【チーム力】“メンタリティ・モンスター”世界一リバプールの秘密

2020/5/25
「高いパフォーマンスを発揮するための強靭なメンタル」。それが必要なのは個人だけではない。チームも同じだ。「世界基準のメンタル#02」では、ここ数年、圧倒的な強さを見せつけるプレミアリーグ ・リバプールの取り組みに迫る。

「メンタリティ・モンスター」

2015年10月、ユルゲン・クロップはリバプールの監督に就任した際、自身を「普通の人」(the Normal One)と称した。
これはかつてチェルシーの指揮官に就いたジョゼ・モウリーニョが、自らを「特別な存在」(the Special One)と呼んだことに対するものだったはずだが、クロップの呼び名は浸透しなかった。
そもそも彼は、まったくもって「普通」ではない。
ただし、このドイツ人監督がリバプールのことを「メンタリティ・モンスターズ」と評した際、それは実に正しく響いた。彼の率いるレッズは、終了の笛が鳴るまでタフに戦い続け、いかなる状況でも敗北を拒むからだ。
それがもっとも顕著に表れたのは、昨季のチャンピオンズリーグ準決勝だ。
第1戦で彼らはバルセロナに0-3で敗北。さらに第2戦には、看板の3トップのうち、モハメド・サラーとロベルト・フィルミーノをコンディション不良で欠くことになった。
エジプト代表の前者はその一戦をスタンドから見守り、胸に「Never Give Up」と書かれたTシャツを着ていた。
その想いが届いたのか、彼のチームメイトたちは諦めなかった。
フィルミーノの代役を務めたディボック・オリギが先制点を挙げ、ジョルジニオ・ワイナルドゥムが2点を追加。そして最後はピッチ上で最年少のトレント・アレクサンダー=アーノルドが、相手守備陣が揃わない間にCKを入れ、オリギの4点目、つまり2試合制の決勝点を奪ったのだった。
歴史的な逆転劇だ。
のちの決勝ではトッテナムを下し、クロップと選手たちはクラブに6度目のチャンピオンズリーグ(前身のヨーロピアンカップ時代を含む)優勝をもたらした。
国内リーグでは、マンチェスター・シティに勝ち点1およばず、2位に終わったものの、クラブ史上最多となる97ポイントを記録。
そして今季はクラブW杯を制し、プレミアリーグでは本稿執筆時点(3月10日)で後続に勝ち点25差をつけて首位を独走している。名実ともに世界一のフットボールクラブだ。
その背景には、技術や戦術、身体能力だけでなく、クロップのもとで強靭になったメンタリティーがある。
世界最先端のアスリート育成学校がメントレを重視する理由

就任当初から改善を望んだ「精神力」

精神面の改善は、クロップが就任当初から強く望んだものだった。
リバプールでの最初の記者会見で、彼はこう語っている。
「今、リバプールFCのファミリー全員が、少しばかりナーバスで、悲観的で、懐疑的になりすぎている。現時点では、誰も信じることができていない。我々は、疑い深い人々を信じる人々に変えなければならない」
クロップ就任後、最初の二つのホームゲームが変化のきっかけとなった。
ホームで初黒星を喫したクリスタル・パレス戦(1-2)で、終了の笛が鳴る前にスタジアムを去ったサポーターたちに対して、指揮官は苛立ちを露わにした。
「複数のリバプールのファンが席を立ったとき、私はとても寂しくなった」と試合後にクロップは話している。
翌月、ウェストブロムウィッチ・アルビオンとのホームゲームでも、リバプールは終盤まで1-2と劣勢に立たされていた。
しかしこのとき、スタンドのサポーターたちは最後まで選手たちに声援を送り続け、アディショナルタイム6分にオリギが同点ゴールを決めた。試合後、指揮官は選手たちをコップ(ホームサポーターのスタンド)に引き連れ、大勢のファンと勝ち点1を喜んでいる。
信じることの力──。
クロップはまず、リバプールの人々にそれを再確認させた。
彼の言葉を借りれば、「疑い深い人々」を「信じる人々」に変えたのである。
その日を境に、現在52歳の指揮官が激しく胸を叩いてサポーターたちと結果を喜ぶ姿は恒例となった。それは彼自身がファンに求めたものであり、リバプールという共同体がひとつになるために必要なことだった。
これにより、もとより熱狂のるつぼとして知られるアンフィールドは、相手にとってますます厄介な場所になった。
リバプールはホームでの連勝記録を史上最多の22に更新。本拠地での連続無敗記録を55にまで伸ばした(CL、アトレチコ・マドリー戦でストップした)。

