vsUEFA、マンチェスター・シティはCLから姿を消すのか?

2020/3/18

シティが隠していたいた「事実」

前回取り上げたフットボール・リークスによる2018年11月5日の告発記事「カネの力でルールをねじ曲げた」の中には、2014年にUEFAとシティが和解協定を交わした時点では明らかでなかった(少なくともUEFAが公には認識していなかった)可能性の高い、次のような情報が含まれていた。
・FFPの第1回審査対象期間が終わる12-13シーズン末の時点で、シティはブレークイーブン(2期合計の赤字が4500万ユーロ以内)が達成できないことを認識していた。
・その帳尻を合わせるために、エティハド航空、Aabar、アブダビ観光局というオーナー関連スポンサー契約を水増しし、契約書を書き換えて11-12シーズンの売上高に算入した。
・エティハド航空、Aabarとのスポンサー契約について、それぞれの企業が負担しているのはごく一部(前者は年間6750ポンドのうち800万ポンド、後者は1500万ポンドのうち300ポンド)であり、残る大部分はオーナーが直接、間接に負担していた。エティハド航空に関しては、「現時点でADUG(アブダビ・ユナイテッド・グループ)が5950万ユーロを負担している」という2015年のメールが存在している。
2014年の時点で焦点となっていた「オーナー関連法人」の認定や「フェアバリュー」の評価は、FFP審査基準の適用をめぐる「運用」の問題であり、両者が合意した上で一旦「和解協定」を結んだ以上、すでに終わったこととして封印し、アーカイブすることは可能だ。
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しかし契約書の書き換え、そしてとりわけオーナーによる直接的な損失補填をスポンサーフィーに偽装して組み入れたというのは、(もしそれが事実だとすれば)明らかに「故意による虚偽記載」である。
そうなると、FFP規定に違反しているかどうかを問われる以前の問題として、提出資料の粉飾という重大な不正行為と見做されることは避けられない。
これを重く見たUEFAは2019年3月、第1回審査の対象となったシティの書類をCFCBで再審査することを決定したのだった。
UEFA理事会で2009年9月に正式決定後、翌年5月には審査基準が発表され、2011年7月にFFP対象初年度(11-12シーズン)スタートした。

下されたCL出場権停止と罰金6000万ユーロ

シティは当初、「フットボール・リークス」のスクープが悪意に基づく虚偽であることを、否定のしようがない明白な証拠によって証明する、として、この決定を歓迎する姿勢を見せた。
ところがその後、この決定は不当であるとして審査の打ち切りを中立的な仲裁機関であるCAS(スポーツ仲裁裁判所)に提訴したのに加え、記事中で取り上げられた一連のメールのやり取りを証拠として提出するよう求めたCFCBの要請も拒否するなど、審査に対して非協力的な態度を取り続けたと伝えられる。
しかし19年11月、CASは再審査の打ち切りを求めたシティの提訴を却下。それを受けて審査を終了したCFCBがさる2月14日に発表したのが、今後2年間のUEFA主催大会の出場権停止、そして罰金6000万ユーロという処分だったというわけだ。
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この処分の根拠となる違反行為としてUEFAが上げている以下の2点は、上で見た一連の事実に対応するものだ。
1)2012年から16年にわたってスポンサーシップ関連の収入を過大に申告した
2)その件にかかわるUEFA財務管理委員会の調査に対して協力を拒んだ
ここで指摘されている「過大な申告」が具体的に何を指しているのかは、現時点では明らかにされていない。
しかし、過大申告と指摘されている期間が、和解協定が結ばれた2014年を超えて2016年までとされていることから推測すると、2015年時点でADUGが大部分をカバーしていたとされるエティハド航空のスポンサーフィーが絡んでいる可能性が高い。
この処分に対してシティが即座に出した「クラブ・ステートメント」は、UEFAに対する挑戦的な姿勢がはっきりと打ち出されたものだった。
「マンチェスター・シティはこの決定を残念に思っているが、驚いてはいない」
「簡単に言って、本件はUEFAが持ち出し、UEFAが追及し、UEFAが決定したものだ。この予断に満ちたプロセスが終了した今、クラブは可及的速やかに中立的な機関による公正な判断を受けることを求め、CASへの提訴を急ぎ行う」
これに伴い、来シーズン以降のCL出場権についての結論は、CASが下す調停の結果次第ということになった。では、今後はどのような展開が予想されるだろうか。
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厳罰の背景にある「譲歩」の可能性

