【山口周】手にした知識を「武器」にする、最強の学びの技法

2020/6/26
2020年4月から、小学校でのプログラミング教育必修化がはじまった。子どもたちだけでなく、今の時代を生きる大人にとっても、最新のテクノロジーを学び続けることは不可欠。知識を常にアップデートし、その学びをいかに自分の武器として使いこなすかが人生を大きく左右する。

しかし、時間とお金をかけ、さまざまな講座に通い、たくさんの本を読んでも、学びっぱなしになっているようでその知識をビジネスに活かせていないと悩む人も少なくはないだろう。学んだ知識を実際に「使える武器」にするためにどうすればいいのか。現代のビジネスパーソンが採るべき知的生産術を山口周氏に聞いた。

学びの源泉は好奇心でいい

山口 ビジネススクールやセミナーに通ったり、たくさん本を読んだりしても、その学びを仕事に活かせていないと悩む人がいます。
 でも私は、「これを学んだら、こんなリターンがある」という目先の損得をあまり考えすぎないほうがいいと思います。
 学びのパターンって一つじゃないんです。たとえば、仕事上どうしても必要だから短期間で身につけなきゃいけないもの。これについては好むと好まざるとにかかわらず、もう必死で勉強するしかない。
 でも、今の仕事には直接関係なくても、自分がなんとなく気になっているテーマや、人生においてプラスになるかもしれないことを中長期的な視点でインプットしていく学びについては、そんなに難しく考えなくていい。
 おもしろそうだな、と好奇心にそって学び始める。それで十分です。
 人間は、その人が学んだものででき上がっていくので、興味関心にそって学び続けていけば、必然的にそれが自分の「個性」になる。
 加えて、自分が何を勉強している時に楽しいと思うかどうかは、ものすごくよい「キャリアの羅針盤」になります。

本質的な成長は「意外なところから」

 少しでも興味のあることの勉強をはじめると、その世界のルールや仕組みへの理解が深まり、ますますおもしろくなる感覚を誰しも感じたことがあるでしょう。これが、リテラシーが上がるということです。
 たとえば、チェスのルールがわからない人がチェスを見ていてもおもしろくないでしょうし、ラグビーのルールを知らない人が試合を観ても、「なんでしょっちゅう止まるんだ?」と楽しめない。
 でも、ゲームのルールを知って、より細かな機微みたいなところまでもがわかるようになると、楽しみが生まれ、どんどん学びも深まります。
 私は独学で経営学を随分と勉強しましたが、つらいと思ったことはなかったですね。学びを進めると、実は一見ふわふわした「ビジネスの世界」が、これほどきれいに構造化できるんだと、当初は新鮮で感動を覚えました。
 たとえば、今の時代は、どんな業界であってもテクノロジーの進化を避けて通ることができないので、プログラミングの基礎を学ぶのもいいでしょう。コンピューターがどう動いているのか、その動作原理を理解できれば、AIの進化を過剰に恐れたり、起こり得ない空想話に振り回されたりすることがなくなります。
 人が何かを学ぶ動機って、シンプルでいい。だいたい、楽しいと思えないことを無理に学んでも身につくはずがありません。
 ただ、人間は、誰しもが「価値システム」なので、何に価値がある・何に価値がないという物差しを持っているわけですが、人が本質的に成長する瞬間ってその物差し自体が切り替わるんです。
 その意味でいえば、今の自分の物差しにそって得をすると思うコンテンツしか自分の中に取り入れていないと、想像もしなかった気づきや、目からウロコが落ちるような学びは得られない。成長からも遠ざかるでしょう。
 つまり、本質的な学びによる成長とは、ある種のアクシデントなのです。

