【テレワーク最前線】人生100年時代は“分身”で働く時代へ

2020/3/30
 産業や雇用、教育や医療の自治体ごとの“自立”を目指してきた地方創生。東京への一極集中が避けられない今、私たちは掲げてきたビジョンを再考すべき時に来ているのかもしれない。

 「地方の自立」という考えから脱却し、「日本全体で相互に支え合う」方向にシフトするとしたら──。その手がかりになりうるのが、「テレイグジスタンス(Telexistence 遠隔存在)」だ。

 最新テクノロジーは、地方の課題にどのようなアプローチができるのか。テレイグジスタンスの可能性について、「分身ロボット」開発者の吉藤オリィさんに話を聞いた。
分身ロボットを「人が制御する」理由
──吉藤さんが分身ロボットの着想を得たきっかけは何だったのですか?
吉藤 私には二つのハンディキャップがありました。小さい頃から体が弱かったのと、“コミュ力”がなかったこと。
 体調が原因でたびたび学校を休んでいたのですが、ズル休み扱いされることもあった。さらに、友達とうまく話せず、クラスでは浮いた存在でした。いまだに、雑談はあまり得意ではありません。
 そして小学5年のとき、検査入院などで2週間ほど学校を休んだのをきっかけに、3年半ほど引きこもりました。久しぶりの登校で「なんで来たの?」と問われ、自分の居場所を失ってしまった気がしたんです。
 その後、工業高校では電動車椅子やロボティクスなど、物理的な移動にまつわる問題の解決策を研究しましたが、結局、自分の体は一つしかない。
 ならば、その場に行きたくても行けない人のために、意識を運ぶ“心の車椅子”をつくれないだろうか。そんな思いから生まれたのが、分身ロボットのアイデアでした。
 当時、インターネットが急速に普及し、高校生だった私もコンピューターを手に入れた。高校の研究で車椅子に乗ることもできない人たちと接するなかで、「自分がもう一人いればいいのに」という長年の空想を実現できれば、私が強く感じていた“孤独”を解消し、同じ悩みを抱える人たちにとっても救いになるかもしれない。
 そうやって、研究を続けてきた分身ロボットの一つの完成形として、2010年に発表したのが「OriHime(オリヒメ)」です。
OriHimeは、片手で持ち運べるサイズの遠隔操作ロボット。スマートフォンやPC端末から操作し、額のカメラで周囲の様子を見たり、内蔵マイクやスピーカーで会話したりできる。喜怒哀楽さまざまな表情に見える能面をもとにデザインされた顔と、自由に動かせる腕だけで、驚くほど豊かに感情を表現する。
 OriHimeは、遠隔でも“その場にいる”感覚でコミュニケーションできるツール。その後、遠隔でも身体作業を可能にする「OriHime-D」や、ALS患者など重度肢体不自由者の方でも、視線だけで意思伝達ができる「OriHime eye」など、人間の意志だけでは解決できないハンディキャップを取り除くツールを開発してきました。
──ロボットは、AIによる完全自動化も可能ですよね。OriHimeはなぜ、あくまで「人」による制御を志向しているのでしょうか。
 個人的に、人を楽にするツールより、人が「できない」と思っていたことを可能にするツールのほうに興味があるからです。
 例えば、月曜日の朝、「あぁ、仕事行きたくないなぁ」と憂うつになる人もいれば、「あぁ、僕も仕事してみたいな」と考える寝たきりの人もいる。仕事という“苦労”を、望む人たちがいるのです
 キャンプもそうじゃないですか。足場の悪いなか、薪を焚いて野菜を切って、米を炊く。車椅子の人は「いいから、ちょっと待ってて」なんて言われて、じっとしている。
 そうやってできあがったカレーを、果たしてみんなと同じように味わえるでしょうか?
 便利な全自動ロボットに任せれば、働かなくてよくなったり、ボタン一つでカレーを作れたりするかもしれない。
 けれど、あえてそこに人の意思を介し、人と人とをつなげることで、「人のために働けてうれしい」「一緒に話せて楽しい」という心の動きが生まれる。そうやって、体に制約がある方でも活躍できる場をつくることが、私にとって重要なのです。
“寝たきりの先輩”が、人生100年時代のロールモデルとなる
──スタッフが遠隔で接客を行う公開社会実験「分身ロボットカフェ DAWN」の反響はいかがでしたか?
