電動化時代にポルシェの「魂」はどう宿る? フル電動スポーツカー「Taycan」誕生。

2019/12/13
 2019年11月20日、ポルシェ初のフルEVとなる「Taycan(タイカン)」のジャパンプレミアが、東京・表参道で行われた。
「Taycan」とは「若馬」。ポルシェのエンブレム中央にかたどられている躍動する馬を車名に冠したことは、このEVが気まぐれにつくられたのではなく、次世代のポルシェを象徴する1台として位置づけられていることを表している。
 発表会では、タイカンのデザインやテクノロジ―について「Soul, electrified それは、電動化された魂」という言葉がフィーチャーされた。
 同社のアイコン的存在である「911」に象徴されるスポーツカーメーカーの魂を、デジタル世代に向けて再解釈したのがタイカンだ。そこには、1931年の創業以来、一貫したポルシェの思想と、蓄積された技術がある。

ポルシェの「魂」を次世代へ

 ポルシェジャパンの代表取締役であるミヒャエル・キルシュ氏は、欧州のプレミアム自動車メーカーを経て、ポルシェチャイナやポルシェコリアでCOOやCEOを歴任した。いわば、世界のマーケットを知るスペシャリストだ。
 このイベントでは、日本法人の社長就任以来「100日間は、聞くことに徹してきた」というキルシュ氏が、タイカンのお披露目とともに初めて自らの考えを公にした。
「私は2012年以降、中国と韓国の市場を見てきました。ヨーロッパから見ると“アジア”と一括りにされやすいけれど、それぞれの国が、それぞれの歴史を重んじたうえで異なるアプローチを取っていると感じます。
 そのなかで日本は、ポルシェがアメリカに次いで海外での販売をスタートした国です。ポルシェというブランドに対する理解が非常に深く、道路を見ると往年のブランド車が走っていて、自分が欲しいクルマを選びたいという志向と、納車までの時間を待ちわびるような気持ちを持っていただけている。
 このような環境で仕事ができるということは、私のようにマーケティングやブランドに長く携わってきた人間にはとても光栄なことです」(キルシュ氏、以降同)
 日本市場においては、その歴史の長さと、熱烈なファンによって支えられてきたポルシェだが、だからこそ、内燃機関のエンジンからモーターへと積み替えたフルEVへのシフトが難しいともいえる。
 また、日本において、ポルシェオーナーの平均年齢は55歳以上。車両価格を考えると妥当な結果ともいえるが、同じ調査での中国の平均年齢は35歳だ。世界に比べて日本では、富裕層の年齢が特に高い。
 キルシュ氏がタイカンに託すのは「ポルシェの魂を、次世代へと継承すること」。ポルシェの未来はどうあるべきか、ブランドをどう形づくっていくのか。それを考える糸口が「タイカン」なのだ。
「ポルシェ創業者(フェルディナント・ポルシェ)は、自分が欲しいクルマがなかったから、自分自身が求めるクルマをつくりました。これが、ポルシェの根底にある思想であり、野心です。
 今、ポルシェを愛していただいているオーナーの方々には、EVであるタイカンにも、この思想が宿っていることを伝えたい。一方で、まだポルシェを知らない若い世代のなかにも、この思想や野心に共鳴する方々がいることを確信しています」
 ポルシェはグローバルで、タイカンのユーザー像を共有している。ここでは、既存のポルシェオーナーとは別に、次世代のユーザーとして3つのキーワードが挙げられている。
 今回のタイカン発表に伴うイベント「SCOPES Tokyo」が表参道と渋谷で開催されたこと、開催期間中のゲストとして、ポップカルチャーや社会起業家などのアイコンが起用されたことは、こういったネクストジェネレーションを強く意識したアプローチだ。
「私は、彼らにタイカンを売りたいのではありません──もちろん、買っていただければうれしいですが(笑)。
 まずは、ポルシェが目指すものづくりや、その先にある価値観に共感してもらえるであろう彼らと、関係を結び、アイデアを交換し、ともに未来をつくりたいのです」

