【サッカー】爆発的な収益、欧州メガクラブのビジネスモデル

2019/11/20
昨シーズン、ヴィッセル神戸の営業収益が、Jクラブ初の100億円(96億6600万円)に迫ったことが話題になった。ただしそれも世界の中で見れば発展途上である。世界のメガクラブたちのビジネスモデルとはどんな規模でどんなものなのか。連載で迫っていく。初回は「名門クラブの収益構造と事業規模」前編。

世界的ブランドを目指す一企業

「我々のブランドを、ステークホルダー、ファン、そして新しい世代から、モダンで革新的でアイコニックな存在として認められるグローバルなブランドとしての大きな成功に導く――。これが、今年を『新たなゼロ年』と位置づける当社の新しいビジョンです」
これは、イタリアのある大手企業の会長が、10月末に開かれた株主総会で行った所信表明の一節である。この場で公表された2019年6月期の売上高は6億2150万ユーロ(約756億円)、税引後収支はマイナス3990万ユーロ(約48億円)の赤字決算だった。
読者のみなさんは、この企業をどんな業種だと思われるだろうか。ファッション・アパレル関連か、それとも食品・飲料関連か、はたまたサービス業か……。
正解はそのどれでもない。会社名はユヴェントスFC株式会社。イタリアのプロサッカーリーグ「セリエA」で現在8連覇中、クラブサッカーの最高峰であるUEFAチャンピオンズリーグでも過去5シーズンに2度決勝進出を果たした、ヨーロッパでも指折りの名門サッカークラブである。
図1)9月に発表されたユヴェントスの決算(2018/19シーズン):ユヴェントス公式HPより。
しかし、プロサッカークラブの新たな経営ビジョンが「グローバルなブランドとしての成功」というのは、いったいどういうことなのか。サッカークラブとブランドビジネスにどんな関係があるというのか。そういう疑問が浮かび上がるのは当然のことだ。
ヨーロッパのプロサッカーは、2010年代に入ってからの10年足らずでビジネスとして急激な変貌を遂げつつある。
とりわけ、このユヴェントス、スペインのレアル・マドリーとバルセロナ、イングランドのマンチェスター・ユナイテッドやリヴァプール、ドイツのバイエルン・ミュンヘンといった、UEFAチャンピオンズリーグでヨーロッパの頂点を争うひとにぎりのトップクラブは、企業としてのマーケットと収益構造を大きく変化させ、グローバル市場におけるスポンサー・広告ビジネス、そしてブランドライセンスビジネスを最大の収益源とするエンターテインメント/メディア企業にその姿を変えてきている。
その変貌ぶりは、従来の「ビッグクラブ」という呼び方を超えて「メガクラブ」と呼ぶのがふさわしいものだ。
ユヴェントスのアンドレア・アニエッリ会長が株主総会で語った冒頭のステートメントも、こうした新たなビジネスの戦場を勝ち抜いていくためには、これまでとは異なる新たなビジョンを掲げる必要がある、という現状認識に基づくものなのだ。
実際、「ビジネスとしての欧州プロサッカー」は、2008年のリーマンショック以降、10年以上にわたって不況が続き低成長に苛まれているヨーロッパ経済において、例外とも言うべき成長性を誇っている有望な産業分野である。
欧州大陸のサッカー統括団体であるUEFA(ヨーロッパサッカー連盟)が毎年発行しているファイナンシャルレポートの最新版(2018年版)によれば、2017年における加盟54ヶ国のサッカー1部リーグ所属クラブの総売上高は、201億1200万ユーロ(約2兆3750億円)。10年前の2008年には、113億113億5100万ユーロ(約1兆3400億円)だったので、欧州プロサッカー産業はこの10年間で77%の成長を果たした計算になる。年平均の成長率は6.6%。
2008年というのはちょうどリーマンショックによる世界同時不況が起こった年であり、ヨーロッパ経済はここから現在に至るまで、年平均の成長率がわずか1%強、単年度ではマイナス成長も少なくないという長い停滞期から抜け出すことができずにいる。その中でプロサッカーだけは安定して成長を続けている。
成長の大きな部分を担っているのは、プレミアリーグ(イングランド)、リーガ・エスパニョーラ(スペイン)、ブンデスリーガ(ドイツ)、セリエA(イタリア)、リーグ・アン(フランス)という、いわゆる「5大リーグ」であり、とりわけその中でも優勝を争うレベルにある限られた一握りのクラブ、すなわちメガクラブである。