「戦略」で学びを武器に

 とはいえ、ビジネスパーソンがお金と時間をかけて学んだ知識を自分のキャリアやビジネスに活かしたいと考える気持ちもわかります。
 学びをビジネスで実際に「使える武器」とするために、まず意識してほしいことがあります。
 それは、学びの「戦略」を立てること。戦略とは、「何について学ぶか」という大まかな方向性のことです。
 こうお話をすると、「じゃあ、経営学を学ぼう」「歴史が気になる」「最新のテクノロジーについて知りたい」とジャンルの設定から入ってしまいがちですが、最も大事なのは自分が追求したい「テーマ」を軸に方向性を定めることです。
 テーマとは、自分が追求したい「論点」ですね。
 私であれば、「イノベーションが起こる組織とはどのようなものなのか」「組織論における権力構造について知りたい」といったテーマを持っています。
 このように戦略を立てると、経営学だけでなく、歴史や文学、政治、哲学、映画、動物行動学など、さまざまなジャンルが学びの候補として浮かび上がってくる。
 ほかにも、私自身は物事のバックグラウンドにある思想やメカニズムに興味があるので、「機械と人間との対話とは何かをつかむ」をテーマに設定すると、「プログラミング」や「AI」といったジャンルが一つの選択肢となるかもしれません。

「専門バカ」か、「クロスオーバー人材」か

 戦略を持って学びを深めることは、これからの時代に必要とされる「クロスオーバー人材」になるための訓練にもなります。
 クロスオーバー人材とは「領域を越境できる人材」のこと。「スペシャリストとしての深い専門性」と「ジェネラリストとしての幅広い知識」を併せ持った存在です。
 日本でイノベーションが停滞しているのは、このクロスオーバー人材が極端に少ないから。
 経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが言っているように、イノベーションとは「新しい結合」で生み出されるもの。そこには異質の領域を横断してつなげていく存在が不可欠。
 自分の専門分野しか知らない「専門バカ」になるか、領域を横断して新しいものを生み出す「クロスオーバー人材」になるか。私たちは今、その岐路に立たされているといえます。
 スティーブ・ジョブズの言った“connecting the dots”という言葉が表すように、学んだことがのちの人生のどこで、どんなふうに活きてくるかは誰にもわかりません。ジョブズは若い時分にカリグラフィーを学んだけれども、それを何かに役立たせようと思って学んだわけではなかった。ましてやカリグラフィー・デザイナーをめざしていたわけでもない。
 しかし、その後、ジョブズ本人も思いがけないことに、マッキントッシュの、あの美しいフォントが誕生するのに一役買ったのです。短期のリターンを求めず、自分の興味の赴くままに学び続ける価値はここにあるのだと思います。

勉強はお金を生まない。一刻も早く学び始めよ

 最後に、私が若い人にお伝えしておきたいのは「勉強はお金を生まない」ということです。
 勉強そのものはお金を生み出さないので、学びたいことがあれば一刻も早く勉強をスタートしたほうがいい。
 なぜなら時間が経てば経つほど、機会費用が大きくなるからです。20代と40代では時給に約3倍の開きが出ることもあります。つまり40代になると、ある分野をマスターするのにかかる時間が20代と同じでも、その費用は3倍になるわけです。
 一方、リタイアまでの残り時間は減っているから、そのリターンも減ってしまう。つまり、勉強をはじめるのが若ければ若いほど、入ってくるリターンは大きくなる。
 それに、どんな分野であっても常に新しいことに挑戦してみようとする人のところにチャンスはくるものです。
 私もこれまでにいろんなことをやりました。たくさん学び、挑戦して、そのほとんどはものにならなかったのですが、ほんのいくつか当たりがありました。挑戦を続けていれば、その中の何かが別の何かにつながったり、新しい仕事を呼んできてくれたりする可能性は高まります。
 勉強を続けていると、ときには転ぶこともあるでしょう。ただ、転んだところにも学びは必ずある。
 あの福沢諭吉ですら、10年かかってオランダ語を習得したのに、横浜に行って自分の語学力を試してみたらまったく通じなかったんです。そもそも横浜にいた外国人は、オランダ語ではなく英語を話していたんですね(笑)。
 でも彼がすごいのは、それに気づいて一旦は愕然とするんだけれども、その翌日にはもう英語の先生に師事していたことです。腐っている暇はないと、すぐに思い直して、また学び始める。学びにはそうした「七転八倒力」も大切になる。
 とにかく学び続けること。興味のあることはどんどん学んで、リテラシーを上げるポジティブな姿勢が人生を切り拓いていくのでしょう。
(構成:横山瑠美 編集:樫本倫子 写真:的野弘路 デザイン:岩城ユリエ)