【大山加奈】試合前の過度なストレスを減らす歌詞の「情景」

2020/1/20
脳科学の見地から「オーダーメイド化された音楽」にはパフォーマンスを向上させる可能性があることを紹介した(#1)。トップアスリートは実際、音楽をどう使ってきたのか。#2の岡崎慎司選手に続き、バレー界を牽引し続けた大山加奈さんに聞く。
大山加奈(おおやま・かな)。小学校2年生からバレーボールを始め、小中高全ての年代で全国制覇を経験。東レ・アローズ女子バレーボール部に所属しながら日本代表としても活躍し、オリンピック・世界選手権・ワールドカップと三大大会すべての試合に出場。「パワフルカナ」の愛称で親しまれ、日本を代表するプレーヤーとして活躍した。現在は全国での講演活動やバレーボール教室、解説、メディア出演など多方面で活躍しながら、スポーツ界やバレーボール界の発展に力を注ぐ。

ゾーン体験はたった一度しかない

女子バレーボール界を牽引し続けてきた大山加奈さん。
小中高全ての年代で全国制覇を果たし、高校時代に初選出された日本代表でもオリンピックなど世界を舞台に活躍を続けた。
攻守、局面が目まぐるしく変わるバレーという競技において、常にトップで走り続けてきた大山さんは、いかにして集中力を高く保ち続けてきたのか。そしてそこに音楽はどう関係していたのだろうか。
「競技人生で、たった一回だけ」と大山さんが表現した試合がある。
「視界がクリアでした。隅々までよく見える。味方も相手チームもそうですし、普段は見えることのないお客さんもはっきりとわかった。スタンドからの歓声もすごく聞こえてきました。360度、すべてがすごくクリアに聞こえる。いろんなことが感じ取れる感覚でした。あれがゾーンというものなんでしょうかね」
いまから17年前、2002年の第33回春高バレー女子決勝戦のことである。
「あの試合は人生で一番楽しかった試合でした。このままずっと試合が終わらなければいいのになって思いながらプレーしていました」
【集中力】どんな音楽を聴けばパフォーマンスが上がるのか
大会連覇に挑んだ三田尻女子(現・誠英)を相手に、大山さんは母校・成徳学園(現・下北沢成徳)のエースとしてチームを優勝へと導いた。
「いつもは、早く勝ちたい、早く25ポイント取りたいって思いながら戦うのですが、あのときだけは違いました。相手にメグ(栗原恵)がいたんですけど、そのメグにスパイクを決められても嬉しいんです。いまだから言えますけど、試合が続くことが喜びでした。
純粋にバレーを楽しんでいたと思います。“楽しむ”という言葉は誤解されがちですが、やっぱり楽しいって思うことがなによりパフォーマンスにつながるんだなって思いますよね」
後にも先にも、プレッシャーなく純粋にバレーを楽しめたのはこの試合が最後だ。
そしてまた、唯一の「いわゆるゾーン」に入っていた試合でもあった。
「(ゾーンに入れたのは)どうしてなんでしょうね。私にも分からないんです。1年、2年生と勝てなくて、大会前もチームがうまくいっていなくて。そうしたなかでやっと決勝まで来られた。勝たないといけないっていうプレッシャーをずっと抱えながら戦ってきたんですが、決勝にたどり着いてそのプレッシャーからようやく解放されたのが良かったのかもしれません」

怖さに打ち勝つための「歌詞」

ゾーン経験はたった一度。
その一方で、バレー界のトップを走るパフォーマンスを出し続けていた。
一体どうやって集中力を高めていたのか。
「高校時代の恩師である小川(良樹)先生の教えは、『試合は“怖い”と感じるのは悪いことではない』というものでした。それはとても大事な教えで、その“怖さ”に勝つために、集中する。極力、自分にプレッシャーをかけて“無心”になれる状況を作る。それがいい精神状態を導いてくれて、勝利に導くプレーができる、と考えていました」
例えば、日本代表の試合でも試合開始ギリギリまで、自分の世界に入る。
とにかく周りを寄せ付けず、一点を見つめた。私語は厳禁。静寂の中で己を高めた。
「他人の目を気にしすぎていたのかもしれません。鏡の前で、笑顔を作る練習をしていたくらいです。いま、思えばもっと楽しく試合に臨んでいくことも必要だったな、とは思いますよね」
笑いながらそう振り返るが、大山さんが「無心を作り出すこと」で、パフォーマンスを上げてきたのは事実だ。
そして、その試合前の「無心」を作り出すために大事にしていたのが「音楽」だった。
「会場に入るまで、ずっと音楽を聴く。みんなで移動するバスでもずっとヘッドフォンをして音楽を聴いていました。怖い試合に勝つために無心を作る。その前にしっかりと心にゆとりをもたせたい。そこで音楽が必要だったんだと思います」
よく聴いていた曲が二つある。
1992年にリリースされたSMAPの『笑顔のゲンキ』と2004年に発売された嵐の『Hero』である。
「私の場合、歌詞が重要でした。音にのった言葉が『自分のこと』と思えることで、その世界観に投影できる。歌詞が勇気をくれ、自分を高めてくれる感覚があったんです。試合では常にプレッシャーと戦っているから、何か楽しいストーリーに自分をはめることが必要だったのかもしれません」
例えば、『笑顔のゲンキ』にある“笑顔が君にはやっぱり似合っている”という歌詞。
「初めてその音楽を聴いたとき、心を揺さぶられました。私のことだ、って(笑)。実は、この曲は高校時代に付き合っていた方が贈ってくれたものでした。『Hero』はファンの方が私のイメージに合う曲を選んで贈ってくれたもの。
どれも贈ってくれた人の顔が浮かんで、私のことを思ってくれている、という風景を感じることができたのも良かった。だからこそ、歌詞が大事だったんだと思います」
試合直前は、緊張状態を“意識的に作り上げる”ため、その前段として、音楽を聴きモチベーションを上げる。
歌詞にある情景を過去の経験と紐づけることで、リラックスをする。
大山さんがパフォーマンスの上げるために考えていた音楽の使い方だった。