Jリーグと変わらなかった草創期市場

成長力の秘密はどこにあるのか。それを考える上では、この四半世紀に欧州プロサッカーが経験してきたビジネスモデルの歴史的変遷を振り返る必要がある。
それをひとことで言うならば、1990年代後半まではローカル(地元都市)市場を対象とする集客ビジネス、1990年代末から2010年代初頭にかけてはナショナル(自国内)/コンチネンタル(欧州)市場を対象とするメディアコンテンツビジネス、2010年代初頭から現在、そして未来はグローバル市場を対象とするブランドビジネスへ、ということになる。
図2)四半世紀の間に大きく変わったビジネスモデルと地域。
以下、ユヴェントスをはじめとする具体例を取り上げながら、その変化をざっくりと整理していくことにしよう。
良く知られている通り、ヨーロッパのサッカークラブは同好の士が集まってサッカーを楽しむための「アソシエーション」として成立したという起源を持っている。その中で都市を代表するクラブがナショナルチャンピオンのタイトルを賭けた全国規模のリーグ戦を行い、それが興業として成立するようになって「プロ化」されたのは、国によって違いはあるものの概ね20世紀前半のことだ。
それから20世紀末までの長い間、プロサッカークラブにとって唯一最大の収益源は、ホームゲームの入場料収入だった。スタジアムに集客できるのは1試合で数万人。ホームスタジアムの収容人員にチケット代と試合数をかければ、期待できる売上高の上限が予測できるという世界である。
実際、日本でJリーグがスタートした1990年代半ばの時点では、セリエAやプレミアリーグ、リーガ・エスパニョーラといった欧州のトップリーグとJリーグの間には、ビジネス規模としてそれほど大きな差はなかった。創設当時のJリーグクラブの平均売上高は20億円前後、最も多かったヴェルディ川崎で45億円から50億円だったと伝えられている。
一方、93-94シーズンの欧州主要クラブの売上高(ユーロ換算)を見ると、ユヴェントスは4730万ユーロ(約53億円)、リヴァプールは3520万ユーロ(約43億円)と、ほとんど変わらない水準だった。
当時の欧州最強チームだったACミランは1億4400万ユーロ=約174億円)、プレミアリーグで最強のマンチェスター・ユナイテッドは8910万ユーロ(約108億円)と、例外的に突出した売上高を誇っていたが、それでもヴェルディの3倍に満たない程度。
それから25年あまりを経た現在、欧州ではバルセロナが9億9000万ユーロ(約1120億円)と、1000億円の大台に乗せる売上高を記録しているのに対し、Jリーグでトップのヴィッセル神戸は96億円と、両者の間には10倍以上の開きが出ている。
この巨大な「格差」をもたらしたのが、まさにこの四半世紀に欧州サッカーが経験してきたビジネスモデルの変化だった。

衛星ペイTVによるバブル

最初の変化が起こったのは1990年代末、引き金となったのは西欧諸国でこの時期に一気に進んだ衛星ペイTVの普及だった。
TV放送が地上波だけだった1990年代初頭まで、サッカーの国内リーグの試合はほとんどTV中継されていなかった。ヨーロッパのTVは長年公共放送が主体で商業目的の民間放送の普及が遅かったことに加え、収入の大部分を入場料収入に負っていたクラブやリーグが、スタジアムへの観客動員に影響するという理由でTV放送に消極的だったことがその理由。
しかし、1992年に発足したプレミアリーグが、英国の衛星TV局BskyBへの放映権販売で大きな利益を挙げると、90年代後半に衛星ペイTVの本格普及が進んだイタリア、スペイン、ドイツ、フランスという西欧主要国でもリーグ戦の放映が始まる。各国複数のブロードキャスターが鎬を削る中、サッカー中継は視聴契約獲得のためのキラーコンテンツとなり放映権料は急騰、サッカークラブにとって重要な収入源としての位置を占めるようになった。
イタリアで衛星ペイTVの放映権料が一気に倍増するという「バブル」が起こったのは1999-2000シーズンのこと。当時セリエAで最強を誇っていたユヴェントスの売上高も、前年(98ー99シーズン)の7600万ユーロ(約92億円)から1億2700万ユーロ(約154億円)へと67%もの増加を見せた。
象徴的なのはその内訳である。欧州プロサッカークラブの営業収入は、以下のように大きく3つのカテゴリーに分けることができる。ここに、移籍市場における選手売買差益または差損(プレーヤートレーディング収支)をはじめとする営業外収支を加えた総収支が売上高となるわけだ。
マッチデー収入(MD):入場料、スタジアムでの飲食などスタジアムでの収入。

