もう「若い子だけのもの」じゃない。大人が知らないTikTokの今

2020/2/28
2019年には世界でiOS/Android両方合わせて15億ダウンロードを突破し、150の国と地域で楽しまれるショートムービープラットフォーム「TikTok」。言わずと知れた存在だが、「若い子が音楽に合わせてダンスの自撮り動画を投稿するもの」つまり、大人には関係ないものだと思ってはいないだろうか。
しかし、今やTikTokは無名のアーティストを全米シングルチャート1位に押し上げるほどの巨大なトレンド発信源であり、「meme(ミーム)」というカルチャーによって、社会を変えるムーブメントを起こす可能性も秘めた存在へと成長している。
TikTokのGeneral Manager佐藤陽一氏にインタビューを行い、大人こそ知るべき、現在のTikTokの実像に迫った。

グローバルな「トレンド発信源」としてのTikTok

Twitter、Instagram、YouTube、もしかしたらNewsPicks。スマホに慣れ親しんだ私たちには、それぞれに毎日チェックするSNSやコンテンツプラットフォームがある。しかし、ビジネスパーソンから「毎日TikTokを見ている」とはなかなか聞かない。
なぜか。それは、「若い(女の)子のもの」というイメージがあるからだ。
それに対し、TikTokのGeneral Manager佐藤陽一氏は「ここ1年ほどでTikTokの状況は大きく変わっています」と否定する。
「日本でTikTokをリリースした2017〜2018年当時は、音楽に合わせて口パクやダンスをして自撮りする『リップシンク』などの投稿が多く、たしかに皆さんのイメージ通りでした。ユーザー層も圧倒的に若者、しかも女性が多かったですね。
しかし、TikTokのユーザー層はここ1年ほどで大きく広がり、それに伴い、投稿されるコンテンツも英会話などの教育系、日常の出来事を映像(Video)でブログ的に残す『Vログ』、料理のHOW TOなど多様化しています。
特に日本では、早い時期にTikTokを知っていただいた方ほど、“若者向け”“リップシンク”“ダンス”などTikTok初期の頃の印象が強く残り、食わず嫌いになってしまっている。イメージを刷新し、より幅広い層の方に楽しんでいただくことが私たちの課題です」(佐藤氏)
実際に筆者も数年ぶりにTikTokをのぞいてみたが、たしかに以前とは少し様相が違う。イメージ通りの若者たちの動画ももちろんあるが、お笑いや動物の動画なども多く、投稿しているユーザーには筆者と同世代に近い「大人」も少なくないようだ。
大人である私たちがTikTokを無視できない理由は、他にもある。
「2019年、『Old Town Road』というデビュー曲で、全米シングルチャート19週連続1位という特大ヒットを記録したアーティスト、Lil Nas Xの火付け役がTikTokなんです。
楽曲がリリースされた時点では、彼はメジャーレーベルにさえ属していませんでしたが、カウボーイのライフスタイルをモチーフにした『Old Town Road』の曲に乗せて、カウボーイやカウガールのスタイルに変身する動画が『Yeehaw-Challenge』としてブームに。それが楽曲の人気を後押ししました」(佐藤氏)
TikTokがきっかけで、ビルボードのランキング入りを果たしたり、SpotifyやYouTubeで視聴回数トップに上がる曲も生まれている。
また、ライブ動画の投稿から無名のミュージシャンの路上ライブにいつもの数十倍の観客が集まったりと、日本でもTikTok発のクリエイター・インフルエンサーが日々誕生している状況だ。

TikTokで盛り上がる「meme(ミーム)」の正体

ムーブメントが起きているのは、エンタメ業界だけではない。TikTokには、「meme(ミーム)」と呼ばれる、ユーザーがマネとアレンジを繰り返しながらトレンドが育つカルチャーがある(前述のLil Nas Xもその一例)。
たとえば2019年に話題になった「meme」としては、ペットボトルや瓶のフタを蹴って開ける「ボトルキャップチャレンジ」がある。多くのセレブやスポーツ選手が挑戦しただけでなく、ペットを登場させるアレンジなども投稿され、世界中のトレンドになった。
日本発信のものとしては、ダンスをきっかけに心肺蘇生のリズムと動作を学ぶプロジェクト「#BPM100 DANCE CHALLENGE」や乳がんを早期発見するためのアクション「#胸キュンチェック」など、社会を変える可能性のある、社会的意義のある活動がmemeとして広がった好例もある。
「15秒というショートムービーならではの尺は大きなポイントで、作る側のスキルがそれほど高くなくてもいいから、投稿のハードルも下がるし、見る側も構えずに気楽に視聴してくれる。
また、memeというのは、お題とベース(お手本)に乗って広がっていくもの。フリーハンドでゼロから動画を作るのと違って、ベースにマネとアレンジを加えていけばいいので、やはりぐっと投稿のハードルが下がります。
実際、広告であってもmemeにして面白ければバズることが証明されているので、出稿されるクライアントとも『とにかくユーザーに楽しんでもらえるものを』と新しい広告の形を模索しているところです」(佐藤氏)
これらを裏付けるように、11月からTikTok内で行われている「memeチャレンジ」の総再生回数は約1か月間で15億再生を突破した。
私たちが知らない間に、TikTokは世界中の、あらゆるジャンルでの「トレンド発信源」になっていたのだ。

