【提言】激動の時代、新規事業を生み続けられる組織とは

2020/2/15
 次の10年、20年の柱を創るため、多くの企業で新規事業開発としてオープンイノベーションや社内ベンチャー、アクセラレーターなど、多様な取り組みが推進されている。
 一方で、企業の業績に直結する事業化の事例は少なく、さらに再現性を持って事業化できている企業は極めて少ないのが現状だ。
 事業化、そして再現性には、組織・企業文化が重要な影響を与えているのは間違いないが、いかにして新規事業が生まれ続ける組織をつくればいいのだろうか。
 2019年12月10日(火)に、東京・虎ノ門ヒルズフォーラムで開催された『Next Culture Summit』のセッション「新規事業が生まれ続ける組織とは〜イノベーションと文化の関係性を問う〜」では、自ら実践経験があり、かつ数百社を超える企業を支援してきたプロたちがディスカッション。
 AlphaDrive CEOの麻生要一氏をモデレーターに、ゼロワンブースター代表取締役の鈴木規文氏と、quantum代表取締役副社長の及部智仁氏、eiicon company代表 / founderの中村亜由子氏が、それぞれの視点から新規事業を生み続けられる組織について語る。

さまざまな企業とのコラボレーションを推進

麻生 まずは、それぞれにどのような事業を展開されているのかを教えてください。
鈴木 ゼロワンブースターは、スタートアップや大手企業のイントレプレナーが事業開発をする場として、東京・有楽町に300坪ほどのオフィス「SAAI(サイ)」をオープンさせ、事業創造に伴走するコミュニティを作りました。
ゼロワンブースター 代表取締役 鈴木規文氏
 イノベーションや新規事業開発のブームは定期的に起きていて、現在は「スタートアップ4.0」といわれています。
 「スタートアップ4.0」は、アクセラレーターなどのマッチングやシリコンバレーツアーが多く開催されていますが、これらを実施した後に何が残るのかというと、ほとんど何も残らないと思うんですね。
 そもそも、日本ではイノベーションやスタートアップに対して過剰な期待が寄せられているため、大手企業とスタートアップの間でかなりミスマッチが起きている。
 重要なのは、経営者を本気にさせて、動かすことだと考えています。
及部 quantumはゼロイチ創出に特化したスタートアップスタジオです。
 博報堂の100%子会社ですが、「脱エージェンシーモデルを作っていく」ことを目指して、大企業とのジョイントベンチャーや、自らが起業家として事業をつくっています。
quantum 代表取締役副社長 及部智仁氏
 たとえばパナソニックとは、電池がなくても微量の電気を起こし、データを無線で飛ばせる「ワイヤレスバッテリーレススイッチ」の技術を使って、スマートホーム向けのスマートボタン「eny」を開発。
 もうひとつ、バスケットやサッカーボールで有名なモルテンと立ち上げた電動アシスト機能を搭載した車イスの開発などがあります。
中村 eiiconは、企業間の出会いの場に特化した完全オープンなイノベーションプラットフォーム「eiicon」の運営と、付随するコンサルティングサービスを行っています。
 企業は自社をPRできるページを持ち、気になる企業を検索してコンタクトを取ることが可能。そこから連携や出資、共同研究などにつながっています。
 登録企業は1万1000社、eiicon上での出会いは1万7000件を突破しました。また、地方企業が4割を占めているのも特徴。自治体や省庁の支援も行っています。
eiicon company 代表 / founder 中村亜由子氏

