【対談】メルカリ経営のリアリティと葛藤

2019/12/3
創業7年目にして、国内フリマアプリの代表的存在となったメルカリ。2019年2月にスタートしたばかりの決済サービス「メルペイ」も、同業他社の中で存在感を高めている。一方で、事業を整理することもいとわない決断力も話題に。そんなメルカリの事業成長を支えるコーポレート部門に焦点を当てた本シリーズ。

第2回は、メルカリ執行役員兼経営戦略室トップの河野秀治氏と、グローバル企業の経営戦略に詳しい経営共創基盤(IGPI)パートナー(共同経営者)の塩野誠氏に、コーポレート部門の役割や課題について語ってもらった。(全3回)

プロ人材への基礎能力は「面白みを見いだす力」と「やり遂げる力」

──お二人はライブドア証券や経営共創基盤(以下、IGPI)で同僚として働いた経験があります。お互いにどのような印象をお持ちですか。
河野 僕は、塩野さんがライブドアで企業投資やM&Aを手がけていた頃、インターンシップで入社しました。
塩野 当時の河野さんは、弱冠21歳にして、目の前のことを最後までやり遂げようとする意識が極めて高かった。ビジネスで必要とされるプロフェッショナルな意識を最初から持っていて、そこにさまざまなスキルがついていったのでしょう。
 IGPIでは、ハンズオンでの経営改革支援やM&Aのアドバイザーとしてもクライアントに対して価値を出して信頼されていました。
河野 出会ったころの塩野さんは、ライブドアで当時29歳にしてニッポン放送買収の記者会見で堂々と話していた姿が、同じ20代の僕には印象的でした。
 会計や法務など、自らがかかわっている分野はあらゆる方面を深掘りして知ろうという姿勢を徹底していました。僕はそのスタイルを踏襲させてもらっています。
塩野 僕のスタイルは「ゴールがあったら、ゴールに必要なことはやらないとね」というシンプルなもの。もしかしたら、他の人は「ここまでが自分の役割」「ここからは知らなくてもいい」といった線引きを勝手につけている可能性があります。
 まずは「必要なことはこれ」と設定をする。あとはそれをコツコツとやっていくだけで、解決できるものです。
 もう一つ大事なことが、仕事を面白がれるか。
 当時、河野さんや僕がしていた仕事は、会計、税務、法律の条文解釈など、結構地味な作業。ある種、コーポレート部門のバックオフィスの人々が日常的にやっていることですが、それさえも面白がってやっていました。
 ここを惰性でやるのか面白がれるか、その意識の差が「やり遂げる力」につながるんです。

メルカリの良さはパッションと合理性

塩野 河野さんがメルカリに入社したのは2018年7月。当時はCEO室という名前でしたが、そこでまず取り組んだことは何ですか?
河野 結果的には選択と集中ですね。
 メルカリは、日本市場、アメリカ市場でのフリマアプリのほか、決済事業「メルペイ」。そして今は撤退したイギリス市場でのフリマアプリ、「メルチャリ」「カウル」「メルトリップ」など数々の事業がありますが、展開するたびにニュースとなりベンチャー企業界隈をにぎわしました。
 それによって人材をどんどん吸収していったわけですが、それを続けていくのは難しいと感じていました。
塩野 その心は?
河野 経営は、経済的な営みだからです。ベンチャー企業の多くは、活性化や人材獲得のための新規事業開発やM&Aをやりたがります。そういう会社の方が華やかですが、同時に利益を潰していることを忘れてはいけません。
 組織づくりとその限界に合わせた事業展開のペースづくり、そして利益創出というある種背反したもののバランスをとらないといけないわけですが、そのためには、事業の「焦点」をますます鮮明にし、戦いの内容をシンプルにする必要があります。
 有限な経営資源をどこに分配すべきか、一つひとつのプロジェクトを分析して論点を洗い出したうえで、CEOと事業責任者と議論を重ねました。そして、潔く意思決定されてきました。
塩野 それは素晴らしい。まず、経営戦略室は、情報を集めて整理し、上が純粋に経営判断だけをすればいいようにクリアにされていた。
 そして、CEOは、「誰誰さんがかかわった事業だから」といった“情理”をすっぱり切り離して、“合理”として意思決定された。CEOもコーポレート部門も、“合理と情理のバランス”が取れていたわけですね。
 経営者はCEOレベルになると、極論を言えば1年間に2~3回、決して間違えてはいけない判断をしないといけません。たとえば、「事業投資をやるかどうか」「撤退するかどうか」。極端な話、それさえ間違えなければ寝ていてもいいわけです。
 逆に、一生懸命働いていても、その3回を間違えると会社は終わってしまいます。ですから、CEOが判断を間違えないよう完全にサポートできる部隊があることは、企業にとって大きな強みになります。

