すべての人に「最高の接客」を届ける。デジタルストア最前線

2020/3/16
デジタルデバイスや最新テクノロジーを活用した「デジタル店舗」が急速に拡大し、小売・流通サービス業界は大きな変革の真っ只中にある。労働人口減少や都市部への人口集中などの社会課題を解決するだけでなく、企業と消費者に新しいコミュニケーションを生み出すことが、デジタル化の真価だ。

リアルとデジタルを融合し、進化し続ける小売・流通サービスの最前線と、その先にある消費者にとって理想の買い物体験を考える。

アバター接客で店舗の価値を再定義する

──最近、レジなし店舗やAIによる接客などデジタル化した店舗についての話題が増えています。NTTデータも、店舗を進化させるさまざまな実証実験を行っていますね。
小川 昨今、急速に店舗がデジタル化している背景には、進化したECの台頭があります。みなさんも体感されているように、店舗に出かけてモノを買うスタイルから、オンラインショッピングへと時代は大きくシフトしてきました。
 しかし、将来的にすべての店舗がEC化されるかというと、そんなことはないでしょう。リアルの店舗にはECでは賄えない利点があり、多少役割を変えながらも、実店舗は存在し続けていくはずです。
 そこで企業が直面するのが、スタッフや出店立地の不足という大きな課題です。
井上 「モノを売る場」として価値を提供し、進化してきた店舗にとって、この課題を無視することはできません。
 働き手はいないけれど、お店は増やしたい。しかし、店を増やすための場所も足りない。働き方改革という社会の流れもある中で、従業員体験もよりよくしていきたい。
 そうした課題に応えるため、まずは「接客」をデジタル化することで、新たな価値を再定義したい
 そんな想いでNTTデータが考えるのが、「アバター遠隔接客ソリューション」です。
 インタラクティブサイネージとデジタルカメラを活用し、店舗を訪れた消費者を認識。アバターを介して、販売員が「遠隔地」から接客を行います。

変化する消費者のニーズにどう応えるか

──オンラインでほぼすべての買い物ができる時代において、リアル店舗にはどのような価値が残るのでしょうか。
信田 顧客体験を考える際に、ネットとリアルな世界を分けて考える「O2O(Online to Offline)」から、オンラインとオフラインを切り分けない「OMO (Online Merges with Offline)」の考え方が主流になってきました。
 その結果オフラインでもオンラインと同じような利便性を体感できるようになってきていますね。
 販売チャネルとしてECとリアル店舗の存在は残りますが、両者それぞれ違った魅力があり、消費者が自由に選択できる状態が理想です。
 技術が進化し、いつでもすぐにほしいモノが買える世界がほぼ実現しました。
 しかし、今度はもっと濃厚な買い物体験をしたいという「コト消費」への欲求が生まれています。このコト消費こそ、リアルな店舗に求められるニーズです。
 消費者が、対面接客やリアル店舗での実体験を通じてブランドのストーリーを感じながら買い物を楽しみたいと思ったとき、店舗の存在価値が生きてくる。
 しかしながら、人手不足や土地不足に悩まされている店舗には、消費者を満足させる体験を提供する力が不足してしまっています。

いつでもどこでも「最高の接客」を

井上 実は店舗のデジタル化を考えたとき、当初は最小限のスペースで買い物ができるデジタルストアをイメージしていました。しかし、実証実験を重ねていくと、すべてがデジタルで完結する世界観は、まだ時期尚早であるという結論に達したんです。
小川 スマホからECを使いこなす層にとっては、デジタルストアで購入するメリットを感じにくいんですよね。反対に、ECに馴染みのない層にとっては、デジタルストアのリテラシーがハードルになる。
 では、何が必要なのかを突き詰め、出てきた答えが「コミュニケーション」でした。
 とくに、商品の実物を見ながら、商品知識が豊富な「有識者」から接客を受ける体験は、今のECサイトでは十分に得られないものです。それはリアル店舗だからこその強み。
 そこで「遠隔接客」で消費者との接点を充実させる方向へと、大きく舵を切ったんです。
井上 「有識者」つまりその道の接客のプロは、消費者が知らないことを教えてくれる貴重な存在です。しかし、これまでは限られた店舗でしか、その接客を受けられませんでした。
 遠隔接客によって、場所を選ぶことなく最高の接客サービスを体験できるようになれば、顧客の満足度が高まります。
小川 また、知識や経験が豊富であるにもかかわらず、労働環境の問題で働くことを諦めていた女性やシニア、地方のスペシャリストが自分の力を発揮するチャンスにもなります。
井上 ほかにも、データ化で新人とプロの接客技術の差をなくしサービスの再現性を高めることや、インバウンドへの多言語対応が簡単に実現できます。
信田 接客から時間と場所の制約をなくすことは、企業と消費者のコミュニケーションそのものを変えることにもなりますよね。
 経営者、商品企画、広報宣伝など、直接消費者と接する機会が少なかった立場の人々にとっても、消費者と向き合い、理解する機会を生む可能性がある。顧客に向き合った体験を自分の仕事に生かすことで、新しい価値が生まれやすくなるでしょう。

