【withコロナストーリー】大企業のコミュニケーションも変えた「Slack革命」

2020/7/22
 昨今のコロナ禍によるリモートワークが、逆にコミュニケーションの活性化につながるケースがあるという。

 事業所向けeコマース最大手のアスクルと、言わずと知れたモバイルの巨人、NTTドコモも、コロナ禍をきっかけに変わりつつある企業だ。両社の一部の部署ではSlack を積極的に活用し、新しいチームワークの形を追い始めている。

 コロナ禍がもたらした、企業の新しいコミュニケーションの姿を紹介する。

8割が「今後もリモートワークを希望」

──アスクルでは、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言によって、どのように働き方が変わりましたか?
中野 アスクルでは以前から月4回、在宅勤務できる制度がありましたが、緊急事態宣言発令前の2月17日から上限を撤廃。社員の8割以上がリモートワークをしていました。
 突然働き方を変えることになり、当社としても新しい取り組みだったため、緊急事態宣言解除後、社員に「リモートワークで感じたこと」や「今後の希望する働き方」についてアンケートを行いました。
 すると、「今後も週3日以上のリモートワークを希望する」という回答が8割以上。会社としても、今後は大きくそちらにシフトしようと動き始めました。
 そのほかの質問をご紹介すると、「リモートワークの良かった点」としては、「通勤ストレスがなくなった」「作業に集中できて生産性が上がった」という回答がありました。
 一方、「リモートワークで感じた課題」としては、4人に1人が「業務負荷を感じる」と回答。これは、特に40代以上の社員が多かったです。また、「自宅の環境整備」「一体感を感じにくくなった」といった回答も寄せられました。

入社研修で見えた「リモートネイティブ世代」の力

──リモートワークに移行したからこそ、生まれた取り組みはありましたか?
中野 「今まで対面でしかできないとあきらめていたことが、実はリモートでもうまくできた」という新たな発見がありました。その1つが、新卒社員の入社研修です。
 去年までは集合型研修を行っていたのですが、今年はフルリモートに挑戦しました。実際に行ってみると、リモートでもスムーズに関係構築ができ、新入社員も主体的に研修に取り組んでいました。
多田 私は新卒研修を担当しているのですが、最初、今年の新入社員は他の社員と関わることなく研修を終えることになるかと思っていました。
 しかし、新入社員から「もっと社内の先輩とつながりたい」という声があがり、研修でわからなかったことを投げかけるSlack チャンネルを作りました。
「ご協力いただける方、自由にジョインしてください」とスタートしたところ、社長の吉岡から入社2年目の若手までどんどん参加して、活発にコミュニケーションが交わされました。
新入社員のための質問チャンネルの様子
──新入社員がいきなり会社のトップと気軽にコミュニケーションがとれる環境が生まれたのですね。
多田 そうです。自分たちの投げかけに反応が返ってくると「もっとがんばらなきゃ」と思うようで、積極的に投稿していました。彼らは「リモートネイティブの世代」なのだと思いました。
 先輩社員や上司にとっては壁に感じるリモートでのコミュニケーションも、新卒世代にとっては当たり前に受け入れられています。
 マネジメント層や先輩社員にとっても、「Slackを使ってこうやってコミュニケーションを取ればいいんだ」という雰囲気が伝わったと思います。
──新卒研修以外にも、社内の働き方が変わった点はありますか?
中野 以前は会議室が常に埋まっていて、前もって計画的に進めないと打ち合わせもできない状態だったのですが、オンラインになったことでハードルが一気に下がりました。
 コロナ禍のリモートワーク中に、社員が任意で立ち上げた勉強会に140人が参加したことがあったんです。Zoomで視聴しながら、Slackで質問するという方法を取っていました。
 リアルだと140人が一同に会する場所をおさえるのも、人が集まるのも難しいですが、オンラインだからこそ場所にとらわれずに気軽に実施できたと思います。

