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「とりあえずやってみよう」くらいのほうが、天職に出会えるだろう。
に同感。 「好き」という言葉はいろいろな意味を持つので、このように考えては?
少しでも興味があってやってみたいという気持ちが有ればぜひチャレンジしてほしい。わからないことや体験したことがないものは、好きにはなれない。
やってみなはれ!
「好きなことを仕事にする」のは素晴らしいことだと思います。記事のタイトルのように、「好きなことを仕事にしている人」の幸福度、年収、仕事の継続率が低いわけではなく、「好きという気持ちだけで、その仕事に就いた人」の数値が低いのかなと。好きなことを仕事にするのであれば、それを愛し抜く「覚悟」が必要だということかと思います。なぜなら何にでも嫌な面や苦しい面はあるはずだからです。

また、元から好きではないことの中におもしろいポイント「おもしろ」を見つけ、好きになれる人は「巻き込み力」の強い、貴重な存在だと思います。自ら「おもしろ」を見つけた人はその面白さを周りに伝えることができ、色んな人を巻き込むことができるからです。

私自身の仕事観はというと、周囲に求めてもらえることを仕事にするのが幸せだと思っています。
仕事は誰かに必要としてもらって初めて仕事になるからです。

私が何を「好き」だろうと、究極、世の中にとっては全く関係のないことで、大切なのは私が何をできるか、必要としてもらっているかそうでないか、というそれだけだからです。

自分なりの視点で、その仕事の「おもしろ」を見つける。→さらに、その仕事に自分が好きなことのエッセンスを散りばめてみる。→結果、それが少しばかり自分らしいオリジナリティになる。→仕事がもっと楽しくなる、というのが私の幸せな働き方ループです。

10年以上、フリーランスのアナウンサーとして様々な現場を経験してきた中で、そんな風に思いました。

若者から「今の仕事が好きになれない」と、仕事の相談を受けることがありますが、そんな時には「そこで自分なりの「おもしろ」を見つけることができたら、その「視点の持ち方」というのがあなたのオリジナリティで、替えがたい財産になると思います」と私なりに話したりしています。
小説家や音楽のアーティストに憧れる人たちが多いと思いますが、プロになると彼ら、彼女らは本当に大変だそうです。

「売れ続ける」ために骨身を惜しんで働かなければならないので、「もう小説なんて書きたくない」「もう楽器に触りたくない」と思うことが多いとか。

「とりあえず始める」ことには、大いに賛成です。

最初から過大な期待をしていないと、案外仕事が楽しくなることがあります。
気の持ちようで単純作業も楽しくなれるのです。

レンガを積んでいる人に「何をしているのか?」と訊ねる逸話がありますよね。
「レンガを積んでいる」と答える人と、「大聖堂(でしたっけ)をつくっている」と答える人と、もう一人中間的な答えをする人がいたと記憶してます。

同じ会社で机を並べて同じ仕事をしている2人の男。
一人は毎日がとても楽しくてもう一人は毎日が不満と苦痛の連続、というケースは往々にしてあります。

とりあえず初めて「好きになる」のが、われわれ一般人にとっては一番いいのかもしれません。
・作りあげるサービス・商品が好き
・作り上げる過程のプロセスが好き

のどちらなのかによると思います。
後者の好きを理由に仕事をすれば幸せになると私は思います。

私の場合、メガネが好きというよりは、新商品やサービスの開発をしてその仮説を世に問い、ブラッシュアップする企画の試行錯誤プロセスが好きなので、幸せです。すごく。
これは因果関係が逆なのでは?

この記事が言っているのは、以下の二派のうち、長期で見れば成長派の方が幸福度が高いという主張なのですが。
●適合派:「好きなことを仕事にするのが幸せだ」と考えるタイプ。「給料が安くても満足できる仕事をしたい」と答える傾向が強い
●成長派:「仕事は続けるうちに好きになるものだ」と考えるタイプ。「そんなに仕事は楽しくなくてもいいけど給料は欲しい」と答える傾向が強い

元々どんなシチュエーションでも自分なりの楽しみを見出せる、幸福の閾値が低い”ナチュラルボーン幸福人”だからこそ、成長派なんじゃないかな。

で、適合派であっても、「給料が安くても満足できる仕事」に本当に満足できるナチュラルボーン幸福人であれば、5年経っても10年経っても幸福なんでしょうし。
「好きを仕事にできれば給料が安くても満足」と思っていたけど実はそうじゃなかった=幸せの閾値が高い人は、結局満足してなくて幸福を感じなくなる、というだけの気がする。

実際は、人間には限りない向上心があり(良い意味で)、徹底してナチュラルボーン幸福人になりきるのは難しいのは解ってるので、個人的には「好きを仕事に(すれば給料低くても良いよね!)」という言説は好きじゃないです。
「好き」の定義問題と「幸福度」の定義問題かも。理想とのギャップで幸福度が下がるようなら本当は好きじゃないのかもしれないし、仕事の継続率が高いから幸福なわけでもない時代。
これ、仕事を結婚と置き換えても同じですよ。好きな人と結婚した方が離婚する確率は高い。勿論、嫌いなことは仕事にもしないし結婚しないと思いますが、そんなに好きってほどでもない相手との結婚の方が長続きするのは、お見合い結婚の離婚率が低いことからも明らか。
好きは所詮いつかは好きではなくなるのです。ずっと好きが継続するというのは幻想。好き嫌いの感情だけに支配されると結局不幸になるよって話。
好きなことを仕事にした人です。割と辛いです。
好きなことを仕事にできたのは幸運なことだとは思いますが、仕事にすることで面倒なことも多いのも事実です。好きと面倒の狭間で好きだけれども仕事にしたときはどうなのかとはよく自分自身に問いかけます。

好きなことを仕事にすることを礼賛する風潮もあるように思うけれど、好きなことを仕事にしたデメリットもリスクも多いので、真に受けないでよく考えたほうがいいです。
いい記事。本質は、好きなことをやりたい、というのは、自分中心なので、社会に認められない、ということだと思う。幸福になるには、関心の対象を、「自分」ではなく「社会」や「顧客」や「周りの人」にする必要があるのである。マズローの最上位の人間の要求は「自己超越」。自分にこだわらず、己を空しくして、周りのための尽くすことの中に幸せはあるし、それを奨励するメカニズムが我々のDNAの中に脈々と受け継がれているのである。なぜなら人間のライオンや象に勝る強みは、高度に協力しあうことだから。
好きな事にお金が介在するとやる気なくすし
やる気がない時に好きなことを無理にやるのはかなりつらい

嫌じゃないことを嫌じゃない人とやるのが一番