【U30マーケ】若者は価値観と信念を共有し、消費/行動する

2019/12/24
U30(アンダー30/30歳以下の若者世代)の消費行動や市場は、「時代」と「自分」の相互作用で繁栄し、インターネットとSNSの登場を経て多様化してきた。
本記事では、Z世代のマーケティング心理を代弁する辻愛沙子氏と、SNSと若者の動向に詳しいメディア研究者の天野彬氏が、U30の自己表現とマーケティングの相関性について語る。
さらに後半では、次なる「自己表現」手法の模索について、キヤノンマーケティングジャパン吉武裕子氏とともにアイデアを出し合った。
SNSで自己表現するU30世代
左から吉武裕子氏、辻愛沙子氏、天野彬氏
天野 U30というのは、価値観を共有した若者たちがカルチャーを生み出し、「自分らしい」自己表現を実現してきた世代ともいえます。
平成の流行キーワードを見返してみても、U30が生み出したカルチャーや流行が見えてきますね。
 特に90年代中盤は、ルーズソックス、アムラーなど、女子高生を中心とする若者の存在感が大きく増した時期。既存の「女の子らしさ」という社会的な価値への対抗性やアップデートのニュアンスを含みながら、その価値観を強く共有した人々が流行の担い手となりました。
 発信源となるメディアも、テレビ、雑誌、スマートフォン、SNSと、どんどん変遷し、それが組み合わされるようになってきました。
2012年、株式会社電通入社。現在はSNSの動向や若者のコミュニケーション実態を専門とした研究・コンサルティング業務に従事。主著に『シェアしたがる心理』(2017年)、『SNS変遷史』(2019年)など。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了(M.A.)。
 U30の中でも、1990年代後半から2000年生まれの私たちはZ世代と呼ばれています。
 その特徴は、団塊〜団塊ジュニア世代の団結した組織力的な部分と、ミレニアル世代が持つ個人主義的な部分の両方が内在している点かなと思っています。
 つまり、めちゃくちゃクローズドなコミュニティと、オープンマインデッドな考え方の両方を持っている。個人の中の多様性が、その人自身の「個性」になっている世代だと思います。
中高時代をイギリス・スイス・アメリカで過ごし、大学入学を機に帰国。現在、慶應大学SFCに在籍。2017年4月株式会社エードット(カラス)に学生社員として入社。自身で立ち上げたLadyknows代表のほか、2019年10月にarcaを立ち上げ、CEO/クリエイティブディレクター就任。「社会派クリエイティブ」を掲げた商品企画、空間演出、広告コミュニケーションなど幅広い領域を手がける。
天野 両世代のいいとこ取りをしていますね。
 クローズドのコミュニティで、「ウチら」の中だけで共有できる世界観や文脈を求める一方で、ジェンダーや環境問題のような社会課題にも向き合い、外にマインドが向いているオープンさがあります。
 ダイバーシティ・インクルージョンを課題感としてではなく、当たり前のこととして捉えている人が多い世代なのも、その特徴だと思います。
 そこで、何と何を「掛け算」するかが重要。例えば、ギャル文化が好きだけど、環境問題にも関心がある、とか。
 外から見ると接点がないとジャッジされがちな2つが、個人の中では共通した自分の考えや課題感、好みといった「アイデンティティ」に一本化され、その人自身になっています。
 さらに、それらをSNSなどを介してオープンに自己表現している。そういった意味では、Kemioさんがすごく象徴的な方だと思っています。
天野 振り返ってみると、平成というのは大きなマスから細かい「トライブ」に分かれていった時代とも言えます。トライブは広義には「人の集まり」ですが、よりマーケティング的な文脈で狭義に定義すると「ある価値観や信念を共有する人々」です。
 先ほどのルーズソックスやアムラーは、当時の「ギャル」がトライブとしてその流行を支えたわけですよね。
 クローズドなコミュニティのように、一見閉じているけれど、そこでの価値観や文化がメディアを通じて増幅され、開かれてつながれる。
 平成はそれがより顕著になり、SNS上での自己表現や、そこでつながるコミュニケーションによって、「トライブ」感がさらに強くなった時代だと言えます。
メインストリーム・カルチャーの多様化
天野 そして2000年代になると、いわゆるオタクカルチャーが登場してきます。
 ポイントは、それまでマイノリティのものだったのが、オンラインで可視化され、熱量をもって経済圏をどんどん拡張していったということ。
 確かに、そこからメインストリームにあがるカルチャーが変わってきた気がします。クラスのヒエラルキートップのような人たちだけではなく、ちょっとした陰や憂いのある人/モノは、私たちZ世代からもすごく共感を集めています。
 わかりやすいキラキラした切り口だけではなく、人のB面のような情緒的なことがメインストリームにあがるようになってきたということですよね。
 例えば音楽なら、あいみょんさんとか、米津玄師さんがそう。それはSNSによって、プラスもマイナスも併せ持った人間的な部分を自己表現できるようになったからだと思います。
天野 若者に関する調査結果はさまざま発表されていますが、現代のU30って、おおむね4つのカテゴリーに収れんするものと考えられます。
