1週間が30秒に。AIが保険業界に起こした大変革とは

2020/3/16
AIの社会実装は、私たちの想像よりも速く進んでいる。特に金融業や運輸業などにおける導入率が高く、数多くのサービスに導入され、そのかたちを劇的に変えてきた。
テクノロジーに対して保守的に思われがちな保険業界も例外ではない。2019年11月、損保ジャパン日本興亜が、AIによる事故車の自動見積サービス「SOMPO AI修理見積」をリリース。損保ジャパン日本興亜は、すでにLINEを活用してスピーディな保険金請求を実現させるなど、いい意味で業界の異端と言える。
今後、テクノロジーの進化によって、保険にまつわるサービスはどのように変わっていくのか。「SOMPO AI修理見積」開発責任者の野呂健太氏が、AI時代の保険について語る。

「概算見積り30秒」保険×AIの衝撃

AIの導入によって、さまざまな業界に「変革」と呼べるレベルの変化が起きている。
不動産業界では、購入したい土地の位置を入力するだけで、価格推定のみならず、周辺情報などを盛り込んだ報告書をAIが作成するサービスが生まれた。
一見、デジタル化との相性が悪そうな農業の分野でも、農作物の成長に必要な水分量をAIが算出し、潅水や施肥作業を自動で行うシステムが存在する。
テクノロジーに対して保守的に思われた保険業界も、その例外ではない。2019年11月、自動車の概算修理金額を自動見積する「AI自動見積サービス」が登場したのだ。
損保ジャパン日本興亜がオプト、イードリーマーらと共同開発した「SOMPO AI修理見積」は業界初のサービスである(特許出願中)。
自動車事故を起こし、保険適用のため修理金額の見積りを取る場合、従来であれば、修理工場への持ち込みや、保険会社の担当者が立会調査を行って算出する必要があった。これには1~2週間かかる場合もある。
しかし、「SOMPO AI修理見積」であれば、利用者はコミュニケーションアプリ「LINE」を用いて事故連絡を行い、自動車の損害箇所をスマホで撮影して送信するだけ。
すると、AIが自動で修理金額を概算して、すぐに結果が送られる。すぐに=「画像送信から約30秒」というから驚きだ。
プロジェクトチームのリーダーとして「SOMPO AI修理見積」を世に送り出した損保ジャパン日本興亜 業務改革推進部の野呂健太氏はこう話す。
「なぜそこまで迅速にする必要があるのか聞かれることがありますが、実際事故に遭えば誰もが不安でパニックになります。その後、多少気持ちが落ち着いたとしても、やはり不安な時間は保険金が無事支払われるまで続くわけです。
そんな時間を一秒でも短くしたい。お客さまの不安やリスクを取り除き、生き生きとした生活を送っていただくこと。それが保険会社の使命だと考えています。そのための一つの手段が今回のAI修理見積です。
『SOMPO AI修理見積』は、見積り金額の誤差は5%以内と、かなり高い精度になっています。現在は対象を20万円以下の軽微な傷やへこみに限定していますが、今後データが蓄積されていくにつれ、精度はさらに上昇し、高額な損傷も算出できるようになるはずです」

なぜ海外ではなく、国内のベンダーと組む選択をしたか

画期的な「SOMPO AI修理見積」だが、布石はすでにあった。
2018年10月、損保ジャパン日本興亜は、保険金請求時にLINEを活用できる体制を構築。2019年1月からは、事故の連絡から保険金請求までの一連の手続きをLINE上で完結できるよう、サービスを拡充させた。
「LINEによる保険金請求サービス」を利用すれば、最短30分で全ての手続きが完了する。このサービスの一環として、「おくるま撮影サポートサービス」が組み込まれていた。
「おくるま撮影サポートサービス」を利用すると、事故車の撮影をスマホで行う際、「この角度で、このくらいの大きさで」と、撮影のためのガイドが表示される。
透過ガイドが表示されるので、一般のユーザーでも査定に使える写真を簡単に撮影することができる。
これは査定をスムーズにするためだけではなく、一定の角度から撮影した自動車の画像を蓄積する、という意味もあった。というのも、AIによる査定を成立させるためには、AIが学習するための「適正な角度」から撮影した「教師データ」が必要だったからだ。
「AIによる概算見積の実現のためのデータ蓄積という観点から、『おくるま撮影サポートサービス』は戦略的に早めにリリースしたという経緯があります」(野呂氏)
「SOMPO AI修理見積」には、開発過程にもいくつか際立った特徴がある。まず、損保ジャパン日本興亜がサービスフレームを設計したうえで、国内ベンダーとの共同開発を選択した点だ。
「海外には優秀なAI査定ベンダーもいますが、日本と海外では修理方法も人件費も違います。また、海外ではパーツを取り換えてまで修理しない損傷であっても、日本ではパーツごと綺麗に取り換えて修理するのが当たり前、ということも。
要するに、いろいろな基準やカルチャーに違いがある。海外で実績のあるAIソリューションを持ってきても、その違いゆえ、日本式にローカライズさせる手間が必要になります。だったら自分たちで作ってしまおう、と(笑)」 (野呂氏)
国内の有力な画像解析ベンダーを探す過程でたどり着いたのが、イードリーマーだ。イードリーマーは4年前から画像解析研究を行い、その技術を確立させていた。加えて、InsurTech企業として保険業界への造詣も深く、スムーズに損保ジャパン日本興亜とノウハウをかけ合わせることができたのだ。

