なぜ優れたツールが“ムダな仕事”をなくせないのか?

2020/5/11

“仕事のための仕事”が生産性を下げている

 現在、さまざまな組織で行われている「働き方改革」では、時間外労働の削減が大命題となっている。しかし、“総労働時間を減らすこと=生産性の向上”でないのは明らかだ。
 生産性の課題が、世界的にどれほど深刻かを示すデータがある。
 2019年、元Facebook共同経営者のダスティン・モスコヴィッツ氏が創業し、組織向けの業務管理プラットフォームを手掛けるAsanaは、世界6カ国、計1万223人の知識労働者(ナレッジワーカー)を対象に、働き方に関する調査を行った。
 その結果、プログラミングやマーケティングといった専門スキルを要する仕事に費やされる時間は、就労時間のわずか27%に過ぎず、59%が会議の調整や過去のメール検索など、“仕事のための仕事”に費やされていたのだ
 “仕事のための仕事”とは、業務フローやテクノロジーによって効率化できるものだ。そのムダを省いてこそ、本当の意味で生産的な仕事に取り組むことが可能になる。
 これが、Asanaの提唱する「ワークマネジメント」という考え方だ。
 プラットフォーム1つでムダを省き、自身が携わる仕事や組織へのエンゲージメントを高めながら、日々の業務を管理・遂行することを指す。
 では、“生産性が低い組織”と“生産性が高い組織”との間には、どのような違いがあるのか。Asanaの導入支援を通じてさまざまな組織の生産性向上の取り組みを見てきた青木友氏は、こう語る。
「生産性が高い組織は、経営目標から、部署やプロジェクトの使命、個人が実行するタスクまでの連動が明確。一方、生産性が低い組織ではそれらのつながりが非常に曖昧です。
 つまり、個々人のタスクが目標にどう貢献するかまで、しっかりと紐付いていなければ、働く個人の自律的かつ適切な改善は望めない。こうした状況を放置していることが、生産性向上の足かせになっているのです」
 組織全体の経営から一人ひとりのメンバーまで、それぞれの目標や役割が明確になることで生産性向上への道筋が見えてくるのだ。

ビジネスツール導入は、7割が失敗に終わる

 “可視化”と聞いて、業務で使用しているビジネスツールを思い浮かべた人も多いだろう。
 プロジェクト管理やタスク管理、ビジネスチャットなど、業務の“可視化”や共有に有用なツールは、少人数のスタートアップから、数万人の従業員を抱えるグローバル企業まで、さまざまな業種・業態・規模の企業で活用が進んでいる。
 だが、こうしたビジネスツール導入のほとんどが失敗に終わってしまうのをご存じだろうか。
 米マネジメント誌『ハーバード・ビジネスレビュー』が経営陣や上級管理職を対象に行った調査によると、米国企業が2018年にデジタル・トランスフォーメーション(DX)に費やした予算1.3兆ドルのうち、9,000億ドル分の投資がムダに終わったという結果が出ている。実に、DX投資額の7割が灰燼に帰した計算だ。
「これは対岸の火事ではありません。そもそも、何を改善したいのか明らかでなかったり、現場ではなく管理者の視点でユーザビリティを評価したりした結果、思うような成果が出せない。アメリカに限らず、日本を含むどの国でも起こり得る失敗です」(青木氏)
 現実のワークフローを理解しないまま、民主的なプロセスを経ずに導入されたツールは、経営者や管理者にとって都合がいいものになりがちだ。それでは、現場でうまく機能しないのも当然だろう。
 青木氏によると、「メンバーがプロジェクトの進捗を確認しない」「最新データを入力してくれない」といった不満の原因を探ると、ほとんどの場合、ツールの使い勝手や運用方針がメンバーのワークフローにフィットしていないことに帰結するという。
lucadp/iStock
ビジネスツールは、導入しさえすれば機能する“特効薬”ではありません。自社にとって生産的・効率的なワークフローを明確にした上で、その運用をサポートするためのものです。
 最初にツールの機能を全部覚えさせようとすると失敗する。一方で、そのツールを使うことで自らの業務が楽になるとわかれば、自然と活用されるようになります」(青木氏)

ビジネスツール導入を成功させるカギは“民主化”

