2020/12/7

プログラミングは「世界の見え方」をどう変えるのか

NewsPicks BrandDesign Editor
全人類、プログラミングを学ぶべきである──。そんなメッセージがちまたにあふれ、義務教育での必修化がはじまるなど、世間は空前のプログラミングブーム。大人向けのスクールも活況で、“現代の教養”としてプログラミングに関心を寄せるビジネスパーソンも少なくないだろう。

なぜ、今、プログラミングなのか。テクノロジーがすべてを支配をする現代に必須な「世界を理解する思考法」としてのプログラミングを、コルク代表取締役・佐渡島庸平氏と考える。

世界を理解するための「プログラミング」

──佐渡島さんとプログラミングと聞くと、正直、意外な掛け合わせだと感じる方も少なくないと思います。プログラミングに関心をもったきっかけは?
佐渡島 コルクを起業し、僕自身が経営者として成長する上でも、世の中の仕組みを理解する上でも、「プログラマーには世界がどう見えているのか」を知る必要がある、と強く思ったんです。
 僕が言うまでもなく今、世の中に価値をもたらしているほとんどの企業のサービスは、プログラミング言語によって生み出されています。
 英語を学ぶと、その文化圏への理解が進むように、プログラミングの考え方に触れれば、きっと世界の見え方が変わるだろう、と。
 僕は常に、やることはすべて自分への学びにつなげたいと思っています。本を作るときも、すでに自分が知っていることではなく、これから深く知りたいテーマを選んで本にします。
 2014年に担当した、ある連続講座では「ゼロから学ぶプログラミング」をテーマに、業界を牽引するプログラマーの方を10名ほど招き、対話を重ねました。彼らの頭の中を覗いて、僕も受講生と一緒にプログラミングの世界を学びたかったのです。

デジタル時代を生き抜くための発想の源

 たとえば、講座に登壇してくれた一人がAR三兄弟の川田十夢さん。
 彼と話していると、「それ、どうやって発想するの?」と驚くようなアイデアがぽんぽん飛び出してくる。
 僕が渋谷の街を見渡しても、目の前の景色をそのまま受け取ることしかできませんが、もし拡張現実の仕組みを知っていれば、現在の渋谷の街にさまざまなデータを宿す発想が生まれます。
 GPSの位置情報と音楽アプリを連動させて、「このエリアにはこの音楽」と設計することで、場所に応じた曲がスマホから流れ、感情が揺さぶられる新しい体験を作り出せるかもしれない。
 そんなビジネスの発想を聞いて、“プログラミングでできることから未来を予想する”逆走の考え方は、それまでの僕ではできないことだと実感しました。
 デジタル化する世界の中で、自分の発想の幅を広げたいと思ったとき、プログラミング的な思考を知らなければもはや世の中を正しく捉えられません。

ヒットサービスに共通する思考法

──プログラミングに触れたことで佐渡島さん自身の考え方、世の中の捉え方は変わりましたか。
 サービスの入力と出力の因果関係がどうなっているのかを考えるようになりましたね。
 たとえば今、僕は、UberやAirbnb、Indeed、Tinder、メルカリなど2010年前後に生まれたあらゆるサービスは、すべてが“同じ構造”であると捉えています。
 これらが生まれる以前は、ヒト・モノ・カネ・時間、人間関係などすべては「無駄と不便があって当然」だとされてきた。
 企業は、頼んだときにすぐ仕事をしてもらえるようにヒトの時間と感情を消費させながら組織に所属させてきたし、家では、普段使わないモノでもほしいときにすぐ使えるように収納棚に眠らせて、保管場所を浪費してきました。
 車は、無駄の際たるもので、移動したいときにすぐに動けるように高いお金を駐車場に払って車を眠らせておくわけです。
 そんな無駄にしていたモノやコトを、必要としているヒトとどうマッチングさせていくか、という発想で多数のサービスが誕生し、最適な出会いが生み出されるようになった。
 その視点で見ると、どのアプリも本質的にやっていることは限りなく似ていて、入力と出力の組み合わせをどう変えていくかという思考でサービス改善を重ねている。
 では、メルカリを生み出した思考をどのように応用したら、おもしろい本やマンガを読者に最適なかたちで届けられるだろうか。
 プログラマー思考の経営者だったらどう考えるだろうか、と推測するようになりました。

すばやく改善のサイクルを回す

 たとえば、練りに練ったコンテンツを100%のかたちで世に送り出すだけではなく、毎日1ページマンガをネームの段階でツイッターやインスタグラムに投稿し、その中から反応のよかったものをキャラ化して作り込むようなマンガの作り方も始めています。
(インスタグラムで配信中の『ティラノ部長』。プロデュース:佐渡島庸平、原作:すずきおさむ、作画:したら領)
 エンジニアはアプリをリリースした後も、ユーザーからの改善要求をもとにアップデートを繰り返しますよね。その概念にすごく影響を受けました。
 LINEマンガで連載した作品では、読者の反響をもとにストーリーの最後を書き直すこともありました。世間の反応をフィードバックとして捉え、すばやく対応することは現代のサービス作りで重要なポイント。
 メルカリのような人気アプリのアップデート回数は、何万回というレベルです。重版になったら少し変えよう、という出版社時代の感覚とは大きく変わりましたね。
 仕事の進め方もプログラマーの人たちに倣い、アジャイル開発の考え方を取り入れたり、振り返りのフレームワークであるKPT(ケプト)を漫画家との打ち合わせに導入したり。
 サービスを作る上でいいなと思う彼らの習慣は、どんどん取り入れています。

