【ガラパゴス】地方自治体をアップデートするには

2020/2/27
 日本の未来について語るときに、避けられない3大課題が「人口減少」「超高齢化」「都市への集中と過疎化」だ。政府は国を挙げ、さまざまな地方創生政策に取り組んでいるが、問題はいつまでたっても解消されないどころか、一定の成果が出ているとさえ感じられない。

 それに対し、「もしかしたら『入札』のデータベース化が、課題解決の手がかりになるかもしれない」と話すのは、全国の入札情報を一元化したサービス「NJSS(エヌジェス)」を手掛ける株式会社うるる代表取締役社長の星知也氏だ。

 どうすれば地方は交付金を有効に使えるのか。なぜ入札情報のデータベース化が、その助けとなるのか。

 官民連携のテクノロジー活用から課題解決を目指す一般社団法人コード・フォー・ジャパン代表理事の関治之氏との対話から、いま必要な地方創生のヒントを探った。

地方に投じられたお金は、どこへ行くのか

──地方創生の現状を、関さんはどうご覧になっていますか?
 地方創生は、何度も形や言葉を変えて取り組まれてきましたが、課題は、ビジネスも人も「東京一極集中」という構図から、いまだ変わっていません。国からの交付金を、地域課題の解決につながる“生きたお金”として使えている自治体は、かなり少ない印象ですね。
 なかでも、最近の地方創生における最大のトピックは、ICTとオープンデータの利活用です。数年前から総務省がさまざまな交付金や助成金を出し、アイデアを募っています。
 しかし、いきなりICTで何かしようと言われても、自治体にはそれを実現できる人材がいない。だから、交付金のほとんどが「ICTで何かする」という曖昧なことのために、東京のコンサルティング会社へ流れてしまうのです
 本来であれば、地域や住民の立場から本当に必要とされるアイデアを集め、暮らしを便利にしたり、地域経済を活性化させたりする使い道を考えねばならない。そうでないと、国からの支援が“生きたお金”になりませんよね。
 新たに「スーパーシティ」や「スマートシティ」、そして「Society 5.0」といった政策も打ち出されていますが、国から交付金がもらえるのは1〜2年なので、大掛かりなプラットフォーム構想が実装されないまま終わってしまう問題もあります。
 いわゆる“ハコモノ行政”と同じで、建物やITプラットフォームなどの基盤をつくるだけで、実運用の策が乏しいままでは、「地域の移動弱者に対して、買い物支援をしよう」というような現実の課題まで到達しません。
 AIやIoTといった新しい言葉に踊らされず、地域や市民にどんなサービスが必要か、地域の産業や大学を活用できるビジネスには何があるか、本当にみんなが便利になるお金の使い道なのか。そこを考えねばならないと感じています。
──うるるでは、人の力を活用したサービスを数多く手がけられていますよね。地方に貢献する狙いもあるのですか?
 地方活性化につながってはいますが、創業のきっかけは、労働力不足に対する課題意識でした。総務省の予測では、2065年頃までに労働人口が現在より40%ほど下がるといわれています。
 企業はとにかく人手不足で、どんどんアウトソースしたい。かたや、ITの普及が追い風となり、働く意思があるのにかなわなかった人も働ける時代になった。両者をうまくマッチングさせられるように、まずはプラットフォームをつくりました。
──いわゆるクラウドソーシングですよね。
 そうです。しかし、僕らの目指す“在宅ワークという働き方がスタンダード化した世界”を実現するには、マッチングだけでなく、「在宅ワーカーを活用した事業」の創出が必要だった。