 現実生活の楽しさや充実感を最大化するキラキラ系のカースト上位】、世の中の流行りも積極的に受容するみんなが好きなものが好きなミーハー系、そういった層とはちょっと距離を置く、自分の好きなことや自分なりの日常を追求するマイペース系、そして特に最近増えているのがSNSプロデュース系。この人たちは、オンラインでのコミュニケーションや流行りに特に敏感です。
 現代のU30のおもしろさは、その4つのカテゴリーの人たちがキッパリ分かれているというよりも、各々がグラデーション的に混在していて、情報がつながり、それがSNS上で表現され、可視化されていることです。
 彼らがさまざまなツールを利用しどのような自己表現をしているのかを知ること、そこで形成され可視化されたトライブをどうキャッチし、どう話題を越境して広げていくのかは、マーケティング的な観点でも大きなテーマです。
自分の中の「分人」を表現する
 ひとつのアイデンティティを突き詰めるのが平成だとすると、私たちZ世代が主役となる令和は、それがひとつではなく、掛け算になっていくのではないでしょうか。
領域を越境し、掛け算していく。そのギャップが個人の中で大きいほど、パワーがある気がします。
天野 多面性が「分人」として1人の中に同居していますよね。それをいろいろな切り口でSNS発信して、共感して人が集まってくるというのが、イマっぽい。
辻 Twitter、instagram、TikTok、YouTubeなど、同じ人が違うチャネルごとに違う自分を発信し、受信するチャネルも複数持っているというのが、まさにそれを表していますよね。
 ひとつのSNSだけでみても、趣味垢や裏垢、リア垢など、自分の中の複数の特性に合わせてアカウントを使い分けたり。
alexsl/Getty Images
天野 U30にとっては、自分らしさの表現に加えて、自分がどう見えるかシグナリングすることも重要。そもそも私たちはとても社会的な生きもので、常に自分はその中でどんな存在かを示していく=シグナリングする必要があります。
 現代の特性は、「自分がどう見られたいか」がタイムライン上に反映されることにあります。自分がどんなモノを持ち、どういう体験をし、何に興味を持っているのか。それがシェアされて、その人のシグナリングになっていく。
辻 シグナリングでいうと、以前は自分の好きなモノ・コトを表現することが主流でしたが、いまは、それに加えて社会への思想やスタンスをしっかりと発信していくフェーズにきていますよね。
 例えば、差別的な発言は大前提として許されるべきでないし、感覚的に捉えても「サムい」発言だという反応を周囲がとったり。ペットボトルよりマイボトルのほうがオシャレだしかっこいい、とか。
 そんなふうに、社会や他者への想像力を持って生きることや、自分の意思のもと、社会や他者に対して「利他的」なスタンスを取っていくこと。それらが、一部の人たちの社会活動ではなく、皆が発信し共感できる時代になってきているのではないでしょうか。
ビジュアルの力がつくる“流行”
天野 自己表現の「手法」という点では、スマートフォンがビジュアルコミュニケーションの流れを大きく変え、誰もが手軽に発信できる世界をつくりました。
 自分の体験を人に伝えたいというのは、共感をベースに絆をつくり、社会的にシグナリングして自分を確立する私たちの根本的な欲求です。
 その際、文字よりも写真のほうが手軽かつ高い解像度で伝えることができます。情報をリッチに手軽に伝えたいという欲求に沿って今のSNSは進化しているし、だから人々は常用するようになっています。
辻 流行の広がり方にも、写真やデザインの力は大きく寄与していますよね。
 かっこいい写真やデザインが間口となってSNSで広がれば、難しいテーマでも興味関心を持ちやすくなるし、自分も参加したくなったり、発信するハードルも下がる。
カープ女子とか、LGBTQのレインボープライドは、その好例です。
天野 そういうボトムアップなムーブメントのつくられ方が、これからは増えていくでしょうね。
 そういう意味でも、写真を撮るという行為は、とても手軽なアクションでありつつ、何かのイベントや現場を「自分ごと化」できるきっかけとして非常に重要だなと僕も感じます。
 そしてそれがハッシュタグなどでつながり、「ググる」ではなく「タグる」ことで広がりを持っていくわけですね。
 そうですね。かっこいい写真やデザインなどの「入り口」で存在を知り、それをどう「自分ごと化」して、SNS上でどのように写真と言葉を駆使して「自己表現するか」が、ポイントになるのではないでしょうか。
“その場”を写真で残すコミュニケーション
 ますます多様化するU30の「自己表現」。その手法について、これからどのような広がりが期待されるか? ここからはキヤノンマーケティングジャパン吉武裕子氏とともに、新たなツールの可能性について考える。
吉武 天野さんや辻さんがおっしゃるように、U30にとって、言葉や写真による自己表現は重要な手段です。
 スマホやSNSを駆使して誰もが手軽に自由度高く表現ができるようになった時代だからこそ、その手法は多様化しています。
 その流れで最近では、デジタルではない、プリントした写真の存在感が改めて注目されています。
iNSPiCシリーズの商品コンセプトや販売戦略を企画するマーケティングを担当。