性善説がベンチャー界隈にもたらす“病理”

河野 おかげさまで意思決定から撤退までは、かなりスピーディーに進みました。その結果、我々が今集中すべきは、子会社のマイケル社を含む日本のメルカリ事業と、メルペイの事業、USメルカリの事業の三本柱に。
 それに加えて、社会的なつながりを強化していくための鹿島アントラーズという布陣です。
塩野 実を言うと、そこまで迅速に行動できる企業はなかなかないんですよ。
 そもそも、意思決定に資する情報とインサイトがちゃんとCEOに上がってくるか。それを受けて、取締役会が意思決定を行い、さらにそれを実行できるか。この3つができたケースは少ない。
 まず、上がってくる情報自体が間違っている可能性もあるし、自分の代で意思決定をせず先延ばしにする可能性もあります。さらに、決めることまでできても、やり遂げられるかというと、事業から撤退する際や事業を始める際に時間がかかることも。
 ですから、やはりCEOレベル、取締役レベルにしっかりとした情報を与えて意思決定してもらって実行できる機能が会社に存在するなら、これほど素晴らしいことはありません。
河野 ありがとうございます。ですが、いまだ仕組みとしては十分ではなくて、道半ばです。
 僕らの最終的な理想郷は、経営戦略室がなくなること。経営と現場の間の情報の流通が円滑に進むような仕組みをつくり、事業の状況が見える化されることができれば、理想的な意思決定が迅速にできるようになります。組織としてはそこを目指しています。
 それに加えて、私たちのチームで推し進めているのは「組織OSのアップデート」です。複雑で大きくなった事業と組織を動かすには、現状のOSでは耐用年数がとうに過ぎていると判断したからです。
 具体的には、非効率やリスクの温床となる属人化の解消を進めていますが、そのためにはカルチャーの修正も必要だと感じました。
  メルカリでは「性善説」というカルチャーキーワードが掲げられた時期があります。事業を何が何でもテイクオフさせないといけないスタートアップフェーズではうまくフィットしていたと思います。
 ただ、組織が拡大するにつれて、社内ではいろんな解釈をされて理解されるようになり、改革の盾になっている面もありました。
 性善説は判断の基準をつくらないことと近しく、経営としては楽なのですが、それは結果として事業と組織のスケールを妨げていることに気づきました。
 この言葉は誤解されることもあったため、現在、メルカリでは相互の信頼関係を前提とし、情報の透明性を保つオープンなカルチャーを「Trust & Openness(信頼を前提にしたオープンなカルチャー)」と呼んでいます。
 また、生産性を上げ、同時にリスクを低減させる仕組みをメルカリでは「メカニズム」と呼んでいますが、複雑で大きくなった事業と組織にあわせたメカニズムを構築し、このようなカルチャーのもと社員が大胆に挑戦し能力を発揮できる環境を作っていきたいと考えています。
 メルカリの施策はインターネット業界でもハイライトされやすく、「性善説」は多くのベンチャー企業に同様のコンセプトを採用してもらえていますが、それらの企業がスケールする過程で、病理として小さくない副作用を発症させてしまうかも知れません。