 OriHimeを操縦する「パイロット」の公募には、約300名の応募がありました。対象は、外出困難な方。身体障害を持つ方はもちろん、子育て中や海外在住の方もいましたね。
各テーブルに設置されたOriHimeがオーダーや接客を担当し、全長約120cmのOriHime-Dがライントレースでテーブルまでドリンクを運ぶ。2018年11月、2019年10月と12月、そして2020年1月に開催されたロボットカフェは、現在、2020年内の常設化を目指している。
 過去3回のロボットカフェに参加してくれたパイロットは、延べ35名。来場者は累計約3500名にも上ります。何度も足を運んでくださった方も少なくありません。
 普通のカフェなら、お金をいただいて不完全なものなんて提供しないでしょうけど、我々が提供しているのは“人類初の失敗”です。誰もやったことがないからこそ、そこでしか見られない失敗が起こります。
 OriHimeがその場でクルクル回ってしまったり、暴走してテーブルに突っ込んだりグラスを落としたり……本当にいろんなトラブルが起こるけど、お客様はそんな様子も楽しんでくださるんです。
 そうやって、日々バックヤードでエンジニアが改善し、新しいことに挑戦する。OriHimeを操縦するパイロットも、少しずつ接客に慣れていく。だから、来るたびに何かしらの発見があります。
 はじめはロボット目当てだったお客様も、パイロットと自由に交流し、SNSでつながり、彼らの普段の生活を知ることになる。
 世の中は、体が動くことを前提につくられた“身体至上主義”の世界です。ドアノブ一つですら、そうデザインされている。そんな環境で「効率よく」とか「合理的に」と言われても、適合していない彼らに動けるはずがありません。
 家族や周りの人に「お願いします」や「ありがとう」を言い続けていると、申し訳なさで助けを求めることすらできなくなるんですよ。そんな彼らが、OriHimeによって誰かの役に立てる。「喜んでくれた」「自分にもできることがあるんだ」と自覚するんです。
 今盛んに“人生100年時代”といわれていますが、日常生活に制限のない健康寿命は75歳。つまり、私たち全員が何かしら障害を持って25年間生きていくことになります
 でも、体が動かなくなった先、寝たきりになった先の生き方の答えを、まだ誰も知らない。今やっている仕事は、体が動かなくなった途端にできなくなるはずです。
 けれどもOriHimeのパイロットたちは、“寝たきりの先輩”として、体が動かなくてもできる働き方や楽しみ方を教えてくれる。「こんなふうに働けたらいいな」と思わせてくれるロールモデルなのです。
「人生を変えられるのは、テクノロジーでも教育でもない」
──全国各地のパイロットと交流されている吉藤さんから見て、地方はどんな課題を抱え、そこに対してOriHimeでどうアプローチできるとお考えですか?
 私自身もよく日本各地に行きますが、地方になればなるほどコミュニティが限定され、半ば強制的にそこへ入ることになる。“ムラ社会”的な付き合いが求められるので、致命的に合わなかった場合の行き場がないのは問題ですよね。
 やはり、人には合う・合わないがあって、気の合う人とどれだけの時間を過ごせるかに、人生が左右される
 でも、真面目な人ほど、合わない人ともきちんとコミュニケーションしようとして、疲弊してしまうんですよね。
 OriHimeがあれば、その人にとって本当に合うコミュニティが見つかるまで、選択肢を提示し続けられるのではないかと考えています。
 本来、友達ができるって、運命的なことなんですよ。身なりを整えて、遠方なら車や電車に乗って、人の集まる場所へ出かけて、話すきっかけを探して、会話をして、意気投合して、連絡先を交換して……なんて大変なプロセスを経由しなければならないんだって思いませんか?
