リモートでも「一体感」を失わないチームはこう作る

2020/4/30
 新型コロナウイルスの影響で、急速に普及している「リモートワーク」。それにより、私たちの働き方は激変した。
 働く時間や場所が多様化する今、経営者だけではなく、私たち一人ひとりにとっても、チームワークや新たなマネジメントの仕組みの確立が余儀なくされている。
 今こそ、 一人ひとりが生産性を最大化するチームに変わるためには何が必要なのか。そのヒントを持つのが、組織変革を実現し、低迷した業績をV字回復させた「丸亀製麺」を主力事業に持つトリドール社だ。
 そこで、「人材開発」を経営戦略の重点に置くことでV字回復を実現したトリドール CHRO(最高人事責任者) 鳶本真章氏と、同社の組織変革パートナーでもあるカオナビCOO 佐藤寛之氏による対談を実施。
 「外食業界で唯一無二の人材開発企業になる」というビジョンを掲げるトリドールが、人事戦略により組織や人をどう変えてきたのか。激変する時代を生き抜くために、日本企業が目指すべき組織モデルについて聞いた。
急成長の裏で抱いた危機感
──2017年後半から既存店客数が16ヵ月連続で前年割れの苦境に陥っていた「丸亀製麺」ですが、USJ再建の立役者・森岡毅さんとの協業により19年前半からV字回復を実現させています。
鳶本 18年秋頃から森岡さんと協業させていただき、ブランド再構築に成功したことで弊社はV字回復を実現しました。その過程で私たちは、人事戦略を重要視していたんです。
 いかに優れたマーケティング戦略であっても、実行する人や組織によって成果は大きく変わる。マーケティングのノウハウだけではなく、戦略が機能する企業組織にならないことには、うまくいくはずがない。
 だから、人材開発にフォーカスを置く経営戦略に方針を転換しました。
 モチベーションの高い人材はいくらお金をかけても簡単にはコピーできない。
 ですが競合が多額の投資をして同じ環境を整えようと思えば、丸亀製麺の“自社工場を持たずに各店舗で製麺し、すべて手作りで出来立てのうどんを出す”スタイルを真似できないことはない。
 つまり事業はコピーが可能なんです。だから、経営において“人”こそが最も重要な資産だと再定義しました。
──鳶本さんは、マーケティングや経営コンサルティングを長く経験しています。人事出身ではない鳶本さんが、なぜ最高人事責任者の役割を担うCHROを引き受けようと思ったんですか?
鳶本 私が入社した2018年は、グローバル企業に変わるタイミングで、そのための組織戦略を考えて欲しいというのが、入社当時に与えられたお題です。
 ただ、当時は急成長の裏側で、組織拡大に伴う人事課題が山積みでした。例えば、同じ社員であっても、経営に携わりたい人、営業になりたい人、職人になりたい人など、思い描くキャリアは人それぞれです。
 しかし、以前の弊社は一人ひとりに最適なキャリアパスを用意できていなかった。
 社員が増えていくにつれて、個人を正しく評価するのも難しくなっていく。なぜ自分がそのような評価をされたのか、成長のためには何をどのようにすればいいかが、可視化されないからモチベーションが低下していく。
 現在、トリドールでは主力の丸亀製麺だけで国内に約850店舗、他の業態店舗も含めれば国内で約1160店舗、海外で628店舗を出店しています(2020年3月末時点)。
 さらに売り上げは約1500億円、社員数は約3800人、パート従業員は約1万3000人もの大きな会社です。
 ここまでの規模感になると、経営と社員の距離は広がるばかり。急成長の裏で、大きな危機感を抱いていたんです。
 どんなに優れた戦略を立案しても、モチベーションの高い人や組織が実行すれば120%の成果を出せるし、そうでなければ60%や70%にしかならない。
 多くの会社ではCEOやCSOが経営戦略を担いますが、我々は人材開発企業になると決めた時点で、人こそが経営戦略において最も重要なファクターと位置づけています。
 私自身、人は一番に大切にすべきという想いをもっていましたし、それは代表の粟田も同じでした。だから、役員になった時にそれを具現化する役割としてCHROと経営戦略本部長を兼務することにしたんです。
人への「リアリティ」がなくなっていく
──佐藤さんは、カオナビを提供する立場からさまざまな企業の人材管理の内実をご存じかと思います。トリドールのように急成長企業がぶつかる組織の課題を、どう感じていますか。
佐藤 言葉を選ばずに言えば、多くの日本企業は人材が大切だと声高に叫んでいるものの、根本的には頭数(量)で考える価値観が抜けきっていないように感じます。
 つまり、経営において人事戦略を始めとした組織や人に対する問題解決の優先順位が低くなっている。
 その証拠の一つに、人事業務には、給与計算や勤怠管理、社会保険の手続きといった労務領域、採用育成・人材管理などの人材開発領域と大きく分けて2つの重要なミッションがありますが、現状の人事部の仕事はまだまだ労務業務がメインになっていることが多いです。
鳶本 モチベーションの高い人や組織を作るために人事がどんな役割を果たすべきかと考えると、それが労務業務ではないのは明らかですよね。
 だから私がCHROになって最初に何をしたかというと、いわゆる“人事部”の在り方を再定義したのです。新たに組織開発部を立ち上げ、採用から教育まで人事戦略の全てを担うチームとして再定義しました。
 労務についてはアウトソーシングする体制に変更し、人の成長につながる人事体制に作り変えています。どんな組織を作り、人という大事な資源をどう配置するかは、まさに経営そのものです
佐藤 “事業の成長に組織がついてこれない”という問題を抱えて、私たちにご相談いただくケースは少なくありません。実は、そういった企業の経営者は社員が増えるにつれて“人への「リアリティ(現実味)」がなくなっていく”という現象がセットで起きている。
 そして気づいた頃には、成長の裏側で組織崩壊の危機を迎えているケースを目にします。
──“人への「リアリティ」がなくなっていく”ことに原因があるのでしょうか?
