子どもたちの自己肯定感は、地域の「つながり格差」で左右される【連載最終回】

2020/4/23
いま、長期にわたって、一部だけの利益ではなく住民主体でじわじわ地域を活性化できるような地域創生をそれぞれの自治体が模索している。
過去の成功体験や他地域の成功事例に頼るのではなく、確かな知と科学的アプローチによる地域づくりとは一体どうすれば実現できるのだろうか。
書籍『持続可能な地域のつくり方──未来を育む「人と経済の生態系」のデザイン』から4回にわたって、実践のヒントを紹介する。

#1 【全4回】地域の土壌とも言えるコミュニティ、その鍵は「対話の質」
#2 みんなで「ゆるやかにまとまる」にはプロセス重視の『未来ビジョン』作りから
#3 活発な地域創生は「チャレンジ人口をどう増やすか」にかかっている

未来とつながる本の川

持続可能な地域に必要な4つの生態系エレメント、最後は地域のあらゆる生態を潤わせ、生きる力を充たし、大きな世界に導く「水」。次世代を育む教育である。
SDGsとは、子どもたちの日常生活と未知なる大きな世界をつなぎ、将来進む道へと誘う1本の川である。川の先に広がる大きな海へ好奇心を抱き、挑戦する子どもたちをどれだけ生み出すことができるかで、地域の未来が決まる。
一方、子どもたちを取り巻く環境は激変している。まずは、持続可能な地域のための未来の教育を考えるにあたり避けて通れない3つの環境変化、「拡がる学習機会の地域格差」「弱体化する育の生態系」「激変する働く環境と必須スキル」を見てみよう。

地域の子どもを取り巻く社会環境変化

大学がたくさんある都道府県ほど、高校生の大学進学率が高い。トップの東京には138の大学があるのに対して、最下位の島根・佐賀には2大学しかない。近所に大学があれば、大学生と知り合ったり、関連イベントに参加したりと、新しい学びに触れられる機会が増える。
確かに、東京大学や東京藝術大学のお膝元である東京都文京区、台東区などの小学校では、美大生によるアート講座、一流科学者の実験教室、五輪経験者によるかけっこ教室など、誰もがワクワクする学びの機会が大学や大学生・卒業生グループにより提供されている。地域で暮らす子どもたちと比べて、最先端の学習機会に恵まれているのは明らかだ。
一方、地域での暮らしは、昔ながらの濃密な人間関係、子どもたちの好奇心・冒険心・身体力を育む自然体験ができる機会に恵まれている。
私自身、大都市圏の子どもたち、地方圏の子どもたち両方と学校の授業を通じて接する機会があるが、小学生を見ている限りは、子どもたちに学習意欲の違いは感じられない。
しかし、中学生・高校生と年齢を重ねていくにあたって、学習意欲を失っていく若者が多いこと、それが特に地域に多い印象は抱いていたが、確信は持てていなかった。
そんな折に、大きな衝撃を受ける調査に出会った。2017年実施の「学習意欲とつながりに関する調査(以降、学習意欲調査)」である。この調査では、都市の人口規模(政令都市、県庁所在都市、その他市部、町村部)と中学生・高校生の学習意欲、困難なことへの挑戦意欲、将来の展望などに差があり、人口規模が小さくなればなるほど、多くの項目で低下することが報告されている。

学習意欲の格差

同調査によると、「学ぶこと、勉強することが好きだ」と回答した全国の中高生は3分の1程度の36.2%にとどまる。その回答率は、人口規模が小さくなるに連れて、下がる傾向があり、政令指定都市と町村部では8.7ポイントの差がある。
「うまく行くかわからないことにも積極的に取り組む」というチャレンジ姿勢に関する項目でも、同様の傾向で政令指定都市と町村部でポイント以上の差がみられる。

将来展望(将来の夢・希望・可能性)の格差

「私は将来なりたい職業、夢がある」と回答した中学生・高校生は全国平均で46.9%と半数に満たない。半数未満というと低いように見えるが、大学生や高校生相手の授業をしていると、私の学生時代に比べて学生たちが真剣に将来のことを考えていることによく驚かされる。有名大学に進学する、大企業に勤めあげる、そんな分かりやすい成功への道がなくなっていることを学生たち自身が一番実感しており、自分なりの道を模索している証かもしれない。
地域の人口規模で最も大きな差が見られる項目が「私は今後お金持ちになれる可能性がある」と回答した割合である。政令指定都市では44.0%なのに対して、町村部では27.5%と15ポイント以上差がある。
経済的成功者の話題や成功ストーリーに、インターネットやテレビなどを通じていくらでも接触できる時代である。しかし、今自分が暮らしている狭い生活環境、人間関係の中では、「自分がお金持ちになれる」という未来をリアルに描きにくいのが、町村部で暮らす子どもたちの実態のようだ。

