必然の五輪延期も、アスリートたちにある不安

2020/4/3
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によってスポーツ界にも大きな影響が出ている。これからスポーツ界はどうなっていくのか。『コロナショック スポーツ界の影響は?』では、さまざまな角度からスポーツ界の現在と未来を紹介していく。今回は五輪に見るアスリートのリアルをおさらいする。

4年単位で計算するアスリート

今年7月24日に開幕する予定だった東京オリンピックが延期となった。
「予定通り開催」と国際オリンピック委員会(IOC)、大会組織委員会など関係各位はアピールしてきたが、新型コロナウィルス感染拡大には勝てなかった。
実際のところ、世界各地の状況を観れば、開催は現実的ではないのは明らかだった。外出禁止の指示などが各国で相次ぐ中、オリンピックの出場権がかかる大会は次々に延期や中止となっていた。
そもそも、練習のための施設も閉鎖されるなどして、日々の強化がままならない。
自宅でやれる範囲のトレーニングをする選手の姿もあるが、とうてい、パフォーマンスの維持や向上に結びつかないだろう。
このような状況で、オリンピックを、というのは無理がある。
延期は必然だったが、それによってアスリートが受ける影響は小さくない。2020年7月に大会があるという前提でスケジュールを作り、進んできたからだ。
アスリートは、逆算して日程を考えていく。
オリンピックで試合が行なわれる日から起算し、その1カ月前に、3カ月前に、1年前にどのような取り組みをするかを組み立て、いざ本番に望むパフォーマンスができるようトレーニングし、ピークを持っていけるかを考えている。
オリンピックが4年サイクルであるように、その計画も4年単位で組み立てられる。いや、アスリートによっては、それよりも前から考えていることもある。
【為末大】東京五輪の「アスリートファースト」とは何か

戸惑いの中にあった選考大会

もちろん、オリンピックの前に、出場する権利を得なければならないから、選考の対象となる大会もターゲットにしている。
例えば競泳の場合、先日中止が発表された4月初旬の日本選手権が選考会を兼ねていた。
出場する選手たちは大会に合わせ、海外で合宿を行なったり、国内で強化合宿を行なうなどして、それぞれに調整してきた。
一方、日本選手権の主催者である日本水泳連盟は、無観客にして予定通り開催すると3月25日に発表したが、その日のうちに一転、中止を決めた。
一度は予定のまま行なうと発表した背景には、現場の強化サイドから、「(開催されなければ強化の)責任が持てない」との要望があったという。
大会の日程がずれれば、照準を合わせて強化を図ってきた意味がなくなるからだろう。
また、柔道は男女あわせて14階級のうち13階級はすでに代表が内定し、唯一決まっていなかった男子66kg級は、同じく4月初旬の全日本選抜体重別選手権で決まることになっていた。
だがこの大会も中止となり、66kg級の代表決定は先送りとなっている。
オリンピックの延期が決まり、感染のリスクも高まる現在の状況の中、それでも代表選考会の開催を望む声があったところにも、強化とピーク作りの緻密な作業と、容易にやり直しのきかない難しさがうかがえる。
このように、どの競技のアスリートも、まずは代表選考を意識し進んできた。その先のオリンピックを視野に入れながらであるのは言うまでもない。

 データは3月29日時点
そして繰り返しになるが、そこに至るトレーニングスケジュールは精密だ。大会がずれることの影響の大きさが分かるだろう。
とりわけ、延期になった影響を受けやすいのは、ベテランの領域にあるアスリートたちかもしれない。
東京で行なわれることをモチベーションに、数々の実績をあげてなお、現役生活を営んできた立場のアスリートだ。
例えば、ロンドン、リオデジャネイロ両オリンピックのメダリストであるウエイトリフティングの三宅宏実。現在は34歳になる三宅は、東京オリンピックを集大成と位置づけて歩んできた。
「1年はちょっと長い。体力的、年齢的に事の重みを感じる。試合の日に向けてカウントダウンして練習を積んできた。それに365日が加わると思うと厳しい」
共同通信の取材にこのように答えている。
スポーツクライミングの野口啓代は延期になったことに、「簡単には整理がつかないというところ」とコメントしている。
野口は長いキャリアを誇り、今年5月に30歳の誕生日を迎える。ベテランの域にいる一人だ。
オリンピックの延期という史上初の報道を受け、まだ整理がつかないというのが正直なところです。しかし、8月の東京五輪を集大成に位置付けていた私にとって、大好きな競技生活が1日でも長く過ごせる事をポジティブに捉えています。今は、世界中が直面しているこの状況を1日でも早く乗り越え、楽しみにしているオリンピックが東京で開催されることを願うと共に、その大会を盛り上げる1人になれるよう、心身共に成長する時間にしていきます。クライミングを通じて少しでもみなさんに元気をお届けできますように!(野口啓代インスタグラムより)
大会が延期になったことへの戸惑い、そこまでの険しさ……それらを感じたアスリートは、決して少なくない。

サポート体制への不安

いかにピークパフォーマンスを作るかという作業の組み直しだけが問題となってくるわけではない。
注目度のそれほど高くない競技のアスリートにとっては、経済的な側面も課題となってくる。
CM出演をはじめ、潤沢な資金のあるアスリートは別として、ゆとりのない中で競技に打ち込んできたアスリートたちがいる。
例えば、競技活動に理解のある企業の社員という形で給料を得て生活し、メーカーから用具の提供を受け、遠征などの強化費は競技団体や所属企業から提供を受ける……。自費を強いられる部分もある。
ときには「2020年の夏まで」という契約の支援の場合もある。延期に合わせて継続してもらえるのかどうか。
不安は小さくない。
オリンピックの延期は必然だった。
ただ、それがアスリートに及ぼす影響は大きい。それでも皆、気持ちを切り替えて取り組もうとしているのも事実だ。
これまでに積み重ねてきたアスリートとしての地力が試される戦いの日々が始まろうとしている。
(執筆:松原孝臣、バナーデザイン:松嶋こよみ、写真:GettyImages)