 ツールを組織に根付かせ、運用までを見据えた導入プロセスは、次の3ステップだ。
 青木氏が業務管理プラットフォーム「Asana」の導入を支援する際には、クライアント企業内にアライアンスチーム(※ 新たなツールの導入時に、全体設計や導入支援、効果検証などを行う組織)を作った上で、導入を円滑化するフレームワークの活用を推奨している。
 これらのプロセスによって導入のビフォーアフターを明確にし、実際のワークフローに最適化することが生産性を向上させるカギである。そして、メンバー全員にそれらを周知し、それぞれの立場で使い勝手を検証し、ブラッシュアップしていくのだ。
 Asanaのカスタマーサクセス部門で、エンタープライズ系の大手顧客と接する後藤誠一氏は、「理想的なプロセスを経てAsanaを導入すれば、個々のメンバーが日々のタスクを運用するだけでプロジェクトや事業、企業全体のミッションまでをマネジメントできる」と話す。
 Asanaのコンセプトは非常にシンプルだ。「誰が・何を・いつまでに」やるのかという担当者一人ひとりのタスクが集まって、チームで取り組むプロジェクトを構成している。
 タスクをチーム内で可視化し、責任の所在を明確にすることで、目標に向かってチーム一丸となって効率的に取り組めるようになるのだ。
Asanaは、タスク実行者が自分のタスクを表示・管理できるビューを持つ。一方で、プロジェクト全体を管理するマネジメント側は、上図のような時間軸に沿ったタイムラインのほか、カレンダーやカンバン方式など、さまざまな表示形式でプロジェクト全体の進捗を把握できる
「ガントチャートによる工程管理やスケジュール管理など、ウォーターフォール型開発を効率化するツールならば、たくさんの選択肢があります。
 しかし、多くのツールにはプロジェクトマネージャーが設定する雛形があり、あらかじめ用意されている“枠”を埋めるようにして全員が入力しなければならない。それこそが“仕事のための仕事”です。
現代のナレッジワーカーの業務は複雑化しています。単純なトップダウン構造では、現実の仕事に対応できません。
 Asanaの特徴は、一人ひとりのタスクがすべての起点になっていることです。プロジェクトの目標に沿って設定したタスクを、各々のメンバーが完了する。これによって、Asana上でワークフローが可視化され、プロジェクト全体の進捗管理が可能になります」(後藤氏)
 この設計思想が、Asanaが世界で広く受け入れられているポイントだ。組織全体やプロジェクトのマネジメントは必要だが、その要素を分解すると、個人のタスクが最小単位になる。
 大きな目的をトップダウンで押しつけるのではなく、目的を理解したメンバーが各々のタスクをボトムアップで積み上げ、その集合として、チーム全体の成果を管理する
 このようなやり方が、多様な役割を持つ個人がプロジェクト単位で集まって働く現代には適しているだろう。
 作業するメンバー個々人が行うタスク管理の意味でのマネジメントと、プロジェクトや会社全体の目標達成を管理するマネジメントという双方のマネジメントを内包している。それこそが、Asanaの“ワークマネジメントツール”たる所以だ。
 さらに、Asanaは“プロジェクトを実現するタスクの集合体”という設計ゆえに、近年、日本でも普及し始めたOKR(Objective and Key Result)との親和性も高い
Asana上では、OKRにおける会社全体の目標(Objective)と成果指標(Key Result)まで、個々人のタスクと同様のUIで入力・管理できる。「自分の仕事がチーム、さらには組織全体の目標と紐付くことで、一人ひとりがタスクを完了させるモチベーションにつながる」と後藤氏

運用されるツールの条件とは?

 ワークフローを効率化し、管理・運用のためのツールを導入したとしても、立場や役割が異なるメンバー全員がうまく使いこなせるとは限らない。ツールを活用できているのは一部の職種だけで、その他大勢には使われないまま…というのも、よくある失敗例だ。
 だが、Asanaは小規模なスタートアップだけでなく、部署や職種で分断されやすい大企業にも導入され、成果をあげている。
 米サンフランシスコでAsanaの開発に携わるソリューションエンジニアの山田寛久氏によれば、Asanaの強みは、その“パワフル”かつ“シンプル”なUI/UXにある。
「Asanaは、タスク管理ツールやプロジェクト管理ツールとしてシンプルに使うこともできれば、OKRの進捗管理といった凝った使い方もできます。
 用途別のテンプレートや、Salesforce、Slack、GitHubなどの他社製ツールとの連携によってカスタマイズでき、部署や職種が異なるメンバーが、それぞれの仕事に合わせて使えるように設計しています。
 まずは小さなチームで成功体験を積み、隣接部署や国内外の他拠点に横展開することで、全社的なワークフローとマネジメントの改革を実現された企業もあります」(山田氏)
 ワークマネジメントツールとしてのAsanaが本領を発揮するのは、組織全体のあらゆる業務がこのプラットフォームに集約されたときだ。
 Asanaを多様なワークフローのハブとし、さまざまな職種やポジションのメンバーが利用するようになると、データや知見が蓄積され、活用できるテンプレートも増えていく。
「日本企業では、業務の引き継ぎのたびに担当者がフローを整理して、新たにマニュアルを作り直すケースが見受けられます。
 でも、Asanaを使えばその不毛な仕事はなくなります。過去のタスクやフローの記録を、そのままアクショナブルなマニュアルとして活用できるからです」(山田氏)
Asana上にはキャンペーン立案や新規採用者のチェックリスト、ユーザーリサーチ、アイデアのブレインストーミングなど、部門や目的別に汎用性の高いテンプレートが100種類以上用意されている。自社用にカスタマイズして共有すれば、他部署にも知見を共有できる
 使えば使うほど、業務のテンプレート化が進み、レポート作成や進捗確認、稟議など、“仕事のための仕事”から解放される
 そうやって自分の仕事が楽になることで、「情報を閲覧しよう」「入力しよう」「共有しよう」という意識が醸成され、Asanaの活用法がますます工夫される好循環が生まれる。
 すべてのビジネスツールは、生産的・効率的なワークフローを設計した上で、その運用をサポートするためにある。私たちの仕事からムダが省かれ、本当の意味での“効率化”が実現されたとき、組織は“生産性”を高めるスタート地点に立てるのだ。
(構成:武田敏則 取材:中道薫 編集:宇野浩志、大高志帆 デザイン:砂田優花)