2019/11/25

プログラミングは人生を切り開く“武器”となる

NewsPicks BrandDesign Editor
 テクノロジーやプログラミングの知識が一部の専門職だけのものだった時代は終わりを迎えた。すべてのビジネスパーソンや経営者にとって、その理解は不可欠になりつつある。

 では、専門分野外から最新のテクノロジーを学ぶ重要性はどこにあり、その学びは経営や組織運営にどう還元されているのか。
 2015年にプログラミング学習「テックキャンプ」を受講し、ウェルスナビ株式会社を創業した柴山和久氏と、今年8月に1週間の集中コース「テックキャンプ イナズマ」を受講した株式会社一休・執行役員CHROの植村弘子氏に話を聞いた。

サービスを自分で作りたかった

柴山 私がテックキャンプに参加した理由は、明確でした。個人向け資産運用を自動で行うロボアドバイザーサービス「WealthNavi(ウェルスナビ)」を自力で作りたいと思ったからです。
 事業計画を思いついたのは、2014年の冬でした。「このサービスを作りたい」と湧き出た想いのままに、当時勤めていたマッキンゼー・アンド・カンパニーを2015年3月に退社。その直後にテックキャンプに参加しました。
柴山和久(しばやま・かずひさ) 東京大学法学部、ハーバード・ロースクール、INSEAD卒業。日英の財務省で合計9年間、予算、税制、金融、国際交渉に参画。その後マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務し、10兆円規模の機関投資家をサポート。2015年4月にウェルスナビ株式会社を創業、2016年7月にロボアドバイザー「WealthNavi(ウェルスナビ)」をリリース。リリースから約3年2カ月となる2019年10月に預かり資産1800億円、口座数24万口座を突破した。
 毎日10時間近くプログラミングと向き合った日々は、まさに人生が変わった時間。
 テックキャンプに行かなければ、ウェルスナビという会社もサービスも、起業家としての私も生まれなかったと言い切れます。

「今の考え方ではエンジニアはついてこない」

 テックキャンプ以前の、私のプログラミング知識はほぼゼロでした。
 「資産形成のインフラを作ろう」と思い立ち、マッキンゼーの仲間や海外の投資家に話をすると、誰もが好意的な反応を示してくれました。そこですぐに事業計画書を作成。「日本で必要とされるサービスですね」「応援しています」と激励の声もいただけた。ただ、問題はそこからです。
 どうすればサービスをかたちにできるのか。知識も経験もないため一歩も前に進まない……。エンジニアを雇うようにアドバイスされましたが、今度はどんなスキルを持った人材にお願いすればいいのかがわかりません。
 そんな中で忘れもしないのは、ウォンテッドリー株式会社CTOの川崎禎紀さんの言葉でした。事業の相談でランチをご一緒した帰り、川崎さんがふと、こう言ったんです。
 「今の柴山さんの考え方では、エンジニアは誰も柴山さんと一緒に働こうとは思わないですよ。スーツは、ジーンズの敵ですからね」と。
 ランチのためにわざわざスーツを着てきたのに、そんなことを言われるなんて。あまりのショックに、すぐユニクロでジーンズを買いましたが、当然ながら問題の本質はそういうことではない。
 いくら事業計画をキレイに作成できても、具体的なサービス開発の絵を描けなければダメなのだと、自分なりに解釈できるまで時間がかかりました。
 途方に暮れている中、私の気持ちを大きく動かしたのは、グリー株式会社CTOの藤本真樹さんのひと言です。お見せした事業計画書をペラペラとめくりながら、「これなら柴山さんでも作れますよ」とさらりとおっしゃった。
 その言葉に悶々とした気持ちが一気に消え、「もう自分で作ってみよう」と決意したのです。
 それまで相談した方の99%は、エンジニアにお願いすべきだと口をそろえました。サービスを作るためにテックキャンプに行くと言ったら、周囲の仲間は大反対。「専門家がたくさんいるのに、プログラミングが得意領域じゃない柴山さんがやるのは非効率だ」と。
 その一方で、川崎さんと藤本さんという二人のCTOから受け取ったのは、「まずは自分の手を動かして作ってみないと、わからないでしょう。チャレンジする価値はある」というメッセージでした。この言葉が妙に私に力をくれた。
 そこで、プログラミングを学べるサービスを調査し始めたんです。

