もはや様式化された"古き良き"慣習?

「飲みニケーション(nominication)」しに、一杯やろう──日本のビジネスの場面では、そうした慣習が存在してきた。
飲みニケーションとは、日本語の「(酒を)飲む」と英語の「コミュニケーション」を組み合わせた造語。仕事を終えた部下たちが上司と参加する(場合によっては、参加"しなくてはならない")飲み会のことだ。
理屈の上では、リラックスした雰囲気の中で上司と飲み交わせば、チームの絆は深まる。昇進を目指している人にとっては上司を味方につけるのに好都合だし、すでに役職についている人にとっては、人間関係を築いたり、ストレスを解消したりする場になる。
支払いの段になったとき、会員制クラブやカラオケ、ウンジのような店ではもちろんのこと、会社のオフィスでも「本当の権限を握っているのは誰であるのか」を部下にさりげなく見せつけることもできる。
こうした飲みニケーションのやり方は細部にわたって念入りに様式化されており、さながら茶道のようだ。
ある意味では、文化的重要性としては茶道並みだと言えるかもしれない(皮肉なことだ)。飲みニケーションに誘われた者は、ほとんど断わることができないのだから。

「お酒の場以外」でコミュニケーションする方が重要

しかし、飲みニケーションという慣習は現在、終わりを迎えようとしている可能性もある。若い世代や、働く女性たちを中心に反発が増しているためだ。彼らの多くは飲みニケーションを、排他的で性差別を助長する不当な期待だと考えている。
会津大学の山内和昭上級准教授は、2011年に学会で発表した飲みニケーションに関する論文で、以下のように述べている。
「"ハラスメント"冤罪の防止のためにも、実際の"ハラスメント"防止のためにも、上司は異性の部下ひとりだけを飲みに誘うべきではないでしょう。そうした行為は誤解を招き、仕事でいらぬ問題につながりかねません」
出世を目指している日本の若い会社員にとって、飲みに行くことを上司から強要されることは、男女問わず日本の職場におけるひとつの問題の根源だ。
また特にジェンダーについていえば、日本では管理職の87%が男性で占められている。男女の賃金格差は24.5%。先進国の中では、韓国、エストニアに続いてワースト3位だ。日本の女性は、働きに出たとしてもパートタイムになりがちで、賃金も相対的に少ない。
こうした不公平さと、幼い子どもを持つ働く親たちへの負担を理由に、2018年に三菱UFJ銀行の執行役員となった南里彩子(なんり・さいこ)は、飲みニケーションを廃止しようと呼びかけている。そして、まずは自分の部署でそれを実行に移した。
ブルームバーグの記事によると、南里は同僚や部下に対し、終業後にみんなでにぎやかに飲みに繰り出すようなことはしないと告げたという。「毎日飲みに行ったところで、部下に伝授できる特別な知識を私が持っているわけではない」と南里は話す。
彼女のこうした姿勢は、会社全体の方針ではない。しかし、自分のそうした取り組みによって、年下の女性従業員たちがもっと楽になることを彼女は願っている。「うまくいけば、みんなにも勧めようと思っている」

飲みニケーションを信じる管理職と、古い慣習から脱却する部下

とはいえ、あとに続く人がいるかどうかはわからない。最高経営責任者や社長、さらには寺の住職をつとめるお坊さんなど多種多様な日本の管理職30人を対象にしたある学術調査によると、管理職は飲みニケーションを「日本社会で多少なりとも効果があり、人間関係を構築したり商談を取りまとめたりするうえで役に立っている」と感じているようだ。
ただし、労働者たちのほうは、特定の職場慣習について疑問を感じ始めている。たとえば会社員は夜遅くまで残業すべきだという、根強い期待が挙げられる。長時間労働が常態化した果てに起きる深刻な影響として「過労死」の問題もある。
仕事帰りにお酒を飲みに寄り道するという慣習も、もはや時代遅れであり、「柔軟な働き方」を提示しながら従業員の時間をいつまでも侵食してしまうものだといえる。
飲みニケーションという慣習をなくせば、職場にはほかにもメリットがあるかもしれない。
京都外国語大学国際貢献学部の根本宮美子教授はブルームバーグに対し、「時代遅れの慣習によって、働く母親やもっと育児をしたいと考える父親、自己成長に時間を使いたい人、より好ましいワークライフバランスに慣れ親しんできた外国人たちなど、ビジネスを効率的にこなす優秀な人たちが締め出されている」と指摘する。
もちろん、こうした慣習を廃止することで、コミュニケーションがないがしろになるということではない。そもそも業務時間のうちに適切なコミュニケーションをとり、仕事をこなすことが、「デキるビジネスパーソン」の真の姿のはずだ。
「遅れていると言われる日本のビジネスの場面では、こうした慣習をひとつずつ改めて行くことこそが、多様性や、実績に基づいた昇進制度、勤務中の開かれたコミュニケーションの向上に向けた大きな一歩を踏み出すファーストステップになるかもしれません」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Natasha Frost、翻訳:遠藤康子/ガリレオ、写真:recep-bg/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.