【池田純】「勝敗を見ない」スポーツ経営者、2020年に求む

2019/12/31
2011年に史上最年少で横浜DeNAベイスターズの社長に就任後、5年間で売上倍増、観客動員数を球団史上最多、24億円の赤字から黒字化へと導き、ベイスターズを人気球団に変えた池田純氏。
まさに「スポーツビジネス」の第一人者とも言える池田純氏は、ここ数年のスポーツ界の盛り上がり、そして2020年のオリンピックについてどう見ているのだろうか。
率直な思いを語ってもらった。

「そろそろ現場に戻りたい」

──池田さんは最近、著作『横浜ストロングスタイル』を刊行されましたが、改めて横浜DeNAベイスターズの社長を2016年に退任されてから、主にどのような活動をされていたかを教えてください。
池田 ベイスターズの社長は2011年から2016年までの5年の契約でした。
私はもともと、ベイスターズの球団社長になるその前、DeNAの執行役員になる前は、20代後半から30歳位までマーケティングを武器に企業再建を専門にやってきたのですが、ベイスターズも5年で人気も出て黒字化も達成し、ハマスタも買収することができたので「スポーツの経営」という意味では一定の成功ができたと思っています。
そんな中、2016年に5年の契約が終了し退任しました。
辞めたあとは専門分野である「企業再建」の社長案件をずっと探しながらも、ベイスターズを再生に導いたことで、スポーツ分野から声がかかることが増えました。
その中で、自分も色々なスポーツのことを知りたいと思い、Jリーグ、ラグビー、大学スポーツ、スポーツ庁といろいろなことに関わりました。
結果として、色々なスポーツのことは知れたのですが、こういった仕事には多かれ少なかれ「名義貸し」的なところがありました。
「そろそろ現場に戻りたい」と思い、いったんこれらの仕事はほぼ全て辞めることにしました。
現場に戻るにしても、いままで「雇われ社長」はやったので、スポーツの分野であれば、「オーナーシップ」を持って経営に関わることが、スポーツビジネスの次の新しい道を切り拓くために重要なことだと思っています。
池田純
1976年生まれ。早稲田大学卒業後、住友商事、博報堂を経てDeNAマーケティング担当執行役員。その後、2011年に史上最年少の35歳で横浜DeNAベイスターズ初代球団社長に就任。5年間で黒字化を実現。社長退任後は、公益社団法人日本プロサッカーリーグ特任理事や、明治大学学長特任補佐兼スポーツアドミニストレーター、日本ラグビーフットボール協会特任理事やスポーツ庁参与などを務める。現在は「スポーツによる地域創生」のための活動を行っており、2019年3月に一般社団法人さいたまスポーツコミッションの会長に就任した。