チームを作るイメージを手に入れた

 テックキャンプを選んだのは「オリジナルのサービスを作る」ことをプログラムのゴールに置いていたから。私がやりたいことと明確に合致していた。
 でも振り返って正直に言うと、テックキャンプで学んだ1カ月は、ハーバード・ロースクールよりも、ビジネススクールのINSEADに留学したときよりもきつかった。
 始めた直後は、1カ月後にサービスができるイメージがまったく持てませんでした。カンマ1つのミスでコードがまったく動かず、エラーメッセージと戦い続けることが、しょっちゅう起こる。
 常駐の講師(メンター)に聞けば解決はしますが、「この苦労がちゃんと実を結ぶのだろうか」という不安で胃痛が。ロールモデルが一切いない中で進み続けなくてはいけない苦しみは、後にも先にも味わったことがありませんでした。
かたちが見えたのは、実は最後の3日間。ほかの参加者とも仲良くなり、私のパソコン画面をみんなで見ながら「動くかな……」「あ、動いた!!」と盛り上がる機会が増えていました。
 みんなでサービスが動く様子をワクワクして見つめる。その輪の中心にいたとき、「自分にも“チーム”が作れるかもしれない」という思いがふと降りてきました。
 書いたコードが動いたときのうれしさは、自分で手を動かしたからこそわかるものです。大変さや喜びを実体験として持ち共感できることが、一緒にサービスを作っていく仲間作りには絶対に必要。そう感じた瞬間でもありました。
 川崎さんが「柴山さんにエンジニアはついてこない」と言ったのは、当時の私にその共感がなかったからなのだと合点がいきましたね。

エンジニアとのコミュニケーションで大切なこと

 ただ、テックキャンプに通ったからといって、私自身にエンジニアレベルの知識が身に付いたわけでも、実践に活用できるスキルを得られたわけでもありません。
 実際、いま提供しているサービスはプロのエンジニアが手掛けたもので、私が書いたコードは使われていません。エンジニアと対等にコミュニケーションができるほどの知識も、おそらく身に付いていないでしょう。
 では、何が得られたのか。それは「わかっていないのに、わかったつもりになって対話していた」自分への気づきです。
 ビジネスの視点しかなかった自分にとって、プログラミングは未知の領域。「簡単にできるだろう」と思ったら全然そうじゃない、逆に「こんなのはできないだろう」と思ったら実はできてしまうという想定外がたくさんあります。
 でも、プログラミングの経験がないとそれに気づかず、「これくらいすぐにできるでしょう」と言ってエンジニアとのコミュニケーションがうまくいかず、「きっと難しいだろう」と先回りをして提案せずに開発機会を逃してしまう。
 こうした悪循環が、多くのケースにおいてサービス作りの弊害になっているのだと気づかされました。
 テックキャンプに通う以前は、「ビジネスの視点だけではコミュニケーションを間違える」ということを自覚していませんでした。相談したCTOの方にも、感覚のズレた話を無邪気にしていたのでしょう。藤本さんが「自分でやってみたら?」と言った理由は、ここにあったんじゃないかと今では思います。
 ビジネスサイドとエンジニアがコミュニケーションをとる上で大切なのは、「視界が違う」という前提だと思います。1カ月間もがいた経験は、「なんでわかってくれないのだろう」と、ビジネス感覚だけで振る舞う怖さを教えてくれました。
 ウェルスナビのビジョンは「ものづくりする金融機関」。エンジニアドリブンであり続けられているのは、プログラミングを少しでも学んだ経験があってのことだと思います。

“自ら開発する経営者”の背中

植村 自分の人生にプログラミングは関係ないと思って生きてきました。一休にはCTOの伊藤直也をトップに優秀なエンジニアが多数在籍しているので、私はほかの得意な部分で組織に貢献すればいいと思っていました。
 そこからなぜ、テックキャンプ イナズマに参加しようと思ったのか。一つは、CEOの榊淳が、自らプログラミングを実践する人間だったことです。
 「サービスを深く理解するには自分で作れたほうがいい」という考え方がベースにあり、自分で作ったサービスを全社にオープンにしては改善点も隠さずに発表していた。その姿勢を間近に見ていたのは大きかったでしょう。
植村弘子(うえむら・ひろこ) 新卒でエスビー食品株式会社に入社。コンビニエンスストアチェーン本部セールス 兼 PBブランド商品企画を担当。2006年10月より株式会社一休にジョイン。一休レストラン、一休.comのセールスを経て、カスタマーサービス部門でコールセンターの立ち上げ、改革を実施。2016年4月より執行役員CHROに就任、2016年7月から現職の執行役員CHRO管理本部長。
 もう一つのきっかけは、とあるHRベンチャーの方との会食でした。そこに同席した人事担当者の方が、「うちの人事チームは全員“人事”であり、“データサイエンティスト”でもある」とおっしゃったのです。
 つまり、「こういうサービスがあればいいな」と思ったものを、エンジニアに頼むのではなく自ら開発している、と。だからこそ、人事にとって本当に必要なサービスを速いスピードで生み出せている。
 社会の変化はここまできているのかと衝撃を受けました。人事は人事のプロであればいい、とプログラミングの世界を避けている時代ではないのかもしれない。
 そう思ったときに、たまたまNewsPicksの記事を目にし(笑)、テックキャンプ イナズマへの参加を即決しました。
【川鍋・佐山】経営者が殺到する「プログラミング留学」の真価

