新型コロナウイルスのパンデミックとロックダウンを受けて、米国では実に多くの人が自転車に乗り始めた。中古自転車の修理は、何週間も先まで予約でいっぱいだ。3〜4月の全米のサイクリングレーン利用者数は、前年同期比57%増にもなった(レールズ・トゥ・トレールズ自然管理委員会調べ)。
自転車を新調する人も多く、1000ドル以下の自転車が飛ぶように売れている。3月のレクリエーション用自転車の売上高は昨年よりも121%多い約25万台に達する一方で、フィットネス用自転車もほぼ3倍増の20万台に達した。
アウトドアショップのREIによると、子ども用自転車やアクセサリを含む自転車と関連品の売り上げは、昨年の同時期の4倍にもなるという。「供給が追いつけば、この売り上げは当分落ちないはずだ」と、REIのロン・トンプセンは言う。
特に都市に暮らす家族連れとフィットネス愛好者からの供給はひっ迫している。ほとんどの自転車はアジア製だが、新型コロナの影響でアジア諸国の生産も一部停止または縮小されていた。市場調査会社NPDによると、3月の全米の自転車の売上高と、修理サービスの売り上げ高の合計は、前年同期比44%増の7億3300万ドルにも達した。
これは米国の歴史で3回目の自転車ブームであり、一時的なものではなく、今後も続いていくかもしれない。そして都市のデザインさえも変えていく可能性がある。

一時的なブームでは終わらない?

米国初の自転車ブームが起きたのは、1890年代のこと。それまでのペニーファージング(前輪が大きくて後輪が小さい自転車)に代わって、前輪と後輪の大きさが同じで安定が増した「安全自転車」が登場したのがきかっけだ。ニュージャージーとニューヨークには自転車専用道路が建設され、自転車レースは野球と並ぶほどの人気を博した。
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当時は、商人から高齢者まで誰もが毎日のように自転車に乗っていたとされる。「夕暮れ時になると、大都市の大通りにはランタンを提げた自転車の列が川のようにどこまでも続き、実に幻想的な風景をつくりだしていた」と、ある専門家は言う。
第1次自転車ブームは20世紀初めの大恐慌まで続き、その後は自動車が米国の道路の主役になった。
第2次自転車ブームが到来したのは1965〜75年。速くて、安くて、変速機が付いた自転車が登場したのがきっかけだ。生産が追いつかないほどの人気で、ピーク時には、自転車の販売台数が自動車の販売台数を上回った年もあった。タイム誌は1971年に、「154年の自転車の歴史で最大のブーム」と表現している。
だが、ベビーブーム世代の関心がほかに移っていくと、熱狂も下火になっていった。現在、日常的に自転車に乗る米国人はほとんどいない。
2019年にピープルフォーバイクス(PeopleForBikes)が4歳以上の米国人に聞いたところ、過去1年間に自転車に乗った人は32%しかいなかった。過去4カ月に限定すると約12%だ。わずか30年で、自転車は完全に過去の趣味になってしまった。

いま通勤手段として見直される自転車

だが、今回のブームを引っ張るのは、単なる趣味の需要ではない。新型コロナによって、自転車は現代人の必須アイテムになったのだ。
交通機関の感染リスクについてはまだ十分なデータがないが、人々は電車やバスの利用を躊躇している。交通機関側でも、ソーシャルディスタンスを保ちながら運営を続けるためには、乗客を大幅に抑える必要がある。英ロンドン市の試算では、公共交通機関の乗車率は15%程度になりそうだ。人々は地下鉄やバスから自転車やクルマに乗り換えている。
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「都市部の機能が再開するにしたがい、通勤客が公共交通機関を避けて、シェアバイクを利用し始めたことがデータに表れている」と、プライベートエクイティ(未公開株投資会社)ピッチブックのアナリストであるアサド・フセインは言う。
自治体も、自転車と徒歩を推進している。ロンドンのサディク・カーン市長は、市内の多くの道路で自動車の通行を禁止する意向を示している。ベルギーの首都ブリュッセルも、暫定的に一部の自動車レーンを自転車専用レーンにしていたが、先頃、この変更を恒久化することを決定した。フランス・パリ首都圏は全長約650キロの自転車専用レーンを整備するとともに、自転車修理の補助や駐輪ラックの設置、自転車教室の実施などに計2000万ユーロ(約24億円)を投じることを決めた。

米国の新しい移動は「自転車」か「クルマ」か

米国の場合は、そこまで環境の整備は進んでいないと、ピッチブックのアサドは語る。ヨーロッパとアジアでは、マイカーを持つことがさほど当たり前ではないから、配車サービスや自転車や電動スクーターのシェアサービスが伸びている。だが、米国人はクルマが大好き。自動車向けのインフラも整備されているし、ガソリン価格も安いから、公共交通機関を避ける人の多くはマイカーに流れそうだ。
なかには、こうしたトレンドを覆す政策に力を入れている都市もある。カリフォルニア州北部のオークランド市は、市内の道路の約10%(約120キロ)を、通過交通(通り抜け)禁止道路に指定した。ポートランドやボストン、ミネアポリス、ワシントンといった街では、「スローストリート」計画が広がっている(シティラボ調べ)。
これは主に住宅街で、歩行者と自転車利用者の安全を確保するために、自動車は立ち入り禁止か、走行速度を大幅に制限するイニシアティブだ。
ニューヨーク市は、地下鉄の代わりに自転車の利用を全面的にバックアップしており、1万2000人の不可欠業種従事者に、リフトの「シティバイク(Citi Bike)」プログラムの無料利用権を提供している。
だが、米国で自転車が本格的な通勤手段として普及するためには、安全面のレベルアップが必要だ。実際、自転車の利用を考えている人にとって一番心配なのは、安全性と自動車からの保護だ。
自転車利用者を優先するためには、専用インフラを建設する必要があると、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)のモビリティープラクティス部門を統括するオーガスティン・ウェグシャイドは語る。「インフラは同じで自転車の数だけ増やしても、行動の変化は生まれない」と、ウェグシャイドは言う。ニューヨーク市では、自転車専用レーンを整備したところ、2019年の女性の自転車利用者は40%以上増えたという。
新型コロナは、過去30年間で最大の都市交通実験を生み出している。多くの道路が、(少なくとも一時的には)歩行者と自転車利用者に取り戻され、彼らにとって近年で最も安全な状態にある。ニューヨーク市では、4月の自転車の接触事故は前年同期比62%減の113件となった。これは2013年の半分だ。
自転車利用者が、米国のシティライフの中心に本格的に戻ってくるかどうかは、自治体の今後の措置によって決まる。
オークランド市の市長室でモビリティー政策&機関間関係ディレクターを務めるウォーレン・ローガンは、「スローストリート」計画は、これまで自動車に占領されていた公共スペースを、人々の手に取り戻す機会を与えたにすぎないと言う。通常、交通関係のプログラムには莫大な費用がかかるが、約120キロの道路を封鎖する費用はゼロに近かった(バリケードや看板をいくつか設置する程度で、合計1000ドル以下だろうと、ローガンは言う)。
「すごいことをやったわけじゃない」と、ローガンは言う。「それに市民からはすでに、どの道路がすでに『スローストリート』になっているかを教えてくれた。私たちはやると言ったことを実行したにすぎない。ただ、その追アップしたけどね」
(執筆:Michael J. Coren記者・Dan Kopf、翻訳:藤原朝子、写真:Christine McCann/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with KINTO.