AI導入の失敗あるある、「PoC死」の罠とは。

2020/1/14
 時価総額が日本一であるトヨタが、「100年に一度の大変革期」というフレーズをしきりに掲げている。
 そのような産業変革の中心にあるとされるのが「AI(人工知能)」だ。製造、物流、金融、マーケティングなどのあらゆる業界で大きな変化が急速に起こるとされている。
 一人歩きするAIへの期待が膨らむ一方で、AI導入がうまく行かないという声が、あちこちで囁かれている。
そもそもAIとはなにか? AIは企業をどう変えるのか? AI導入はなぜ失敗するのか? AIは使いこなすのに必要なことは?
 そんな疑問を携えて、NewsPicks Brand Designは、オフィスを東京大学の本郷キャンパス内に構えるアイデミーを訪れ、「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」にも選ばれた代表取締役社長・石川聡彦氏に話を訊いた。

プロダクトとプロセスのイノベーション

──そもそもAIという言葉には、人によっていろいろな捉え方がありそうですが、どのように理解するべきでしょうか。
石川聡彦 たしかにAIは「スーツケースワード」と言われています。つまり、言葉の中にいろいろな期待や意味が込められ過ぎていて、人によって定義がバラバラだったり、言葉が一人歩きしてしまったりということがありますね。
東京大学工学部卒。同大学院中退。研究・実務でデータ解析に従事した経験を活かし、法人向けAIシステムの内製支援クラウドソリューション「Aidemy Business」を開発・運営している。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(KADOKAWA/2018年)など。「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」選出。
「AI(人工知能)」の中に、大量のデータでトレーニングすることで自動的にルール(法則性)を獲得できる「機械学習」という技術があり、「機械学習」という分野の中に、画像認識などでさらに高い精度が実現した「ディープラーニング」という技術があります。
 なかにはIoTや5Gやクラウドなどの先端技術を組み入れた、新しいタイプのビジネスモデルのことをAIと呼ぶ人もいます。
 ディープラーニングの発見がきっかけになって、2012年から「第三次AIブーム」が始まりました。そのため、このディープラーニングを活用した新しいプロダクトの開発がAIの一丁目一番地であると言えると思います。この記事では、「AI」という言葉は主に「ディープラーニングを含む機械学習」という領域を指して議論するものと理解してください。
──ソフトウェアのいち技術であるAIにどうしてこれだけ注目が集まっているのでしょうか。
 そうですね。端的に言えば、AIによって「ソフトウェア」と「ハードウェア」の事業領域の境目が曖昧になってきたからです。
 日本には上場企業がだいたい3700社ありますが、そのうちの1500社が製造業、メーカーと呼ばれている分野です。名実ともに日本はメーカーに支えられてきました。しかし、日本が伝統的に強かった領域にソフトウェアの会社が、今どんどん入ってきています。
 その変革期の中心にあるのがAIの技術です。AIを中心とするソフトウェアの技術が、スマートフォンの中だけではなく、製造業を中心に、さらに金融、保険など業界を広げ、さまざまな産業にどんどん広まっているのがマクロ的に見たトレンドです。
 自動運転は最たる例です。自動車産業という日本が誇るハードウェアの領域に、自動運転などの技術をとっかかりにGoogleやUberなどのソフトウェアの会社がどんどん参入してきています。さらに、電気自動車が普及するにつれ、少ない部品点数で自動車の組み立てが可能になるので、他業種が自動車を作るハードルがぐっと下がります。他にも、GoogleやAmazonも音声で操作できる家電などを作り始めましたよね。
 トヨタの豊田章男社長の言葉を借りるのであれば、「100年に一度の大変革期」が到来しているわけです。メーカーをはじめとする日本の企業は非常に強い危機感を持っていると感じています。
──なぜAI活用はソフトウェアとハードウェアの境界を溶かすのでしょうか。
 イノベーションの領域が広いからです。AIの活用は大きく分けて、二つの種類があります。一つがプロダクトのイノベーション。もう一つはプロセスのイノベーションです。
 プロダクトのイノベーションとは、新製品の開発の中で自動運転に代表されるような今まで実現できなかった付加価値がAIによって実現されるようになったことです。MI(マテリアルズ・インフォマティクス)という、どのような効能になるかをAIで事前に予測して新しい素材を開発する取り組みも行われています。
 もう一つのプロセスのイノベーションとは、製造業などの生産過程を効率化することです。現在の生産過程には、職人と呼ばれるような人たちの手でしか調整できなかったパラメータや、一つ一つを目視してチェックするような検査検品などがまだまだたくさんあります。このようなことがAIを活用することで自動化できるということです。
 プロダクトのイノベーションとプロセスのイノベーション、AIでこの両輪を回してさらに大きな付加価値を実現できるのが、非常にユニークな点ですね。