強制力のある環境が学びへの近道

──プログラミングを学んでみたいという意欲はとても湧いてきましたが、「仕事が忙しい」「挫折しそう」「いまさら遅いのでは」など、できない言い訳がたくさん浮かんできます……。
意志の力を信じるな──。
 これはマンガ『ドラゴン桜』に出てくるセリフです。
 まさにその通りで、やると決めたのなら、「自分の意志は弱い」という前提で続けられる仕組みを考えなくてはいけない。
 語学やプログラミング、筋トレなどもすべてそうですが、楽しめるところにたどり着くためには、まず最低限の知識をインプットする時間が必要です。
 英語を学ぶにしても、やりたい/やりたくないじゃなくて、まずは基本的な3000単語を覚えた方が話が早い。
 集中できる環境をいかに作るかが肝心でしょう。
 僕は以前、中国とのビジネスが増えるからと2年間、中国語を勉強したのですが、自分の意志頼りでは放棄するのが目に見えていた。
 そこで、スクールに通うのではなく、先生に会社に来てもらっていました。それでも「ちょっとメール対応するから」と先生を待たせて、なんとか逃げようとしたくらい(笑)。
 レッスン料を事前に払う、スケジュールを押さえる、逃げられない環境を用意するといった強制力を自分で作らない限り、人は挫折するものです。
──仕組み化ですね。
 意外に思われるかもしれませんが、ほかにもいろいろな外部の講座にも、僕は時間を見つけて参加しています。
 たとえば、ファシリテーションやチームビルディングのスキルって、できないと組織にとってものすごくマイナスなのに、代表の立場だと「佐渡島のファシリテーションが下手だから、コルクがうまくいってないんだよ」とは誰も指摘してくれません。
 失敗した……というときに自分なりに危機感を持って本などで体系的に学ぼうと思っても、忙しいとすぐにその意志も消えてしまう。
 だったら、必要だと思った瞬間に、お金を払って講座のスケジュールを押さえてしまうのが手っ取り早いと思うんです。

「水先案内人」が学びを加速させる

──佐渡島さんはプログラミングも、実際に手を動かして学習されたのでしょうか。
 スマホアプリを使って、累計10時間くらいはやってみたと思います。でも、やはり一人だと続けるのは難しかった。
 当時の僕はコードを書けるようになりたいのではなく、あくまでもプログラマー的な思考法、プログラマー的な文化を知りたかった。
 プログラミングを学んだ上で自らの手でサービスを開発した、ウォンテッドリーの仲(暁子)さんなんて本当にすごいと尊敬しますが、僕は到底そこには行けませんでした。
 短期集中でプログラミングの基礎を学ぶ「テックキャンプ イナズマ」は、最低限の仕組みを身につけるのにすごくよくできていると感じました。
 プログラミングのような奥深いものを理解するためには最低限の基礎が必要で、基本的な知識を叩き込む最初の時間は、その道のおもしろさを教えてくれる「水先案内人」がいないと挫折しやすい。
 自走できるまでの時間を、サポートしてくれる人がいるのはいいと思いますね。

流され、人に委ねて、自分の器を広くする

──佐渡島さんが、新しい知識やスキルを学ぶ際に、意識していることは何ですか。
 すぐ真似できることだと、その分野の第一人者のTwitterをフォローすることですね。僕は、プログラマーやUI/UXデザイナーの方をフォローして、「この方の思考法はおもしろいからウォッチしておこう」と日々、眺めています。
 もちろん本を読んで全体像の知識を入れることもありますが、教科書的な学びだけではなく、その世界の人たちがなにを考え、どんな原理で動いているのか、そのマインドをまず自分にインストールすることで、学びの理解が早くなる。
 あと大事なのは、教え方がうまい人を探すこと。
 水先案内人を見つけて、「自分で判断せず、人に委ねる」のが一番いいと思いますよ。
 自分の器の中からいいモノを拾おうとしている限り、その器が広くなることはありません。すでに自分が持っている知識で価値があるかどうかを判断しても、見えている世界は小さいまま。
 僕は、知り合い3人が同じことを勧めていたら、深く考えずにやるようにしています。
 人が他人に本気でなにかを勧めることってそう多くない。
 「ハワイに旅行してきたよ」と言う人はいても、「ハワイには絶対行った方がいい!」と猛プッシュされる経験ってさほどないでしょう。
 身の回りの信頼できる人がコレはいいと言うのであれば、自分で制限をかけずにまずやってみる。
 それがどんな内容だったとしても、とりあえず流されてみた方が自分の器は広がります。
 プログラミングに関していえば、日本ではプログラマーが不足し、引く手あまたです。採用市場の現実を見るだけでも、その価値はすぐにわかります。最低限の基礎知識を知っておくに越したことはありません。
 僕自身、子どもたちにも社員にも、身につけておくべき思考力として勧めています。
 変に気負わず、「流される生き方はいいものだ」という考え方から始めてみるのがいいと思いますよ。