サブスクは「スタートダッシュ命」。契約直後の「成功体験」が勝負

2020/5/29
サブスクリプション型のサービスが急成長する中で注目を集めているのが「LTV(Life Time Value)」。
「顧客生涯価値」と訳されるこの言葉の意味は、いかに長く顧客と良好な関係を築き、売り上げを維持向上させていくか、ということ。LTVが高ければビジネスは伸び、低ければ下がる。サブスクの場合、とくに解約率を上げない取り組みが、その一つとして捉えられる。
サブスクビジネスにとって必須の指標と言えるLTVを上げるためには、どのような策を講じればいいのか。
デジタルマーケティングのプロで、UI/UX改善やDX(デジタルトランスフォーメーション)を支援するKaizen Platformの須藤憲司 創業者兼代表取締役と、サブスク専業クラウドベンダーといえるセールスフォース・ドットコムでカスタマーサクセスを長年統括する仲澤輝宏常務執行役員に「LTV向上術」を聞いた。
売り手から見たサブスクの魅力
──サブスクリプションビジネスが盛り上がっていますが、企業(ベンダー)側から見たたサブスクのメリットは何だと思いますか。
須藤(Kaizen Platform) まず、収益を読みやすいという利点があります。
 売り切り型のビジネスは、ある意味ギャンブルですよね。ユーザーの分析やライバルの状況、経済環境を考えて一生懸命に新商品を開発して、多額のマーケティングコストをかけて発売する。ただ、そこまでしても売れるかどうか分からない。
 一方、サブスクは新規顧客を獲得していかなければならないのは同じですけど、たとえば年間契約の場合は1年後の売り上げが見通せる。これは、経営からみれば計画が立てやすいですよね。
 もう一つは、どんなサブスクであれ、ほぼデジタルで管理できますので一人ひとりの購買履歴や顧客の趣味・嗜好を分析しやすい。これ、普通に言っていますけど、リアルの世界で考えられないメリットです。
 たとえばコンビニで、ある唐揚げ弁当がヒットしたとします。どの地域、どのお店、どの時間帯にどのくらい売れているかは分かりますが、誰に売れたか、その人はこれまでも買ったのか、ほかに何を買ったかはリアルタイムには分からない。
 ネットだと全てではありませんが、それがリアルタイムで分かる。サブスクは一度のコミュニケーションや購入で終わりではなく、ある一定期間お客様とつながりますから情報量が多いわけです。
 そうなると、より精度の高い顧客分析がタイムリーにできますので、取れるアクションが変わりますし、アップセル・クロスセルが成功する確率を高められるでしょう。つまり、LTVが高められやすいんです。
──仲澤さんは、どう感じていますか。
仲澤(セールスフォース・ドットコム) 須藤さんも話していましたが、長期的な関係を築くことができるという点は非常に大きいと思います。
 売り切り型のビジネスは、「売っておしまい」です。これだと、購入してくれた人は、満足してくれているのか、本当に使ってくれているのかが分かりません。
 サブスクだと顧客の利用状況がくまなく分かります。これによって各顧客の利用状況に合わせたサポートができると同時に、最近利用していないユーザーにコンタクトを取り、解約を防ぐこともできる。
 長期的な関係の中で、ユーザーコミュニティなどを通じて追加で欲しい機能や不満をヒアリングする機会にも恵まれますから、より顧客視点に立ったサービスに昇華しやすいメリットがあります。
「解約アラート」を察知する先行指標を定めよ
──サブスクでカギを握るのが、LTV(顧客生涯価値)だと思います。このLTVを高めるために何が大事でしょうか。
須藤 一つの要素として、解約されればそこで顧客からの売り上げはなくなりますから、チャーンレート(解約率)を下げることは重要です。
 ただ、このチャーンレートを下げるためのアクションがずれている人が結構多いと感じています。
 ユーザーにとって解約は、「使い勝手が悪い」などの様々なマイナス要素が積み上がってやめることを決めますよね。それなのに、多くのサブスクベンダーは、解約を申し出た時に何らかのアクションを取る。ユーザーはもう解約を決めているから、これじゃ遅いわけです。
