大坂なおみの元コーチが見る、日本テニス界の未来

2019/12/29
大坂なおみの元コーチが語る「勝てる」選手の条件

テクノロジーとテニスの進化

──テクノロジーや技術の進化によって、プロテニスに今後どのような変化が起こると考えられますか。変化によって、今後は選手の目指すタイプも変わる可能性がありそうです。
サーシャ それは非常に重要なポイントです。
例えばジョン・マッケンローの時代は、判定に不服の場合は審判にクレームや暴言を吐くこともありました。そして、そのことで対戦相手の集中力を欠けさせる。
当時はそういった戦術も使えましたが、「ホークアイ(チャレンジシステムに利用されるハイスピードカメラを用いた電子審判技術)」の登場で、今はそれができない時代となってしまいました。
最近の大会では、「ホークアイ・ライブ」という自動判定システムも使用されたりしています。
ショットが外れると瞬時に「アウト」と自動コールされるので、チャレンジは適用されませんし、微妙なプレーは場内スクリーンに映像が流れるので、ボールが実際にバウンドした場面を見ることもできます。
ポイント間の制限時間やウオーミングアップ時間を厳密に計測する「ショットクロック」なども含め、新たな仕組みが投入され、統計データも活用されることで、どの選手がより優れているかも一目瞭然になってくるかも知れません。
そうなると、以前のように、審判にクレームをつけて勝利を引き寄せるようなことは、どんどんできなくなっていくはずです。
──確かに、近年はテクノロジーの進化がテニスに変化をもたらしてきました。
とはいえ、「ホークアイ」や「ショットクローク」といったテクノロジーはさておき、1セットに1回だけコーチをコート上に呼んでアドバイスを受けられる、「オンコートコーチング」(※男子ツアーとグランドスラム大会は適用外)は、コーチがどんなアドバイスをしているかを聞きたいという、視聴者の欲求から導入されました。
実際に、私がWTA(女子テニス協会)の主催するコーチミーティングに出席したとき、「視聴者に対してよりフレンドリーに」「視聴者の目線に立ちたい」という話が盛んにされていたことがあり、そこから「オンコートコーチング」は生まれています。
ただ、元々テニスは試合中のコート内外からの指導やアドバイスは一切認められておらず、私もテニスは一度コートに立ったら一人で、プレーヤー同士での一対一の心理戦だと考えています。
そういう意味で、視聴者に魅力的なコンテンツを提供していく一方で、ゲームの中核となる部分は失われてほしくないという思いは抱いています。
──今後10年間を見据えると、プレースタイルのさらなる変化は起きるでしょうか。
プレースタイルは、さほど変わらないと思います。フィジカル面では、現時点で既にピークに到達していると言えそうです。
これまでも、ボールを少し大きく重たくすることでラリーを増やしてはどうか、と議論されていた時代もありました。しかし、今後は大きくゲームの要素が変わらない限り、プレースタイルに変化は起こらないと見ています。
例えば、サーブ後にネット付近にダッシュしてボレーを打つ「サーブ&ボレー」のようなプレーは、今では見られなくなってきました。
その要因には、高速サーブに対しても衝撃を吸収することで、狙った通りの正確なリターンが打てるラケットの進化があります。
それに、選手の動きも非常に速くなったことでネットプレーがしにくくなったという、フィジカル面での向上もあります。
それらのように、テクノロジーやフィジカルの進化は既にプレースタイルの変化を引き起こしているため、今後はそこまで大きな変化はないのではないかと見ています。

次世代は育っていく

──現在、日本のテニス界は錦織圭選手や大坂なおみ選手の活躍で注目度が上がり、テニス選手を目指す子どもたちも増えています。一方、2人が引退した後のテニス人気の低下も危惧されます。スター選手に依存することなく、テニスが根付くためにはどういうことが必要だと思われますか。
錦織圭選手と大坂なおみ選手が現れる前にも、伊達公子さんのような偉大な選手がいましたから、今後も間違いなく素晴らしい選手は輩出されるはずです。
もちろん、子どもたちが適切な指導を受けられる仕組みづくりは協会の仕事であって、彼らがしっかりと投資をする必要はあります。
とはいえ、オリンピックを来年に控えていること、そして2人のスター選手のおかげで、間違いなく次世代は育っていくと思います。
──シングルスの世界ランキングでトップ10経験のある錦織圭選手も、大阪なおみ選手も、海外でトレーニングを積んできました。そのため、有望な日本人選手は早く海外に出た方がいいという意見もあります。
そんなことはなく、日本でトレーニングを受けた選手でも、十分に成功するチャンスはあるはずです。
選手にとって重要なのは、安心できる慣れた環境で練習すること。私自身もそれは特に心掛けていて、そうすることによって成功しやすくなると考えています。
かつて一緒に仕事をしたキャロライン・ウォズニアッキ選手も、練習環境で言えばアメリカのフロリダの方がいい選択肢でしたが、私たちは拠点をフランス南部とデンマークに置いていました。
なぜならば、彼女は慣れているフランスやデンマークで練習する方が、良い結果を出せていたからです。
私自身、日本のテニス協会には感謝しかなく、悪いことは全く言いたくないほどです。なおみ選手をコーチングしているときは、協会から様々な情報やビデオ解析といったデータを渡してもらえ、それらを活用していました。
なおみ選手をコーチングしていた時期もテニス協会の吉川真司コーチ(日本テニス協会ナショナルチーム女子担当)にはお世話になって、いい関係を築けています。日本協会とは今でも密接に連絡は取っていて、最近も施設を見学させてもらう機会がありましたが、素晴らしい施設でしたね。
テニスブームが到来している今こそ、スポンサーを集めてもらって、多くの人々がテニスを楽しめる環境がつくられることを願っています。
──スポンサーの話が出ましたが、例えば中国はテニスに盛んに投資をしていると聞きます。世界でもプロテニスの商業的な盛り上がりは感じますか。
なおみ選手や錦織圭選手についているスポンサーの多さを考えると、彼らにどれほどのブランド力があるかがわかると思います。
テニスはまだ十分に活用できていませんが、巨大な市場が潜んでいるとも感じています。
企業がその可能性を認識して積極的にプロ大会の主催や協賛をすることで、世界中から日本に有力選手が集まるようになります。
そして、注目を浴びることによって、さらに良い環境をつくることができる。そんな循環に入っていくはずです。
──最後に、テニス界は選手はもちろん、コーチをはじめとするスタッフも含めてプロフェッショナルな集まりだと思います。サーシャさんにとって、プロフェッショナルというのは、どういう存在になりますか。
私のなかでのプロフェッショナルは、よりプロフェッショナルになるために、毎日必要なことを実行できる人ですね。
朝寝坊するのか、それとも早く起きるのか。健康な食事をするのかどうか。小さなことでも毎日繰り返してしていかなければならず、本当にそれを続けられるのかどうか。
私自身、まだまだ学ぶことは数多くあります。多くの方がそうであるように、昨日よりも今日、そして今日より明日はより良くなっていたい、より多くの知識を身につけていたいと思います。
(取材:上田裕、構成:小谷紘友、撮影:鈴木大喜、デザイン:松嶋こよみ)