大敗後に送った「テキストメッセージ」

そこに至るまでにどんな「メンタリティ」があったのか。
クロップが指揮を執り始めてからおよそ2か月が経った頃、敵地でワトフォードに0-3の完敗を喫した。
これは彼のリバプールのもっとも拙い結果のひとつであり、内容も悪かった。
2015年12月20日に行われた一戦の後、彼らはクリスマス・パーティを予定していたが、このひどい結果により、それはキャンセルされるだろうと考える人もいた。
だが指揮官は選手全員にテキストメッセージを送り、パーティに出席し、早くとも深夜1時までは会場にいるようにと伝えた。
クロップは早々にダンスホールに現れ、にこやかに選手たちとパーティを楽しんだという。
彼は当然、数時間前の大敗を忘れたわけではなかった。
しかしだからといってチームのイベントをないがしろにするのではなく、そこでふたたび全員の結びつきを強くしようとしたのだった。
【プレミア】リーグ中断で1513億円の損失、中堅クラブは危機
クロップがブレンダン・ロジャースの後任に就いたとき、リバプールはプレミアリーグで10位に沈んでいた。それでも彼は選手たちに、彼らがどれほど高い能力を持っているかを言い聞かせた。
欠点を指摘するのではなく、できることを称賛し、選手たちから能力以上のものを引き出してきたのだ。自分たちを強く信じ、メンタルが充実すれば、それが可能となる。
そのために、クロップはコミュニケーションを何よりも重視する。
彼は以前、スペインで仕事をすることはないだろうと語り、その理由は同国の言葉を理解していないからだと言った。つまり言葉の力と重要性を理解しているのだ。また然るべきときに的確な言葉を用い、ときにはくだけた調子で選手と接する。
例えば、就任当初からジョーダン・ヘンダーソンとジェームス・ミルナーをあだ名で呼んだり、バスタブで湯に浸かって笑顔を見せる自身の写真を選手に送ったり、試合前に相手のエースの写真がプリントされた下着をミーティングで披露したりした。
これらは極端な例かもしれないが、クロップは選手たちと常に連絡を欠かさない。
特に代表戦に招集された面々とは、テキストメッセージでやりとりし、人間関係を深めるだけでなく、選手の状態も把握する。
身体面だけでなく、メンタルを含めたディテールを知っておくことが、チーム運営で重要だと考えているのだ。
【長友佑都】アスリートは「応援される喜び」を知っている

完璧にこだわらないクロップ

新戦力を獲得する際にも、クロップは精神面を重視する。
彼が統率するようになってから、リバプールは移籍市場で選手のキャラクターを徹底的に調べ上げ、チームにフィットするかどうかを判断。
今や主将を務めるまでになったアンドリュー・ロバートソンを筆頭に、ジェルダン・シャキリ、ワイナルドゥムといった面々は、前所属先で降格の憂き目に遭っている。そこで彼らがいかに振る舞ったのか、パフォーマンスに影響を及ぼしたのかに注目した。
クロップはそのようにして加わった選手たちを含め、全員が団結し、それぞれが互いのために尽力するよう求めた。
そのために、現有戦力を嘆くような真似は決してしない。
モウリーニョやアントニオ・コンテのように、物事がうまくいかなくなった時に、新しい選手が必要だと言ったり、教え子たちを公然と批判したりは絶対にしない。
また彼は、ペップ・グアルディオラのような完璧主義者でもない。
フットボールにも人生にもミスはつきものだと考え、それを許容する広い度量を備えている。かつて『ガーディアン』紙に語ったように、クロップは「人々を手助けしなければ気が済まない性分」で、人間──特に仲間──を大切にし、素直な情愛を向ける。
ユーモアに溢れる一方で、揺るぎない信念を持ち、周囲の人々を惹きつける。クロップを中心にリバプールは固く結束していった。
中村憲剛×岩政大樹、クロップは「ペップ時代」に続けるか?