なぜTikTokはフォロワー数ゼロからでも「バズる」のか

なぜTikTokはこのような多様なムーブメントが起こる、トレンド発信源になりえたのか。そこには、独自の「広がる」仕組みがある。
「従来のSNSは、人とのつながりがベースになっているので、投稿が見てもらえる回数はフォロワー数によってかなり制限されてしまいます。
一方、TikTokは機械学習のアルゴリズムにより、ユーザーが今もっとも興味を持っているコンテンツを配信します。具体的には、ユーザーがどんなコンテンツを作り、視聴してきたか。
たとえば『おすすめ』に表示されても飛ばしてしまうもの、最後まで見るもの。それらをシグナルとして学習し、フォロワー数の多寡に関係なく、興味関心をキーとして一人ひとりに合ったコンテンツを提供するのです」(佐藤氏)
投稿されたコンテンツも、一定数のユーザーには必ず表示される仕組みだ。その際のユーザーの反応を学習して次のユーザーへと配信されるため、反応がいい動画は自ずと多くのユーザーに届けられる。
実際、ほぼゼロフォロワーの状態で投稿した動画が数万回、場合によっては数十万回も再生されたり、海外でバズったり、という例も枚挙に暇がないという。TikTokには、フォロワー数ゼロからでも「バズる」チャンスがあるというわけだ。
TikTokの「おすすめ」の独自性は、それだけではない。個人の趣味嗜好に寄り添い、最適化するのと同時に、まったく異なるジャンルの投稿も一定数表示する。
私たちは現在、各種サービスの設定次第で、自分の興味・関心がある情報だけに囲まれて生きることができる。それはそれで非常に居心地がいいのだが、自分の興味・関心が固定化するデメリットもある。
しかし、TikTokは「セレンディピティ」とも呼べる偶然の出会いを意図的に演出する。これは、筆者が個人的にもっとも惹かれた仕組みだ。実際、それによって「興味・関心の幅が広がった」と喜んでいるユーザーも多いようだ。

平均視聴時間「約44分/日」の理由

これまで、私たち大人のステレオタイプなイメージとは異なるTikTokの実像を見てきたが、さらに驚くデータがある。TikTokの平均視聴時間は約44分/日。以前の調査では42分※だったことから、さらに伸びたことになる。
(※2019年5月 TikTok /App Annieによる調査)
数多あるコンテンツプラットフォームの中で、これほどまでにTikTokが人を引きつけるのはなぜなのか。
「TikTokは、クリエイターにとっては世に出るチャンスの場であり、一般ユーザーにとっては新しい興味・関心との出会いの場でもある。しかし、なぜTikTokに集まるのかと言えば、楽しいから。すべてのユーザーが一番に求めているのは理屈ではない純粋な面白さ、楽しさでしょう。
私たち運営サイドも『TikTokは役に立つから見てください』とは言いたくない。これからも、感情のポジティブな部分に刺さる、できるだけ楽しいコンテンツでムーブメントを起こしていきたいと思っています」(佐藤氏)
面白いコンテンツの中から自然発生的にトレンドが生まれ、楽しいから、ムーブメントも広がる。グローバルに広がるチャンスがある点では非常に新しいが、これは学校などの小さなコミュニティでブームが起きる事象と同じだ。
すると、「日常生活の延長線上にあるような楽しさ」がTikTokらしさ、TikTokの魅力と言えるのかもしれない。
ただし、このムーブメントをもっと大きなものにするために、大人も魅力を感じるコンテンツについては積極的に模索している。
「クイズ形式の動画を作って会社の研修に利用したり、起業家がエレベーターピッチの要領で事業計画をプレゼンしたり。トレンドや統計を説明するインフォグラフィックのようなものも作れると思います。
まだアイデアレベルですが、ビジネスの文脈でも『面白い』コンテンツを生み出していきたいですね」と佐藤氏。
TikTokのどんなコンテンツに魅力を感じ、どのように利用していくのか。15秒の可能性を広げるのは、あなたかもしれない。
(取材・文:大高志帆 撮影:小池彩子 デザイン:月森恭助)