 チャーンを防ぐためには、ユーザーが契約してくれてから使い続けるプロセスの中で、チャーンにつながるアラートを感じ取れる指標を定めて、それをチェック。必要に応じて、各ユーザーに最適化した対策を講じることが必要です。
 たとえば、SaaSや音楽や映像などのエンターテインメント系サブスクでは、3日間ログインしていないことをアラートに設定し、そうしたユーザーにはおすすめの機能やコンテンツを紹介するメールを出すとか。
 なので、解約率だけを単純に眺めているだけでは何の解決にもならない。「解約アラート」を出すための「先行指標」が必要なんです。この先行指標は、各サービスによって異なるので、この先行指標をデータ分析しながら発見することが大事です。
──なるほど、自社なりの「アラートKPI」が必要ということですね。仲澤さんはいかがですか。
仲澤 須藤さんがお話しされた「先行指標の発見」、私も非常に大事だと感じています。付け加えるとすれば、その指標を何に定めるか考えすぎてしまい、顧客の動向分析が進まないこと。
 100点のKPIは必要ではなく、60点でいいのです。大事なのはKPIを定めて結果を見て、因果関係を調べる。それで改善の結果が良くなければまた別のKPIを定める。このようにTry & Errorを繰り返して、PDCAのサイクルを何回も回すことが大事です。
契約直後の「成功体験」が勝負の分かれ目
──その「先行指標」を設定するうえでのヒントを教えてください。
須藤 スタートダッシュですね。
──スタートダッシュ、ですか?
須藤 ユーザーにとって最もテンションが高いのはサービスを申し込んだ時ですよね。
 どんな楽しいことがあるのか、どんな便利が待っているのか、ワクワクしている。そこで、成功体験というか、「このサービスを申し込んで良かった!」って体験を味わってもらうことがLTVを高めるにはすごく大事です。
 たとえば、初めてパチンコ店に行って、ビギナーズラックで大当たりしたら、その後も通ってしまったりしますよね。それと同じで、最初の体験の良し悪しが、その後の契約期間やそのベンダーの他のサービスも利用してみようと思えるかに大きく影響します。
だから、顧客が利用開始した初期に、何らかの指標を定める必要があります。満足しているかどうかは実際にはつかみにくいところがあるので、たとえば契約直後の2週間のログイン状況を見るとか。
 実際、コンシューマ向けのサブスクでは、利用開始から2週間のログイン率が低いと、解約率はむちゃくちゃ上がると聞いています。何かを期待してサービスを始めたのに、それが満たされずに使わなくなっているから、当然ですよね。
取材はオンラインで実施。壁紙は須藤さんが自ら制作
──Kaizen Platformもサブスクビジネスを手がけていますが、自社でのスタートダッシュ時に定めている指標があれば教えてください。
須藤 いくつかあるんですが、「当社のサービスの価値を感じてもらう体験、使って良かった!と思える体験を、導入後1カ月以内に味わってもらう」ためにアクションを定めています。
 顧客によって感じる価値は様々ですが、それをそれぞれの顧客ごとに定めて達成するようにしています。顧客が求める期待を聞き、実現できそうな目標を定め、それを達成する。これはLTV向上、チャーンレートの低下にめちゃくちゃ効いています。
仲澤 私たちは各ユーザーの利用状況を数値化していますが、須藤さんのおっしゃる通り、契約直後から数カ月の利用状況はとくにチェックしています。ログイン率や登録データ量など、これらの数値が高ければ高いほど、圧倒的に解約率は下がります。
 ですので、私たちは、顧客が使い始める時に難なく操作ができるよう、そして価値を感じてもらえるように支援する「オンボーディング」にとくに力を入れています。
解約連絡が来てから動いてもムダ
須藤 大事ですよね、オンボーディング。
仲澤 サブスクビジネスの流れとして、「アクイジション(入手・獲得)→エンゲージメント(つながりの強さ)→チャーン(解約)」という流れがあります。