活用はするが、AI任せにはしない

少し専門的な話になるが、AIに査定させる際の手法として、「ルールベースAI」と「ディープラーニング」をうまくハイブリッドさせたことも重要だ。
「ルールベースAI」とは、人間が知識、ルールを定義し、コンピュータに人間の意思決定を真似させる仕組みだ。対して「ディープラーニング」は、「どういった点に特徴があるのか」も解析できるAIを指す。
たとえば、「赤色の丸い物体はリンゴ」「黄色の細長い物体はバナナ」など、色や形、重量といったデータを人間が与えることで、「これはリンゴだ」「これはバナナだ」と、AIが判断するのがルールベースAI。
一方、ディープラーニングの場合、「リンゴとバナナを見分けるには、色と重量という特徴を比較すればいい」というところまで、AI自体が学習する。
「ディープラーニングは、AIが特徴を理解して、いわば勝手に算出するので、どうしてその金額になったのかの説明がつきません。
査定がブラックボックス化してしまえば、お客さまから説明を求められても、『よくわかりませんが、AIが10万円だと言っているので……』としか言えなくなってしまいます。
その点、ルールベースAIであれば、知識・情報は『もし〇〇ならば、△△』といった『ルール』として蓄積されます」(野呂氏)
つまり、「あなたの車両タイプはAで、ボディーの色はBだから、過去の実績を踏まえて、AIはこれくらいの損害だと判断しました」と、算出の根拠はより明確になるというわけだ(損傷レベルの判断のみディープラーニングを活用)。
iStock.com/baranozdemir
また、「SOMPO AI修理見積」では、概算修理金額の算出こそAIが行うものの、その後の正式な金額決定には「担当者が必ず画像を見て最終確認をする」というフローがチャット対応のオペレーションに組み込まれている。
「お客さまにとって『どうしてその金額になるの?』というのは、当然の疑問です。納得感を持って受け止めていただくためにも、まだすべてをAIに任せる段階ではありません。
AI修理見積を使うか使わないかも、お客さまに判断していただけます。ただ、サービスリリースから2か月ほどで、画像での修理見積を利用されるお客さまのうち2割程度がAIでの修理見積を利用されているので、すでに受け入れられつつあるのではと考えています。
なお、このフローで得た当社事故担当者の最終判断も、その後の学習データとして自動的に蓄積されていきます」(野呂氏)
人とデジタルで、さらなるAIの精度向上を目指すエコシステムが完成しているのだ。

リリース時に100%の精度を求めてはいけない

「SOMPO AI修理見積」は、要件定義3か月、開発3か月というリリーススピードでも私たちを驚かせる。そこにはどんな秘策があったのか。
「プロダクトアウトではなく、お客さまとより密にコミュニケーション取るためにどうしたらいいか、というニーズから考えると、AIはあくまで課題解決のための手段に過ぎません。
だから、開発に時間がかかりすぎる部分については割り切って、お客さまにもメリットを理解いただいた上でご協力いただく。たとえば、AIで車種や塗装の種類まで見分けるのは難しい。そこで、お客さま自身が入力する仕組みを考えました。
『SOMPO AI修理見積』は、その点でも人とAIのハイブリッドなんです」(野呂氏)
「SOMPO AI修理見積」の車体色選択画面。自分の車だから、選択するのは簡単だ。
どんな業界にも言えることだが、特に保険業界は「信用」が重要な業界だ。そのため、AIを利用したサービスにも100%に近い精度を求め、開発に時間がかかるケースが多い。
多くの保険会社において、まだ実証実験レベルで、かつ修理工場や社内向けのものに留まっているのが現状だ。
そんななかで、損保ジャパン日本興亜がAI自動修理見積サービスをリリースできたのは、同社のデジタル活用における積極的な姿勢と、権限移譲されたプロジェクトリーダーの柔軟さ、推進力による部分も大きい。
「今後、『SOMPO AI修理見積』の技術や、そこで得たデータを活用することも考えている」と野呂氏。
「画像認識の技術を用いれば、浸水被害時の自宅の損害額を撮影するだけで誰でも簡単に算出することができます。
保険のお支払いについても、今は人があいだに入っているので、金額が決定しても振り込みまでには1〜2営業日かかっています。ですが、人の手を介さず、AIが査定した金額を電子マネーで瞬時に送金するという流れも現実味を帯びてきました。
ほかにも、たとえば買取査定業界においてはAI修理見積サービスを使って、『車の評価額は〇万円だけど、これくらいの修理代がかかる傷が付いているから、最終査定額は△万円だな』などと活用することもできるでしょう。
これまで熟練者しかできなかった業務が非熟練者でもできるようになり、人材不足、業務負担軽減にも寄与すると考えています。
シンプルにできるところはデジタルでどんどんシンプルに、逆に人が必要なところには、きちんと人を介在させることで、表に出てこなかったお客さまの不安や不満までも解決していきたいと思っています」(野呂氏)
行政、金融、不動産など、まだまだ紙や対面が前提のアナログな業界はいくらでもあり、保険もそのひとつだ。損保ジャパン日本興亜はその突破口を開き、業界全体、さらには業界を越えてデジタル化の波を起こしていく。
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:小池彩子 デザイン:月森恭助)