「脱・メール文化」が加速

──今回のコロナ禍を経て社内でのコミュニケーションに変化はありましたか?
多田 以前はリモートワーク取得日の業務開始・終了の上長への連絡はメールで行っていましたが、Slackで管理したいという声が現場のマネジメント層から上がりました。コロナ禍をきっかけに、メール文化からの脱却が進んでいるのを感じています。
 また、今まではSlack上でも1対1のやりとりが多かったのですが、今はチーム単位のコミュニケーションが活発になりました。その方が横のつながりもできますし、メンバーが全体像を把握しやすいので、今後は会社としてもチームでの利用を推進していこうと考えています。
──Slackを導入するにあたり、社内で広めるために工夫している点はありますか?
多田 今は社員の7割以上が使っていて、導入する部署も増えつつありますが、年齢や役職に関係なく「まずは全員使ってみよう」と伝えています。
 誰でも気軽に参加できるように、Slack の基本リテラシーをまとめたページを作ったり、1年目の社員には2年目が使い方を教えたり、という取り組みをしています。

「オフィスに来る意義」を再定義する

──コロナ禍で働き方を見直すきっかけができたとのことですが、今後は会社としてどのような方向に舵を取っていくのでしょうか?
中野 当社では今改めて、「オフィスに来る意義ってなんだろう?」という議論を始めました。コロナ前に戻るのではなく、今回の経験をふまえてオフィスの意味を考え直す。そのうえで、新しい働き方をみんなで作っていこうという段階です。
 今までは毎日オフィスに来ることがベースにあり、それを前提としたコミュニケーションが行われていました。マネジメント層はオフィスにいればメンバーがどういう働き方をしているか、困っていることはないかなど、視覚で確認することができました。
 しかし、リモートワークが多くなると今までの感覚では円滑なコミュニケーションをとれなくなります。
今後はこうした前提をいったん外して、フラットに理想的な社内のコミュニケーションについて考える必要があると感じています。どのように人間関係を深め、部署間の横のつながりをどう作るか。そのために、オフィスにはどんな仕掛けが必要なのか。それを模索しはじめているところです。

オンライン化で社内コミュニティが活発に

──ドコモでは店舗業務など出社が求められる業務もあると思いますが、コロナ禍で働き方の変化はありましたか?
中村 在宅勤務制度は2年ほど前からあったのですが、回数など一部に制限がありました。それが、2月頃からは在宅勤務の活用を推奨、3月より業務継続に必要最低限な人員を残して原則在宅勤務となりました。
 私のチームでも全員が基本的に毎日リモートワークで業務を行っています。最初はどうなるかなと思いましたが、意外とうまくまわっていて、今後もこのままリモートワークをメインにしたいという声が上がっています。
──実際リモートワークが中心になって、どんなメリットを感じましたか?
中村 私のチームでは以前から社内で技術勉強会を開催していたのですが、リモートワークになってからは参加率が上がったような気がしています。
 以前はわざわざ会議室に行っていたのが、今は自宅でURLをクリックするだけですぐに参加できます。運営側も会議室をおさえなくてよいので手配がラクになりましたし、参加する側もハードルが下がったため、最近は社内のあちこちでコミュニティ活動が盛んになっているんじゃないかと思います。
加藤 私は社外でプロボノ的に複数のNPO団体の活動に参加しているのですが、リモートワークになって時間を調整しやすくなりました。
 本業の合間に1時間空けば、他団体の会議に参加することもできます。今までは場所を移動する時間がかかっていたのが、自宅から参加できるようになって効率が上がりましたね。
 私の場合は経験を得るための社外活動ですが、パラレルワークや副業も、今後は活発になっていくのではないでしょうか。

リモートワーク導入により、Slack利用が加速

──リモートワークが広まったことで、社内に変化はありましたか?
加藤 リモートワークによって社内で起きたことといえば、Slackが一気に広まったことですね。
 弊社では部署のメンバーが700〜800人単位、1つの中堅企業規模になることが多いんです。なので、誰が情報を持っているか、チーム内でどんな動きがあるかなどを把握するのが難しいケースがありました。
 私の部署ではSlackを導入したことで、ナレッジを共有しやすくなりましたし、意志決定のスピードがすごく早くなりましたね。
 そもそも、ドコモは社員数が多く、一律に管理することは難しいので、Slackの導入もひと筋縄ではいきません。チーム単位、部署単位での導入になるのですが、様々なところから導入に関するハードルが高い、という声も聞いていました。
 そこで、同じように部署単位でSlack導入をしている3つの部署でのケーススタディ紹介・および3組織長のパネルディスカッションというコンテンツで、事例共有会を開催したんです。
 通常なら組織長のスケジュールを抑えるために、秘書方に連絡をして、会場をおさえてという手順がありますが、リモートならではのメリットでそれらを全部すっとばして10日後にオンラインでパネルディスカッションを実現できた。
 当日はなんと600人も参加してくれて、その後の反響も大きく、これがSlack導入加速の1つの要因にもなったと思います。
オンラインで開催されたパネルディスカッションの様子

