苦難と成長を同時に記憶せよ──HOPE脳のつくり方
丸紅 | HOPE by NewsPicks
2019/12/20
経歴を見れば「高校中退」の文字。ふと目を横にやると米国の名門大学UCLAを飛び級で卒業し、起業家になっているという不思議なキャリアの人がいます。
脳神経科学×教育×テクノロジーという分野「NeuroEdTech」を開拓しているDAncing Einstein代表の青砥瑞人さん。
後編では、HOPE脳はいかにして得ることができ、得た先になにがあるのか。時代に適応し、より良い人生を築く「HOPE脳のつくり方」を語ってもらいました。
眠れるHOPE脳を、呼び起こせ
──「HOPE」つまり、「不確かな未来を前に、自分の成長体験を糧にチャレンジする力」は、自分の中にあるとおっしゃっていました。何をすれば見つかるのか、そしてHOPE脳になるための具体的な方法はありますか。
青砥 HOPEを見つけるためには、HOPEのための記憶定着が大事です。我々の脳は海馬にエピソードの記憶を保存し、扁桃体に感情の記憶を保存している。そして、vmPFCという前頭葉の一部では、価値観に通ずる記憶を保存している。
つまり、人間の思考や行動って、ほとんど自らの記憶と感情によって規定されているんです。だからこそ、自己成長という文脈で、「自己内省」というのは古くから世界中で行われてきているんですね。自己内省とは、すなわち自分の脳にある、自己についての記憶の棚卸しを指しています。
そして、記憶は過去に対してだけのものではありません。未来のありたい姿も意識的に、脳に記憶として残せます。単に、ありたい姿を新年の誓いで一回思っただけでは脳には記憶として残らない。行動や思考に影響する記憶とはなりません。これは脳にしっかりと跡を残す必要があるんです。
過去の偉人たちも、セルフトークと言って、鏡に向き合い、自分がどういう世界を作りたいのかを毎日のように唱えたり、自室にこもり毎日自己に叱咤激励したりしています。僕も毎日やっています。毎日毎日繰り返すことで、そのことが意識にも上りやすくなる。そうすると、自分のイメージしていたように、振舞える確率は当然高まるわけです。
そうすると、自己の強い記憶を伴なって、理想に近しい思考や行動を導くので、当然、よい出会いのチャンスや機会の頻度が増すわけです。
チャンスや機会は、天から降ってくるものではなく、自分から掴みにいくものなのです。そのためには、強く思い描く習慣による、強い感情を伴った記憶が必要なわけです。仮に確率が1万分の1のことでも、それは逆に言えば1万回やればいいだけのことですから。
──具体的にはどのように記憶を定着させたらよいのでしょうか。
成長体験の掘り起こしを行うことです。 観点としては3つあって、「本気で過去の成長体験を振り返ること」「苦難も含めたプロセスをポジティブに記憶すること」「それらを習慣にすること」になります。
振り返りというと、就活において人生のロードマップを描く方法はかなり認知されてきていると思います。脳科学から見ても、これは非常に意味があります。
けれど、学生さんたちを見ていて、「ここで失敗して落ち込みました。もっとこうすればよかったです」や、「ここはうまく行きました、なぜなら……」のように、各時点における振り返りのような話で終わってしまう。本当に大事なことが強調されていないんです。
本当に重要なのは、このように通り(図を描きながら)、ロードマップを、線で捉えるということです。線で捉えるとは、各点を同時に捉えるということです。
脳にとっては、この同時性というのは非常に大事です。ヘッブの法則というのがあり、 ”Neurons that fire together wire together”(同時発火された神経細胞は結びつく)という脳神経科学においてとても有名なフレーズがあります。
裏を返せば、同時に記憶が活性化されなければ、脳の記憶情報は結びつかないことを教えてくれています。
すなわち、何かを成し遂げたり、成長を実感できている、その感情が大いに芽生えた時にこそ、その過程での「苦難」を本気で思い返すことが必要ということです。時には怒りで我を忘れたこと、涙を流すほど悔しかったこと、プレッシャーに押し潰されそうだったこと。