 大いにあります。創業期は社員が少ないから、全員の顔と名前や個性、どんな性格かもよく理解しています。創業期はどの経営者も、人を経営の重要な要素だと認識し、組織を自分ゴトとして捉えられている。
 例えば、創業期は社員を一人雇うにもどんな人材がいいかを真剣に考えるはずで、それは「事業を成長させるためには、こんな人が必要だ」と経営者の中で明確な人事戦略があるからだと思うんです。つまり、経営と人が一体化している。
 しかし、組織の拡大につれて新しい社員がどんどん増えると、一人ひとりの個性やスキルを把握することが難しくなっていく。
 いつしか人の「顔」と「名前」ですら覚えることが難しくなっていき、経営者の中で徐々に人への「リアリティ」がなくなっていくのです。
 そうなると限られた情報でしか人材マネジメントができなくなり、人との距離が近い人事部に人事戦略を丸投げするようになる。
 気付かぬうちに経営者の中で「人」の重要度が下がり始め、人より「事業」に軸足が移ってく。いつしか人事は経営者の見えない環境下で意思決定がなされていくようになる。
 こうして経営から人が切り離され、従業員のモチベーションが低下することで、組織が崩壊していくんです。
顔と中身の「見える化」が組織を変える
鳶本 そう。だから私は、経営と現場が近い創業期のような体制に戻したかった。
 他の企業が事業に投資するなら、逆にトリドールは原点に還り、コピーができない「人」に投資をすることで、競合がなし得ない成長を遂げられると考えました。
 組織が小さいうちは直属の上司が自分の感覚で部下を評価すればよかった。しかし、会社が大きくなると過去の実績や能力、経歴などの履歴をもとに組織として個人を正しく評価する仕組みに限界がありました。
 一方、社員にとっても、自分に対する評価基準が見えないので、本当にきちんと評価されているのか疑問が生まれる。
 会社の拡大に歩調を合わせて社員数が増えていくなかで、相対的で納得感のいく評価の仕組みは必要不可欠でした。だから、社員個人の顔と中身の「見える化」ができるカオナビが必要だったわけです。
──数あるタレントマネジメントシステムの中でも、カオナビ を導入している理由は何ですか?
