【18歳成人にデメリットはない】大人こそ理解すべき、10代を取り巻く環境

2020/5/29
 民法改正により2022年4月から18歳に引き下げられる成人年齢

 政府広報がまとめた法改正の内容ばかりが世の中を騒がせているが、法律が変わると高校生を取り巻く環境がどう変わるのかは、誰も解説してくれない

 成人年齢はなぜ変わり、それは高校生へどのような影響を与えるのか。また、高校生は「社会のルールが変わること」をどう受け止め、そこにどんな希望を見出すべきなのか

 オンライン予備校「スタディサプリ」で日本史・政治経済・現代社会などの7科目を担当する「社会科のカリスマ講師」でありながら、43歳で一般受験し、早稲田大学在学中の伊藤賀一氏と、弱冠26歳ながら社会問題と向き合う人のクラウドファンディングGoodMorning代表を務める酒向萌実氏が語りあう。

成人年齢18歳は、グローバルスタンダード

──民法改正によって2022年4月から成人年齢が18歳に引き下げられますが、なぜ20歳から18歳になるのでしょうか。
伊藤 ほとんどの国の成人年齢は18歳なので、グローバルスタンダードに合わせるのだと思います。
 では昔から各国が18歳だったのかというとそんなことはなく、たとえばドイツは第二次世界大戦時に兵を増やすため、成人年齢を21歳から18歳(終盤は17歳)に引き下げて徴兵しました。
 正式に18歳になったのは1974年です。
 現在は先進国をはじめとする多くの国の成人年齢は18歳で、逆に20歳の日本や14歳のプエルトリコ、17歳の北朝鮮、19歳の韓国、21歳のシンガポールなど、18歳以外の国の方が珍しい
 だから、日本がグローバルスタンダードである18歳に合わせるのはおかしくないと思っています。
──もともと日本は「元服」の儀式があって、成人年齢は14・5歳の頃もありました。
伊藤 そうですね。奈良時代以降、男性の成人は「元服」、女性の成人は平安時代から安土桃山時代頃まで「裳着(もぎ)」と呼ばれていました。
 ただ、どちらも年齢は固定されておらず、10歳前後のこともあれば5・6〜20歳と幅広かったこともあります。
 日本で初めて成人の年齢が決められたのは明治時代で、旧民法によって成人は20歳と定められました。
 もともと成人が早かった日本でしたが、開国後に欧米諸国に合わせて成人年齢を数年遅くしたというのが実情でしょう。
 そして今回、アメリカを中心としたグローバルスタンダードな成人年齢に、約140年ぶりに変えるということなのです。

権利と義務は同時に増えるが、少年法で守られる?

──成人年齢が引き下がることで、何が変わって何が変わらないのか、あらためて教えてください。
伊藤 権利も義務も同時に増えるのが成人です。変わることはいくつかあって、まずは親の同意無しに、自分でクレジットカードや不動産などの契約ができるようになります。
 それから、10年有効なパスポートを取得でき、国籍も自分で決められるようになる。
 また、民事裁判の原告にも被告にもなるので、18歳や19歳で不法行為をはたらくと責任を取ることになります。
酒向 私は20歳の誕生日の直後に選挙があって、成人したことで投票する権利を持てたことがすごく嬉しかったのを覚えています。
伊藤 選挙権は公職選挙法の範疇なので、酒向さんのときは20歳でしたが、2016年からは18歳に改正されました。先に年齢を引き下げられていたので、成人年齢と合いますね。
 ただ一方で、お酒やタバコ、競馬や競輪、オートレース、競艇の公営ギャンブルは今まで通りの20歳から。裁判員制度も20歳に据え置きです。
 それから、もっと大事なのが少年法
 成人年齢が18歳になっても少年法の扱いを変えるのかはまだ議論中なんです。だから、今のところ18歳や19歳で事件を起こしても少年扱いになります。
酒向 18歳で成人して不法行為に対する責任は生まれても、少年法では大人じゃない。そうなると成人の定義が難しいですね。
 私が成人した5年前は、選挙権も含めて何でも20歳に解禁されましたが、バラバラになると結局何歳から大人なのかわからない。軽減税率みたいです(笑)。

