【マーケティング術】ユーザーを“ファン”に昇華させる「コミュニティ」を作るコツ

2020/4/27
サブスクリプションモデルの台頭によって、「売ったら終わり」は許されなくなってきた。従来以上に既存顧客との長期的な「つながり」を大事にする必要性が高まり、カスタマーエンゲージメント(CE)」や「LTV(Life Time Value、顧客生涯価値)」といった概念に関心を持つ企業が増えている。
CEの向上やLTVの最大化に向けた有効な手段として可能性を感じる手法が「コミュニティ」だ。新型コロナウイルスのまん延によって企業も個人も投資を抑制する中、生き残るための要素としてユーザーとの強い「絆」が再認識されており、その観点からも注目を集めている。
企業とユーザー、ユーザーとユーザー同士の「つながり」をつくり維持することで企業とユーザーの関係を強固にし、ユーザーをファンへと昇華させる――。
コミュニティマーケティングの第一人者で、クラウドサービス「Amazon Web Services(AWS)」をコミュニティの力で日本中に一気に広げたパラレルマーケターの小島英揮さん、そして国内でも有数な巨大コミュニティを組織化しているセールスフォース・ドットコムのコミュニティマネージャー、坂内明子さんとの対談で「コミュニテイ」のポテンシャルを解説する。
「お得意様は大事に」が求められる理由
──CEやLTVが注目され、既存顧客とのつながりを重視する傾向が強まっています。約30年、マーケティングに従事する小島さんから見て、この流れをどう見ていますか。
小島 「お得意様は大事に」という意識は、昔も今もみなさんお持ちだと思うんですが、確かに最近は顕著です。
  経済が伸びている時は、新しい顧客の獲得に目が行きがちです。ただ、今の国内市場は、成熟化してモノが売りにくい時代に入った。消費者の嗜好(しこう)も所有欲が薄れ、必要な時に利用すればいいという意識も高まっています。
 新型コロナウイルスの影響は、この動きをさらに加速していくでしょう。一方で、近年話題のサブスクリプションモデルは、こうした流れに合うモデルとして、適用範囲が増えてきています。
 サブスクリプションは利用期間や規模に応じて料金をいただくモデル。解約リスクがありますから、企業は既存顧客を本気で大切にしなければならなくなった。そこで顧客との長期的な関係作りの大切さを説いたCEやLTVを意識し始めていると思います。
 そして、マスマーケティングが効きにくくなっている点も大きいと思います。
 多くの消費者がテレビや新聞、雑誌で情報を受け取っていた時代は、これらの媒体を使って宣伝すれば顧客を獲得できた。
 でも、今はそうはいきません。SNSの進化によって、個人が情報を発信しやすくなり、こうした個人の情報のほうが、マスメディアの情報よりも購入を決める要素になっています。
 口コミはメディア力を増しており、既存顧客の満足度が大事になっていることも影響していると思います。満足度の低い顧客が発信すれば売れなくなるし、逆に高ければ伸びますから。
なぜ今コミュニティが注目されるのか
──CEやLTVを高める手法は複数あると思いますが、企業と顧客、または顧客と顧客同士の交流の場、「コミュニティ」に注目が集まっています。
小島 そうですね。理由は、購入側と提供側の両方にメリットがあるからだと思います。
 購入側としては、製品・サービスを購入した人の満足度や感想、活用方法は気になりますし説得力がありますから、購入前にこうした情報を持つコミュニティと接点を持ちたいと思うのは自然の流れ。
 購入後でも、例えばビジネスツールの場合は「どんな使い方をしているか」「こんな悩みを抱えているけれど他の人はどうしているか」といった(機能ではなく)運用面の情報を知りたいというニーズがあり、コミュニティに継続参加するメリットがある。
 こうした利点があるコミュニティはSNSの普及によって容易に作りやすくなり、参加しやすくなったわけです。
 一方、提供側の企業からすると、複数の顧客が集まる場があると、ユーザーの声をまとめて聞きやすい。
 リリースした製品・サービスに対するユーザーの声を聞き、それをもとに改善するPDCAはビジネスの基本中の基本。このフィードバックループを効率的に回せる手段としてコミュニティは貢献します。
  このフィードバックループがとくに重要なサブスクリプションが台頭することによって一層注目されているんだと思います。
──坂内さんはどう感じていますか。セールスフォース・ドットコムはユーザーコミュニティを10年以上前から組織化し運営しています。
坂内 当社は、創業時から一貫してクラウドサービスをサブスクリプションで提供するモデルです。他のITベンダーが売り切り型ビジネスも手がけている中で、当社は「サブスク専門」。つまり、すべての事業が解約リスクと常に隣り合わせ。だからこそ、私たちは創業当時から既存顧客の満足度をとても重要視しています。
 その中で、ユーザーとの交流の場を持つことは当然の流れでした。コミュニティ作りに着手したのは早くて、10年以上前からオンライン・オフライン問わず、さまざまなかたちで当社とお客様、またお客様同士が交流できる場をつくって運営しています。
 小島さんのお話しされたフィードバックループも意識してさまざまな活動をしています。例えば、2006年から「IdeaExchange」というコミュニティサイトを運営し、ここでお客様の声をオンラインでいつでも収拾できるようにしています。
 お客様が気軽に相談や要望を伝えられる場にできるように力を入れており、「IdeaExchange」に寄せられた声から300種類以上の新機能が生まれており、欠かせないコミュニティになっています。