成長や成功の多いなるポジティブな感情が芽生えている時に、これらの過程における苦難を「同時」に脳に想起する習慣が、HOPE脳を育む上で最重要となります。
なぜなら、苦難の過程と成長や成功が脳の中で結びついている人は、次に新しい壁、苦難にぶつかった時に、結びついた記憶から、きっと最終的には超えられる壁なんだと、脳が希望を持ちやすくなるからです。
松下幸之助さんは「失敗の多くは、成功するまでにあきらめてしまうところに、原因があるように思われる。最後の最後まで、あきらめてはいけないのである」と言っています。
まさにこの通りで、世の中を見渡せば、成功しているだけに見えている人もみんな失敗しまくっています。
いま世の中で、折れない心「レジリエンス」が大事と言われていますけど、本気の振り返りを繰り返していくことで後天的に育むことができるんです。
──ポジティブな出来事とネガティブだったプロセスを同時に記憶することで、ネガティブな場面でもその先にHOPEを抱けるようになるんですね。
ただ結果ばかり振り返っていると、報酬予測を立てやすく、結果が見えたものにしかモチベートされない脳になってしまうので注意が必要です。初めにも言いましたが、それはHOPE脳ではないですし、先の不透明なVUCAの時代において、はじめの一歩を踏み出せない脳になってしまう。
「ここも楽しかったよね」と、プロセスに散りばめられた幾つものポジティブな要素も、どんどん脳に記憶していくことも、長い目で見ると非常に重要なんです。結果ドリヴンの脳だけでなく、プロセスドリヴンの脳を育むことが、今後の世界ではきっと重要でしょう。
テストが50点でも素晴らしい
──成長体験をどうしても想起できないとしたら、何が原因だと思いますか?
多くの原因は、無意識のうちに他人と比較しているんだと思います。他者比較の中で、自分ができないと勝手に思っている。自己と向き合った上で、ちゃんとポジティブに捉えてあげてほしい。
例えば100点満点のテストで50点だったとします。これ、今まで10点だったのが50点だったら5倍ですよ。周囲のレベルや基準、自分の状況によって変わりますし、そもそもどう捉えるかですよね。
もしかしたら勉強に興味がないから、テスト中に関係ないことを考えていたとしましょう。それが周りからは意味のないことに見えても、あなたにとってはハッピーで大事なことかもしれない。すんごくクリエイティブなことかもしれない。そういった目線でいかに捉えられるか。
自分の中での成長って、見方を変えればいろんなところに広がっているはず。けど教育にそういった観点があまりないので、本人も見方を変えるという選択肢を持っていない。この現状を変えるために、どんな問いかけ・声かけをしていくのがいいのか、考えないといけない。
自覚的なハッピーが、HOPEをつくる
──成長体験を掘り起こすためにできる行動はありますか。
2つあります。1つは幸福を感じられる瞬間を意識的に設けること。もう1つはその幸福な感情を記録していくことです。
そうすることで、ハッピーを見出しやすい脳になります。私たちの脳は、エラー検知をする特定の脳部位は見つかっているのに、ハッピー検知の脳部位はない。つまり、エラーは自動的に判定しやすいけれど、ハッピーは意識しないと見えづらい、注意を向けづらいということです。だから幸福は能動的に自分で広げていくことが重要です。
VUCAの時代に曖昧なことや、ゴールが見えないことに挑むと、普通の人はエラーやリスクジャッジばかりの脳を働かせます。それも大切ですが、そんな中にも、ハッピーな要素、まさにHOPEを見出す脳にしなくてはなりません。それは、普段からそういう脳の使い方をしている、そういう脳の記憶状態にある人でないと到底できることではないのです。
ですから、普段から少し意識的に、自分でハッピーなポイントに意識を向ける、あるいは作っていくといいですね。そして、ささやかな幸福も幸福と捉えられる脳になれると、人生楽しくなると思いませんか?