新規事業開発が、企業文化をつくる

麻生 みなさんそれぞれに違うアプローチで、他社とのコラボレーションに取り組まれていますが、まず伺いたいのは「新規事業開発を『組織文化』として根付かせることはできるのか」という点です。
 新規事業創出の手法論は体系化されているので、新規事業を生むこと自体はそれほど難しくありません
 一方で、「新しい挑戦」は企業の隅っこに追いやられて、ドロップアウト組と扱われることも少なくない。
 新しい挑戦を企業全体の組織文化に根付かせるにはどうしたらいいと思いますか?
AlphaDrive CEO 麻生要一氏
鈴木 大手企業の新規事業支援をするなかで感じるのは、新規事業開発は企業文化をつくることそのものだということ。どれひとつとして、同じパターンはありません。
 社長が「やるぞ!」と旗振りをしても、社内起業家がいくら頑張っても、資金が出ないケースは山ほどあります。
 一方で、社長は乗り気じゃないのに、強烈な社内起業家が資金を集めてくることもある。
麻生 Googleの組織文化をまねてもGoogleにしかならないのでまねはしないという話もありますね。
鈴木 日本人は特にツールに依存し過ぎていると思うんですね。
 たとえば、大手企業がイノベーションを起こすには、本社組織から切り離した「出島戦略」がいいといわれることがあります。
 でも、出島はヨーロッパでは否定的に捉えられている、新規事業を起こすのに邪魔が入らないようにするための戦略です。
 邪魔が入らず、資金調達ができれば、別に出島じゃなくてもいいはず。出島が全てを解決する「万能の剣」のようになっていることは問題だと思います。
中村 出島もオープンイノベーションも、その手段が目的化するのは好ましくないですね。
 だけど、ゴールから逆算した結果、手段として「出島がいい」ならそれでいいと思うんです。
 大事なのは、自社にとってのイノベーションとは何かきちんと因数分解して、わかりやすく日本語で表現すること。
 イノベーションという言葉の解釈は、同じ会社の中でも人によって違います。共通言語を作った上で、それを達成するにはどんな手法が必要かを議論すべきでしょう。
麻生 確かに横文字は禁止して、イントラプレナーではなく社内起業家という日本語で語って思考するのが重要かもしれませんね。

制度や組織をあえて用意するのも一つの方法

及部 僕は鈴木さんとは違って、制度も組織もない状態で、日本の大企業の現場から偶発的に企業を変えるような新規事業を生むのは難しいと思っています。
 新規事業を立ち上げるには「野心」が必要ですが、大手企業に入社して年数が経てば「野心」よりも既存事業を守って伸ばしていくことが大切になる
 だからこそ、制度や組織から整えるべきだと思うんです。
 その上で、経営企画や人事、経営者がもっと本気で新規事業に向き合って現場に入り込み、自ら事業をつくり出す気概が必要だと思います。
麻生 なるほど。経営陣やコーポレートが前向きになるのはすごく重要なポイントだと思いますが、それはどうしたら実現できるでしょうか。
及部 社内起業をしたい人や外部の起業家を経営企画に入れて、経営企画ごと改革するといいと思います。
 外資系企業には経営企画という部署はなく、CFOとCEOが企業戦略をつくります。
 日本独特の経営企画をもっと根本的に、人事も含めて改革することが、新規事業を生みやすい土壌をつくり、新規事業をカルチャーとして根付かせるのではないでしょうか。
麻生 たしかに、経営企画への外部人材の登用をすれば、何かが大きく変わるかもしれませんね。

数千万円の投資で10億円のビジネスは生まれない

麻生 次のテーマは「現場発で本当に新規事業を生み出し、成功させられるのか」です。
 小さなビジネスはつくれても、それが本当に社会を変え、会社の次の柱となる次元まで育てられるのか。このあたりはどうお考えでしょうか。
中村 それは「成功の定義」をどこに設定するかだと思います。
 数千万円の予算で1年後に10億円の事業にしたい、3年後に50億円にしたいと考えている企業は少なくないのですが、1億円以下の投資で、1年後に二桁億円以上の事業をつくることはできません
 ゼロイチを経験した経営者はそれを理解していますが、既存の事業を大きくしてきた経営者は「ゼロイチに数億円かかる」ことがわかっていない場合がよくあります。
 成功の定義をきちんと作って、それに見合う投資をして体制を組めば、成功させられると思いますよ。
麻生 大企業がスタートアップと組んで新規事業創出に挑戦しようとしたとき、売り上げと利益が目的設定になることは多いですか?
中村 いえ、その事業はゼロイチなのか既存事業の補完なのかを考えて目標設定してもらいます。
 たとえば、自社で何年もかけて新しいテクノロジーを生み出すより、すでにそのテクノロジーを持つスタートアップと共創した方が時間は短縮されますよね。
麻生 プロダクト開発のスピードアップのためのオープンイノベーションもあるということですね。
中村 ほかにも、成長のジレンマ領域、つまり自社でやると既存事業を棄損してしまうような事業に対して、投資や連携をする方法もありますよ。