小島 サブスクリプションは、少額を毎月積み上げるモデル。経営視点で見ると初期はキャッシュフローが悪いし、軌道に乗るまでは本当にこわい。創業期、解約の多発は死に直結するはずですから、セールスフォース・ドットコムは「生存本能」から自然と早期にコミュニティを作ったんでしょうね。
坂内 そうですね。かなりビジネス的には大きな課題です。
 それとコミュニティはフィードバックループを回す、既存のお客様に使い続けてもらう取り組みとしてだけでなく、新規のお客様を獲得していくという面でも効果を発揮します。
 お客様が当社を評価し、コミュニティで紹介してくださる。既存のお客様が他の製品を購入してくれることにもつながるし、導入を検討してくれている企業をコミュニティに招待し薦めてくださることもある。
 まさしく、小島さんが提唱されている「コミュニティマーケティング」。コミュニティはカスタマーサポートやカスタマーサクセスだけでなく、顧客獲得のための手法としても力を発揮すると感じています。
小島 おっしゃるとおりですね。「プレオンボーディング」という言葉があるんですけど、これは購入していないユーザーに向けて「こうやって使えばいい」「これはできる。これはできない」と事前に適切な期待値調整をしておくこと。
 プレオンボーディングをしておくと、ちゃんと理解したうえで購入してくれているので、解約リスクが低くなるという効果があり、これもコミュニティが持つメリットと言えます。
AWSをNo.1にした「仕掛け」
──小島さんは、「AWS」をコミュニティで一気に広げ、クラウド市場でNo.1の地位を確立しました。どんな仕掛けを講じたんですか。
小島 AWSに入社前、アドビシステムズに籍を置いていたんですが、その時にコミュニティマーケティングの基礎を学びました。その当時、アドビ本社のデベロッパーマーケティングチームでは「sell through the community」という言葉が使われていて、コミュニティを活用したマーケティングを実践し、成果を上げていました。
 私は、まだ市場が形成されていない概念やテクノロジーを浸透させる手段としてコミュニティは有効だと感じていて、2009年当時のクラウドもまさに当てはまる分野だと思いました。
 そこで、AWSに入社後すぐに米国本社に掛け合い、日本市場でのコミュニティ立ち上げの了承を得たわけです。それでスタートしたのがコミュニティ「JAWS-UG」です。
──JAWS-UGの取り組みを詳しく教えてください。
小島 すごくシンプルで、AWSに関して「知りたがっている人」と「知っている人」のマッチングです。
 AWSが日本に上陸した初期、「使い始めたけど分からないことが多くて、日本語で教えてくれる人や場が欲しい」というニーズがあったんですね。
 ありがたいことに、当時でも結構使い込んでいるアーリーアダプターの方々がいらっしゃって、私はそうした人たちをネットなどで探し出し、コミュニティを通じて「教え、教えられる環境」を作りたいと口説いたんです。
 実は、教える側と思われる人の中にも「これは知っているけど、あれは知らないから教えてほしい」というニーズがあって、それはお互いに補完したり、場合によってはAWSの人間からも情報提供していく。教わった人は誰かに教え、教えられた人は次の機会に誰かに教える。こうした循環が生まれるようにしたんです。
──「Wikipedia」をつくるように、自分の知識や情報を提供することによって、自分も豊富な情報を手に入るようにする。
JAWS-UGのコミュニティ。ユーザーがユーザーに使い方を教える好循環がヒットを生んだ
小島 そうですね。一人でやるよりもみんなで知識をシェアしたほうが楽だし、早い。これによってユーザーがユーザーを育てていく仕組みが整い、日増しにコミュニティは大きくなっていきました。
──コミュニティ作りのポイントを教えてください。
小島 初期はとにかく製品やサービスに「愛」がある人たちが不可欠です。その上でポイントとなるのは、コミュニティに集まる人たちが何を知りたいか、何に困っているかをしっかりと把握し、その解を持っている人が答えられる場づくりです。
 コミュニティ作りでやりがちなのが、たくさんの人を集めようとすること。人が増えれば増えた分だけニーズはある。そうなると、参加者全員のニーズを満たすコンテンツは難しくなり、「あれを知りたかったのに、思うような情報は得られなかった……」と、満足度も次への期待値も低下し、次は参加してくれなくなってしまいます。
 セミナーであれば多くの人を集めて認知を取ればOKかもしれませんが、コミュニティではそれでは不十分。コミュニティに参加した人が、次は情報発信側に回れるような流れを作らなければなりません。
 だから、人数はむしろ小規模のほうがいい。イベントやオンラインミーティングなどを行う場合、「今日はこのテーマ」という設定をなるべく具体的に行うと、こうした流れにつながりやすいです。
セールスフォースのコミュニティが強い理由
──セールスフォース・ドットコムは、コミュニティがテーマによって40個以上もあると聞いています。巨大コミュニティをどのようにして作り上げたのですか。
坂内 小島さんがJAWS-UGで手がけたようなユーザー同士が教え、教えられるという輪を作ったという点は共通点で、その取り組みを評価してくれたお客様がお客様を呼び、徐々にコミュニティが大きくなっていきました。
 それに加えて、当社が意識したのはユーザーをたたえることです。
──「たたえる」ですか?