今季、招聘したのはスポーツ心理学者

チームの心理面に関して、ひとつ象徴的な人事がある。
クロップの監督就任と同じ頃、クラブはスポーツ界の精神分析の権威であるスティーブ・ピータースとの契約を終えた。
自転車競技の英国代表や五輪の金メダリストをサポートしたピータースは、2012年からリバプールで働き、2014年のW杯ではイングランド代表に帯同した。
複数の著書を出版している、アスリートのメンタルを知り尽くした人物だ。
それでもクロップは一定期間、ピータースの後釜を置かなかった。指揮官自身が選手たちの心理を高めたり、ときには落ち着かせたりできると考えていたのだろう。
彼はピータースのように学術の経験や資格を持たないが、人々の心理面に直接働きかける人間性がある。
ある意味で、マンチェスター・ユナイテッドに長い黄金期をもたらしたアレックス・ファーガソンにも通じるが、クロップは選手の心を動かす際に、恐怖を与えたりしない(ファーガソンの教え子のひとり、ゴードン・ストラカンはかつて、その恩師のことを「最高のスポーツ心理学者だ」と評したが、彼の手法には「ジュネーブ条約〔文民の保護に関する条約〕に違反しそうなものもあった」と冗談めかして明かしている)。
ただし今シーズンから、クロップは新たにスポーツ心理学者を招き入れた。
ワトフォードやブラックバーン・ローバーズなどでプレーし、チェスターフィールドで采配を揮った経験を持つリー・リチャードソンだ。
「彼は元選手であり、元監督。これは良いことだ。そこからスポーツ心理学者の道に進むという、非常に興味深いキャリアを持っている。とても素晴らしい人物で、選手たちにも心配なく話してもらっている」
リチャードソンを招聘した理由については、現代フットボールのマネジメントが多岐に渡ることを挙げている。
週に3日、トレーニング場に出勤する彼とのやりとりは「機密事項」と言うものの、チーム内の風通しはこれまで通り良好のようだ。選手たちはいつでも監督室のドアをノックでき、公私にわたり、いかなることでも相談できる。
そこに決められたスケジュールはないし、選手によっては指揮官やカウンセラーとの対話を必要としない人もいる──揺るぎない自信と風格を備えるフィルジル・ファンダイクのように。

メンタル強化につながる科学的トレーニング

トップ中のトップレベルのスポーツでは、大きな重圧がつきものだ。
クロップはそれを軽減するために、緊張のなかに和やかなムードをつくったり、おかしな行動をしたり、ジョークを言ったり、記録の話をしなかったりする。
むろん、リバプールが世界一になれた要因は、メンタル以外の多くの要素もある。
ただし、栄光の伝統を持つクラブを本当の意味で復活させるためには、選手やスタッフ、サポーター、そしてコミュニティを含めたすべての人々を、信じさせる必要があった。つまり心理面を変えなければならなかったのだ。
クロップはかつて、リバプールを選んだ大きな理由のひとつに、「家族的な」雰囲気を感じられるからだと語ったことがある。
もともと存在したその空気は、彼自身によって、より確かなものとなった。リバプールは世界一のフットボールクラブとなり、世界一のファミリーとなった。そして良い家族とは、精神的に固く結びついているものである。
リチャード・ジョリー
イングランド北西部をベースに、リバプール、エバートン、マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティをカバーするフットボール・ジャーナリスト。プレミアリーグとチャンピオンズリーグに特化し、英国高級紙『ガーディアン』や『タイムズ』、『インディペンデント』、英国フットボール専門誌『フォー・フォー・トゥー』、米国スポーツメディア『ESPN』などに、15年以上にわたって寄稿する。
(翻訳=構成:井川洋一、編集:黒田俊、デザイン:すなだゆか、写真:GettyImages )