 そこで、人力でないと難しい情報収集やデータ化などをクラウドでアウトソースするビジネスモデル「CGS(Crowd Generated Service)」を構築し、2008年に入札情報サービス「NJSS」を立ち上げました。
 結果論ですが、このCGSの拡大が、わずかながら地方創生の貢献につながると感じています。
 NJSSのユーザーには東京の企業が多く、その対価が地方にいらっしゃるワーカーさんたちの報酬となるからです。
 日本でオープンデータの必要性が叫ばれ始めたのが、だいたい7〜8年前の東日本大震災の頃なので、NJSSはいわばそのハシリ。そこでなぜ「入札」に目を付けたのか興味深いです。
 入札市場って、年間22兆円ある巨大マーケットなんです。僕らのやっているBPO事業に関連して、そこに気づけたんですけど……関さんは“消えた年金問題”(※)って覚えていますか?
 あぁ、ありましたね。
※編注:2007年、第1次安倍内閣で、社会保険庁のオンライン化した年金記録のデータに、約5000万件もの誤りや不備が発覚。旧社会保険庁が解体され、政権交代のきっかけにもなった。
 あれは、僕らの同業他社のずさんな管理が発端で、その会社も入札で決まっていた。そのニュースを見て、官公庁や自治体にも僕らにできる仕事があると知り、入札について調べ始めました。
 入札と聞くと、道路や学校、病院などをつくる建設事業にばかり目が行きがちですが、実は全体の約6割は物品・役務という種類の入札案件。
 たとえば、小学校にiPadを何万台導入するとか、役所内のエレベータ点検・保守とかですね。
 ただ、閉鎖的で、未整理の世界なんです。約7500機関もの全国の官公庁や自治体のウェブサイトに入札情報が出るんですよ。さらに、それぞれのサイトがこれまた見づらい。
 そこは実感を持ってうなずけます(笑)。
 行政のデジタル化は常々叫ばれていますが、そもそも公募の形式も標準化されていなければ、自治体名や金額などの情報を構造化して登録するシステムもない。自治体が悪いというよりも、それはバラバラにならざるを得ないよね、と。
 最近少しずつ変わり始めているものの、小さな自治体ほどシステム化の予算はおろか、頼める事業者のネットワークもなくて大変なのです。
 そういったカオスな情報を一つにまとめ、データベース化したのがNJSSです。
 すると、せいぜい5~6機関のチェックが限界だった会社でも、7500機関の情報が一気に探せるようになる。ずっと見逃していた隣町の案件も拾える。機会損失がなくせるんですよ。
 町のお弁当屋さんに活用いただいて、年間3000万円の昼食買い入れの案件を受注した、なんて例もあります。
逆に、自治体からの要請で、入札参加が少ない時にNJSSでユーザーに通達することも。
 自治体側にとってもいいシステムですね。競争が起こらないと値段が上がってしまうので、健全な競争を生む意味でも、価値がある。
 僕らは、入札の“参加”に役立つサービスとしてNJSSを始めましたが、自治体にとってのメリットは他にもあります。
 とある自治体の担当者の話だと、NJSSをチェックすれば、近隣にどんな入札案件があるか、国からどんな予算が取れそうかという情報を集められる。
 そもそも入札って、解決しなきゃいけない行政課題がベースにあるわけで、それが多くの自治体で共通しているのは当然ですよね。
 それなのに、自治体同士が情報交換する機会があまりない。事例を学ぶために、他の自治体を視察したりするにも限界がある。検索で大まかにでも情報収集できるのは、ありがたいですね。

自治体は“ガラパゴス中のガラパゴス”