「家」を作れる面白さをぜひ体感してほしい

塩野 河野さんご自身、メルカリで働く醍醐味はどんなところにありますか?
河野 メルカリは、約6年のスタートアップ期間を経て、社員数も2000人近くに増えました。その過程では、組織変更を四半期単位で活発に行っています。
 すると新たなポジションが生まれるので、ポテンシャルのある人はそこにどんどん抜擢されていきます。このように、組織が硬直化していないところは魅力だと思います。
 たとえばCEO室においては、守備範囲をどんどん広げ、その名を経営戦略室として発展してきています。その守備範囲は、国内と海外の事業や組織にかかわる戦略を扱うだけでなく、特徴的なのはセキュリティーやリスク管理も含まれる点です。
 CEO直下の組織にセキュリティーとリスク管理チームが配置されていることは、その領域が競争戦略上とても重要だという判断がすぐに組織に反映された結果です。
 近代ベンチャーの中でも数少ない急成長企業だと思いますが、変化に適応するための組織や制度、会社そのものを作れるのがコーポレートという部署。僕自身、ここで働く醍醐味は大きいですよね。
塩野 コーポレート部門で働くのは、建築にかかわるようなことですからね。
河野 まさに。伝統的な大企業も、大きくなるために当然通ってきているフェーズです。そこで基盤を作った人たちが、将来のエスタブリッシュメント企業の礎を作っている。このタイミングにかかわれること自体、幸せだと思います。
 完成された制度が既にある組織で頑張るのもいいですが、やはり、そのフェーズを創れるというのは、野球で言えば「一回限りの新人賞」です。
 様々なバックグラウンドをもった人たちが既に持っている洗練された知識を、メルカリにおいて、いかにメルカリらしいものに発展させられるか。ここが醍醐味ですね。
塩野 組み立てて良い建築物を作ろうとする。それも、ゼロから作れる体験はなかなかありません。そこに魅力があるんですよね。近年、弁護士や公認会計士もベンチャー企業に入るようになりました。
 「自分の実務力を試してみたい」「実際、どういうプラクティスが行われるのか自分の手でやってみたい」と。本当に、一つの家を作るチャンスは一回限り。建てたあと、「あの家を作った自分」を誇らしく思えるはず。
 特に、グローバルな視点で見ても、小さくても機能的なバックオフィスを持っている会社は伸びる傾向があります。
 そんなメルカリで働き、「あのカオスの過渡期に一生懸命やった」「しっかり制度設計をした」とあとあと言えるとしたら、名刺代わりとして最強でしょう。
河野 僕がまだ20代前半に、塩野さんから仕事を与えられた時、一貫して成し遂げられる仕事の与え方をされました。つまり、家を作らせてもらったんです。今思えば、そうした経験が、もっとも自律性を身につけられる近道でした。
塩野 河野さんのチームでは、入ったばかりの方でも「家全体を作っている」という実感を持てる仕事があるのですか?
河野 そこに重要性を感じているので、一からチームでできるような仕事は豊富にあります。結果的に自律性を身につけるのも早いし、責任感も生まれ、視座も高まります。
 コーポレート部門としては、今まさに家を建てている最中ですので、ぜひ参戦してほしい。この強烈なプロダクトを一から作るという経験は、めったにできることではありません。
 仮にこれを作ったら、どんな世界でも戦えると思います。それぐらい、圧倒的な力がつく。
塩野 どこでも戦える人材。つまり「メルカリ・マフィア」が生まれてくるということですね。
河野 そして当然ですが、メルカリ・マフィアは「現場で逃げずに真剣勝負の戦いをしている人」しかなれません。現実との折り合いをつけながら、もがきながら課題と向き合い、事業にコミットする。そうして視座は上がっていきます。
塩野 最後に僕から河野さんに言いたいことは、どうかメルカリに入社する人たちが、いつも「面白い」と言える企業であってほしい。「つまらなくなった」と思われたら、会社が勢いを失った時、その失い方も激しい。
 「この仕事面白いね」「こういうチャレンジもいいね」というのを、マネジメント側が与え続けられるかどうかは、重要です。その結果、今のように、社員がみな「メルカリで働く自分がカッコイイ」と思える状態が続いてほしいですね。
河野 はい。日本発の「近代企業経営の結晶」と言われるものを創ってみたいと思っています。
(取材:森田悦子 構成:桜田容子 編集:奈良岡崇子 写真:大畑陽子 デザイン:九喜洋介)