700人の部署で、月間1万3000時間の稼働を削減

──Slackを導入したことで生まれたコミュニケーションはありましたか?
中村 私のチームでは以前からSlackのオープンコミュニケーションの思想をチーム内で共有して、「みんな情報をどんどん書き込んで、状況を共有し、透明性を高めよう」とやってきました。
 それが、コロナの影響で何が起きたかというと、社内のSlack利用者がこれまで2000人くらいだったのが一気に1万人くらいに増加したんです。
 そこで、Slack を利用する社員全員が参加できるパブリックチャンネルを作ったところ、自発的に議論が巻き起こったり、部署をまたいだコラボレーションが生まれたりするようになりました。
 たとえば、「リモートワークで何が変わった?」とか、「ハンコってルール上必要なんでしたっけ?」といった議論がたくさん交わされています。
 オープンコミュニケーションで運用できるのは、せいぜい自分たちのチームの規模くらいかなと思っていましたが、まさか1万人レベルで実現できるとは思っていませんでした。
 しかも、Slack上だと、良くも悪くも相手の役職や年次を気にせず、フラットな関係でコミュニケーションをとれるんですよね。オープンな場で誰でも改めて自由に議論できるというのは今まであまりなかったことですし、組織の風通しが非常によくなったと改めて感じています。
加藤 私の部署ではSlackの導入にあたり、コミュニケーションコストを削減するという目標を立てました。
 利用がある程度定着してきた段階で、定量的な効果を算出したところ、約700人の部署に導入した場合の推定改善効果を、社員稼働単金を「¥5,000/h」として試算した結果、月間で約1万3,000時間の稼働削減と、約6,000万円相当の費用削減効果がある、という結果が出ました。
 単純に「使いやすい」と伝えるだけなく明確に数字を出したことで、我々以外の部署の方々にもSlackのメリットを訴求できたと思います。
 今回、Slackの利用を促進できた理由としては「それを支えるメンバーが揃っていたこと」があります。トップが動き、利用を促進したいという思いのある有志が集まり、その中で私が中心となって「このような使い方をすれば、もっと使いやすくなるのでは」と改善していきました。いいサイクルが生まれたと思います。

一社員の声で組織を変えることも可能に

──社内コミュニケーションの広がりや加速、透明化などが起きているとのことですが、今後はさらにどう変化していくとお考えですか?
中村 リモートワークは便利ですが、失ったものも多いと思っていて。たとえば、雑談の機会が減ったよねといった事はよく言われていますが、今までオフィス内で自然と聞こえてきていたチーム外の情報なんかもリモートワークでは把握するのが難しくなりました。
 しかし、そうした失ったかもしれないものを取り戻すために、前のやり方に戻しましょうというのは一番ダメだと思います。新しい働き方になった今は、いろいろな方法を試せるチャンスです。まだ答えはないですが試行錯誤して新しいコミュニケーションのあり方を模索していきたいですね。
加藤 以前は社内の制度を変える場に、現場の一社員の声は絶対に届かないと思っていました。でも、今のオープンコミュニケーションの流れだと、少なくとも声を届かせることは可能になるんじゃないかと。同士を集めて大きく声を上げれば、本当に変えられる可能性すらあると感じています。
 また、会社を変えるだけでなく、社員一人ひとりも変わっていかなければならないと思っています。リモートワークになると、従来の働き方に比べ、必要のない業務、対価に見合ってない働き方をしている社員も可視化されるようになると思っています。会社に何かを求めるのであれば、自分たちも成果を出さなければなりません。
 経営層にも、社員にも、こういった変化に気づいている人は、すでに一定数いると思います。最終的に会社がどの方向性に舵をきっていくかは、まだわかりませんが、今、パラダイムシフトが起こりつつあるタイミングなのだと思います。
(構成:村上佳代 編集:野垣映二,木村剛士 デザイン:月森恭助)