ありそうでなかった、裏の意図

──政府としては、18、19歳の若者が自分の判断で人生を選択できる環境を整備して、積極的な社会参加を促したいという意図があるのだと思います。
伊藤 そうですね。その背景には少子化があって、若者人口が少ないから大人にしてしまおう、と。
 だけど実は20歳を18歳に引き下げたところで、成人の割合は約2%しか増えないんです。
 1946年の総選挙で「選挙権は20歳以上の男女」と適用された頃、選挙権を持つ20歳以上の割合は約50%で、残りの50%は19歳以下でした。
 でも、2016年は選挙権を持つ20歳以上の割合が約82%で、19歳以下は18%だったんですね。
 その後、選挙権を18歳に引き下げても、18歳以上の割合は約84%になるので、結果的に2%増えただけ。
 1946年に成人年齢を2歳引き下げたら意味があったかもしれませんが、今は成人が2%増えることで社会にどんなインパクトがあるのかわかりません。
 だから僕は、成人年齢を引き下げる一番の理由は、世界のスタンダードに合わせたいだけだと思っています。
酒向 成人を増やすことで納税者を増やしたいのかなと思っていたのですが、親の扶養に入っていたら住民税は発生しないですよね。国民年金は18歳からにはならないのですか?
伊藤 国民年金は20歳からで変わりません。選挙権が18歳になったように、いずれ国民年金も18歳になるんじゃないかなとは思っていますけどね。
──段階的に引き下げていくのかもしれないですね。生産人口を増やしたいという意図もありそうですが、それはいかがでしょう。
伊藤 現在は大学の進学率が上がっているので、成人年齢を18歳にしたところで働く人口は増えません。
 もし、18歳の労働人口を増やしたいなら、大学を減らして進学率を下げる必要がありますね。
 いろいろと裏の意図を読みたくなりますし、いろんな解釈ができます。
 でも世界からは「なぜ日本は高校を卒業しても大人じゃないのか」と思われているくらいなので、18歳が成人になるのは何もおかしなことではないんです。

若者たちを取り巻く、格差社会と階級社会

──酒向さんが今高校生だったとして、成人年齢18歳はどう受け止めますか?
酒向 18歳になって「あなたは今日から大人です」と言われても、20歳にならないと発生しない義務やできないことがあるなら、国から何を求められているのかわからないなと、正直思います。
──しかも、国民の50%が19歳以下だった時代とは全く違って、圧倒的に若者がアウェイですよね。80%を超える大人が待つ世界に乗り込まないといけない。
酒向 たしかに、アウェイ戦に出る感覚ですね。先日、2020年度からの大学入試改革の中止を求める高校生のデモがあって、私も一度参加して高校生に話を聞いたんです。
 彼ら彼女らは、制度や社会のルールが変わることで、少数派である自分たちに突然大きな打撃が加わることを不安に思っていて
 受験生ですごく忙しい時期なはずなのに、自分たちや後輩のために立ち上がって声を上げる高校生がたくさんいました。
伊藤 僕が高校生のときよりも、今の若者ははるかに少数派ですよね。
 若者が選挙権を持てば逆転できるかもしれないギリギリの世代だった僕らとは違って、今の若者は一人1票では逆転できない
──大人としても、高校生がそういう状況であることの理解が必要ですね。
伊藤 そうですね。しかも、昔に比べると家が裕福な人が圧倒的に得をする時代になっているんです。
 それこそ、大学入試改革で入試制度が変わると、高校3年生まで部活に打ち込んで「参考書を丸暗記」して入試に挑むというのが通用しなくなる
酒向 私は26歳ですが、私の時代は一般入試なら丸暗記でどうにかなっていたと思います。
伊藤 マルとバツではなく、本質を問われるような入試になると、本を読む環境がある家庭や、美術館・博物館などによく連れて行ってもらえる家庭、留学や海外経験豊富な家庭といった、家の文化資産が大きく影響するようになってしまう。
酒向 そうなんですよね。だから入試が変わるのはものすごく反対です。私は勉強が比較的得意な方だったのですが、それは実家の文化資産があったから。
 でも、実家の文化資産で勝負が決まり、選択肢の幅が限られる社会になると、親のコントロール下にある子ども時代に、その後の人生が全部決まってしまうことになる。
伊藤 それは、もはや格差どころか抜けられない階級社会ですよね。僕も大反対で、入試は点数をごまかせない、ある意味暗記ゲームであるべきだと思っています。
 就活のような面接になってしまうと、点数はいくらでもいじれてしまいますから。
酒向 それに、マルバツで採点できない入試になると、情報格差によっても人生が左右されてしまう。
 成人になって生き方を選択できるようになるのであれば、誰もが等しく選択できる環境づくりにエネルギーを注ぐのが政府の仕事のはず。
 18歳になっていきなり「自分で人生を選択してね」と言われても、自分で選んでいない環境で過ごした18年間で、いろんな差がついています。
 スタートラインがみんなバラバラだからこそ、社会のサポートが必要だと思います。

