いま、移動や社会のあり方が変わろうとしている。ICTによってシームレスな繋がりを目指す「Mobility as a Service(サービスとしてのモビリティ)」という大きな概念が掲げられ、移動や物流だけにとどまらず社会のあり方まで波及する。100年に1度と言われるモビリティ革命、MaaSによって私たちの暮らしや経済はどう変わるのだろうか。

本連載では2018年に発行され、業界の教科書的存在になりつつある書籍「MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ」から全4回にわたって、新しい時代の移動と社会について歴史的経緯や基礎的な知識を中心に掲載する。

MaaSが地域社会にもたらすもの

日本においてなぜMaaSが求められるのかと言えば、以上見てきたような交通を巡る問題があるからだ。MaaSの大義の1つは、これら交通を巡る問題の解決にある。そして、それは交通の問題だけでなく、まちづくりの問題でもある。足づくりとまちづくりは、交通の問題を解決するための両輪だ。未来投資戦略2018がMaaSとまちづくりとの連携を強調するのもそのためだ。
ではMaaSは、どのように交通の問題解決に貢献するのか。これまで述べてきたことの裏返しになる部分が多いが、足(交通)まち(まちづくり)の両面に分けて見ていこう。
まずは足である。公共交通の乏しい、都市部以外の地域においては、ライドヘイリングやライドシェアなど、マイカーを使ったオンデマンド型の配車サービスを解禁することが、クルマを持たない(持てない)人の移動問題の解決に役立つ。
人口減少地域において鉄道を新設することはあり得ず、バスは運転手が確保できず、タクシーは料金が高いから長い距離の移動には使えない。バス同様、運転手不足の問題もある。
消去法で考えていくと、公共交通空白地の足の問題を解決するには、既存の交通手段ではどうにもならず、多くの自治体で、コミュニティーバスや乗り合いタクシーなど、バスとタクシーの中間に位置付けられる交通サービスを用意して対処している。ただ、かなりコスト高なため税金による補助で支えるのが前提で、それゆえ財政基盤の乏しい自治体ではいつまでも続けられるものではない。
最後に残る手段がマイカーを使った移送サービスで、道路運送法上でも過疎地などには特例的に認められている(自家用有償旅客運送)が、スマホアプリで呼べるウーバーのような手軽さがないため、広がりに欠ける。
このような地域は、MaaS以前の問題として、交通手段を増やさないことにはいかんともし難い。ITを使ってコミュニティーバスや乗り合いタクシーの運営を効率化して持続可能にすると共に、マイカーの配車サービスを自由化することで移動の選択肢を増やすのが第一段階。そこまでいけば、次の段階として、それらを統合したMaaSに移行できる。

地方と都市部が直面する「足」と「まち」づくり

地方でも都市部ならば、まがりなりにも公共交通はある。特に政令市はそれなりに公共交通が発達しているので、MaaSの実装により、マイカーから公共交通、その他の交通手段へとシフトさせることが可能だ。
それなりに公共交通が整備されているのにマイカー依存率が高いというエリアにMaaSは向いているので(MaaSグローバルもそういう場所を狙って展開しているという)、地方の政令市はMaaS導入の適地だ。実際、人口 万人超のヘルシンキは、日本でいうところの地方の政令市といった感が強い。
ただし、ヘルシンキであっても、マイカーを使った配車サービスをやりやすくするよう規制緩和をするなど、多様な移動の選択肢が生まれるための措置をしている。日本の地方都市においても、MaaSの導入によってマイカー依存から脱却するためには、世界中で導入が進むオンデマンド型の乗り合いサービスやマイカーを使った配車サービスを解禁することが併せて必要になろう。
一方、東京や大阪のように公共交通の整備が進んだ大都市圏では、マイカーの利用率も低く、公共交通中心の暮らしが実現している。もっとも、公共交通が十分にスマート化されているかと言えばそんなことはない。今後、増加する外国人対応を考えても、公共交通の使い勝手を高めるためにMaaSを導入することが必要だ。
特に東京オリンピック・パラリンピックを控えている東京では、訪日外国人でも迷うことなく使えるようなスマートな公共交通の仕組みを構築することが求められている。初めて東京にやって来た人でも鉄道、バス、タクシーを自在に使いこなせるよう、路線検索・予約・決済がワンストップ化され、乗り継ぎ時には経路案内があり、遅延や運行見合わせなどのトラブル発生には代替手段への乗り換えがスムーズにできるような仕組みがあるといい。