CAS(スポーツ仲裁裁判所)は、仲裁・調停機関という性格を持っているため、提訴を審査する過程においてはまず、両者が受け入れられる合意点を探って調停を成立させることを目指し、それが不可能な場合には中立的な立場から裁定を下すというプロセスが取られることになる。
したがって、最終的な「落としどころ」は、UEFA(欧州サッカー連盟)とマンチェスター・シティの両者がどこまで譲歩するか、それ次第と考えるべきだろう。
まず、UEFA側の立場を推測してみよう。
「公正な競争と持続可能な発展」を大義名分としてクラブの経営に財務面から制約を加えるFFP(ファイナンシャルフェアプレー)という仕組みは、UEFAにとって、クラブサッカーの競争環境をコントロールする上で根本的な重要性を持っている。
違反したクラブに対して規程に沿った処分を下すことは、それがどんなに厳しい内容であり、また商業的に不利益をもたらすものであったとしても、FFPの正当性と信頼性を守る上で譲れない一線であるはずだ。
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ただし、今回下された2年間の出場権停止(+罰金)というのは、規程に定められた最も厳しい処分だという点には注意を払う必要があるかもしれない。
考えようによっては、多少ならば譲歩(例えば出場権停止期間を1年に短縮するなど)の余地は残されていると見ることもできるからだ。
実際、昨年夏にACミランがCFCBの「2年後までにブレークイーブンを達成できなかった場合には、以降2年間のUEFA主催大会出場権停止」という処分に異議を申し立てて提訴した時には、その撤回と引き替えに今シーズン1年間の出場権停止を科す、という調停を両者が受け入れる形で、妥協的な落としどころが見出された。
興味深いのは、処分から5日を経た2月19日、シティのフェラン・ソリアーノCEOがオフィシャルサイトでベテランジャーナリストのインタビューに答えるという形で、シティが改めて行った意見表明(これは危機管理の手法としても興味深いものだ)に見られるトーンの変化。
ソリアーノCEOは「クラブは否定のしようがない明白な証拠を示して嫌疑を否定した」、「これは司法というよりも政治的な問題だと受け止めている」と、処分の不当性を訴えながらも、「CFCBとの経験はネガティブなものだったが、我々はUEFAとは長年協力し合っており、彼らがフットボールの利益のために献身的に働いていることを知っている。UEFAはCFCBよりもずっと大きな存在だ」として、UEFAそのものに敵対する姿勢を見せていた処分発表直後のステートメントを少なからずトーンダウンさせている。
真ん中左がフェラン・ソリアーノCEO。左は元浦和レッズでマンCフットボール・ディレクターのべギリスタイン、真ん中右が会長のムバラク 、右が監督のグアルディオラ。
これを、UEFAとの対決姿勢から、調停を通じて「リーズナブルな落としどころ」を探ろうとする対話姿勢に転換を図ろうとする兆候、と読み取ることは、少なくともまったくの的外れとは言えないように思われる。