世の中を変えるのは、マイノリティである若者たち

──ここまでの話ですと、大人になるのが怖いように思われそうですが、成人年齢が18歳になる若い人たちに対して、どんなアドバイスができますか?
伊藤 僕は大人になることはメリットしかないと思っています。成人年齢が18歳になって、2年早く親の同意が不要になることを喜ぶ人は少なくないはず。
 よく「今生きているのも辛いのに、大人になったら絶望しかない」と言われると、「子どもの方がしんどいと思うよ」と話すのですが、大人になれば嫌な学校にも通わなくていいし、家を出て自分で稼ぐこともできます
酒向 私は比較的裕福な家庭に育ったので、学生時代は実家に住んで、学費も生活費もお小遣いも親に頼っていました。
 それが成人して大人だと認定されたら、親から離れて自分一人で頑張らないといけなくなるのは大変だなと、正直思っていました(笑)。
伊藤 酒向さんのように親が“クスリ”ならいいのですが、逆の“リスク”になっているケースはとても多いんです。
 「スタディサプリ」を使う生徒のなかには、「月額1980円(税別)で全教科の授業をスマホで受け放題というのは、本当にありがたいです」という人がたくさんいて。
 というのも、親が学ぶことへの価値を見出していないと、塾には行かせてもらえないし、勉強しているだけで怒られることがあるからです。
 でも、スマホならゲームで遊んでいるフリをして勉強ができますよね。そういった子たちは実家から出たくて仕方がないはず。
 もちろん、恵まれた環境で育った人も実家を出たからといって縁が切れるわけではありません。総じて大人になることをメリットだと考えるのが自然でしょう。
酒向 ただ、成人をきっかけに「大人=自己責任」と言われてしまうことへの怖さはありますよね。
 私は大人にも自己責任を求めるべきではないと思っているので、失敗したら自分一人で責任を負うのではなく、個人を社会全体が守るセーフティーネットがあるべきだと思うんです。
 何かに失敗しても自分のせいだと思わなくていいし、社会を変えるために死ぬ気で頑張れとも思いません。
 成人したからといって、何か特別に頑張らないといけないわけでもないし、格差があるから諦めないといけないこともない
 いろんな格差がある社会で、一人で責任を背負うのではなく、みんなで考えていこうと言いたいですね。
伊藤 今の高校生たちはリアルに「人生100年」の世代だと思うので、圧倒的に大人の時代が長い。酒向さんが言うように、特別頑張らなくていいと僕も思います。
酒向 それから、若者は社会全体からすると数が少ないマイノリティかもしれませんが、今まで社会をひっくり返したり、変えたりしてきたのは数が少ない人たちだったと思うんです。
 選挙権が平等になったときは、選挙権を与えてもらえなかった人たちが立ち上がったはずだし、何かしらの差別を解消するための法律が定められたときも、差別されていた少数の人たちが立ち上がったはず。
 数が少ないことは民主主義社会では勝てないように思えますが、間違っていることを変えていくパワーは、数に関係ないことを歴史が証明しています
 だから、マイノリティである若い人たちは社会に対して、アプローチする権利もパワーも可能性もいくらでも持っています。
 それに、人口減少を国は大問題と言いますが、私は面白いと思っているんですね。
 今までは人口が増えていく前提で制度や経済の仕組みを作っていましたが、これからは、人口が減る前提で作り変えないといけません
 それを作るのが、私たち20代や高校生などの10代の世代。今までとは違う発想で社会を作れるのだから、すごく面白いことだと思っています。
伊藤 世界に例を見ない少子化が進んでいる国で、新しい仕組みを作れるのは面白いですよね。
 そもそも、国土が狭い日本の適正人口はもっと少ないはずで、少子化もそれ自体が悪いことではないと思っています。
 ただ、人口が減ると労働力が減るので、上の世代が辛くなっているだけ。
 ここで上の世代と言うと、バブル崩壊後に社会に出て“下りのエスカレーター”を必死に駆け上がってきた僕らのような40代の世代も含まれてしまうのが悲しいですけどね(笑)。
 これから高校生は18歳になると選挙権を得て、成人の仲間入りをします。
 だから当事者意識を持って政治や経済を勉強してほしいし、これから生まれてくる「将来世代」にのこせる社会を、80%を超える成人たちと一緒に作っていけたら嬉しいと思っています。
(構成:田村朋美 編集:海達亮弥 撮影:依田純子 デザイン:小鈴キリカ)

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