「無駄を楽しむ」消費者に向き合う

──たしかに、オンラインで購入ボタンをクリックすることと、店舗で商品を手に店員に相談しながら買い物をすることには、まったく違う体験としての楽しさがあります。
井上 買い物をデジタル化して、効率を求めるだけでは、消費者へよい体験を提供することはできないと考えています。
 買い物には、「無駄ではない“無駄”」がある。あまりに削りすぎては、ダメなんです。
 たとえば、アパレルショップで迷いながら服を選ぶのも、買い物の楽しさのひとつ。電車代をかけて、わざわざお店に足を運ぶのもそうです。そういう「無駄を楽しむ」感覚を見極めなくてはなりません。
信田 削りすぎると店の個性もなくなり、味気ない世界しか残らないですよね。
井上 そう考えると、デジタル化や技術化でコストや人件費をできるだけ減らそう、消費者がセルフで回せるようにしようという、効率を求める世界と、「無駄を楽しむ」世界の使い分けが、今の小売業界には求められているのかもしれません。
 我々のサービスでも、単にITを導入するというのではなく、顧客体験を充実させ、よいサービスを提供することに、最大の価値を置いています。
信田 ノンストレスですばやくモノを買うだけでは満足できず、コミュニケーションの体験をセットで買いたいというニーズは確実に増えています。それに応えるものとして、遠隔接客はすごく納得できる方法だと考えています。
井上 企業側としても、顧客とコミュニケーションすることで、よい体験を提供できるとわかっていながらも、人手不足の結果、リソースを割けずにいることがあります。そこに上手くデジタルがハマれば、相乗効果を生み出していけると思います。

ブランド価値をどう伝えていくか

井上 業種や業態によって、遠隔接客が向く、向かないというのもありますね。
 日用品のような最寄品はそれほどこだわりがなくても、アパレルのように比較検討したい買回品や車、住宅のような大きな買い物になる専門品では、接客への欲求度も高い。
 そうしたニーズに応えて満足してもらうための選択肢のひとつに、遠隔接客という方法がある。家電量販店やホームセンター、家具販売店などは、マッチしやすいでしょうね。
信田 ユーザー体験を文脈として捉えるカスタマージャーニーというフレームワークがありますが、この考え方は長期的に比較検討して購入する商品によく当てはまります。
 比較検討してブランドを感じ、愛着を持つことで最終的に購入にいたる。この購買プロセスの中で消費者の心情に変化が起きるポイントが多いほど、ブランド価値を感じてもらいやすくなります。
 ECサイトで検索してクリックひとつですぐにモノが買える時代の中に、体験の文脈をどのように設計し、商品や企業に愛着を持ってもらう体験づくりができるかという点は、これから大きな課題です。
 たとえば、商品そのものだけでなく、店舗での体験にまで広げて文脈を考えてみることも、ひとつの答えといえるでしょう。おしゃれな、あるいは個性的な店舗だから買う、あの店員さんから買いたい、などという動機づけは、自社ブランドを際立たせる戦略となります。

「消費者に何を提供できるか」を理解する

──店舗のデジタル化自体を目的とするのではなく、企業は改めて自社ブランドを定義し、自分たちが提供できる価値を考える必要がありそうです。
小川 このような時代の流れの中で、企業がITを導入する目的や意義を正しく理解できているのかというと、そこはわかっている部分とわからない部分があると見ています。
 消費者のことをどれだけ知っていて、どんな方向を目指しているのか。店舗のデジタル化を検討する前にまず、はっきりさせなくてはいけない部分ですが、そこがあやふやで不完全な場合も多い。
 でも、今わからないなら、わからなくてもいいんです。わからないことを理解するために、どうアプローチすればいいか、そこで生まれる情報をどうやって集め活用していくのか、我々が並走しながら、一緒に考えていきます。
 大事なのは、そこを理解しようと取り組む姿勢が未来の企業価値になっていくということです。
信田 結局、リアルもデジタルも、サービスを届けるための手段にすぎないということですよね。

互いの得意分野を融合し、新しい顧客体験づくりを

井上 現在、NTTデータでは「次世代デジタルストアプラットフォーム構想」として、デジタルを起点とした、店舗の新たなビジネスモデルの創出にチャレンジしています。
 アバター遠隔接客もその第一歩です。お客様と店舗のコミュニケーションから、新たな価値を創出することを目指しています。
小川 我々のデジタル構想を進めていく上で、受け入れやすい顧客体験づくりは重要なポイントです。ネットイヤーグループとの提携では、そのUX、CXの構築に期待している部分が非常に大きいですね。
信田 我々は創業当時よりUXデザインに取り組み、デジタル上で顧客体験を向上させることに向き合ってきました。これまで培った知見をデジタルだけでなく、店舗というリアルな場で展開していけるのは、我々にとっても大きなチャンスであり、強みの発揮どころだと思っています。
(編集:樫本倫子 撮影:的野弘路 デザイン:堤香菜 )