人生最大の手術前に手渡した音楽リスト

そもそも音楽と大山さんの関係は、切っても切れないものだ。
「いつも音楽に励まされてきました。どれだけ励まされてきた分からないくらい、自分にとって欠かせないモノ。いつもすぐそばにあるモノでしたね」
試合前だけでなく、緊張を和らげる際にも、耳に音を流し込んだ。
「2008年に(脊柱管狭窄症という競技人生を左右する)腰の手術をしたときも、看護師さんにお願いして、ギリギリまで自分の大好きな曲をかけてもらいました。病室だけではなくて手術室でも」
怪我から復帰できるか分からない──選手生命がかかった大事な手術の日は不安が募った。
だか「勇気をもらえる曲」を自身でピックアップし、看護師さんに手渡した。
「あのときは、全身麻酔が効くまでの間、看護師さんに手を握ってもらいながら自分で作ってきた“マイCD”を聴いていましたね。EXILEさんのアルバムだったんですけど、好きな曲を選んで……。
当時は怪我をして落ち込んでいましたし、手術したとしても良くなるかどうか分からない状況でした。元気になりたいから、とにかく明るく、前向きになれるようにという思いでした。このときも大事にしていたのは、曲調より歌詞でした」
他にも自身を「神経質なタイプ」という大山さんは現役時代、睡眠障害にも悩まされていた。
試合へのプレッシャーから眠れない日々。
特に試合前日はドクターからもらった処方薬を飲んで睡眠時間を確保することが常だったが、加えて必ずしていたのが好きな音楽を聴くことだった。
「いま振り返っても、なんであんなに余裕がなかったんだろうって思いますね。いろんなことを気にし過ぎちゃってた。もう少し余裕を持ってやっていたら良かったんじゃないって思いますけど……。寝れなくなったらとにかく、余計なことを考えないようにって、音楽を聴いてリラックスしていました」
【岡崎慎司】本能を根底から呼び覚ます「音楽」の使い方
大山さんは、主に「プレッシャー」を和らげるために音楽を使ってきた。
ストレスが過度にかかったタイミングで、そちらに針が振れすぎないよう「情景が浮かびやすい歌詞」など、自分なりの方法で音楽を選んでいった。
最後に、試合前に音楽を聴くアスリートが多いけれど、その理由に心当たりはあるか、と聞くと「ありますね」と即答した。
「代表戦があると、南米系の国だとものすごい音のアップテンポな音楽が聞こえてきます。私たちはシーンとしていたから、羨ましく思いましたけど(笑)それぞれ人によって使い方が違いますよね。
例えば、競泳の選手ってギリギリまでヘッドフォンをして音楽を聴いているじゃないですか。(元競泳日本代表の)伊藤華英ちゃんに『試合前にどんな音楽を聴いていた?』って聞いたら、『暗い曲ばかりを聴いていたよ』って。
テンションを上げすぎないないように、そういう音楽を聴いて(気持ちを)抑えていたと言います。『(テンションが)上がりすぎちゃうと、逆に空回りしちゃって、力を発揮できなくなるから、ミスチルの失恋ソングとか、クラシックとか歌詞のない曲を聴いていたよ』って」
試合前に音楽を聴く行為は同じでも、岡崎慎司選手(#2)と大山さんでその考え方は違った。#4では、そのトップアスリートが聴く音楽と理由を紹介する。
(執筆:小須田泰二、構成:黒田俊、デザイン:松嶋こよみ、写真:具嶋 友紀)