「社会的ステータス」を獲得できる

──なるほど。DeNAがベイスターズを買収した当時は大きなインパクトがありましたが、今年もメルカリの鹿島アントラーズ買収があったり、IT企業がプロスポーツチームを持つトレンドは強まっていきそうです。
プロスポーツチームを持つ目的も昔は「認知」の獲得のためと言われていましたが、もうそんな時代は終わっています。
私はベイスターズの経験からも、企業がプロスポーツチームを持つと「社会的ステータス」を獲得できることにもつながると思っています。
とはいえ、プロスポーツチームを買って本当の黒字化をさせるのはけっこう大変です。
いまでこそちょっとしたブームのようになっていますが、ベイスターズ買収前の2011年頃は「スポーツがビジネスになる」と本気で思っている人は全然いませんでした。
また、ベイスターズも当時はハマスタに閑古鳥が鳴いていて、経営もチームも弱小球団で誰も手を出したがらなかったため、結果として65億円という金額で買うことができました。
ちなみに、その前年にDeNAはゲーム事業の海外戦略のためにngmocoというソーシャルゲームの会社を買収したのですが、その額は257億円ほどです。
また、私は当時、DeNA本体のマーケティングの責任者で年間200億円ほどを使っていました。
当時ベイスターズは年間25億円ほどの赤字を出していましたが、年間25億円であれだけの露出が獲得できる、そして社会的ステータスも獲得できるなら、65億円という額も「効率的」という考えをすることもできるわけです。
(写真:MasaPhoto/istock.com)
──そういう意味だと、メルカリが約16億円でアントラーズを買収したというのも安いと言えるのでしょうか。
安いと思います。かつ、公表によるとアントラーズは年間7億円くらい利益が出ているはずです。
だからこそサッカー界からは「こんなに安くてショック」という声も耳にしましたし、スポーツの会社の資産価値評価ということにもなるのでしょうが、そういった業界プロパーの方の気持ちも理解できます。
ちなみに、DeNAもそうでしたが、IT企業は基本的に論理的に考え、合理的に物事を判断する体質です。
そのIT業界的な仕事の進め方と、旧来的なスポーツの世界がうまく融合すればいいのですが、あまりドラスティックにやろうとすると、うまくいくものもうまくいきません。
昔からのクローズな世界が多い業界なので、「◯◯さんがああ言うから」「これは前例がないから」というように、既成概念にとらわれ、いろいろなステークホルダーのことを気にしてしまいがちです。
ただ、こうなると発想がどうしてもタコツボ化し、クローズドな世界の協調性や人間関係、ともすれば保身に判断が傾き、本質的で合理的な判断はできなくなってしまいます。
私もベイスターズ時代はこのあたりにすごく気を使っていました。
とはいえ、最後はやっぱり、スポーツといえど経営ですから「結果」だと思います。
メルカリもいきなり買収ではなく、ユニフォームなど鹿島アントラーズのスポンサードをじっくり2年くらいしていましたが、このやり方は正しいといえます。
だからこそ、メルカリはJリーグからも、親会社だった新日鉄住金からも評価され、今回の買収に至れたのでしょう。

来年のオリンピックについて

──来年は東京オリンピックという一大イベントがあります。池田さんはオリンピックについてどう捉えていますか。
みんな最近になって「2020年以降の姿」「レガシーが大事」と言い始めた感がありますよね。
でも、「レガシー」の意味を本当に理解し、そこにコミットしている人はどれだけいるのでしょうか。
建物やスタジアムを作ればそれをレガシーと捉える人もいるし、競技の普及活動をレガシーと捉える人もいますが「2020年以降はどうなっていくのだろう?本当に残るものは何だろう?」と常に危機感を思考回路の最先端に置く私などは考えてしまいます。
新国立も「自然との融合」や「コンパクト」と言われていますが、最近になって、「従来の考えではオリンピック後は経営が成り立たないかもしれない」とやっとオリンピック後の経営に目が向き始めた(が、その後本質的な議論はみえてこない)。
(写真:winhorse/istock.com)
でも、こんなことは最初から経営目線で経営者が本気で考えていればわかること。
こういうやり取りを見ていると、良い側面に目を向けさせて、本質的な側面は後回しないし目を向けさせないようにされているとも感じてしまい、ひろく外に胸をはれるような経営の観点のバランスが悪く私にはみえてしまいます。
ちなみに、私はスポーツの世界では「勝った、負けた」ということにあまり興味がありません。というより、興味を持たないようにしています。
私たちは経営者だから「勝った、負けた」の世界って本質的にはコントロールできないですよね。経営者が完全にコントロールできる・すべきは、経営の世界。
勝ち負けの部分はある程度プロの世界を経験し、経営サイドと同じ共通言語で話してくれるレベルの人を見つけることが大事です。
そういう人にある程度現場は任せ、常に全方位的に一緒に議論しながら経営とチームの両輪を回していくべきだと思いますし、これこそがスポーツの経営の要諦だと思います。
──2020年以降にスポーツ産業をしっかり作っていくためには、そのように経営目線で考えられる人を育てていくことが大事なのでしょうか。
そうだと思います。個々人の意識が高くないと、経営とチームの両輪を自らがまわす意識の高い人材にまで、両サイドから育ってきませんからね。
そういった人材に加え、「しがらみ、スポーツ界のお作法」に囚われない、本質的な思考で改革できる人材が大事です。
私もベイスターズで最初に「スーツを着ないと足元をすくわれるよ」と脅されました。ただ、実績を出し、人間としてもちゃんと評価されていれば、スーツを着ているかどうか本質的には関係ないはずです。
でも、メルカリさんも記者会見でスーツ着ていたように、スポーツの世界にいくとみんなスーツを着なくてはならないシーンでスーツが無難だとなってしまう。それもバランスなのですが、どちらをとるかですね。
最近スポーツ界の問題が色々と顕在化していますが、これこそが、表面的なことや、クローズドな世界の協調性や忖度、いわゆる「スポーツのお作法」に囚われてはいけない理由だと思うのですが、この2020年以降の問題も、いわゆる「スポーツ界のお作法」が重視されていては世界が変わらない。
どんどん異質を主張し、異質が当たり前の世界に変わって行く必要がある、その先に非連続な成長の世界がある、と私は思います。まさしくITビジネス業界の世界ですよね。