FFPの存在意義が問われる

シティはFFP導入当初から、この規制は不当なものだとする姿勢を一度ならず打ち出してきた。2014年の和解協定時に、UEFAに対して、欧州司法裁判所に提訴してFFPそのものの違法性(EU法が定める「私有財産による経済活動の自由」に抵触する可能性がある)を争うと「脅迫」したと伝えられていることは、すでに見た通り。
100兆円単位という桁外れの資産を持つアブダビ王族からすれば、クラブの経営を損なうことなく多額の投資によってチームを強化し、タイトルを勝ち取る資金力があるにもかかわらず、それを「妨害」されることは理不尽だ、と考えるのは自然なことだろう。
プロサッカーを純粋なビジネスであると考えるならば、「私有財産による経済活動」に制約を加えるFFPは明らかに競争制限的であり、自由経済の原則に反しているということになる。
だが、もし仮にここでシティがUEFAと全面対決の姿勢を貫き、FFPの違法性を欧州司法裁判所に訴え、勝訴してFFPの全面廃止を勝ち取ったとしよう。
FFPの規制がなくなれば、クラブの事業収入ではなく、オーナーの資金力がピッチ上の結果を直接的に左右する度合いが大きく高まることは当然の帰結だろう。
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同時に、もしFFPそのものが否定されることになれば、UEFAがこれまで構築してきた欧州サッカーの枠組みそのものを根底から揺るがすような、1995年の「ボスマン判決」並みかそれ以上の衝撃と混乱を引き起こすことも避けられないだろう。その結果、欧州サッカーそのものが、現時点では想像もつかないような大きな変化と変質を経験することになるかもしれない。
それは、石油国家の圧倒的な資金力を武器にして欧州サッカーの頂点に立つという、シティがこれまで強く望んできた結果をもたらしてくれるかもしれない。
しかし、その勝利が世界中のサッカーファンからどのような価値を与えられ、シティというクラブ、そしてその背後にいるアブダビという国家がどのように評価されるのかは、また別の話だ。
ソリアーノCEOは、2月19日のインタビューでこうも述べている。
「この件が決着することを通じて、これまでずっと聞かされ続けてきた、我々がやることすべて、勝ち取る結果すべてはカネの力だけに頼ったものであり、我々の能力と努力の賜物ではないという陰口を終わらせることができれば、とも思っている」
このコメントには、シティに対する「金満クラブ」というネガティブなイメージがクラブのブランド価値を損なっていることに対する危機感が、図らずもにじみ出ているように見える。

和解協定によって「地位を得た」PSG

対比として興味深いのは、FFP導入当初は同じように「カネの力による強行突破」を試みながら、2014年の和解協定を契機として融和路線に転換し、UEFAの体制内で発言力を高めることを通して、クラブとしての成長と成功を手に入れようとしているPSG(パリ・サンジェルマン)の存在だ。
PSGは、2017年夏におよそ4億ユーロを投じてネイマール、キリアン・エムバペという2人のスター選手を獲得し、そのシーズンの決算を対象とするFFPの審査でも、カタール観光局からの年間1億ユーロを超えるスポンサーフィーのフェアバリュー評価を巡って、昨年UEFAとCASで争っている。しかしそこでは、『ニューヨークタイムズ』が「UEFAは戦わずして白旗を揚げた」と評したほどにあっけなく、PSGに有利な裁定で決着がついた。そしてPSGのアル・ケライフィ会長は昨年9月、UEFAの理事に収まっている。
もしシティがCASでUEFAと全面対決する姿勢を打ち出さず、調停による「落としどころ」を探るアプローチを取るとすれば、妥協点はどこになるだろうか。ここから先は個人的な推測になる。
FFPという制度の正当性と信頼性を守らなければならないUEFAの立場からすれば、処分の「撤回」を受け容れることは全面敗北に等しい。
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しかし「軽減」ならば受け入れる余地はあるのではないか。
シティの側はもちろん、UEFA主催大会の出場権停止処分は、それがもたらす経済的、サッカー的損失を考えれば、どうしても回避したいに違いない。しかし、UEFAが処分の理由として挙げた2点(編集部注:シティが2012年から16年にわたってスポンサーシップ関連の収入を過大に申告したこと、その件にかかわるUEFA財務管理委員会の調査に対して協力を拒んだこと)について、それを全面的に退けることは難しいのではないか。
とりわけスポンサーフィーの出所に関する偽装は、FFP以前に会計書類の虚偽記載、粉飾として糾弾されても仕方がないように思われる。
「フットボールリークス」が、ハッキングという不正な手段で入手したメールに証拠能力を認めるかどうかも争点のひとつとなり得る。しかしCASはロシアの国家ぐるみドーピングを巡る裁定において、ハッキングされた情報を証拠として採用している前例があるとも伝えられており、この点でも抗弁は難しそうだ。
こうして大雑把に推測すると、UEFA主催大会の出場権停止を2年から1年に短縮し、罰金も減額するといった形での処分「軽減」が、最も妥当な「落としどころ」に見えてくるのだが、いかがだろうか。
今後のタイムスケジュールについては、UEFA、シティの双方とも、カレンダー的に今シーズンが終了し、来シーズンのUEFA主催大会出場権を確定するべき6月末までに、CASの調停/裁定が決着することを望んでいる。
しかし、この審理のプロセスがどのようになるのかは、現時点では明らかになっておらず、まだ先行きは不透明な状況だ。今後の展開を見守りたい。
(執筆:片野道郎、編集:黒田俊、デザイン:岩城ユリエ、写真:GettyImages)