジェクトを多数手がけている。

「プレッシャー」と「楽しむ」の関係性

青砥 あと、試合のお話を聞いていて、すごいなあと思ったのが「楽しむ」と「プレッシャー」という言葉。この掛け合わせは、非常に重要なキーワードだと思います。
──川口さんが体感してきた集中状態は、「力が抜けた楽しい状態」と「リアクションによるプレッシャーがある状態」のときだった、と。
青砥 はい。我々の行動はモチベーションによって駆動されていますよね。そのモチベーションを脳神経科学の観点から言うと、大きくふたつの伝達物質でコントロールされています。
 ひとつは「ドーパミン」で、もうひとつは「ノルアドレナリン」
 よく聞く言葉だと思いますが、いずれも集中力を高める効果があります。
 ドーパミンは、自分がやりたい!と思って望んで向かっているときに出るもの。
 ノルアドレナリンは、プレッシャーや、やらなきゃいけないというときに出やすいものと考えてください。