鳶本 カオナビは、人事部門が従業員の「管理」のために利用するサービスではなく、経営陣やマネジメント層が全従業員の「最適配置」や日々の「人材育成」を実現するツールとして使用できます。
 経営陣やマネジメント層が自然にログインするツールになるので、組織に人材戦略の重要性を浸透させられる。
 さらに、データを一元化できる機能から、適正な評価が実現でき、社員のキャリア開発にも活用できるのが理由です。
社員の顔写真に、名前や所属といった基本情報からスキルや実績、評価、ストレスチェックまであらゆる人事データをひもづけて、クラウド上で管理することができる。
鳶本 人の評価自体は、エクセルの数字だけでも可能です。でも人を活かす組織を作るには、その人が持つ背景や経験を知らないとできないはずで、それはやっぱり顔、その人の個性、意思が見えていないと難しいんですよ。
 普段は現場の社員と接する時間が少ない経営者でも、「同じ大学出身なのか」「サッカーが趣味なんだな」などと知る機会により人への興味が戻ってくる。
 正しい評価のためには、経営者やマネジメント層は個人が何をしたいのかを知ることが必須で、そもそもその人のスキルや個性、背景や意思を理解するためにも顔が見えないと社員に興味を持つのすら難しい。
佐藤 脳科学者の方が以前仰っていましたが、行動心理学では、顔を見ることによって興味や好感度が上がる現象を「近接性の効果」と言うそうです。
 人は距離が近いと感じる人に対して、好意的になりやすいという心理があり、顔を見ることで愛情や仲間意識が生まれやすくなる。それによって組織の一体感が増せば、業績の向上も期待できると。
鳶本 確かにオンライン会議でも顔が見えるか、見えないかだけでも、心理的安全性が全く違うように感じますよね。
鳶本 社員がどんなキャリアを描きたいのかを知り、それに合った目標を設定し、結果に対してフィードバックしていく。
 この循環がうまく回れば、社員は自分が着実に成長していると実感できて、結果、企業全体としてもモチベーションが高い人材を開発できます。
 例えば「30歳で事業開発責任者になる人材を育てたい」と計画を立てた時に、まずはふさわしい1人を抜擢したとします。
 私たちはカオナビに個人のデータをすべて入れているので、その第1号の人のキャリアを分析すれば、どんな経験を経て成長してきたのかが分かる。
 次にそれに最も近いキャリアを歩んだ人の情報をカオナビで抽出すれば、今度は戦略的に同様の経験を積ませる教育を設計することができるし、必要な投資もできるわけです。
 人材開発企業として、重要な役割をカオナビが担ってくれています。
佐藤 カオナビは単に人事労務の作業効率を上げるためのツールではなく、企業経営における人の生産性を高める効果を目的としたプロダクト。
 人口減少社会で生産性を最大化するためには、最適配置を実現させるしかない。個人のキャリアをいかに形成し、生産性の向上につなげていくかは経営における重要なテーマです。
危機こそ、組織も人も変わるチャンス
佐藤 トリドールさんのように経営戦略を担う戦略人事がいる企業は、人に投資する戦略で業績を伸ばし、そうでない企業は業績が伸び悩む。
 人口減少社会においては、「量」ではなく「質」で訴求する経営に変わっていくべきだし、質的経営における最大の資産は“人”です。
 そして私たちとしても、経営と人が分断されている多くの会社を変えたい。
鳶本 シフトできる会社とそうでない会社の違いは、人材をコストと考えるか、投資と考えるか。私たちは投資だと考えているので、リターンを得るために人に対して真剣になれます。
佐藤 新型コロナウイルスによる影響でリモートワークが急速に普及している今は、組織や個人が生産性を高めるためにどうすればいいか、経営者だけでなく一人ひとりに問われる機会になっていますよね。
 現在の状況をネガティブに捉えるのではなく、トップから現場まで皆が一緒になって生産性に向き合う好機と捉える組織は強い。
 危機が起こった時こそ、組織も人も変わるチャンス。むしろ、危機が起こったタイミングでしか、組織も人も大きく変わる機会はないはずです。
佐藤 そもそも、自分の意思なく働いているだけでは、会社の方向性とマッチングもできず、ただ与えられた仕事を遂行するだけで成長はできない。
 何事も会社任せにせず、常に自分は何がしたいのか、どう生きたいのか意思を持たなければ、「作業者」の域からは出られない。何より、仕事が面白くないですよね。
 個人の意思をカオナビに登録いただくことで、自分の「MUST、WILL、CAN」が可視化・蓄積されるので、キャリアを自律的に考えるきっかけになればとても嬉しいですね。
 そうすることで、カオナビは会社(マネジメント)と自立した個人がコミュニケーションするプラットフォームになるとも考えています。
鳶本 私たちが人材開発企業として目指すのも、「自立した個の集合体」です。
 だからカオナビを従業員に提供し、自分がやりたいことや目標をインプットしたり、自分の履歴を振り返ったりして、自分を知るために役立ててもらっています。
 カオナビは会社が使うタレントマネジメントのツールであると同時に、個人が使うセルフマネジメントのツールでもあるわけです。
鳶本 会社が戦略的に人材開発や人材育成を進めるのは当然必要ですが、その前提として個人が自分を知り、自分自身でも戦略的なキャリアを描けるようになれば、よりレバレッジの効く成長ができる。
 そんな自立的な個が増えると、会社の成長も加速するはずです。今後ますます不確実性が増していく中で企業がどうやって勝負するかといえば、最後は“人”で勝つしかない
佐藤 結局、組織の本質は「人」に尽きます。経営やマネジメントも変わらないといけないし、個人も働き方や生産性への意識を変えなければいけない。
 そのどちらにもテクノロジーを通じて貢献できるのがカオナビであり、HRテック領域を手掛ける醍醐味です。
 私たちは、プロダクトを提供するだけではなく、人事課題に悩むユーザー企業と一緒に組織を作り上げていく伴走するパートナーでありたい。
 そして経営から日本の人事を変革し、人材マネジメントに関する新しい価値観を日本に定義していきたい。それがカオナビの使命だと思っています。
(構成:塚田有香 編集:君和田郁弥 写真:竹井俊晴 デザイン:岩城ユリエ)