【日本初】「声で入れる保険」は何がすごいのか

2020/3/24
スマホの次のフィールドは「声」であるという意見は根強い。昨今のスマートスピーカーの台頭を見れば、インターフェイスとして音声に注目が集まるのは、自然な流れだろう。それは損害保険の市場においても例外ではない。東京海上グループでは時代に即した新しい顧客体験の提供を目指し、いち早くボイスUIの開発に着手してAmazon Alexaでのコンテンツ開発を行ってきた。今春には、日本初となる“声で加入できる保険”を実現。その背景に追った。

Alexaスキル開発で培われたボイスUIのノウハウ

「もともとボイスUIの開発に乗り出したのは、スマートスピーカーの手軽さに着目してのことです。
自宅で声だけでサービスが受けられるというのは、次に目指すべき世界観として非常に魅力的でしたから。
アメリカではスマートスピーカーが普及し、カフェチェーン店でコーヒーをオーダーする際にも音声が活用されています。新たなチャレンジの領域として、うってつけに思えましたね」
そう語るのは、東京海上日動火災保険営業企画部次長の荒澤貴浩氏だ。
最初にあった課題意識は、「スマートスピーカーを使って、安心や安全に関するサービスを提供したい」という、極めてシンプルなものだったという。
そこでまず、Alexaに話しかけて自社の商品説明や保険に関するクイズが楽しめる『東京海上日動スキル』と、地震情報や気象情報を配信する『災害情報スキル』の2つの機能を展開した。
『災害情報スキル』では、「○○県で発生している地震の情報を教えて」とAlexaに話しかけると、直近の地震について、発生時間、震源地、マグニチュード、最大震度などを答えてくれる。
「とくに『災害情報スキル』の提供は、損害保険会社としての使命感によるところが大きく、有事の際には必要な情報を最初に届ける存在でありたいという強い思いがありました。
反響は上々で、これまでに10万人ほどのユーザーにご利用いただいています」(荒澤氏)
当然、こうしたボイスUIによるサービス提供は、同グループにとって初めてのケースだ。前線で実務にあたった営業企画部の中田雄大氏は次のように語る。
「開発期間は2~3カ月程度で、弊社としては珍しいアジャイル開発の体制を採り、ユーザーの反応を見ながら何度もアップデートを重ねてきました」
もちろん、ボイスUIの開発プロセスにはさまざまな苦労があった。
その一つが「言葉の短縮」だ。
「いかに短い言葉で、会話をスムーズに成立させられるかという点は、かなり頭を悩ませました。
例えば試験段階では、サービスを立ち上げると最初に『ご利用いただきありがとうございます』といった前口上が設定されていました。しかし、早く情報がほしいユーザー側からすると、これは余計なフレーズとなります。
技術面も含め、こうした試行錯誤の段階で得られたノウハウは大きいですね」(中田氏)
画像:(C)Michael Wapp/iStock
音声による会話では、テキストと比べると、スムーズな会話を実現するためのスピード感が求められる。細かなアップデートを重ねる背景で、開発陣はボイスUIの特性の理解に努めた。
次なるミッションはボイスUIのさらなる活用だ。保険商品への加入の窓口として、スマートスピーカーを活用するにはどうすればいいか。さらなる試行錯誤が始まった。

「ちょいのり保険」が適していた理由

音声という新しいプラットフォームで何ができるか。デジタルイノベーション共創部のランカスター・ローソン氏は、日本初の「声で加入できる保険」実現への初動を、次のように振り返る。
「まず考えなければならなかったのは、新規加入、更新手続き、事故報告などのバリューチェーンの中で、“スマートスピーカー”というスタイルに適したものは何か、ということでした。
そこで最初に挙がったアイデアは、加入済みの保険の契約更新を、声で行えるようにするというもの。
しかし、多くの保険商品の更新は年に1回程度の手続きですから、スマートスピーカーのアクティブな活用にはつながりません。
前提として、頻繁に手続きが発生する商品が望ましく、そこで浮上したのが『ちょいのり保険』でした」(ランカスター氏)
「ちょいのり保険」とは、24時間単位で加入できる自動車保険のこと。
他人の車を運転する必要が生じた際などに重宝される、2012年から販売している商品だ。
「『ちょいのり保険』の特徴として、利用者の大半がリピーターという点があります。
これまではコンビニやWeb等で加入を受け付けてきましたが、これが声で契約できるようになれば、画期的だなと思いました。
問題点は、文章の「読み上げ」でした。
重要事項説明は法的に定められたもので、省くことができません。かといって、これをそのまま音声化すると冗長になり、手軽さが損なわれてしまいます。
そこで、加入プロセスの中で、重要事項説明書をメールで送付することにしました。
また今回の取り組みでは、一定の加入条件を設けることで、保険加入に必要な情報の登録作業を省力化することができました」
例えば帰省するたびに親の車を使う場合などは、一度登録した情報はそのまま利用することができ、2回目以降は主に音声で加入手続きが完了する。
なお、決済はAmazon Payを、必要書類や認証のためのワンタイムパスワードの送付には、メールを利用。ユーザーファーストを徹底し、できるかぎりの手軽さを追求した跡が随所に見られる。手続きにかかる所要時間は、ものの3分程度だ。

保険をより身近なものにする

「今後ボイスUIをどのように活用していくのか、お客様の声を聞きながらより良くしていきたい」と、ランカスター氏。
課題はまだあるが、これはあくまでボイスUIのファーストステップに過ぎないことを強調する。
また、前出の荒澤氏・中田氏は、今後の展望を次のように語る。
「まだまだ保険に加入していない人も、いざ災害やトラブルがあってから保険に入っておけばよかった、という人もいます。
ちょいのり保険、海外旅行保険などシンプルで分かりやすい保険は、ボイスUIで手軽に入れるようにすれば、困る人が少なくなるはず。
ボイスUIの普及で、保険をより身近なものにする効果は期待できるでしょう」(中田氏)
※画像はイメージです。(C)Chainarong Prasertthai(iStock)
「音声だけで我々のすべての商品を提供できるわけではありません。お客様とのフェイス・ツー・フェイスの関係は今後も大切にしていきたいですし、商品説明やリスクについての説明が懇切丁寧になされることが大前提。
その上で、思い立った時にいつでも保険に加入できる手段があることも大切で、対面やスマホと合わせて、必要に応じてボイスUIをハイブリッドに使い分けていきたいですね」(荒澤氏)
損保市場が新たなフェーズに突入したことをうかがわせるボイスUIの登場。これも常に新しいことに挑戦し続ける東京海上グループの土壌があればこそ。最先端のデジタル戦略が今後、保険業界をどう変えていくのか楽しみに見守りたい。
(取材・構成:友清哲、編集:川口あい、写真:的野弘路、デザイン:堤香菜)