ブロードキャスティング収入(BC):TV放映権料(国内、海外)および欧州カップ戦出場チームへのUEFAからの分配金。

コマーシャル収入(CM):スポンサー、物販、ブランドライセンス料などの商業収入。
ユヴェントスの98-99と99ー00の営業収入とその内訳(単位は100万ユーロ)は以下(図3)のようになっている。
図3)2000年前後にBCの比率は大きく拡大。そしてここから20年でまた変化をしていく。単位は100万ユーロ
5年前の93-94と比較すると、98ー99の売上高は4700万ユーロから7600万ユーロへと60%の増加を見せている。残念ながら93-94については内訳の資料がないが、この間に衛星ペイTVによるセリエAの全試合中継が始まったのに加え、UEFAが集中管理して参加クラブに再分配するチャンピオンズリーグ放映権とスポンサー枠の売上高も4倍に増えているため、増加分の大半はBC収入であることが推測できる。
つまり、93-94の時点ではおそらく二次的な収入源でしかなかったBC収入が、5年後の98ー99には売上高の半分近くを占めるようになり、さらにその1年後には一気に全体のおよそ3分の2を占める基幹的な収入源へと成長したということだ。
この時点ですでに、プロサッカークラブとしてのユヴェントスの「コアビジネス」は、地元トリノのサポーターを顧客とするローカルな集客ビジネスから、イタリア全土のサッカーファンを顧客とするナショナルなメディアコンテンツビジネスへと変化していたことになる。
ユヴェントスが顧客に提供するコンテンツは、常に「サッカーの試合」であり続けているが、それを提供するメディアはスタジアムから衛星ペイTVへ、集金装置はチケット販売窓口からブロードキャスター経由で得る視聴契約料へと変化したわけだ。
さらにTVというメディアを通した露出機会、そして露出地域の拡大(ローカルからナショナル、そしてコンチネンタルへ)は、広告媒体としての価値を高めてスポンサー収入の拡大にもつながっただけでなく、レプリカユニフォームやライセンスグッズといったマーチャンダイジングの販売拡大にも結びつき、CM収入の増大をももたらすことになった。

R・マドリーとマンUの収益モデルは?

衛星ペイTVの普及によるこうしたビジネスモデルの変化は、イタリアだけでなくイングランド、スペイン、ドイツといった欧州主要国でも、1990年代末から2000年代初頭にかけて同じように進んだ。それが一段落した2002ー03シーズンにおける、ユヴェントス(イタリア)、レアル・マドリー(スペイン)、マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)という、欧州を代表する名門クラブの売上高とその内訳(単位は100万ユーロ)を以下に示そう。
図4)欧州リーグの名門クラブにおいてもBCの比率が大きなウエイトを占め始めた時期だ。
この出典は、世界有数の監査法人デロイトが1997年から行っている欧州クラブ売上高ランキング&経営分析「デロイト・フットボールマネーリーグ」。同ランキングではマンUが1位、ユヴェントスが2位、R.マドリーが4位(3位はACミラン)と、当時のヨーロッパでピッチ上の覇権を争っていたクラブは、ピッチの外、つまりビジネスというフィールドでも、やはり頂点を争う存在だった。
クラブによって収益構造に多少の違いはあるが、これはイタリア、スペイン、イングランドというそれぞれの国内リーグの状況とも関係している。そのあたりはまた機会を改めて論じたい。
いずれにしても明らかなのは、クラブの売上高は、移籍市場に投入する補強予算、そして選手に高給を保証する人件費に直結しており、それゆえピッチ上の競争力にも直接的に反映される。これはいささか夢のない話ではあるが、いつの時代にも変わらないプロサッカー界の真実である。
そしてそれを左右する収益構造において、1990年代半ばまでは売上の中で微々たる割合しか占めていなかったBC収入が売上高の1/3を超えるコアビジネスのひとつに育ち、さらにそれがCM収入の拡大にもつながっていくという流れは、この後2000年代、さらには2010年代前半まで変わらずに続いていくことになる。
このビジネスモデルは、現在においても5大リーグからポルトガル,ベルギー、オランダ、ロシア、トルコといった中堅国まで、多くの国の1部リーグ所属クラブにとって、国ごとに売上高の規模こそ違え共通のものとなっている。
しかし2010年代半ばになると、世界的な人気と知名度を誇るごく一握りのトップクラブは、北米やアジアといった従来は未開拓だった地域にもマーケットを拡げ、とりわけスポンサーやマーチャンダイジングといった分野でCM収入を大きく伸ばし、メガクラブとしての傑出した地位を築いていくことになる。
今や「ビジネスとしての欧州サッカー」の「戦場」は、ヨーロッパという枠を超えて世界、すなわちグローバル市場にまで広がっている。後編では2000年代から2010年代にかけて進んだそのプロセスを具体的に見て行くことにしよう。
片野道郎(Michio Katano)
1962年生まれ、宮城県仙台市出身。95年からイタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。最新作は『サッカー"ココロとカラダ"研究所』(共著/ソル・メディア)。主な著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』、『チャンピオンズリーグ・クロニクル』『モウリーニョの流儀』、共著に『アンチェロッティの戦術ノート』(いずれも河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』『セットプレー最先端理論』(ともにソル・メディア)など。
(執筆:片野道郎、編集:黒田俊、デザイン:九喜洋介、松嶋こよみ、写真:アフロ)
参考文献:https://www.calcioefinanza.it/2019/10/11/1994-calcio-bilanci-squadre-ricavi/