──もう少し具体的教えて下さい。
スケジュール帳に朝から晩まで「ハッピーモメント」を書き出すなどオススメです。スケジュール帳って、仕事とかタスクとかで埋まりがちですが、自分の好きなものとか場所とかを、スケジュール帳に入れちゃうんです。僕はだいたい週始めの朝にやりますが、自分のタイムラインをカラフルに彩っていっているみたいでワクワクしますよ。僕なんか例えばコーヒーが大好きなので「コーヒーを飲む」がスケジュールに入っています(笑)。
これがあると「あとちょっとでコーヒーだ」って体験の前も楽しいし、飲んでいる最中も「コーヒーおいしい~」って、ますます幸せに味わえます。ここで重要なのは、意識的にやること。何気なく飲んでいてもその快感値は脳の中に作られません。「大好きなコーヒーを飲んでいる」と自覚することが幸せにつながるんです。幸福感のその背景に、その感情への気づき、アウェアネスがあるのです。
コーヒーじゃなくて、お菓子をたべるでも、散歩でも、空を眺めるでも、自分が喜べることだったらなんでも大丈夫です。
ハッピー検知の脳回路を作るって、慣れていないときっともやもやするはずです。脳も筋肉と同じように、慣れていないことには疲労感を感じてしまいますが、少し意識して継続してみてください。慣れれば楽しいばかりです。
ここで2つ目。「幸福な感情を記録していくこと」です。ハッピーモーメントを意識的にカレンダーにいれて、行動したら、さらにそれを簡単に記録していきます。
これはあくまでささやかな幸福にも気づけるようになるため。そして、思い返すことで、自分の脳にある記憶にハッピーな情報を書き込んであげるのです。感情記憶を書き込む扁桃体に、このようにポジティブな記憶を残していくことを、「ご機嫌な扁桃体」を育むと有名な神経科学者は述べています。
ここで大切なことは、思い返して、しっかりとその感情を味わうことです。あーおいしかったなぁ。うれしかったなぁ。と情景を脳に再表現して、感情の発露まで導くことを心がけてみてください。
──書くときはどんな言葉を書けばいいのでしょうか。
ワクワクしたとか、ドキドキしたとか、アガった、とか、そういう直感的な言葉で大丈夫です。そもそも情動反応は、非言語的な反応ですので、言語化するのが難しいです。しかし、この非言語的な反応とうまく付き合っていける能力は、クリエイティビティとも関係しており、これからの世の中にとって大切な能力の育みの一部にもなります。
振り返りの方法で言えば、日記も自己と向き合う手段として有用だと思います。普段からの積み重ねが何よりも重要です。ただ、繰り返しになりますが、味わいながら、感情を発露させながら書くことが大切です。
自分が持つ可能性を意識的に覚醒すること
そうやって、思い返してポジティブな感情を引き出せる人が、本当の意味でのポジティブシンキングができる人になります。世の中のポジティブシンキングには、ただポジティブなことを考えているだけで、ポジティブな感情が発露できていない人もいます。それは考えているだけで、ポジティブな感情が生まれていないので、見せかけのポジティブシンキングなのです。
ハッピーな、幸福なことを脳に記憶として書き込み、まさにご機嫌な扁桃体を持つような状態を、ウェルビーイングと呼んでいます。ウェルビーイングの「being」は、存在や状態を表します。ハッピーな反応を、脳の物理的な変化、つまり記憶痕跡にしていくことが、まさにウェルビーイングにつながるわけです。
──成功体験がないと悩む若い人も多そうですが、他人と比べて何かを成し遂げた体験じゃなくても、誰にでも掘り返せることはいっぱいあるということですね。
そうです。特に若い人たちはもっと自分たちが持つ可能性に自覚的になってほしい。
僕は脳神経科学と教育をかけ合わせた取り組みを研究する中で、若い人の色んな体験を作っていきます。実際の教育現場も入るし、コーチングをすることもある。
例えば、悩んでいる高校生に今日のような話をするんです。そうすると彼らは急に目が覚めるのか、就職先について小さなところで悩んでいたのに、いきなり海外に飛び出していったり、起業をしたりします。若いからできること、僕ら大人たちとは生きた時代が違うからこそ持っているものがいっぱいあるんです。
どうやって脳神経科学を社会に応用するのかっていうのは、まだまだわからないことがたくさんあります。だからこそ僕は、若者の可能性をどれだけ広げられるか。そして若い世代にしかわからない世界を信じ込める大人をどれだけ引き延ばせるかに注力していこうと考えています。
(編集:中島洋一 構成:日野空斗 撮影:西村明展 デザイン:月森恭助)
丸紅 | HOPE by NewsPicks