 セールスフォース・ドットコムでは2005年から「カスタマーサクセス」、いわゆる顧客の活用支援部門が立ち上がりましたが、最初の頃は後半、つまりチャーンばかりに目がいってしまいました。
 お客様から解約の連絡がくると、セールスの人間がすぐに訪問して教育したり機能の説明をしたり、なんとか解約を防ごうとしていました。ただ、それでは冒頭、須藤さんがおっしゃっていたように、「時すでに遅し」です。
 そこに気づき、今ではこの流れの中で契約後のサポート、つまりオンボーディングに一番力を入れています。
 メールで情報を提供したり、イベントやウェビナーにお誘いしたり、ユーザーコミュニティの参加を促したり。成功する使い方をまとめた冊子をお配りするといったこともしています。
 お客様の熱量が高い時に、しっかりと使い方を教え、困った時にはすぐに解答し、利用を続けてもらい、効果を実感してもらう。これこそが、サブスクビジネスで最もLTVを上げる近道だと思っています。
仲澤さんは自社のカスタマーサクセス部門のコピー&キャラクターがプリントされたTシャツで取材を受けてくれた
須藤 その通りですよね。それとスタート時に、なるべく早くに効果を実感してもらうのと同じくらい大事なことが、契約直後に、面倒な作業をしてもらうこと。
 どんなサービスでも利用を始める時には、何らかの設定や入力が必要ですよね。こういう作業は面倒くさい。だから、最もそのサービスに期待している最初に、こうした作業を完了させてもらう、完了してもらうようにサポートすることが大事ですね。
 たとえば、SNSで、Twitterだったら最初に5人はフォローする、Facebookなら10人友達にするとか。これをやった人とやらない人では解約率というか利用状況に大きな差が出ると聞いたことがあります。
仲澤 セールスフォース・ドットコムの主力はCRMですから、顧客情報を入力してもらわなければ始まりません。ユーザーに手間をかけさせてしまうのですが、ここを手厚くサポートし、進捗状況を確認することを徹底しています。この意味でも、須藤さんの言うスタートダッシュは大事です。
いつの時代も大切な「顧客を知る」
──サブスクのLTVを上げようとすると、解約する直前にいろいろ頑張ってつなぎ止めようと考えてしまいますけど、確かにそれでは遅い。最初が肝心ということですね。
須藤 そう、とにかく最初の顧客の動きをしっかりと見ること。
 少し話はそれるかもしれないですけど、どんなビジネスでもどんな時代でも、どんなにツールが進化しても、企業にとって一番大事なことは顧客を知ることです。
 昔から「お客様の声に耳を傾けよう」「答えは現場にある」とか言いますけど、私、これがビジネスの本質だと思っていて。
 今はテクノロジーが発展したことでいろんな接点が持てるようになり、いろんな情報を取ることができ、顧客を知る手段が増えました。データが大事というのは、イコール顧客を知ることが大事ということ。
 セールスフォース・ドットコムはCRMを提供していますよね。一般的には顧客情報管理と訳されますが、私は顧客情報を管理するツールではなく「知る」ツールだと認識しています。
 こうしたツールを活用して、顧客を知るための素地をしっかりと作り上げておくことがLTVを上げる方法を考える以前に大切なことかもしれません。ツールが何かをしてくれるわけではありませんが、デジタル前提の時代に、顧客を知る手段としてCRMは必須だと思いますから。
仲澤 「CRMとは顧客を知るツール」と言って頂けるのは大変ありがたいです。CRMを提供しているからではありませんが、私も顧客を知ることがビジネスの基本だと痛感します。
 国が成長期でモノがいくらでも売れている時期はプロダクトアウトでもビジネスが伸びたかもしれません。
 ただ今のように成熟し、モノがあふれている時代にビジネスを伸ばすためには、プロダクトアウト的な視点ではダメで、カスタマーファーストがより重要です。とくに売ったら終わりではないサブスクには必要不可欠な考え方だと思っています。
 その中では、私たちのソリューションが少なからずお役に立てる部分はあると思っています。
(取材・編集・構成:木村剛士 デザイン:鈴木康弘 作図:大橋智子)