共に受講した仲間の高い意欲に刺激

 私はCHRO(Chief Human Resources Officer)として、「人は誰でもいつでも変化できる」と社員に言い続けてきました。やりたいことがあるならやってみたらいい、今日が一番若いのだから遅いなんてことない。
 そう言っている本人が、挑戦を恐れていてはダメ。やってみた人にしか見えない景色、世界があると信じているので、飛び込んでみることに不安はありませんでした。
 正直に言うと、「ちょっとやってみる」と言えないほどプログラミングは私にとって遠い世界だったので、想像できないと人は怖くは感じないもの(笑)。何が起こるのだろうと、ワクワクしていました。
  参加して驚いたのは、参加者の年齢層の幅広さ。高校生のような若い人から、年配のおじいさままで約130人が部屋いっぱいで。
 たまたま席が隣になったのは、弁理士をされている年配の女性でした。なぜ参加したのかと聞くと、「自分の仕事はこの先自動化されて、AIに替わられる。今のうちに勉強しなければ、仕事がなくなってしまう」と。覚悟を持って臨んでいる姿に、胸が熱くなりました。

助けられたメンターの存在

 朝11時から夜9時までの10時間は、毎日あっという間に過ぎていきます。「わからなくても、前に進んでください。何度も繰り返しやることが大事です」とメンターに言われるのですが、いくら打ち込んでもエラーが起こる。
 本やWebのオンライン講習だったら確実に辞めていたでしょう。
 とくに私は、業務上は“やらなくてもいい”領域に挑戦しているので、挫折する理由や言い訳はすぐに見つけられてしまう。周りの参加者がメンターを呼んで、わからないところを確認しながら必死に進んでいる様子に、いつも勇気づけられていました。
 なんでエラーが出るのかひたすらコードに向き合ってもわからないので、メンターに聞くと「ここにスペースが足りません」「この記号が余計です」と教えてくれ、たった1文字直すだけで、魔法のように解決します。
 プログラミングの世界には、ミスなく正確に動かす難しさとそれを実現できたときの快感がある。味わったことのない感覚をおもしろがっている自分がいました。
 そして何より、エンジニアのおかげで、サービスが成り立っていることへの感謝や尊敬の念は一層深まりました。

人生の選択肢を広げる術

 テックキャンプ イナズマに参加する前は「もしかしたらプログラミングにハマって、自分で作れるようになるかも」と淡い期待もありましたが、まったくもってそんな簡単なものではない。
 何事も、その分野に一切触れていないときは「(やったらできるかもしれないけど)今はやっていないので……」というスタンスで振る舞いがちです。
 でも、一度触れればその難しさがわかる。CEO榊とCTO伊藤が役員会議で話している内容についても「現時点から、そのサービスレベルに行くのは遠い道のりだな」という感覚が少しわかるようになりました。
 非エンジニアの人がプログラミングを学ぶ意味は、英語学習にも似ていると思います。使えたら広がる世界がある。
 さっと話せたりさっと作れたりする術を、人生の選択肢として持てるか持てないか。持ってはじめて、持っている人にしか見えない世界に行けるというのは、分野や職種に関係ない話だと思いました。
 そして今、人生の選択肢を多く持つことに可能性を感じるのは、「こっちの道はおもしろいかもしれない」と思えば、ぱっと新しいチャレンジができる時代になったところにあります。機会がたくさん転がっているからこそ、「今は人事をやっているけど、明日からエンジニアの道も」とキャリアチェンジができる。
 社会に選択肢が増えているのだから、自分の可能性を狭めずにいられたらいいなと思います。
 人生、何があるかわからないからこそ、必要だと感じたことは取り入れて続けておく。自分が何かを「したい」と思ったときに、「できる」自分に近づいていたい。その一つがプログラミングだったのかなと思います。
 努力することはなかなか大変ですが、継続なら私でもできる。「続けていれば道ができていく」というのは私の信念なので、一度始めたことを手放したくない。
 イナズマコースを終えた今、日常業務に忙殺される中で、プログラミングの時間をとるのはとても難しいことです。でも、いつか自分で簡単なサービスを作れるようになりたいという思いを持ち続けているので、まだまだプログラミングへの挑戦を続けていきます。
(構成:田中瑠子 編集:樫本倫子 撮影:竹井俊晴 デザイン:國弘朋佳)
※2020年3月2日以降、「TECH::CAMP/TECH::EXPERT」はブランド統合され、「TECH CAMP(テックキャンプ)」となりました。これに伴い、文中のサービス名も記載を変更しております。