明日への不安を吹き飛ばす笑い

愛する人を亡くした悲しみ、銀行の残高を思う不安、外出できないイライラ、本当に孤独を感じた瞬間のつらさ──そうした暗い空気が、重く漂っている。そして今、その重苦しい空気とともに真夏に突入しようとしている。
「今は幸せを感じるのが難しい時期です。それでも、そうした喜びの瞬間はまだ私たちの周りにあるのです」
そう語るのは、『Joyful: The Surprising Power of Ordinary Things to Create Extraordinary Happiness(ジョイフル:何でもないことから大きな幸せが生まれる驚きのパワー)』(未邦訳)の著者イングリッド・フェテル・リーだ。
その喜びの瞬間は時に、私たちに気まずい思いや罪悪感を抱かせたりもする。自分よりも過酷な状況に追い込まれている人々に対する裏切りのように感じてしまうのだ。
しかし、多くのコメディーが、そのような決まり悪さをくすぐることで笑いを誘おうとしているのも事実だ。
コロラド大学ボルダー校で心理学を教えるピーター・マグロー教授は2014年にアトランティック誌にこう語っている。
「ユーモアは本質的には人々を楽しませるものです。しかし、そこにはある種の罪悪感や不安も必要とされるのです」
笑いは、その対象が無害であると認識したときに起きる。つまり、それはひどい話だけど、少なくとも一時的には恐ろしいものではないとわかれば笑えるのだ
たとえば、コメディアンのトレバー・ノアがトイレットペーパーを買い占めるアメリカ人を笑いのネタにしたとき、それはパンデミックの恐怖を感じさせるものだったけれど、同時にばかげた光景だったからおかしかった。
ホロコーストの時代とその後のユダヤ人のユーモアを描いたドキュメンタリー『The Last Laugh』のファーン・パールスタイン監督はこう語っている。
「ユーモアとは、ほかに抵抗する方法がほとんどない人々の反撃の手段です」

笑いで危機を乗り越える

リーによれば、喜びと幸せは往々にして一体となるものだという。喜びが幸せにつながることが多いためだ。だが同時に、この2つははっきり異なる感情である。
幸せとは単独の感情ではなく、充足感や安心感から得られる状態のことだと、リーは言う。
一方の喜びは「もっとシンプルで瞬間的なもの。一瞬の間、強く感じるポジティブな感情です」。
そのように喜びはシンプルであるため、私たちはそれを子供がよく覚える感情とみなしがちだちだと、リーは指摘する。たしかに子供は大人よりも、驚きや喜びを率直に表現する。だが大人の問題は、複雑な世界を見すぎているせいで、すべてにおいて深い意義を求めてしまうことだろう。
時に喜びとは、おそろしく単純なものだ。ちょっとしたばかげた話をしたり、作った料理の美味しいにおいを感じたときや、ペットを抱いてその温もりを感じた瞬間にも生まれるだろう。
困難な時期に笑いが助けになることも証明されている。ストレスは、アドレナリンの分泌と血圧の上昇をもたらし、短期的な危機を乗り切るのには役立つが、その状態がずっと続くものではない。
一方、笑いや喜びの瞬間は体じゅうにドーパミンを送り出し、たとえばパンデミックのような長期間のストレスにさらされた心臓血管系をリセットしてくれる。
複数の研究で、毎日笑っている人のほうがそうでない人よりも心臓発作を起こしにくいことも示されている。喜びの感情でトラウマが治療できる(または薬の代わりになる)とは言わないが、笑いがないよりあったほうがいいのは明らかだ。

ポジティブな感情で生産性も上がる

楽しい瞬間は、それだけでは長期的な幸せにはつながらないかもしれない。だがそれを繰り返すことで幸福が得られることもある。
リーによれば、人はポジティブな感情で、よりオープンマインドになり、より創造的かつ生産的に考えられるようになるという。
「私は気分よく職場に来た日は、仕事がはかどり、すると家族と過ごす時間も増え、人生の危機に立ち向かうレジリエンスも備わります」とリーは言う。
私は、日々の生活の中で思わず笑いがこぼれる瞬間に気づき始めている。たとえば、自転車に乗った小さな女の子が、横で息を切らしながらジョギングする父親を応援しているのを見たとき。いつのもトレーニング仲間がバーチャル筋トレで、水でいっぱいにした鍋をウェイト代わりにしているのを見たとき。友人から送られてきた隔離生活やコロナウイルス、フェミニズムに関するTikTok動画を見たとき。
このような瞬間が、私は孤独ではないこと、そして普通の日常はまだそこにあることを教えてくれる
私たちは秋にチューリップの球根を植えたり、派手な服を着た自分を鏡で見たり(あるいは街に出て人の反応を見たり)することで、自ら喜びを創造できると、リーは言う。
私は最近、カラフルなインクで手書きした手紙を友人たちに送っている。何年も話していない友だちも含めてだ。手紙に書く言葉を考えていると私の心は落ち着くし、手紙を読む友人たちの姿を思い浮かべるだけで喜びがあふれてくる。
だからみんなで笑おう。後ろめたさを感じる必要はない。笑うことで私たちは強くなれるのだ。
元の記事はこちら(英語)。
(執筆:Katherine Ellen Foley、翻訳:中村エマ、バナーデザイン:月森恭助)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.