自己肯定感の格差

日本人は「自己肯定感」が低いという調査結果をよく眼にする。内閣府実施の国際比較調査によると、「自分自身に満足している」という若者の割合が、45.8%と半分を切り、アメリカ、イギリス、ドイツ、韓国からも大きく離されて、最下位である。学習意欲調査でも「自分自身のことが好きである」は26.5%と非常に低い。なかでも町村部の子どもは21.7%と政令指定都市の子どもと比べて7.3ポイントも低い。
将来展望、自己肯定感、学習意欲の3つの間には一定の相関関係が見られる。学習意欲を高めるためには、自己を肯定し自分に自信を持つこと(自己肯定)、そして将来の夢を描き自分の未来に可能性を見出すこと(将来展望)が鍵を握っているのだ。
そして、大都市圏と町村部の間で、自分の明るい将来を描き大きな夢を持つ機会、自分自身に自信を持ち自分を肯定できる機会が不足しており、それが原因で子どもたちの学習意欲、さらには学力の格差が生まれている可能性がある。

弱体化する育の生態系

「花まる学習会」を運営する高濱先生は、子ども時代は大きく2つのハコに分かれると述べている。
4〜9歳の赤いハコ期頭と心をのびのび育てる時期である。やんちゃをしながら色々なことを経験して自分の好きなことに熱中する、幼稚園から小学校低学年までの、やかましく感覚的な時期である。ここでは、とにかく動き回り、遊ぶことや自分が好きなことに熱中する体験が大切で、親との密なコミュニケーションが成長に欠かせない。
11〜18歳の青いハコ期は、じっくり考える力を養う時期である。いわゆる思春期であり、大人の本音や物事の本質への関心が深まる。また、親の干渉を嫌がりはじめるため、高濱先生は「外の師匠」の存在が大切だと指摘している。赤いハコの時期と青いハコの時期は、オタマジャクシとカエルくらい全く違う生き物で必要な生活環境も教育の考え方も全く違うとのことだ。
この話を聞いた時に、ようやく町村部の中高生の学習意欲が、政令指定都市の中高生に比べて、低いことの理由が見えてきた。自由奔放に遊ぶことが何より大切な、赤いハコ期には影響が少なかったが、多くの大人や複雑な人間関係の中で、自分自身を見つめ、社会の本質と向き合う青いハコ期の地域の中高生にとって、地域の「育の生態系」の弱体化が学習意欲の低下につながっているという仮説が浮かんできた。

経済格差からつながり格差へ

大阪大学大学院の志水宏吉教授の興味深い研究がある。1964年と2007年の全国学力テストの都道府県別の結果から、現在の地域間の学力格差は地域のつながり格差で説明できるというものだ。
1964年の調査では、地域の学力と相関が高いのは、家庭の「実収入」「生活保護率」「児童・生徒一人あたりの教育費」などの経済的要因であった。つまり、経済的に豊かな地域、大都市圏の子どもの学力が高く、経済的に貧しい地域、地方圏の子どもの学力が低いというものだ。わかりやすく、感覚的にも納得できる結果なのではないだろうか。
しかし、2007年の結果では、「実収入」や「生活保護率」など経済的要因との相関は依然として高いものの、「教育娯楽費割合」「児童・生徒一人あたりの教育費」、つまり教育にかける費用と学力の間には相関は見られなかった。一般的なイメージと異なり、塾などにお金をかける家庭が多い地域ほど、学力が高いという訳ではないようだ。
一方で、相関が高いのが、「離婚率」「持ち家率」「不登校率」の3つである。この3つは1964年には相関が見られない項目であった。
志水教授は「離婚率の低さに示されるような家庭・家族と子どものつながり、持ち家率の高さに現れるような地域・近隣社会と子どものつながり、不登校率の低さに結びつくような学校・教師と子どもとのつながりが豊かな地域の子どもたちの学力は高い。それに対して、つながりが脅かされている地域の子どもたちの学力は相対的に低い」という「つながり格差」仮説を提唱している。

ななめのつながりが学習意欲を高める

子どもたちのつながりの充実度と学習意欲、将来展望、自己肯定感との関係をみてみよう。
中高生の持つネットワークの数(該当する人間関係の数)と学習意欲の関係性を見たところ、相関が高い上位3つは、「勉強の面白さを教えてくれた大人の数」「将来の目標にしている大人の数」「尊敬できる大人の数」である。身近な友人の数以上に、「大人」の存在が学習意欲を高めるカギを握っている。
現代の子どもたちに、同級生との横の関係、親子・兄弟の縦の関係でもない、「ななめの関係、外の師匠」が不足していることは高濱先生他、多くの専門家が指摘している。
急速に人口減少が進み、地場産業の衰退が進む地域では、進学、就職のタイミングで多くの若者が地域を離れる。進路を意識し始める中高生にとって、自分が進む道を示すロールモデルの役割を果たすお姉さんお兄さんの絶対数が少ないのだ。「私は今後お金持ちになれる可能性がある」の回答割合が町村部で低かったように、給与水準が高い仕事に自分が就くイメージを抱きにくい。
プログラマー、コンサルタント、科学者、番組プロデューサー、アーティストのような、子どもにとってはわかりやすい憧れの対象、学習意欲につながる仕事はやはり大都市に多いのが現実である。
地域には、魅力的な仕事をしている人はたくさんいるのだが、コミュニティの弱体化で出会う機会が減っている。農家や職人が自分の仕事、地域の仕事を「儲からない仕事だから、やめておけ」と否定的な発言をすることも影響している。
将来の夢や学習意欲につながる「かっこいい大人」との出会いの格差が、子どもたち学習意欲の格差につながっているに違いない。
※本連載は今回が最終回です
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