「必ず行動する」を成功の定義とする

麻生 「新規事業を生み出すこと」自体を目的にするのはどう思いますか?
鈴木 それこそ、成功の定義を「事業として成果を出す」ではなく、「事業化のために行動し続ける」にしてコミットすればいいんだと思います。
 多くの会社が「成功」を狙い過ぎますが、成功や成果は結果論です。
 大手企業で新規事業開発をやりたい人はたくさんいるはずなので、どんどんやってもらえばいいと思いますよ。
 そうすれば新規事業を生み出す文化は少しずつ醸成されるのではないでしょうか。
麻生 僕はリクルート時代、1500件の新規事業案件に携わりましたし、今も新規事業をやるときは「とにかく大量にやろう」と言うようにしています。
 「成功する・しない」はわからなくても大量にやっていると、現場の空気も変わってくる
 ただし、KPIが「大量にやる」というプロセスでは、しばらくすると「何のためにやっているのか」がわからなくなってしまうので、その事業の「意味付け」は必要ですね。
鈴木 もちろん、事業の意味付けは必要です。ただ、これが会社からの命令になった瞬間に「会社のために」という意味付けにすり替わってしまう。
 そうではなくて、「みんなが共感できること」「内発的動機が持てるところ」へと向かわないといけない。
 もし、それで事業が生まれないのであれば、それまでのこと。
 人生を賭けてやりたいことをやっているのが起業家で、その中に何人か成功者がいるだけなんです。それと同じようなことを、それぞれの会社がやればいいんじゃないかと僕は思います。

外部人材の登用より、人事や経営企画が外に出る

麻生 内発的動機に根差した新規事業開発をたくさんやるためには、どんな工夫が必要だと思いますか?
鈴木 外部人材を登用するのではなく、社内の人事や経営企画の人が外へ出ることだと考えています。
 人は同じピラミッドの中で動くと、本業のピラミッドのミッシングピースを探し始めるようになります。ですから、自分の属するピラミッドを替えて、違う頂点を見つけた方がいい
及部 私も経営企画や人事が外に出て、いろんなコラボレーションをすべきだというのには賛成です。
 というのも、実証実験までは現場でできても、いざ事業化しようとしたら既存事業部を巻き込む必要があり、多くの場合がここでつまずくからです。
 だけど、最初から経営企画や人事が組織づくりや制度設計を支援できれば、現場発で事業を起こす企業文化につながりやすいと思います。
中村 おっしゃる通りです。それができずに終わってしまった例はたくさん見てきました。
 生み出したプロダクトによって最初の売り上げが立っても、既存事業に移管された途端に、既存事業と比較されて「売り上げが低いから解散」という結末はよくあります。
麻生 そういう不幸が起きないためにも、制度化することが大事ということでしょうか。制度化は一方で思考停止になるリスクも考えられます。
及部 机上で設計した制度ではなく、実際に現場でうまくいっているオペレーションから制度をつくればいいんです。経営企画や人事が現場に越境して制度を作りに行く
麻生 なるほど、教わった成功パターンの通りにやるという思考停止に陥らず、会社の中でやるべき新規事業や組織のあり方について考え、行動にコミットすることが新規事業を生み出す企業文化につながるということですね。
 日本経済が好転するためには、大企業から新規事業が生まれ続けることは必要不可欠だと思います。
 これからも、それぞれの立場から日本に新規事業を生み出す、もしくはそれを支援することで、一緒に未来の日本を拓いていければと思います。
(編集:田村朋美、写真:岡村大輔、デザイン:村木淳之介)