──「入札」って、もっと大企業とズブズブというイメージが……。
 いわゆる談合と、大企業のものっていうイメージですよね(笑)。
 実際、数十年前までは、機関が任意の企業と結ぶ「随意契約」が全体の約半数を占めていましたが、中小企業庁が「一般競争入札」への切り替えを推し進めた。
 NJSSのデータベースを見ると、現在は6割以上が自由に入札参加できる案件。今でもたまに談合のニュースが出ますが、基本的には淘汰されつつあるんです。
 そうですね。でも私は、より多くの人が興味を持ち、健全な競争が起こるように、もっとオープンにすべきだと思っています。
 たとえば、現行の入札の仕組みは、スタートアップにはまったく向いていません。多くの入札案件は、1年単位の契約です。特にITとかシステム関連は。
 大まかな流れとして、まず行政担当者が懸命に仕様を考えるんですよ。場合によっては、下見積もりの調査をして予算感をつかんだうえで、早ければ1カ月後ぐらいに募集開始。
 企業が入札し、さらに1カ月ほどで落札者が決まって、ようやくつくり始める。ここまでで数カ月の時間が無駄になってしまうんです。
 そもそも今のITシステムって、事前に全体を決めて仕様書に落とし込むのではなく、つくりながらブラッシュアップしていくものです。使いやすいシステムって、常に見直されているでしょう?
 会社の体力的に、スタートアップは受注できるかわからないまま、応札準備のためにリソースを投じるのが難しい。
 たとえ受注できたとしても、言われたことしかできないうえに、あまり儲からない。さらに、別の自治体に横展開も難しいとなると、入札に参加するモチベーションは上がりませんよね。
 星さんのおっしゃるように、中小企業も広く参加できるようになってきてはいるのですが、自治体のアップデートには、より多様で優秀なプレイヤーが必要です
 最初から仕様を固めず、役務のような形の契約で、一緒に数年間かけて取り組めるような仕組みなど、あらゆる面で柔軟性が必要だと感じています。
 そうですね。懐に入り込めたからこそ言えることですが、自治体ってガラパゴス中のガラパゴスなんですよ。それはなんとかしたい。
 民間企業なら当たり前にやっているコスト削減や効率化を、「今までこれでやってきているから」と思考停止してしまうのは、もったいないですよ。
 一方で、先進的な試みをしている自治体ももちろんある。そういった成功事例を、ほかの自治体にシェアする基盤が必要です。
 現在、自治体や公共機関に対して、NJSSのすべてのサービスを無料開放しているんですよ。彼らに共通の悩みを解決するヒントになれば、と願っています。
 それは素晴らしいですね。今まで自治体では使えなかったクラウドサービスが使用可能になると、一から設計するのではなく、いわゆるASP(Application Service Provider)といわれるような、既存のシステムを活用することになっていきます。
 そこが、地方創生の足がかりとなるICT化を進めるチャンスなんです。複数の自治体で仕様を合わせ、やりたいことを統一して、企業と一緒につくったシステムを安価にどんどん使っていく。
 共同で考案したものであれば、他の自治体も入ってきて、カスタマイズできる。どこかがアップグレードすれば、その他の自治体にも恩恵があるし、機能性をどんどん高めていける。

失敗したプロジェクトも、日本全体で見れば前進

──では、もし関さんが地方創生の担当大臣になったら、どのような施策を講じますか?
 ははは。たとえばリモートワーク制度の導入だとか、いくらでもありますよ(笑)。
 先ほどの自治体のガラパゴス化に関して言えば、やはり調達情報の“見える化”を進めたいですね。どういう入札案件に、どのような予算がいくら使われて、効果はどうだったのかまで含めてオープンにしたい。
 特に効果の部分は、何か購買したりサービス開発したりしたとしても、よくわからないままなんです。
 たとえば、サービス開発の結果、あまり効果が出なかったものがあったとしても、失敗が隠されてしまうことで、すごく不健全なコミュニケーションを生んでいる。
 効果までオープンになっていけば、たとえ単体では失敗だとしても、他の自治体が同じ轍を踏まないための糧にできるじゃないですか。だから、日本全体で見れば、失敗したプロジェクトも前進になるんですよ
 NJSSでは、調達後の効果は把握されているんですか?
 残念ながら、まだありません。2013年から政府が「行政事業レビュー」を始めて、年度予算100兆円の内訳はオープンになりました。ただ、あくまでも国の制度なので、自治体レベルでも取り組むべきだと思います。
 効果がはっきりと可視化されるわけではありませんが、その紐付けによる行政の透明化なら僕らにもできる。
 そこまでやっている自治体もごく一部あるのですが、みな独自のやり方で、単純に比較できないんですよね。
 本来、国民・住民のお金を使った買い物と考えれば、効果まで知らせるのが当然のはずです。その部分は、NJSSに大いに期待します。
(取材・文:中道薫 編集:木村剛士 撮影:林和也 デザイン:國弘朋佳)