【DX】なぜJリーグの投げ銭が実現したのか

2020/6/26
 スポーツが奪われた約2ヶ月間、「試合ができない」という危機を乗り越えるために、多くのクラブや競技団体、アスリートが試行錯誤を繰り返している。
 直面した現実は厳しい。それでも、これまでにない取り組みが試されたことは、将来に向けた新たな鉱脈になるだろう。
 「ギフティング」や「投げ銭」と呼ばれる、ユーザーがサービスに対して自由に課金できる仕組みがその一つだ。
 ookamiは、スポーツエンターテインメントアプリ「Player!」を運営するスタートアップ。多くのメディアが報じない学生スポーツやマイナー競技の試合速報をファンに届け、月間利用者数(MAU)は400万人を超えるまでに成長してきた。
 そして今回、鹿島アントラーズや浦和レッズといったJリーグ屈指のプロクラブと手を組み、ライブ配信中にチームに1口500円からサポートできる投げ銭の企画を行った。
 手応えと課題、そしてこの「コロナ危機」に始まった新たな取り組みは、将来のスポーツ界への指針となるのか。ookami代表の尾形太陽氏に聞く。

元はOB・OG会費の集金システムだった

 新型コロナウイルスの感染拡大がもたらしたスポーツ界への最大の衝撃は、なんと言っても「試合」がビジネス的な価値を失ったことにある。
 試合ができない。できても観客を入れることができない。
 当然だがそれは、試合によって想定していた「収入」がなくなることと等しい。
 クラブによっては、約3分の1近くを占める(特に地域に根差しているほどその傾向は顕著である:関連「【リーダーの告白】人気チームゆえの苦境、打開策の肝」)収入が期待できないとなると、クラブの存続すら危うくなってくるのだ。
──人が集まること、移動することがリスクとされ、できることが限られる中での、オンラインでの新しい取り組みでした。
尾形 そうですね。今後もスポーツ観戦は無観客または入場制限が予想されるので、クラブ側はこれまでスタジアムで回収していたチケット・グッズ収入の補填が必要になります。また、ファンにとってもただオンラインで試合を見るだけでは物足りない。
 我々はスポーツ観戦に特化してサービスを提供してきたので、試合ができない状況でスポーツ界になにか力添えできないか、と考えていました。
──5月16日には鹿島アントラーズとのコラボレーション企画を「Player!」上で行い、参加者が「課金」する、いわゆる「投げ銭」ができるようにしました。
尾形 結果的に1万5000人以上の方々がリアルタイムで参加してくれました。
 選手OBの小笠原満男さんなど、なかなか話を聞くことができない方々も登場し、その瞬間に課金額が大きくなったり、コンテンツとしても新しく価値あるものにできたと思います。
現在Jリーグ・鹿島アントラーズのコーチ兼テクニカルディレクターを務めるジーコことアルトゥール・アントゥネス・コインブラ氏が登場するシーンもあった。
 ただ、『投げ銭』というネーミングはまだ課題だと思っています。ファンからクラブへ一方的な寄付のように聞こえてしまう。
 予想したよりは悪い反応ではなかったのですが・・・目指すところは、新しい応援の形であり、まだまだ課題は多いです。
──とはいえ、ファンからはポジティブな声が多かった。
尾形 そうですね。課題が多い一方で、「クラブのサポートをできることが嬉しい」「こういうクラブとコミュニケーションできる機会を待っていた」と久々のクラブとの交流を楽しんでいただけたようです。
 クラブ側はこれまでにない収益を得ることができ、我々としても知名度向上を図ることができました。滑り出しとしては上々でした。
──6月13日には清水エスパルス、浦和レッズ、FC町田ゼルビアが同様に投げ銭企画を実施しました。いつから投げ銭の導入やプロクラブとの連携を考えていたのでしょうか。
尾形 投げ銭に使用しているシステム自体は1年前に導入していましたが、元々はプロクラブとの連携や投げ銭を目的につくったシステムではありませんでした。
 学生スポーツチームのOBOG会費をデジタルで集金することを目的につくられたものなんです。
 例えば大学の体育会では、会費を集めるために住所をリストアップして手書きで郵便物を作ったりと、アナログな手法でかなりのコストを割いています。
 単純に無駄なコストだと思いますし、結構ブラックボックスだったりします。これをオンラインで完結できれば、手間が削減されてお金の流れの透明化にもつながる。
  アメリカに似たような実例がありましたし基本的にメリットしかないので、これはやろうと。「Player!」上でチームに寄付できる機能として実装しました。
──アマチュアカテゴリーの課題解決がプロカテゴリーに適用されているんですね。
尾形 すごくおもしろいですよね。新型コロナウイルスの影響で環境がガラッと変わり、クラブ側も危機感を抱いたことが大きかったと思います。
 火を付けるライターがあるじゃないですか。あれって、元々片手が使えない軍人がタバコを吸うために作られたらしいんですよ。軍人のストレス緩和がタバコぐらいしかないような時代、マッチで火をつけられない人のためにできた。それを今や世界中の人たちが当然のように使っているんです。
 要するに、ニッチであってもコアな課題を解決することができれば、ふとしたきっかけで広く汎用し得るということ。
 こういったきっかけ、流れがいまスポーツ界に来ているんじゃないかと考えています。
──なるほど。

「Player!」が選ばれる理由

尾形 例えば、我々のプロジェクトもそうですが、プロスポーツクラブが『技術を持った会社や人』に仕事を発注し始めています。
 会社の規模だけではなく、自分たちが表現したいスポーツの魅力を生産してくれるところとタッグを組む。こういった流れが生まれつつある。
 我々の場合、コロナ禍の課題感をもとに、鹿島アントラーズさんとディスカッションをした結果、1週間半の準備期間でイベントを実施することができました。
──1週間半はすごいスピードですね。プロクラブの方々も強い危機感を持っているいまだからこそ、新しいビジネスが受け入れられやすい土壌になっていると。
尾形 そう考えています。
──同様に投げ銭サービスを提供する企業は複数あります。なぜ「Player!」が選ばれているのでしょうか。
尾形 他のサービスとの一番の違いは還元率、つまり手数料の部分です。我々はユーザーから投げ銭をいただいて、そのうち約95%をチームに還元しています。
 外部の決済手数料を除けば、プラットフォームの使用手数料としては無料なんです。
──手数料無料。
尾形 そうです。短期的な狙いが「Player!」の業界認知やユーザー数の増加だというのもありますが、そもそも他の投げ銭サービスとは戦略が違って、投げ銭の手数料でビジネスをしていないんです。
──なるほど。でもこのままではスケールしませんよね。