AI導入失敗あるある──PoC死の罠

──AIの導入がなかなか進まない企業も多いようです。なぜうまくいかないのでしょうか。
「AI導入の失敗あるある」としては、まず「PoC(ポック)死」というものがあります。
──「PoC死」ですか?
 AI界隈でのネットスラングみたいなものですね(笑)。「PoC死」とはAIのプロジェクトでPoC(=プルーフ・オブ・コンセプトの略。実証実験をする試作品のこと)を作った後、そのプロジェクトが死んでしまうことを指します。
 企業がAIを導入する際のバリューチェーンは4ステップあります。最初に「教育研修」、次にどのような課題を解決するのかという「事業定義」があって、そこから「PoC開発」があります。そして最後が「運用」です。
 そもそもの課題設定が間違っていたり、まるで実運用ができなかったりするPoCを作ってしまい、それまでのコストがすべて無駄になるわけです。
──PoC死しやすいものの特徴はありますか。
 そうですね。いろいろあるんですが、わかりやすいのは、「PoC死」するプロジェクトはメディア映えするものが多いのが特徴です。
──えっと、どういうことでしょう。
 メディア映えするものは、パッと見は面白そうでニュースにもなりやすいんです。つまり、アイデアベースで、現場の課題に則していないことが多いんです。実際、AIのプロジェクトでうまく実運用できて成果を出しているものは、地味な課題が多いのです。
──では、「PoC死」しないためには何が必要なのでしょうか?
 PoCがうまくいかなかったから「PoC死する」のではなく、うまくいくPoCを定義できていないから「PoC死」してしまうのです。
 例えばよくあるのが「とりあえず作ってみよう。PoCの精度は高ければ高いほどいいね!」とゴールが曖昧なままスタートすることがあります。これでは、機械学習エンジニアとプランナー、マネージャーとで認識が違った状態でプロジェクトが進んでしまいます。そしてPoCを作った後に、こうした認識の違いが明らかになり、炎上に近い「PoC死」を招くのです。
 具体的には、「最低でも不良品の検知率を99%以上にしたい。現状の人間の検知精度が99%なので、それを超えたら自動化でき、人件費として120人分(≒1.2億円)/月 ほどのインパクトがある」とか、「現状の検知精度を超えなくても、不良品の検知率が90%を超え、不良品と判断された製品のなかで、本当は正常である割合が50%を下回るのであれば、Wチェック用途として機械学習モデルが有用になり、お客様への付加価値向上として500万円/月ほどのインパクトがある」とか、求める性能を明確に定義することで、PoC死を回避できる可能性がぐっと上がります。
──ほかにはどのような典型的な失敗がありますか?
 AIのプロジェクトに100%の成功や100%の精度を求めてしまい過ぎるのも「AI導入失敗あるある」ですね。
 AIは過去のデータを学習して機械学習のモデルを作るので、過去になかったことは正しく分析できません。それが今のAIの限界です。ですから、絶対に失敗できないようなシステムにはAIを取り入れにくいのです。
 例えばAIを導入することで、これまで製造現場の最終検査工程で10人必要だった工数を3、4名にするというような省力化がかなり進んでいます。
 しかし、AIに全部任せてオペレーションを完全に自動化させるのは難しいのです。それなのに100%の成功や100%の精度をAIのプロジェクトに求めると失敗してしまいます。やはり、AIと人のダブルチェック体制をどう作るのかが成功への鍵になりやすいですね。
 三つ目の失敗の事例としては、人間が説明不可能なプロジェクトを始めてしまうことが挙げられます。
 例えば、売上の分析を行う際、なぜ売上が上がったのか、人間が説明できる仮説を立てて、外部要因などをデータ化して入力すればAIが分析してくれます。しかし、人間でもなかなか説明できない、何がなんだかわからない現象をAIに分析させようとしても、それは分析できません。AIは「魔法の杖」ではないということですね。
 弊社の資料では以下のように、AIでビジネスを成功させる前と後の組織について、特徴を書いています。

現在不足している「AIプランナー」とは?