 地方に暮らす人には、先祖代々の土地や会社を守らねばならないとか、そこを離れられないさまざまな理由があります。
 私は物理的な距離による障害を“環境障害”と呼んでいますが、それをいかに克服するかは、体を動かすことのできないパイロットたちのケースとまったく同じです。
 「外へ行けない」「周囲に人が少ない」といった課題に対し、例えばOriHimeで副業をすれば、地方にいながらたくさんの人と出会えるようになる
 しかも、役割を得ることで、自分がその場にいる理由ができて、知らないコミュニティでも会話に入りやすくなる。その後の関係性を維持するのだって、SNSよりもずっと簡単かもしれない。
 そうやって一つずつ問題を解決して、気の合う人と出会える確率を上げれば、どこで暮らしていても、居心地のいいコミュニティに属すことが可能になると思うのです。
 持論として、「人生を変えられるのはテクノロジーでも教育でもなく、人との出会いと憧れである」というものがあります。あの時、あの瞬間、あの人が目の前にいてくれたから、今の自分がある。そんな人がきっと、誰しもいますよね。それは、人の“存在そのもの”に価値があるということ。
 人と出会い、誰かに憧れることで、人生を動かしていけるなら、“移動”と“対話”、そして“役割”の障害をOriHimeによって克服し、可能性を最大限に広げたい
 この3つが揃えば、どこで暮らそうと、体が動かなくとも、自分の存在を肯定し続けられるはず。それが、私の目指す“孤独の解消”までのロードマップです。
これからの時代、“どこでも働ける”準備を
──クラウドソーシングやテレワークが浸透し、どこで暮らしていても仕事がしやすい時代になりました。今後こういった働き方の可能性は、どう広がっていくと思いますか?
 クラウドソーシングに足りないことが一つあるとすれば、“偶然の出会い”です。
 「こういう仕事があります」という発注者と、「こんなスキルを持ってます」という受注者の効率的なマッチングが前提になるので、偶然性の入り込む余地がないんです
 一方、リアルな場だと、例えばバーで隣り合わせた人と意気投合して、「あ、デザイナーなんですか。こんな仕事があるんですけど、興味あります?」「へーおもしろそう! やりましょう」なんて偶然が起こります。
 実は、分身ロボットカフェでもまさにそんなことが起こっていて、最近、何人かのパイロットが他の企業に引き抜かれているんです
──すごい! ヘッドハンティングですね。
 カフェのお客様が、パイロットたちが生き生きと楽しく働いている姿を見て、実際に彼らと話すうちに「うちでこんな仕事をしませんか?」という話になる。
 そうやって、共和メディカルグループで接客を担当するようになった方や、NTTで受付業務を始めた方、神奈川県庁の共生社会アドバイザーを委嘱された方もいます。
──まさに“偶然の出会い”ですね。
 さらにロボットカフェの別のお客様が、そのパイロットに会うために、わざわざ大阪のお店まで足を延ばしてくださったりしているんですよ。そういう出会いから、予定調和ではない新たな可能性が見えてくる。外の世界へ出ると、多くの発見があるのです。
 私自身、引きこもっていた3年半を、めちゃくちゃつらくて死にたくなるようなあの経験を、もう二度としたくない。年老いて、もし同じような状況に置かれたらと考えると、今すぐに消えたくなる。
 だから今、体を動かすことのできないメンバーとともに、これからのロールモデルを残していきたいんです
──そういう意味では、パイロットのみなさんは誰よりも先進的な働き方をしているのかもしれませんね。
 みんな真似すればいいと思いますよ。折しも新型コロナの問題に直面して、社会全体がテレワークの必要性を真剣に考えるようになりましたが、寝たきりのメンバーは、台風が来ても電車が止まっても、何事もなく出社しています。私もすでにOriHimeを通してコンサルティングや講演会を行っていて、いつでも遠隔で働ける。
 これからの時代、1カ月に1回でもいいから、家にいながら働く練習をしておいたほうがいいと思います。たとえ自分の体が動かなくなったとしても、今の仕事を辞めずに済む。
──企業側にも、そのような準備が求められていると感じます。
 66台のOriHimeを導入していただいているNTT東日本には、在宅で育児をしながらプロジェクトマネージャーを務めて、昇進された方もいるんですよ
 企業に、こういった働き方の事例をもっと知ってもらえたらな、と。
 例えば、都会に暮らす人がOriHimeを通して地方で働けば、きっと現地に行く理由ができますよ。“地方”って何だか漠然としているけど、そこに生きている人がリアルな存在として見えてくるはず
 私の妹家族が沖縄に住んでいて、よくOriHimeで姪に声をかけていると「そろそろ会いに行かなきゃ」っていう気になってくるんです。そうやって実際に交流するうちに、地方に対する意識も少しずつ変わっていくのではないでしょうか。
(構成:大矢幸世 取材・編集:中道薫 撮影:栃久保誠 デザイン:堤香菜)
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