スポーツカーを、電動化するということ

 ポルシェジャパンのプロダクトマネージャー、アレキサンダー・クワース氏は「タイカンはフル電動でありながら、これまでのすべてのモデルに通貫するポルシェの信念を体現している」と言う。
 タイカンのフォルムを眺めていると、その形状は動物が身構える様を連想させる。ルーフからボディ後方へとなだらかに流れる独特の形状は、ポルシェの伝統的なデザインのひとつ、“フライライン”だ。
「前から見ていただくとまったく新しい印象があると同時に、馴染みのあるポルシェの顔という感覚もあると思います。
 ボリュームのあるフェンダーと、低く抑えられたボンネットのカーブは『911』に代表されるポルシェの特徴ですが、内燃エンジンのスペースが不要なタイカンは、4ドア車でありながらボンネットを低くし、高低差のメリハリをつけることができました。
 電気自動車特有のデザイン、そしてポルシェのデザインが融合し、より一層ポルシェらしさを感じられるフォルムになっています」(クワース氏、以降同)
「インテリアをデザインするにあたっても、出発点として選んだのは初代の911です。ホリゾンタルを強調し、計器類はすべてドライバーを中心に配置されています。
 ここにはポルシェの魂が宿っています。つまり、ドライバーのために開発したクルマ。その伝統をデジタル世代のために新しく解釈し、デジタル、ピュア、サスティナブルをキーワードとして設計しました。
 タイカンは走行時にCO2を排出しないフルEVであるだけでなく、製造工場もカーボンニュートラルです。インテリアには、ポルシェとして初めてレザーフリーのパッケージを用意しています。リサイクル素材や加工時の工夫により、素材のチョイスから製造プロセスまで一貫してCO2の削減に取り組んでいます」
 EVの運動性能を語るうえで欠かせないのは、モーターとバッテリーだ。フロントとリアアクスルに搭載された電動モーター、そして電気自動車に初めて搭載された2速トランスミッションによって、わずか2.8秒で0-100km/hまで加速、最高速度は260km/hで、最大761馬力の出力(※タイカンターボS:欧州参考値)を誇る。
 これを実現したのは、最大で93.4kWhの容量を持つバッテリー。フル充電で航続463km。ブレーキには回生システムも組み込まれており、制動エネルギーの最大90%を再生してバッテリーに充電する。200km/hから完全停止するまでのブレーキで得られる電気エネルギーは、航続距離でいうと4kmのプラスに相当する。
 キルシュ氏は、「よいクルマとはなにか?」という質問にこう答えてくれた。
「ポルシェが目指すよいクルマとは、もちろんスポーツカーです。と言っても、速いクルマというだけではありません。
 コーナリング、ステアリング、力強いブレーキング性能……よいスポーツカーの条件は、すべてが高いレベルでバランスが取れていて、ドライバーがしっかりと挙動を予測し、コントロールできることなんです。
 特にEVでは、再現性が重要です。これまで試乗した市販のEVスポーツカーは、最初にアクセルを踏んだときの加速には満足しても、1、2回繰り返すとパフォーマンスが落ちてしまい、残念に思うことがありました。
 タイカンは、0-200km/hの加速を連続26回行っても、毎回同じだけのパフォーマンスを返してくれます。ドライバーの思いどおりに、予測可能な動きをすることがポルシェの考えるよいクルマであり、それをつくることが我々のプライドだからです」(キルシュ氏)

ポルシェが描く未来とは?

 スポーツカーといえばレーシング仕様を思い浮かべるが、キルシュ氏は「デイリーユースに使えるスポーツカーが好み」だと語っていた。
 一般道を走り、子供を送り迎えし、時には家族でコストコへ行く。そんな用途であっても彼やポルシェが求めるのは、初代911から伝統的に受け継がれてきた「ドライバー・ファースト」というフィロソフィーなのである。
 逆にいえば、ドライバー・ファーストでさえあれば、それを実現する手法に固執はない。それはエンジンという動力にこだわることなくタイカンをつくったことにも表れているし、極端な話、「所有すること」さえ拡張は可能だという。
「たとえば、あるユーザーが海外へ向かうときに、ポルシェで空港へ移動します。4ドア車のタイカンなら、家族旅行でも快適に空港へ向かえるでしょう。そのクルマの運転性能には、我々は絶対の自信を持っています。
 でも、本当なら行った先でも乗り慣れたポルシェでドライブしてほしいですよね。空港でポルシェオーナー専用のパーキングに停め、チェックインを終えると、専用ラウンジで出発前の時間を過ごす。
 そして現地の空港に到着したら、用意されたポルシェが出迎えてくれる。そんなユーザー体験も、これからの時代には可能になっていくでしょう。タイカンはそのための通信機能を備え、アップデートの準備ができています」(キルシュ氏)
 これまでの時代には、クルマを所有することで愛着を高め、ステイタスを表すこともできた。だが、今はシェアリングエコノミーが拡大し、好きな時に好きなだけ利用することの価値が高まっている。
 キルシュ氏は、たとえそうなったとしても、ポルシェに愛着を感じ、ポルシェというブランドを所有してもらうことができると考えている。
 その自信の源には、ドライバーのためのクルマをつくり続けてきたポルシェの「魂」がある。それは重力のようでもあり、風のようでもあり、ドライバーが五感で味わうもの。「ほかのクルマとどう違うのか」と聞くと、こんな話をしてくれた。
「最近、16歳の息子と愛とはなにかという会話をしました。父親としては、愛について説明することはいくらでもできますが、まだ彼はそれを本当の意味で理解することはできません。最後に伝えたのは、『今話したことは、君が本物の愛を経験したときにわかるよ』です(笑)。
 今日はタイカンの素晴らしさについてたくさんお話ししましたが、『Soul, electrified.』を体感していただけるのは、ステアリングを握り、アクセルを踏みこんだ瞬間です。来年の夏、皆さんの前にタイカンをお届けできるのを私自身が誰よりも楽しみにしています」
(編集:宇野浩志、林小太郎[steam] 構成:佐橋健太郎 撮影:大橋友樹 デザイン:黒田早希 動画制作:萬野達郎、佐々木健吾、高瀬瞬輔[NewsPicks Studios])