この1~2年が正念場

──楽天は、そういう意味ではスポーツのお作法をぶっ壊したと言えるのでしょうか。
そうだと思いますよ。特に海外に突入していった面などを見ると「既成概念を壊した」と言えると思います。
オーナーさんのご意向だと思うのですが、楽天はゴールデンステイト・ウォリアーズでNBAにドカンっと穴を空け、バルセロナでヨーロッパサッカーにドカンっと穴を空けた感は一般生活者にも伝わっています。
いろいろな評価があるにせよ、「すごいな」って思う部分はやっぱりあるわけじゃないですか。
ちなみに、イニエスタ効果とも言われていますが、ヴィッセル神戸の売上は2018年は97億円くらいだったとのことです。
ただ、親会社の楽天からのお金を軸にイニエスタを32億円くらいで引っ張ってこれているのが現実でしょう。だから、「それが本当にチーム単体の本当の売上と言えるのか」という論点もありますよね。
でも、「それって親会社マネーでしょ」と言うと水を差してしまうから、みんな忖度しちゃうんですよね。本質的なことから目を背けてはいけない。
だからこそ、新興系やITビジネス系はそういった、空気をぶち壊していくことができるはず。
いまはまだ、日本のスポーツ界の2020年以降の発展、未来の姿って、誰にも何も見えていません。今はみんなオリンピック。来年は日本中がワクワクした一年になる。
ここでどれだけ、虎視眈々と、現実を直視し、嫌われ者になろうとも、浮かれずニヒルに2020年以降の未来に危機感の最先端の意識をもって、本質を議論できる芯のある人材がこの国のスポーツ界から出てくるのか。
今年これだけブームになったラグビーも「プロ化する」と言っていますが、最近やっとそのトーンも弱まりだしたのをみてホッとしています。
私から見ると、企業スポーツの域を出ていませんし、そこから脱することは逆にリスクが大きい。
私は一年以上前から言っていますが、最近突然やっとスポーツ界の発信力のある方々も言いだしましたが、ラグビーでプロ化はかなり難しい。
プロ化の本当の意味は、スポーツチームとして全て自分たちで意思決定ができ、全部自分たちのお金で持続性のある経営ができることを言うと思っています。
ラグビーも一説によると、選手年俸やチーム運営費で1チームで14〜15億円くらい必要とのことです。つまり、それ以上の売上が必要となるわけですが、それだけ興行や集客、ファンクラブの運営で賄えますかと問いたい。
そういう意味では、私は日本のスポーツビジネスはまだまだ黎明期だと思っています。
7年、8年前はベイスターズも野球としての経営は全く成り立っていませんでしたが、ようやくスポーツにも「経営が必要」という概念が定着してきました。
そんなまだ発展途上の世界なのに、いまは一気に新興企業も手を上げて、一種のスポーツ経営ブームになっている。そんななか、オリンピックも控えているわけです。
実は、まさにカオスな状況といえますが、いずれにせよ、この1~2年くらいが日本のスポーツ産業にとって正念場だと思います。
(取材・構成:上田裕・東春樹、撮影:fort、デザイン:松嶋こよみ)