 確かにいま、原点回帰的な流れで、あえて「加工しない」写真がいいというムードもありますよね。
 アナログ風に撮影できる写真アプリや、テプラ職人が人気を呼んでいるのも、その表れのひとつのはず。
吉武 スマホカメラの高性能化によって写真を撮る楽しみを知った方がカメラを購入したり、Instagramなど写真で表現するSNSの発達で、より「写真を撮る」ということが身近になったり、デジタルの影響がうまく作用していますよね。
天野 Instagram上でも、フィルム写真のハッシュタグは何十万件も投稿されています。
吉武 そうなんです。
 そこで私たちは、アナログのリアル感とデジタルの利便性を取り入れた新たなコミュニケーションツールとして「iNSPiC」という手のひらサイズのスマートフォン用ミニプリンターを販売開始しました。
  保存したり共有したりという写真の楽しみ方から一歩進んで、外出先でも「その場で、その瞬間を気軽に楽しむ」というのがコンセプト。プリントというリアルな形にすることがポイントです。
iNSPiCのマーケティングアイデアを出し合う3人
 iNSPiCという商品名は、Instant、Picture、Inspirationを組み合わせたものです。
 感性をその場で写真にして楽しんでもらいたいという想いを込めたネーミングになっています。
辻 「その場の感性」というのは、私にはすごくしっくりくる言葉です。
 私たちはよく「場面」という言葉を使うんです。「場面で会おう」とか、「場面で写真撮ろう」とか。場面というのは、事前に時間や場所を約束する予定調和的なものではなくて、自然発生的なその場のノリや偶然の生み出す感性を大切にするということ。
 そういう「場面文化」にぴったりのプリンターですね。小さいから持ち歩けて、いつどこで誰に会っても、その場のノリで写真をプリントして渡したり、楽しんだりできそうです。
対談の盛り上がりをその場で写真にプリント
天野 最近は、オンラインでの予定調整や集客が簡単になったこともあり、イベントや小規模なコミュニティーでの集まりも盛んになっています。
 みんなと「一緒の場で人との仲を深める」というのは私たちにとって普遍的で太いニーズなので、「iNSPiC」のようなツールが提供できる価値は広いのではないでしょうか。
プリントして「残るコミュニケーション」
吉武 商品化にあたって、若い女性がどう使ってくれるのか、徹底的にマーケティングをしてきました。
 今までは製品の特長を起点にマーケティングを行ってきたのですが、今回は使う人の「行動」を起点にして、この商品によって彼女らがどのような行動を生むことができるかを考えました。
 そこで見出したのは「自分の好きな世界をアナログで表現することで、新たなコミュニケーションを創出する」ことです。
 デジタルネイティブの若い女性にとって、プリントすること自体が新しい経験です。
 プリントした写真を配り、みんなでその場面をシェアするのはもちろんのこと、そのプリントを切り貼りしてつくることにおもしろさを感じることがわかりました。
 シールになっているフォトペーパーをハサミで切ってノートや手帳に貼り付けて、自分の好きな世界をオリジナルの作品で表現することを楽しんでもらえているようです。
 自分の好きなものをプリントしたシールを毎日手帳にまとめ、それをSNSで発信するという、アナログからデジタルのコミュニケーションも生まれています。
 それは、さきほどの「分人」をそのまま表現することにもつながりますよね。
 私も、ゴリゴリのパンク音楽とか、ガーリーな服とか、一見相容れないようなジャンルの「好き」が自分のなかでは共存している。それをごちゃまぜにして寄せ集めた「自分ブック」みたいなのを「iNSPiC」でつくるのは楽しそう。
天野 みなさんもSNS上ではシェアしないけど、スマホのカメラフォルダーには残っているという写真がいっぱいあるのでは?
 まさに僕もそうなのですが、実はそういう写真ってあまり見返さないですよね。
 逆に、部屋に飾ってある写真はよく目に入るし、見るとそのとき一緒に写った人のことやその時の体験を思い出します。
 そういう「残るコミュニケーション」を手軽にしてくれるというのは、現代のスマホ社会において実はとてもニーズのあることなのではないでしょうか。
吉武 私たちもこれまでは、プリントしたものをどう楽しむかにフォーカスを当てていました。今後は何をプリントするかまでさらに掘り下げたいと考えています。
 スマホに入っているどんな写真をプリントすれば、その楽しさに気付いていただけるのか。写真だけでなくイラストや何気ない画像でもいいと思っています。
 スマホの中に保存してある「大好きなもの」をアナログで表現することにより生まれる古くて新しいコミュニケーションで、自分の中にある「分人」ごとの自己表現を、さらに楽しんでいただきたいと思います。
 また当社では、ミニフォトプリンターiNSPiCだけでなく、これまでの概念を覆すまったく新しいコンセプトのカメラ「iNSPiC REC」も新たに発売しました。
 私たちはこれからも、写真の新しい価値を届けるマーケティングを実施し、写真の楽しさを若者に向けて発信していきたいと考えています。
模倣品との“いたちごっこ”に終わりはあるか?
(編集:川口あい 撮影:隼田大輔 デザイン:國弘朋佳)