坂内 当社の製品を使う人って、SFA(営業支援システム)やCRM(顧客管理)といったシステムを社内に根付かせて運用する人です。
 システムを企業に導入する時、現場の人は協力的ではないケースが多く、どちらかというと煙たがられてしまう。しかも、担当者はだいたい一人。それにもかかわらず、黒子役なので目立たずに評価されにくい……。そんな中でも業務をより良くするために尽力してくれている人たちです。
 私たちは、同じように頑張っている人たちを集めて「一人じゃない。他の企業のSalesforceの導入・運用責任者も頑張っている」という一体感と安心感、そしてモチベーションアップのきっかけにしてもらっていますが、それに加えて、みなさんの孤独の頑張りをたたえる活動を意識しています。
 具体的には、活動内容が先進的だったり、めざましい成果を収めたりしたお客様を定期的に表彰するんです。当社主催イベントのユーザー事例で登壇してもらったり、ユーザー事例の記事でメインで話してもらったり。
 一般的にはイベントの登壇者は経営陣や上層部の方がほとんどだと思いますが、私たちは現場で戦っている人にこそ登壇してもらうようにしています。
セールスフォース・ドットコムが開くコミュニティイベントでは、ユーザーの経営層だけでなくセールスフォース導入・運用の現場担当者もたたえる
 また、その方が所属している企業の上司や経営層の方にもその功績を伝えることで、担当者の重要性を知ってもらうようにしています。Salesforceの導入・運用責任者は、当社のコミュニティだけでなく、所属企業でも評価を上げてもらいたいからです。
 上層部にも知っていただくことでコミュニティに参加しやすくもしています。頻繁に外に出ていると、場合によっては「あいつ、何をしているんだ?」と思われてしまうのでコミュニティの活動をお客様の「社内」に理解してもらうことにも役立っています。
 当社のコミュニティは、こうした日々尽力されている方々の一体感を醸成する場であり、たたえる場。この取り組みが少なからずコミュニティを大きくすることにつながっていると思います。
コミュニティイベントでは、坂内さん自ら参加。楽しんでもらえるように服装を工夫するなど趣向を凝らす
小島 同じ境遇の人を癒やす場としても機能しているというのは、面白いですね。
 コミュニティを組織している企業は日本でも増えてきていますが、その中でもセールスフォース・ドットコムの取り組みは、その活動期間や成果から見ても高いレベルでの成功事例だと感じます。
 コミュニティ作りや持続的なコミュニティ運営を標榜(ひょうぼう)する企業は増えてきたのですが、ユーザーをファンにしてファンを組織化し、継続的にアクティブな活動をできる企業って数が少ないんです。
 ただ、ファンコミュニティが作れない、作ろうとしない企業は淘汰される時代になると私は思っています。
 お客様を大事にするという意識があるなら、必然とお客様との接点を持とうとするでしょう。そうなれば、コミュニティ作りに目を向けるのは当然です。
 また、コミュニティに参加してみようという顧客がすぐに見つからないというのはそもそもファンがいないということでもある。
 コミュニティが作れない、作ろうとしないというのは、ビジネスの何かが壊れている、ユーザー第一主義になっていないと言い換えることができると思います。そういう意味で、コミュニテイを有効的に運営している企業は健全な企業ともいえると思います。
 新型コロナウイルスのまん延によって、企業も個人も、お金の使い道を従来以上に厳しく選定してくるはず。本当に必要なものは何か、付き合う企業やサービスを真剣に考えている中で、ユーザーと強くつながっている、CEの高い企業は非常に強い。
 今後、ファンコミュニティの有無や運用は、その企業がお得意様を大事にしているか否かのリトマス試験紙になると思っています。
坂内 確かにそうかもしれません。私たちにとってコミュニティは、お客様の「困った」を解決する場であり、お客様に仲間を感じてもらう場。
 私たちが提供しているソリューションのバリューと同じくらい重要なものですので、今後もコミュニティ活動においてもセールスフォース・ドットコムと付き合って良かったと思っていただく活動を継続的に進めていきます。
(取材・編集・構成:木村剛士 デザイン:月森恭助 図版制作:大橋智子)