大混雑、インバウンド対応...都市交通も不安要素だらけ

訪日する外国人が増えたこともあって、東京や大阪では大きな荷物を抱えて途方に暮れたような格好をしている外国人観光客を見かけることが増えた。
訪日外国人の視点から見た東京を描いたソフィア・コッポラ監督の映画『Lost in Translation』(2003年公開)では、東京の公──交通網や道路網が行き場を見失って途方に暮れる外国人の心情と共に象徴的に描かれていたが、東京の公共交通網はまさに訪れる人をLost(ロスト)させてしまう。
ならばタクシーを使えばいいのかと言えば、外国語を話せるドライバーは少ないから、外国人が使いこなせるかは微妙だ。〜ジャパンタクシー(旧日交データサービス)の「全国タクシー」(2011年 リリース。18年9月に「Japan Taxi」に改称)など、多言語対応の配車アプリも普及し、以前と比べてずいぶん使い勝手は良くなっているが、もともとの料金が高いうえに、アプリで呼び出すと迎車料金を取られるから、どうしても割高感が出てしまう。
鉄道、バス、タクシー以外に外国人が使える交通網は限られる。カーシェアは普及してきたが、ダイムラーの「Car2Go(カーツーゴー)」のような乗り捨て型の本格展開はなく、自転車シェアもまだまだ限定的だ。〜マイカーを使った配車サービスは原則禁止されており、ウーバーテクノロジーズも滴滴出行(ディディチューシン)も参入はしているが、タクシー配車しかできないから、海外でのような使い勝手の良さはない。
台風や地震や大雪で公共交通がマヒすると大混乱に陥る東京だが、東京オリンピック・パラリンピック期間中は、連日台風が来ているようなものだ。その期間をどのように乗り切るかは、深刻な問題である。
2016年に東京オリンピック・パラリンピック開催時の鉄道混雑状況を推計する広域シミュレーターを開発した中央大学理工学部の田口東教授(情報工学)は、首都圏において通勤・通学で鉄道を利用する人の数を790万人と推定。37会場で54競技が行われる日を大会期間中最も混雑する日として、その時の観客数を66万人と見込んでシミュレーションした。
すると、競技場の最寄り駅はもちろん、東京、新宿、永田町など、乗り換え駅でホームから人があふれ、鉄道が動かなくなる事態が発生するという。オフピーク通勤や大会期間に合わせた休暇取得などの措置を取るにしても、大混雑が予想される。しかも、日本語を理解できない外国人が多くいるのだから、その混乱ぶりは想像を絶するはずだ。〜旅行者が日本を訪れるその最初の入り口となるのは、東京なり大阪である。公共交通が整備された2大都市圏でもスマート化が求められるのは必至である。
東京や大阪には十分な数のタクシーがあるからマイカーを使った配車サービスを解禁する必要性は乏しいのかもしれない。ただ、タクシーが唯一のオンデマンド交通であり続けるならば、タクシーはもっと柔軟で多様な使い方ができるようになるべきだろう。国土交通省は、2018年になってからタクシーの相乗り、迎車の変動料金制、定額制などの実証実験を開始しており、歓迎すべき動きにはなってきている。
諸外国の都市に比べて出遅れている電動キックスケーターなどの1人乗りのパーソナルモビリティては、今後規制緩和も含めて普及策が求められるだろう。
※本連載は全4回続きます
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