──挙げていただいた失敗に陥らないようにするには、どうしたらいいのでしょうか。
 やはり圧倒的な「AI人材の不足」が背景にあります。AI人材は全体的に増えてはいますが、まったく足りていないのが現状です。
 AI人材は、おおまかに分けて3種類あります。
 まずは、データサイエンティスト。データを解析して、機械学習、AIのモデルを作る人です。次に、機械学習エンジニア。データサイエンティストが作ったモデルを実運用するため、周辺の開発を行います。
 最後が、AIプランナー。どのような企画にどのようなAIのモデルが必要で、どのように実運用するかをプランニングする人です。先ほどお話しした「PoC死」を避けるためには、このAIプランナーの仕事が重要になります。
──AIのプランナーには、どのような知識や技術が必要になるのでしょうか?
 事業ドメインの専門知識とAIの技術の基礎知識、この二つの掛け合わせになります。
 事業ドメインの専門知識とは、会社についての知識や会社が属する業界の知識などのことです。製造業でAIを使ってプロセスのイノベーションを起こすというなら、生産工程のボトルネックをわかっていなければいけません。
 その上でAIの基礎知識を身につけ、ディープラーニングの技術の何がメリットで何が弱点かを自分の言葉で話せるようになる。それがAIプランナーには必要とされています。
 これからのAIプロジェクトで必要とされる人材は、会社のビジネスモデルや解決しなければいけない課題を踏まえ、そこから逆算して100億円の価値があるなら10億円投資してでもデータを取りに行くべきだと意思決定し、AIを活用することを決断できる人です。
 これは自社に関する知識とAIの技術に関する知識、両方がわかっていないとできないことだと思います。これまでは解決できなかったけど、機械学習やディープラーニングの技術で解決できる企業課題を抽出できる人材なら最高だと思いますね。

AIを学ぶのは“まだ”コスパがいい

──アイデミーの法人向けサービスでは、「AIに強い組織体制を構築」と謳っていますね。AIのオンライン学習サービスで、エンジニアだけでなく、プランナーも育成できるのでしょうか。
 はい。弊社ではオンライン学習サービスを展開しているのと同時に、法人向けのAIプロジェクトの内製化を支援するためのコンサルティングのサービスを行っています。
 世の中にあるほとんどのAIの会社は、データをもらってモデルを納品する受託開発型のビジネスモデルですが、アイデミーは国内で唯一、AIの内製化支援を行う会社であるということが大きな違いです。
──これは、ドメインの専門知識を持っている企業の人間にAIの知識を身につけてもらうためのサービスなのですね。
 おっしゃるとおりです。企業の現場にAI導入の受け止め体制を作ることは、ものすごく大事だと思います。AIの専門家はAIベンチャー企業などにいますが、新商品の開発などは会社のコア価値を決める部分なので、AIの専門家に外注すればいいというわけではありません。
 工場の中での改善などについても、生産技術を担当する部署が何十年にわたってプライドを持ってやってきていることが多いのです。
 会社の中のいろいろな事業部にAIの技術と知識を染み渡らせて、どういう課題であれば解決できるのかがわかるプランナーを増やしていき、機械学習モデルを現場にインストールする。
 そうなるためには、会社の中にAIのリテラシーがあって、やる気のある人が行き渡る必要があります。理想を言えば、各社のさまざまな事業部に少なくとも1人か2人ずつはいるような状態が求められていると思います。
──オンラインの学習で組織体制の構築までサポートできるものでしょうか。
 私たちはAIをビジネスに活用するために必要な知識とスキルを学ぶためのeラーニングを法人向けに提供していますが、社員の方たちにボトムアップでスキルを上げていただく中で、どの会社でもAIに自発的に取り組むような、やる気のある人が見つかるのが面白いところなんです。やはり自主性や相性がありますから、自然とリーダー候補が浮かび上がってきます。
 100人のAI人材が生まれれば、10人のAIリーダーが誕生します。そういう人にAIのプロジェクトを任せるべきです。
 最終的なゴールは、会社の中でAIのプロジェクトが成功して利益を出すこと。売上が上がったり、コストが下がったりすることです。機械学習エンジニアの経験者などを派遣するサービス等を行う中で、コンサルティングや実運用のサポートまで併走していくのが私たちのビジネスモデルです。
──NewsPicks読者に多い、エンジニアではなくても、意欲的なビジネスリーダーにメッセージはありますか。
 そうですね。実は今、AIを学ぶのは“まだ”コスパがいいと思うんです。
 英語と比較してみると、英語はその道のプロフェッショナルがたくさんいるし、学ぶのも時間がかかりますが、AIの場合、まだプロフェッショナルと言える人はそれほど多くありません。
 個人のキャリアとしてもAIを学ぶことは大きな強みになりますし、コスパがいいと思います。会社としてもAIを使った新しいビジネスモデルを作り上げたり、AIを使って業界構造の変革にチャレンジしたりすることができれば、業界もしくは日本という国の中で頭角を現すことができる可能性がまだまだ残されていると思っています。
 今後、AIなどの技術が日本のいろいろな産業に広まるスピードが速まっていくと思います。AIをはじめとする先端技術を使って産業領域に取り組む人と組織を支援するというのが当社のミッションです。
 コンピュータサイエンスにあまり強くないという会社こそ、私たちのほうでお手伝いさせていただいて、AIに強い会社に変えていくようなことにコミットしていきたいと思います。
(編集:中島洋一 構成:大山くまお 撮影:小林由喜伸 デザイン:岩城ユリエ)